生意気な義弟ができました。

鈴木ソラ

気になる先生ができました。〈番外編4〉





「バカかおまえは…!」


車が発進するなり、俺は運転席に座る零央を睨みつけた。

「が、学校まで来る馬鹿がいるかよっ」

俺が責めれば、零央は勝気な笑みで笑う。

「いーでしょ、先に仕事が終わった日くらい迎えに来ても。どうせ帰る家も同じなんだし」
「…そ、そうだけど…。…てか、さっき何話してたんだよ」

校門前で零央と楠木くんが二人で話していたのを思い出した。零央は赤信号を停車して答える。

「別に?ちょっと挨拶しただけ」
「あ、挨拶って、生徒にんなもん…」

俺が文句を言おうとすれば、零央は先に口を開いた。

「さっきのが、楠木くんでしょ?」
「……そうだけど、それがなんだよ」
「いいや?思ってたよりずっと生意気そうだったなーって」
「…は?なんだそれ」

零央の言葉の意図が上手く掴めず、俺は首を傾げる。しかし零央はそれ以上楠木くんについて喋ることも無く、家に着いた。

二人暮らしのアパート、今年から二人で住むことにした。零央は実家から大学に通って、俺は大学を卒業して就職したら、勤務先の学校が近いところで一人暮らしを始めた。それから3年間、零央と初めて離れて暮らすということを経験した。毎日会えない距離じゃなかったけど、同じ家に住んでた頃に比べたらやっぱ寂しかったな。


「おにーさん、夜ご飯作るけど何がいい?」

零央が家に着くなり冷蔵庫を開けて聞いてきた。まだ少しそのスーツ姿は見慣れない。

「ん、昨日の残りがまだ、ぅわっ」

俺も一緒に冷蔵庫を覗こうと近づけば、突然後頭部を捕まれ唇を奪われる。

「んっ、…んーっ…!…………っは、な、なんだよバカ」

肩を押して唇がようやく離れれば、次は顔を見る間もなくぎゅっと抱きしめられた。

「……はぁ、一緒の家に住んでるって最高」
「………なんだよそれ…前は住んでただろ」
「3年間、めちゃくちゃ寂しかった」

零央はやけに素直にそんなことを言うので、俺もぎゅっと抱きしめ返してみる。

「…でも零央、週4くらいで会いに来てたろ」
「それでも毎日は会えなかったじゃん」

本当に寂しそうにそう零すので、なんだか急に零央が可愛く見えてきて、俺は零央の髪を撫でる。

俺が大学を卒業して就職した頃、一人暮らしをすることになって同じように寂しいと思った。大学2年生になる零央に、どうせならこれを機に二人で家を出て一緒に暮らさないかって提案したけど、それは断られたんだよな。


『学生だとか義弟だとか、そういうの置いといて対等に暮らしたいから、おにーさんとは。ちゃんと俺も就職して金が稼げるようになったら、生活費とか全部半分ずつ出して暮らしたい。今二人で暮らし始めたら、おにーさんに頼ることになっちゃうでしょ』


そう言って零央は、俺からの誘いを断ったんだった。代わりに、ちゃんと就職したらすぐに二人暮らしする、って言ってたけど、宣言通りその日はあっという間に訪れた。

「………立派になったな、零央は…ほんとすごいよ、おまえ」

有名な大学出て一流企業に就職して、今じゃ車も運転できるようになって迎えにまで来てくれる。あの出会った頃のやる気のなさそうな零央が嘘みたいだ。

「………おにーさん、ベッド行こ」
「は、はぁっ?ちょ、待て待て、」

褒めてやったそばから、零央は俺をいとも簡単に抱きかかえてベッドルームに運んだ。離れて暮らしていた反動か何か知らないが、一緒に住み始めて数ヶ月ずっとこんな調子だ。顔を合わせればすぐにベッドに連れ込まれる。シーツの上で当然のように組み敷かれると、俺は楠木くんにキスマークを見られたことを思い出した。

