虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした

白兎

13・白髪の商人



「へぇ~小腸って思ったより長ぇんだな」


「ん……ふぁぁ~ぁ……なんだ、まだやってたのか」


 朝日が昇り、パンドラが夢の世界から意識を戻すと、小腸を珍しそうに見る優希が立っていた。
 散乱する臓物と骨、肉と血は魔族のと混ざりどれが誰のか分からない。
 血生臭さと腐臭が空間を支配する。本来なら鼻を塞ぐほどの激臭だが、この場にいる生存者は特に気にしていない様子。むしろこの異常な空間でも自分の部屋のようにくつろいでいる。


「さぁそろそろ移動するか。早く着替えたいし」


「その男の服を奪えばよかったんじゃないのか?」


 パンドラは指さすのは血で染まり、ボロボロに破れた迷彩柄の軍服。
 優希はそれを目視し数秒の沈黙。


「……ぉ、俺の好みじゃなかったんだよ……」


 顔を逸らす優希に、パンドラはしたり顔。
 優希は散らばった血肉を見わたしながら、体内コンパスを調整する。
 そして、パンドラをおぶろうと近づくと、


「よっと……どうした?」


「お前、素足だから歩きたくないんじゃなかったのか?」


 割と普通に立ち上がり先に歩こうとするパンドラに、優希は眉をひそめる。
 するとそんなことも言ったっけ? みたいに、人差し指を顎に当てて首を傾げる彼女に優希はイラつきながらも、感情を押し殺す。


「まぁさっきまでとは違って今の私は七割方回復した。こうやって薄くだが【堅護】を使うと怪我せずに済む」


 優希が感じる限り、彼女は足のみにわずかなマナで【堅護】を使用している。本来【堅護】はマナを全身に鎧のように広げて防御力を上げる恵術。それを一か所に集めるだけでなく、最低限のマナでそれを維持するのはかなりの集中力が必要になる。
 それを平気でやってのける辺り、彼女は自分よりマナの扱いに関しては優れていると自覚する。


「まぁそう言うことならいいか。予想外のイベントに時間を取られたけど、もうすぐ魔境から出られるし、やっとこのパリパリの服から解放される」


 凝り固まった体を伸ばしながら、優希はパンドラに続いて足を進める。
 優希たちが離れると、散乱する死体にカラスが集まり、戦闘の形跡を減らしていく。




 そして、数分。
 木ノ葉の屋根の隙間から射しこむ朝日の光を体に浴びせながら、二人は足を進めて、やっとたどり着く魔境と平原の境。
 実際より長く感じる時間が今では短く感じつつ、優希は順調に進めていた足を緩める。


「さて、ここからがお前の見せ場だな。どうやって略奪するか拝見させてもらおうか」


 高みの見物を体で表すように、彼女は平原が見える位置にある樹に登って、魄籠を完全封鎖する。
 足に使用していた【堅護】は解けたどころか、彼女から一切のマナが感じ取れない。こんなこともできるのかと感心しながら、優希は魔境に隠れたまま、標的を探す。
 そして標的は割と早く視界に映る。
 目を癒す若草色の平原の中に地肌が露出した道があり、その道は魔境のすぐそばを通る。
 そして、道の向こうからこちらに向かってくるのは一台の馬車。
 四輪のキャラバンを引くのは馬ではなく、鳥のような頭部に長い首と細く小さい前足と比べて遥かに走ることに特化した後ろ脚。オルニトミムスを想像させるようなそいつが二匹並んでキャラバンを引く。
 時速四十キロは出てそうな勢いで、砂煙を上げながらこちらに向かう。


 優希は高鳴る鼓動を落ち着かせるように深呼吸する。綺麗な空気が口から通り全身の細胞に酸素を送る。
 設定――開始。
 首にかけた眷属の証であるプレートがはっきり見えるようにしてから、


