虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした

白兎

4・情報



 アルカトラの一日目は金を取られただけという何とも言えない結果で終わった。気付けば優希は自分の部屋で眠っていた。ゆっくりと起こす体は少し怠さが残っており、昨日のこと――オネェの男に声をかけた後のこと思い出そうとすると、頭が痛くなる。これは思い出さない方が良いだろう。絶対にトラウマだ。


 優希は今日こそは状況を進展させようと、気合いと込めるため頬を強めに叩く。少し頬がヒリヒリするがこの刺激が脳を刺激し、次の行動の選択肢をいくつか脳内で整理する。


 一番優先させるべきはやはり情報収集だ。ただ、やはり人に聞くのやめておいた方が良いと判断。昨日のように時間だけが過ぎる可能性もあれば、最悪命の危険にさらされるかもしれない。せっかく自由に見られる資料があるのに使わないのは勿体ないだろう。昨日はあまり他のクラスメイトに会いたくなかったので宿内のカフェで話を聞こうとしたが、こればかりは仕方がない。命の危険があるよりかは気まずい方がマシだ。


「でも行くなら夜かな……」


 その資料がある場所は夜でも入ることは出来る。基本的に他の生徒は昼間に行動しているため、夜ならばあまり会うことは無い。まあ夜に出歩くのは危険でもあるのだが、夜は衛兵が巡回しているし、一般人が襲っても恩恵者である優希ならあしらえる。以上から夜に行動すると決めた優希は、今、昼間に出来る事を考える。


 優希は部屋の壁に掛けてある時計に目をやる。時間としてはあと八時間ほどある。これだけあればいろいろとできそうだ。この世界の時間の概念は元の世界と変わらない。一日二十四時間で時計も文字こそ違えど、配置や針の長さなどから、読み方も一緒なようだ。銀行といい時間と言い、異世界だというのに親近感が凄く感じられる世界だ。


 優希はクローゼットにしまってあった服に着替える。紺色のシャツに革製の胸当て、カーゴパンツとこれまた革製のブーツという冒険者装束だ。制服と違って動きやすくも、気慣れないためにぎこちなさを隠せずにいる。胸当てやブーツなど元の世界ではつけたこともないため、多少の締め付けに息苦しさを感じるが、まあすぐ慣れるだろう。


 優希は着替えてベットに放置されている制服、黒のブレザーと赤いネクタイ、ズボンはクローゼットにしまい、シャツは畳んでおいておく。あとで選択するためだ。アルカトラは中世風な街並みとは裏腹に、生活の技術は発達している。一階の天井に設置してあった石は、アルカトラでの灯りだ。周りが暗くなるとこの石――輝石きせきは自ら暖色系の光を生み出すのだ。消す際は布などをかぶせればよいし今では紐を引けば輝石の灯りを遮断する入れ物も存在している。蝋燭などと違い電機などが要らず永遠に使えるというとてもエコな石だ。まあ石自体は限りがあるが。


 このように異様な力がある石――魔石によって作られた数多くの魔道具で、アルカトラは生活を便利にしている。洗濯も風魔石と水魔石によって洗濯機に似た物を作っており、洗濯板でゴシゴシなど完全に古いのだ。木製の大きい筒に風魔石と水魔石を取りつけ、衣類と一緒に洗剤を投入。魔石は軽く撫でれば効果を発揮し、止めたい時も同じく軽く撫でるだけでいい。注意事項はあまり強く撫でないことだ。強く撫でると効果も比例して大きくなる。魔石の取り扱いに失敗して、部屋中が水浸しになり、風で家具が粉々……なんてこともあるようだ。
 魔石のほかに希少石もアルカトラでは重宝されている。希少石は任意で効力が発揮する魔石と違い、特定の条件で効力を発揮する。輝石がまさにそれだ。


 この宿では洗濯物は一階フロントの受付でお願いすればしてくれる。一回銀貨一枚。世知辛い世の中だ。だが、よくよく考えればタダで洗濯できる旅館など優希の知ってる限りでは元の世界でも知らない。洗濯してくれるだけありがたい。けれど金銭的に余裕のない優希は洗濯など後回しだ。少し汚いが当分は着まわして、洗濯も近くの川でこっそり洗うことになるだろう。