「……れ、零央…だめ、今日は、やんない…っ」

俺の服を脱がし始める零央を止めると、零央は不満そうな顔をしてこちらを見てきた。

「…なんで?」
「……おまえ、すぐ、痕付けるから…だめ…」
「……分かった、付けないから」

零央はそう言ってまた俺のシャツのボタンを外し始める。

「ぜ、絶対付けるだろっ…」
「付けないって、見えるところには」
「なっ…」

文句をつけようと思ったが、そうする間もなく唇を奪われる。零央の舌が躊躇なく侵入してきて、息が止まりそうになる。

「おにーさん、心臓バックバクじゃん」

そう言って俺の胸元に垂れ下がったペアリングにキスをした。

まったく、無駄にイケメンなその顔面をどうにかしてほしいものだ。














朝になると、俺は騒々しいアラームの音で目を覚ました。と同時に、腰に鈍い痛みが走る。


「っ…………れーおー……起きろって」

隣でまだ眠る零央の体を揺すると、眠たそうに瞼を少し開いてこちらを見てきた。

「……ん……もう朝…」
「そーだよ、早く起きないと遅刻するぞ」

俺がそう言ってベッドを出ようとすると、すかさず腕を引っ張ってドサリと零央に組み敷かれた。零央は俺の肩あたりに頭を埋めてまた寝ようとする。

「ちょ、重いっ…てか寝るなっ」
「……ちょっとだけ」
「俺も遅刻するだろバカ…。あっ、てかキスマ付けようとするなって…!」

どさくさに紛れて首に吸いつこうとする零央の顔を、俺は全力で遠ざけた。そうすると零央は不満そうにじとっとこちらを見る。

「…なに、もしかしてなんか言われた?今更キスマ付けるなとか、おにーさんそういうの別にたいして気にしてなかったじゃん」
「……そ、だけど……別に、ただ…零央俺の見えないとこ知らないうちに付けてるし…」
「…ふーん。でも昨日はちゃんと服着たら見えないとこに付けたでしょ」

そう言って、零央は俺の太腿にするりと指を這わせた。俺は思わずビクッと反応して零央を睨みつける。俺の太腿にはこれでもかというくらい痕が付けられていた。

「つ、付けすぎ、だろっ」
「だっておにーさんが首に付けさせてくれないから」

なんでこっちが悪いみたいになってるんだ…!

「と、にかく!キスマ付けるなよバカっ」
「だーかーら、理由教えてって、ただそれだけじゃ納得できない」

零央は俺の喉に唇を寄せてそう言った。

…………こんなとこで楠木くんの名前を出したら、もっと面倒なことになりそうだし…。なにより、生徒にキスマについて咎められたなんて、情けなさすぎて零央には言えない…。

「…………な、なんでも、ないって」

俺が零央から視線を外してそう呟けば、零央は口角を少し上げてこちらを見た。

「…おにーさん俺に嘘つくんだ?へぇ、じゃあお仕置き」
「へっ、」

全く笑っていない目でこちらに視線を送ると、零央は俺の喉に舌を這わせてから、一瞬のうちにがぶりと噛み付いた。ビリッと喉から痛みが走って俺はぎゅっと目をつむる。

「い"っ、……った…、ぇ、痛い、」

あまりのその予想打にしない行動に、俺は訳が分からず零央を見た。零央はそんな俺を見てから、噛んだ箇所をぺろりと舐めてから笑った。

「お仕置き」

そのとき俺には、今目の前にいるこいつがただの獣にしか見えなかった。






















「鴨野先生、珍しいですねこんな時間に」

急いで職員室に入れば、もう既に毎朝恒例の職員会議が始められていた。他の先生たちもこちらを見て笑っている。

「す、すみません、遅刻ですよね…」

まだ会議は始めたばかりのようで、みんな笑って許してくれた。こんなことになったのも、すべて零央のせいだ。




「先生、どうしたんですかその包帯」

会議が終わるなり、隣の席の先生が俺の首を見て興味ありげに聞いてきた。俺は目を泳がせて答える。

「…あぁ、えっと…ちょっと首ひねって…」

一緒に住んでる恋人に今朝噛みつかれました、なんて正直に言える訳もなく、テキトーに誤魔化す。楠木くんに首のキスマークを指摘されたばかりなのに、懲りずに噛み跡なんて付けて学校に来たらまた怒られてしまう。そう思って朝大急ぎで応急処置の包帯を首に巻いた。


それから一日ずっと、生徒からは首の包帯について散々聞かれた。好奇心旺盛で本当のことがバレるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、なんとか誤魔化しきれたようで俺は夕方ひとり数学準備室で大きくため息をついた。