「よっとッ」


 自分の右足をへし折る。痛みは感じないが感覚が消えたような気持ち悪い感触を残した右足は、本来はあり得ない方向に曲がっている。
 設定――完了。 
 そして、


「――た、助けてくださいッ!」


 馬車が目前を通り過ぎる前に、優希は勢いよく魔境から飛び出てそう叫んだ。
 一度目の前を通り過ぎた馬車は、右足を抑える優希の存在に気付き、馬車を止める。そこから降りる三人の男。
 一人は大剣を背負ったスキンヘッドに目元に傷がある大柄の男。ニッカーボッカーズのような黒いズボンに上半身が露になっているため硬そうな筋肉が圧迫感を醸し出している。
 後ろに続くのは獣の皮で作った茶色い服に、背中に多数の矢、腰に折りたたんだ弓を携える男。こちらは割と細身の体付きだが、しっかりと鍛えているようで、動きに軽やかさが感じられる。
 さらに後ろに続くのは二人と比べて明らかに若く、か弱そうな白髪の青年。歳は優希を同じくらいだろうか、深紅のシャツの上から羽織るフードのついた黒いロングコート、灰色のカーゴパンツに黒革ブーツ。綺麗な白髪の前髪から見える優しそうな瞳は、燃えるような緋色の輝きを帯びていて、猛烈且爽やかさを引き立てる。


 この三人の中で優希の標的は一瞬で決まった。


「なんだこいつ血だらけじゃないか。銀板の2320か……いるんだよな、ちょっと強くなったからって調子乗って魔界に飛び込む奴」


 優希の練度がまた上がっていた。おそらくカルメンの時のように恩恵者を倒しても練度は上がるようだ。


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。彼は救援を要請している。おそらくお仲間もまだ助かっているんでしょう。どうしますか主?」


 皮肉る大剣持ちの男に、冷静な弓兵の男。おそらく白髪の青年が雇い主、つまり商人なんだろう。
 白髪の青年は、優希を見るなり心配そうに表情を曇らせて、


「助けるに決まってるでしょう。ガノンさんは彼を荷台に。とりあえず手当してください。シレンさんは彼のお仲間を救出してください」


 白髪の青年の指示で、大剣の男と、弓兵の男は「へいへい」「ラジャー」と返事を返して行動する。
 弓兵の男は魔境へと足を進めて、一瞬で魔境へと入って行った。かなりの速さ。ちらっと見えたプレートは金色に輝いていた。練度は五千から一万。プレートは最初は銅、1000を超えると銀、5000を超えると金、一万を超えると黒になる。
 雇われている眷属の二人は両方とも金プレート。かなりの熟練眷属。
 そして大剣の男は俺を担ごうと近寄る。
 その時――
 〖予備情報バックアップ〗――〖読込ロード〗――ッ!


「がごふっ!?」


 大剣を背負った大柄の男、ガノンの視界は一瞬で変わった。血だらけになり、九十度ほど曲がった右足を抑える少年を見ていたはずの視界は、気付けば後ろで冷や汗を流しながら必死で優希を助けようと慌てふためく白髪の少年を見ていた。
 そして、何が起こったか理解出来ないまま、力が抜けていく胴体に従って地面へと倒れこむ。
 後ろの青年が出していた冷や汗の意味は理解不能のまま変化を遂げていた。
 心配からくる汗から未知の恐怖からくる汗のへと。
 それもそのはず、さっきまで確かに命があったはずのガノンは、今はピクリとも動かない。仰向けで倒れているのに、ガノンの頭は後頭部が上を向いている。首には螺旋状の皺が出来ており、色も変色している。
 それと同時に、さっきまで怯え、大怪我を折っていたはずの少年は、今では何事も無かったかのように、ガノンの体の上に座っている。歪な方向に曲がっていた足は今ではまっすぐに、足として機能していた。


「ふぅ~、油断大敵。金プレートでもこんなもんか」


 血染めの少年はそう呟いて、腰を抜かしている白髪の青年を睥睨した。 
 それに気付き、白髪の青年は後ろへと無意識に下がる。目の前の恐怖から少しでも距離を取りたいのだ。弓兵シレンは魔境に潜ってしまっているため、ガノンが死んでも戻ってこない。


「な、なん……こんな……」


 必死に絞り出した言葉はセリフとして意味を持たず、ただたんの発声にしかなっていない。
 怯えている、脳が現実の状況を理解していない。蛇の前にいるカエル、獅子の前にいる兎のような畏怖の目。それがたまらなくて心地よい。