「さてと……始めますか」


 優希が昼間にするのは練度上げだ。一番効率の良い練度上げは魔族を倒すことだが、他にも恵術を使用すると多少の練度上げにはなる。それに鑑定士などの支援系恩恵は戦闘系恩恵と違い魔族を必要としないのが大きい。剣士や槍兵などの戦闘系恩恵は恵術を使用した場合周囲を破壊してしまうが、鑑定士は鑑定する物があれば恵術が使えるし、易者も占う素材があればいい。筆写師もまた同じだ。わざわざ魔境、魔界に向かわなくても、町中だけで充分練度上げが可能。


「とりあえずこれかな――【鑑定】」


 優希は支給された鑑定士用レンズを右目に装着して恵術を使う。レンズ越しに覗くのは装備しているのは革製の胸当て。鳶色の胸当てもレンズ越しに広がる赤い視界では混じって黒色に映る。そして、革製の胸当てに関する情報が目から脳にかけて流れ込む。脳に刻まれる用の情報を記録するのはなにやらむず痒い感覚だが、一回目に比べてこの感覚は薄い。これが慣れというものだろう。


 そして、鑑定の結果得た情報はとても少ない。名前など存在せず、材料は馬から採取したもので、価値も高くない。
 今ので鑑定の恵術は二回目、現練度は23、鑑定したのが簡単なものということもあるが、練度は上げれば上げるほど上がる伸びは悪くなる。最初は伸びやすいのにこの成長度は、鑑定したもの価値の低さを物語っている。
 しかし、部屋から出ないでも鑑定する物は多くある。窓から顔を出せば、町を歩く人が身に着けているもので充分恵術が使える。それも物によっては、


「――痛っ!」


 これが自分の許容限界を超えた場合の反応。練度が上がれば使える恵術も増える。そして、鑑定士が練度1から使える鑑定は練度に見合わない、つまり性能の高い武器などを鑑定した場合、少し頭に痛みが走る。もちろん視界に入っただけでは鑑定の効果が発揮できないため、間違ってしまうことも無い。鑑定は使用者が鑑定したいと認識した物のみ能力が反映されるからだ。しかし、鑑定するまでは自分が鑑定できるものかどうか判断が難しいため、今の優希は頭痛覚悟で練度上げをしなければならない。


「はぁあ、メリットもあるけどそれ以上にデメリットもある恩恵だなぁ」


 つくづく与えられた恩恵に不満を持ちつつも、優希は鑑定を続けた。
 衛兵、村人、向かえに見える店、見覚えのあるムキムキオネェ……は目が合う前に隠れた。
 鑑定対象は主に武器だが、武器を持って歩く人などこの町ではあまりいないため、合間にアクセサリーなども鑑定していた。鑑定の効果範囲は視認できる範囲で、鑑定できるものは無機物なら何でもいいようだ。


 そして、夜になるころには練度は250まで上がっていた。






 この町の夜は意外と静かだ。この町は八大都市と違って田舎であり、夜はほとんどの店は閉まっており、生徒たちも疲れているのか夜は早めに眠っている。ずっと部屋にいた優希と違い戦闘の訓練でもしていたのだろう。力があっても力の使い方を知らなければ無いのと同じだからだ。
 元の世界と違ってバイクの音もなく、聞こえるのは鈴虫から発せられる美しい音色のみ。優希にとってはとても落ち着く町だ。もういっそ、この町で静かに暮らしたい。


「けど、そうも言ってられないんだよなぁ」


 生きていく上で金が要るのはこの世界でも変わらない。優希は金銭的に余裕がないため、仕事を見つけなければならないのだ。恩恵者で眷属である優希が簡単に就ける仕事は集会所に行って恩恵に見合った仕事を紹介してもらうことだ。
 集会所は眷属なら誰でも利用できる仕事紹介所だ。町中から寄せられた依頼を内容によって眷属に紹介、管理してくれる。たとえば鑑定士の優希は鑑定の仕事を紹介してくれるのだろうが、今の優希では仕事にすらならない。この町ではギルドもないため、仕事の保証も自己責任だ。


