生意気な義弟ができました。
生意気な義弟ができました。最終話
零央との出会いから、あっという間に時が経った。零央は変わらず勉強に勤しむ生活で、俺は影で応援しつつ、日々は目まぐるしく経過していく。数ヶ月経って気づけば年を越し、大学受験日も目の前に迫っていた。
「…零央…大丈夫かな」
リビングで、俺はカレンダーを見つめてふとそう零した。その呟きを一番に拾ったのは、キッチンで夕食を作る母さんだった。
「大丈夫よ、零央くんだもの」
本番が間近に迫っているというのに、母さんは相変わらずの精神力でにこりと笑った。俺はもう、不安で不安で仕方ないというのに。
「零央はやると言ったらやる奴だよ、安心してなさい、真澄くん」
巧さんも、にこりと微笑む。
「…はい」
そして試験日当日の朝、俺は零央を玄関で見送る。
「………れ、零央、おまえならできるから、自信もっていけよ…!」
俺はそう言って、前もって買っておいた合格祈願の御守りを手渡した。そうすると零央は、いつもと変わらない勝気な笑顔を浮かべてこちらを見つめた。
「ありがとおにーさん。でも一番不安そうな顔してんのおにーさんだよ。大丈夫だから、俺のこと信じて」
男前にそう言って、ぎゅっと俺を抱き寄せた。
「絶対合格するから、待ってて」
俺は何も言えずにこくりとうなづいて、零央を見送った。自分の受験の時より緊張しているんじゃないかというくらい、俺の心臓は苦しくなっていく。
……あいつなら、あいつならできる。
「そっか、零央くん今日受験なんだよな」
喫茶店で、誠は隣のテーブルを拭きながらそう零した。俺は何杯目かのコーヒーに口をつけてうなづく。
「…ん、大丈夫だよな、あいつ頑張ってたし…」
「はは、真澄が一番緊張してるんじゃねーの?」
「し、しょうがないだろ」
俺は呑気に笑う誠を睨みつけた。
「きっと真澄くんの想いは届いてるよ、ちゃんといい結果が出ると思うな」
マスターは、ティーカップを洗いながらそう言った。なんだか、マスターがそう言うと説得力がある。
「何より、合格発表当日は、どんな結果であれ落ち着いて待ち構えていればいいよ」
「……う……今から緊張してきました…」
「おいおい、まだ試験も終わってねーのに」
誠にクスクスと笑われ、俺はムッとして再び睨みつける。
零央と出会ったのは夏休みだった。第一印象こそ最悪そのもので、絶対に仲良くなれない人種だと思っていたのに、なぜか零央は俺の中を掻き乱すことばっかりで。気づけば、心の中に零央という存在がストンと落ちてきた。いつの間にか俺の中で零央は大きくなっていって、俺にとって無くてはならないもののようになっていた。考えれば問題ばっかりで、それでもまっすぐに想いをぶつけてくれる零央に、惹かれてしまったんだ。家族としても恋人としても、零央は俺の大切な人だ。
目覚ましの音が微かに聞こえた。電子音を鳴らして、微睡みの中を軽快に邪魔する。
「……ん…」
朦朧とする意識の中で目覚ましを止め、時間を確認すると、どうやらもうすでにお昼頃のようだった。
「…………えっ、」
俺はベッドから飛び起きて、急いで下の階に降りる。
「か、母さん、零央はっ?」
俺が大声でそう聞くと、キッチンから呑気な声が聞こえた。
「さっき家出てったわよ〜起こしても起きないんだから真澄」
「だ、だって昨日眠れなくて…」
今日は大事な、大事な合格発表の日。そんな朝に大寝坊をして、零央を見送ることができなかったらしい。
「も、もう発表された?連絡はっ?」
「まだよ、落ち着きなさい真澄」
結局、俺は家にいても落ち着かなくて、当たり前のようにいつもの喫茶店に入り浸っていた。
「まだ連絡こねーの?」
「…うん、遅いよな…もう発表されててもいい頃だと思うんだけど…」
カウンター席で、俺はぎゅっとスマホを握りしめて俯いた。着信の鳴らないスマホが、酷くつまらないものに見えた。誠は今日はバイトではなく客として来店しているようで、珍しく私服姿でコーヒーを味わっている。