「あんた、雇う眷属はしっかり選んだ方が良い。仮にもあんたの命を守る者として、いついかなる時でも警戒する心は持っていないとな」


 優希の忠告は遅い。選んだ眷属の一人は簡単に息の根を止められ、一人は騙されて魔境へと潜り込む。
 そして、指示した白髪の青年もまた甘い。いくら怪我をしているとはいえ相手は眷属。多少の警戒はするべきだ。その上、場所から考えて魔界から外まではかなり距離がある。片足が負傷しているならここまで来るまでかなり時間が掛かる。普通なら危険な状況とされる仲間は見捨てた方が良い。死んでるか、運よく逃げ切ったかの二つだからだ。


「あんたはこの森の地図なんて知らないかもしれないけど、眷属であるこいつらは知っとくべきだったな。ま、多分こんな低レベルの魔境に入ったのは何年も前だろうけど。いるんだよな、強くなると初心を忘れて驕る奴」


 だとしても、優希の行動はガノンに読み切ることは出来なかっただろう。それは優希も自信があった。
 普通なら多少の殺意があれば、いくら何でも気付く。そのあたりの感覚も練度が上がれば勝手に研ぎ澄まされてくるからだ。
 しかし、それが出来なかった。それほどまでに完璧な優希の演技。


「って言いたいけど、これが違うんだな」


 優希が使ったのは〖思考命令マインドプログラム〗と〖行動命令アクションプログラム〗。
 〖行動命令アクションプログラム〗はカルメンに使用した能力、一定の行動に対して無意識に行動できるよう肉体に設定するもの。簡単に言えば、意図的に条件反射、無条件反射を作り出せる。そこから繰り出されるは脳への情報伝達が省かれ、それがまた眷属となればあり得ないほどの超反射へと変わるのだ。
 優希は目前の敵が油断した瞬間、一撃で仕留めるようプログラムしておいたのだ。


 そして、〖思考命令マインドプログラム〗は簡単に言えば洗脳、さすがの優希も〖行動命令アクションプログラム〗を使っているとは言え、それを使用していると知っていれば多少の殺意は残る。
 しかし、自ら〖思考命令マインドプログラム〗で、自分は魔界には行って右足をへし折られ、必死に助けを呼ぶ駆け出し眷属になるよう洗脳したのだ。もちろん、効果時間は目前の恩恵者を殺した時にとけるよう設定して。
 そして、優希の足が治ったのは〖予備情報バックアップ〗から肉体の情報を引き出して現実に反映させた。弾丸鼠ガンガル―の時に無意識に使ったのと同じ。予め無傷の時の肉体情報を保存し、怪我をしてから、再び保存した情報を自分の肉体に上書きする。


「ま、説明した所で意味ないんだけど。どうせあんたこれから死ぬし。それより早くしないと魔境に潜った奴も戻ってくるしな」


 立ち上がって近寄る優希。
 これから起こることを想像した白髪の青年は呼吸が荒く、今にも勝手に倒れそうだ。
 そして回顧する。なぜこんなことになっているのか、どこがダメだったか原因を探すように。


 白髪の青年――ジークは、帝都から東に存在する『アルカナの町』出身の少年だ。
 家族は母親と妹の三人家族。『アルカナの町』は帝国でも下位を争うほどの地方。魔道具など見たことも無いような未発展の町。そんな町で育った彼が初めて町の外に出たのは十一歳の頃、帝都から南東に位置する水の都アクアリウムに行った時だ。
 その時のジークが受けた衝撃は今でも忘れられない。
 全てにおいてまるで別世界のように感じられた。数多くある魔石や輝石。魔道具など、未知のものが当たり前のように存在している。
 今思えばこれが彼の夢の始まりだった。いつか高価な魔道具を『アルカナの町』のような地方にも広められるように、魔道具を扱う商人になると。
 必死で勉強し、八大都市で取得できる身分証、商人資格を取得し、夢の一歩を踏み出したのは十五歳の時。


 ――そして四年。今では『アルカナの町』にとって自慢の商人になったジーク。
 だが、その人生も無駄になるのだろうか。たった一回、悪意無き純粋な善意が原因で。
 

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