集中して授業の準備をしていたせいか、気づけば外は暗くなりかけていて、俺はハッと立ち上がる。

…まずい、今日生徒会の方生徒に任せっきりにしてたんだった…。

そろそろ様子を見に行かなければと、準備室を出ようと扉に手をかけようとした瞬間、それは俺が開く前にガラリと動いた。


「わっ、」
「…あ、すみません、ノックもせずに」

目の前に顔を出したのは楠木くんで、俺は思わず一歩後ろへ後ずさる。

「え、あ、ううん。ちょうど今、そっちの様子見に行こうと思ってたんだけど…」
「生徒会なら今終わりましたよ。思ったよりすんなり進んで問題もなかったので、先生に見てもらいたい書類だけ持ってきました」

そう言って、楠木くんは後ろの扉を閉めてから持っていた書類をこちらへ差し出した。丁寧な字で文化祭の予算案についてまとめられている。

「そ、そっか、ごめんね参加できなくて…ありがとう。これもちゃんと目通しておくね」
「…はい、お願いします」

書類から顔を上げて楠木くんを見れば、バチッと目が合った。俺は思わず視線を外してしまったが、楠木くんはまだこちらを見ているようだった。

「……え、えっと…まだ何か、あったかな…?」

じっと見つめられるのに耐えられず俺がそう問うと、しばらくしてから楠木くんが口を開いた。

「……首、ほんとはどうしたんですか」

そう端的に発せられた言葉は、俺の触れて欲しくないところを突いてきた。俺は言葉に詰まって何も言えずに視線を泳がせる。

「ひねったって、嘘じゃないんですか?」

楠木くんは、表情を変えないままそう問い詰めてくる。他の生徒に誤魔化しが効いても、この子だけにはなぜか見透かされてしまう。

「……く、楠木くん…その、これはなんていうか…」

また、教師としてどうなのかと言われてしまう。けれどこれ以上の誤魔化しも通用するはずなく、どうしていいかと頭が真っ白になる。

「また、キスマークですか。気をつけてくださいって言ったのに、包帯なんか巻いてたら逆に生徒の注目集めちゃいますよ」

楠木くんは半ば呆れたようにそう言った。

「き、キスマーク…じゃ、ないんだけど…」
「じゃあなんですか、どちらにせよ人に見せられないものに違いはないんですよね」
「…ま、まぁ……」

俺が曖昧に答えれば、楠木くんはため息をついた。

「包帯も崩れかかってますし、隠すのはいいですけど、こんなんじゃすぐ取れちゃいますよ」
「じ、自分じゃ巻きづらくて…朝も急いでたし…」

零央が元凶だというのに、本人は呑気に出勤する支度をしていた。本当にムカつく奴だ。

「巻き直しましょう、どうせひとりじゃできないでしょ」

楠木くんは俺の首に手を伸ばすと、淡々とした口調のまま包帯をはずし始めた。

「えっ、あ、楠木くん…っ」

俺が制止する間もなく包帯ははずされ、楠木くんは下から覗いた俺の首をじっと凝視した。思わずかぁっと体温が上がる。

「……先生、これは、」
「みっ、…見なかったことに、して欲しぃ………」

俺がそう言うも、楠木くんは相変わらずこちらをじっと見つめているようだった。

「…見ちゃったので、もう無理ですけど…。どうしたんですかこれは」

俺がその質問にも答えられずに黙ると、楠木くんは包帯を巻き直しながらまた言葉を零した。

「恋人、ですか」

そのワードにまた俺の体温が上がるのがわかった。俺は誤魔化すことも出来ずに、情けなくコクリとうなづく。

「…く、楠木くんには…みっともないとこ見せてばっかでごめんね…。ほんと、こんな教師、恥ずかしいよね」

俺は何度も心の中で今朝の零央を責めた。もちろん本人にそれを言ってしまえばさらにまずいことになるのは分かっているが。

「…まぁ、なかなかいないですよね、先生みたいな人は」
「うっ…ほんと、ごめん…」

楠木くんは綺麗に包帯を巻き終えると、俺から一歩遠のいて変わらない様子でこちらを見つめた。

「…でも、俺みたいな生徒も、なかなかいないです」
「……え?」

ぼそりと零すように言われたその言葉の意味が俺にはよく分からなくて、思わず聞き返す。しかし楠木くんは答えてくれる様子もなく準備室の扉を開けた。

「じゃあ、俺はこれで」
「え、あ…」
「失礼しました」

そう言って行ってしまう楠木くんを、俺はただ呆然と見送ってしまった。

「………あ……お礼、言い忘れた…」

きっちりと巻かれた包帯を触れば、楠木くんがなんでもできる生徒なのだと改めて思い知らされた。





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