 ギルドは眷属によって運営される集会所だ。集会所は税金によって運営されるため、誰でも依頼可能で眷属も恩恵の種類問わず仕事を紹介してくれる。しかし、ギルドは眷属が運営しているため、仕事内容もギルドによって様々で、仕事を受けられるのもそのギルドに入っている眷属だけで、仕事に関してはギルドが保証してくれる。ギルド創設者、及びギルドメンバーは眷属でないといけないなど、多少の規定はあるものの、実力次第では集会所で稼ぐよりも効率がいい。


 言うなれば集会所で活動する眷属は元の世界で自営業をしているようなもの。ギルドで活動している眷属は会社員だ。ギルドに信頼があれば一定の仕事は望める。つまり、ギルドで安定の仕事をしつつ、集会所で小遣い稼ぎという眷属もいるようだ。


 集会所での仕事が望めない優希は、普通に町の店で雇ってもらうのも可能かもしれないが、この世界の知識に浅い優希は、どこに行っても追い出されるだろう。元の世界でバイトなどはしていたため、多少の礼儀は心得ているが、アルカトラでは勝手が少し違う。それに、この町では人を雇う余裕も必要もない店がほとんどだ。


「やっと着いた。意外と遠かったな」


 優希が来たのは月光だけが光源の薄暗い町で、窓から漏れる灯りによって存在感を感じさせる大きな建造物。赤レンガで作らたレトロな景観のそれは、この町の唯一の情報源である図書館だ。この町では随一の大きさを誇るこの図書館は、入り口の門だけでもう重厚感あふれる扉だ。しっかりと衛兵も警備している。


 衛兵は元の世界で言う警察だ。鉄のヘルムに瑠璃色の騎士装束の上につけられた白銀に輝く鋼の防具。腰に携えた剣は鑑定した結果、なかなかの代物で、右手に持っている槍は鑑定しようとすると頭に痛みが走る。それほどの装備ということだ。


 衛兵のほかにシルヴェール帝国には近衛騎士団が存在する。近衛騎士団は衛兵と違って全員が恩恵者な上、戦闘経験なども一流の精鋭部隊だ。帝都での活動がほとんどだが、他の七都市にも出向くことがあるそうだ。こちらは元の世界で言う自衛隊、それもレンジャー部隊と優希は認識している。






 高さ二メートルほどある楕円形の扉の両端に直立して構える衛兵は、もうかなり暗いのに優希の入館を快く受け入れてくれた。
 そして、さすがというべきか、中は思っていたよりも綺麗だった。入り口の扉は開いていたため、少しだけ中の様子は確認できていたが、入った瞬間に本棚に敷き詰められた幾多の書物が優希を出迎えた。輝石によって中は明るい。人は数人いるが生徒達ではなく、アルカトラの住人だ。


「凄いな本がいっぱいだ。ラノベは……あるわけないよな」


 意外と生活感に元の世界との変化が薄かったことから生じた僅かな期待は一瞬のものとなって打ち砕かれた。少しがっかりしながらも、本来の目的はそこではない。情報を集めに来たのだと再認識し、優希は適当に書物を探る。一応この世界にもフィクションの小説などはあるが、どれも童話や昔話のようなものだった。そして、優希はいくつか本を手に取って、読書スペースへと持ち込む。机と椅子が完備されているそこは、時間的に人も少なく、座る場所も選びたい放題だ。


 優希が手に取った本は、地図や法、歴史や恩恵についてなど多分野だ。広く浅くで知識をつけていこうと思っている。本は分厚く、内容は文字だけでなく絵や図などもしっかりと記載されていた。思ったよりも分かりやすかった情報源は、優希の浅かった知識をそれなりに埋め尽くした。


 そして、取り憑かれたように本を読み漁っていた優希の集中が切れた頃には、暗かった町がすっかり和やかな朝の光に包まれていた。





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