「にしても早いよな。今年後半は特に、いろいろあったし。麻海さんはもう少しで大学卒業して社会人、俺と真澄ももう四年生だぜ?」
「…ほんと、早いな。零央が越してきてからは特に…」
零央と出会ったのも、まるでついこの間のことのようだ。
「俺らのまわりって、この半年でかなり変わったよな。元凶はおまえか?」
誠は、俺をちらりと見てそう言った。俺はムッとして睨みつける。
「それじゃ今の状況が間違いだったって言ってるみたいだろ?どう思います今の発言?」
カウンターのマスターに話を振ると、マスターはいつもの優しげな笑みで微笑んだ。
「どうだろうね、正解なんてもとから無いけど。誠くんが今からでもやめたいって言うなら、僕は無理強いはしないよ」
マスターがそう零すと、隣で誠がクスクスと笑い始めた。
「ちょっと恵太さん、それ本気で言ってるの?もしかしてまだお試し感覚で付き合ってたりするんすか」
「……ここまできてお試しっていうのは、ちょっと無責任かな」
「そりゃそうっすよ。あんなことやこんなことしておいて、なぁ?」
誠はいたずらに笑ってこちらを見た。俺は突然話を振られて、かぁっと顔を赤くする。
「っな、そ、ういうのは俺に振るな…!」
誠とマスターはそんな俺を見て笑っているようだった。まったく、この二人は正反対なようで似ているところがある。
俺が笑う二人を他所にコーヒーをぐいっと飲み干すと、カウンターに置いた俺のスマホがブーッとバイブ音を鳴らしだした。俺は思わずガタリと席を立つ。
「っも、もしもしっ?」
慌ててその場で電話を取ると、スマホ越しに荒い息遣いが聞こえた。
『おにーさん、今どこ』
「…えっ?喫茶店、だけど…」
どうやら走っているのか、零央の声の周りからはガヤガヤといくつか人の声がして、たまに零央の呼吸音も聞こえる。
『今駅入ったから、そっち行く。ほんとは、会って報告したかったんだけど、我慢できなくて電話しちゃった』
「………え、ってことは、零央、」
俺はそこまで言って息を呑んだ。零央の次の言葉を待って、心臓がドクドクと心拍数を増す。
『受かった、大学受かったよおにーさん』
スマホの向こう側は電車の到着を報せるチャイムや人の声で騒然としていたが、零央のその声だけははっきりと俺の耳に届いた。俺は無意識に、喫茶店の扉を開けて外へと駆け出していた。
「……っいく、俺も行くから、早く会いたい」
『…うん、走って行く』
その言葉を最後に電話を切って、俺は無我夢中で駅まで走った。
こんなに一生懸命走ったのなんて、いつぶりだろう。とにかく今は、零央に会いたい。顔を見て、おめでとうって言ってやりたい。お疲れ様、ありがとう、よく頑張ったって、伝えたい言葉がどんどん溢れてくる。
…やっぱりおまえは、かっこいいよ、零央…。
目頭が熱くなるのを俺はぐっと堪えて、駅の改札口で零央を待った。しばらくすればホームから零央が出てきて、すごい勢いでこちらに向かって走ってきているようだった。
「零央……!」
俺が名前を呼ぶと、零央は改札を出てすぐ、俺に飛びついた。人目があるというのに、零央は構う様子もなく俺を強く抱きしめる。
「…おにーさん、……俺、やったよ」
息を切らしたままそう言われ、なぜだかさっきまで堪えていたはずの涙がボロボロと零れてきた。俺も周りなんて構わずにぎゅっと零央を抱き返す。
「…っ……うん……うん、やったな…やったな零央、すごいよ、おまえ」
「ありがとう、全部おにーさんのおかげ。おにーさんがいたから、真面目に大学受験しようって思えた」
いつの間にか俺が言おうと思ってた言葉を先に言われ、さっきまであんなにたくさん浮かんでいた言葉も、全部どこかに行ってしまった。こんなにも心から喜べることがあるなら、俺にはもうそれで十分すぎるくらいだ。他のものなんて望まない、零央といられるならきっとそれ以上の幸せはないだろう。後悔なんてひとつもない。零央がこんなにも頑張ってくれたんだ、俺との未来のために。
そこで俺はなんだか、ようやくこの先の未来というものに目を向けることができたような気がした。零央はまだ高校生で、俺だってまだ学生の身で、未来なんて大きなもの語るには早すぎると思っていた。けどそうじゃない、零央は俺に見せてくれようとしている。俺たちで歩んでいくこの先を。
「……ありがとう、零央…ほんとありがとな」
「こんな人前で泣くほど喜んでくれて、よかった」
「っ、は、早く帰るぞっ」
ようやくそこで、ここは改札口だということを思い出し、慌てて零央から離れた。零央は相変わらず生意気な笑顔で笑っている。
「早く父さんに言わないと。これでようやく堂々とイチャイチャできる」
零央は俺の隣を歩いて、珍しく子供のように無邪気な笑顔で笑った。俺からしたら、いつもそれくらいの可愛げがあれば丁度いいのだが。
「い、いつもおまえ遠慮無いだろ…!」
「えー、遠慮してる方でしょ」
また生意気にそう言って笑うので、なんだか反論する気も無くなってしまった。
「父さん、約束通り大学合格した。認めてくれるよね、俺とおにーさんのこと」
零央はリビングで、テーブルに向かい合う巧さんを見つめてそう言った。巧さんは表情を変えないまま、真剣な眼差しで零央を見据える。
「分かっただろ、俺が本気だって。気の迷いとか遊びとか、そんないい加減なものじゃない」
こんな真剣な場で不謹慎だとは思いながら、そう強く言い切る零央に俺は内心ニヤけていた。巧さんは、零央の言葉を聞いてから、一度下に視線を落としてからまた零央を見た。
「…零央、いいのか、本当に。同性と付き合うっていうのは簡単なことじゃない。社会に出れば後ろ指を指されることだってもちろんある。…それは零央だけじゃない、真澄くんもだよ」
そう言って、巧さんは俺に視線をやった。俺は一息置いて、その言葉に答える。
「…俺は、大丈夫です。もう決めたので」
俺がそう言うと、巧さんは何も言わずに俺と零央を交互に見た。
「ふふ、巧さん、もういいじゃない。私たちじゃ二人は止められないのよ。それより今は、零央くんの合格を祝いましょう」
母さんが微笑んで巧さんにそう言うと、巧さんは仕方ないというように大きく溜息をついた。
「…そうみたいだな。二人の気持ちはよくわかった、もう好きにしなさい」
巧さんは立ち上がると、零央の頭に手を伸ばして髪をぐしゃぐしゃと思いっきり撫でた。
「…合格おめでとう、零央。よく頑張ったな、おまえは自慢の息子だ」
巧さんはさっきの真剣な表情とは打って変わって、嬉しそうに笑う。零央はそれを少しうざがるように不服そうな顔をした。
「零央、ほんとおめでとう。嬉しいよ俺」
零央は崩れた髪を直しながら、じっとこちらを見つめてくる。一瞬口角を上げて、直後に軽く触れるだけのキスをされた。あまりにあっという間の出来事で、俺はポカンとしてしまう。
「うわ、マヌケ面」
馬鹿にしたように笑うので、俺はようやくハッと我に返った。
「っな、おま、」
俺がガタッと椅子から立ち上がると、見ていた巧さんは大きく溜息を吐いた。母さんは、若いわね、なんて言ってにこやかな笑みを浮かべている。俺は恥ずかしさのあまり何も言えなくて、ぎこちない動作で椅子に座って俯いた。
…………絶対許さん……。
隣の零央を睨み付けるも、本人は心底嬉しそうな笑みを浮かべてこちらを見ていた。そんな嬉しそうな顔、滅多に見ない。
………仕方ない、今日くらいは許してやるか……。
なんて、結局俺はいつも、こいつに絆されてしまう。
俺はたぶん、この先ずっと、零央を大切に想い続けるんだろう。
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