生意気な義弟ができました。

鈴木ソラ

生意気な義弟ができました。38話



「西くん、早くしないと映画館いっぱいになっちゃうよ」
「ち、ちょっと待ってくださいっ」


休日の昼頃、玄関から西くんを呼びかける。慌てて出かける支度をする彼を、俺はのんびりと見ていた。

支度を終えれば家を出て、駅へと向かう。

「せ、先生、天気大丈夫ですかね?」
「大丈夫大丈夫、西くん晴れ男でしょ?」
「えっ、えぇ?」

教育実習が終わってから一ヵ月ほど経った今でも、俺は時々こうして西くんと会っている。今日は、この間約束した映画を観に行く予定だった。

「それより西くん、また俺のこと"先生"って呼んだ」

俺がそう指摘すると、西くんは口元に手を当ててすみませんと一言謝った。

「…だ、だって先生は先生なんですよー…」

教育実習生と生徒というきっかけがあったからか、一ヵ月経った今でもそれが抜けきらないらしい西くん。別に好きだと言われた訳でも、言った訳でもない。ただの友人として時々会っているだけには変わりない。


目的の映画館まで来ると、休日だからか人混みで溢れていた。

「うわぁ、映画なんて観るのいつぶりだろ…すっごく久しぶりな気がします」
「一時間以上一緒にいると死んじゃうとかっていう呪いは、もう解けたんだ?」
「のっ、呪いなんかじゃ、ないですけど……、前よりかは、慣れたっていうか…」

少し俯き気味で西くんはそう答えた。その頬はよく見れば紅潮しているようだった。俺はそこであえて顔を覗き込んでみる。

「へぇ?それはよかった」

至近距離で目が合えば、西くんは想像通り顔を真っ赤にして慌てて俺から距離を取った。耳まで赤くして、相当恥ずかしいのだろう。

…それを分かっていて意地悪する俺も、やっぱり性格悪いかな。
 
西くんの表情豊かな反応を見てると、つい意地悪したくなってしまう。

…………これってやっぱり、真澄くんと重ねてるのかな…。













映画を観終えて、街をぶらぶらしようと提案すると西くんは嬉しそうにうなづいてくれた。


「映画、おもしろかったね」
「……ぜ、全然、集中できなかったです」
「どうして?」
「っ……せんせ…、…麻海、さんが、上映中ずっとこっち見てくるからですっ…!」

西くんは不満そうに紅潮しっぱなしの頬を両手で押さえて、ふぅ、と一息ついた。

「ごめんごめん、リアクションがおもしろくてつい。なんかお腹すいたよね、そこら辺で何か買って食べよう?」
「……は、はい…」

おいしそうなサンドイッチを買って、適当に飲み物も調達してくる。外に設置されたテーブルで少し遅めの昼食をとる。

「もう寒くなる季節だよね。飲み物、ホットでよかった?」
「はい、ありがとうございます」

街の人たちはみんな既に冬服で、たまに吹き抜ける冷たい風が11月の訪れを報せる。ボーッと街の風景を眺めていると、ふいに見覚えのある人物が目に止まった。向こうもこちらに気づいたようで、目が合えば歩み寄ってきた。


「どうも、お久しぶりっすね」
「誠くん、街で会うなんて偶然だね」

大学の方でも最近顔を合わせていなかった、誠くんだった。けれどどうやら誠くん一人ではなくて、後ろに眼鏡をかけた背の高い男の人が立っていた。その人と目が合うと、ぺこりと会釈される。

「あ、こっちはバイト先の……、…やっぱやめた。この人は、俺の彼氏です」

誠くんは、その人の腕を前に引き寄せて俺たちに紹介するようにして堂々とそう言った。俺はあまりにも唐突なことに一瞬言葉を失ってしまう。

「ちょっと、誠くん…いいの?」
「いいっす、別に麻海さん相手だし」

少し困ったようにするその人に、誠くんはいつもの調子で笑う。

「こんにちは、俺は誠くんと同じ大学で一個上なんです。麻海って言います」
「話には聞いてるよ、真澄くんや誠くんからね」
「あ、もしかして喫茶店のマスターですか?それなら俺も話には聞いてます、コーヒーが美味しいとか」
「本当に?嬉しいな。瀬戸 恵太って言います、よろしくね」

穏やかで温厚そうなその雰囲気から、きっと俺よりもっと歳上だろうということが分かる。

「そっちは?」

誠くんがふいに俺の隣に座る西くんに視線をやって、聞いてきた。

「あぁ、えっと…友達の、西 晴弥くん」

なんと紹介していいかわからず、当たり障りのないように友人として紹介する。

「あ、えっと、こんにちは」

歳上に囲まれてしまい、まだ話にもついていけていない様子だ。少しオロオロとして困っている。

「どうも、麻海さんの後輩の春日 誠です、よろしく」
「よ、よろしくお願いします」

気さくに挨拶する誠くんは、西くんに笑いかけた。西くんと歳の近い弟がいるからか、誠くんは話すのも気楽そうだ。

「…それで、えっと…じゃあ、今はデート中?」

俺が気になっていたことを誠くんに尋ねると、誠くんは躊躇なく答える。

「んー、まぁ、そういうことっすかね」
「今日は店の買い出しに付き合ってもらっててね」
「はは、俺が勝手についてきただけっす」

仲良さそうに話す姿は、どうやら本当に恋人同士らしい。西くんも二人を呆然と見つめてしまっている。

「そっちは随分歳の離れたトモダチですね、なんかありそうだけど……深くは詮索しないでおきます」
「あはは、そうしてくれると助かるよ」

笑い混じりでそんな話をしてから、誠くんたちは去って行った。そのあと西くんを見れば、なんだかポカンとしたまま彼らの後ろ姿を目で追っていた。

「西くん?どうしたの?」
「えっ……あ、いや…ああいう人たちもいるんだなって、思って…」

もう姿は見えないはずなのに、ずっと同じ方向を見つめたまま西くんはそう零した。まるでどこか他人事のようにそんなことを言うものだから、俺は珍しく言葉に詰まってしまった。

…俺の勘違いじゃなければ、西くんも同性の俺に気がある…はずなんだけど、どうしてそんなに他人事のように言うんだろう…。

なんだか腑に落ちなくて、俺は手元のホットコーヒーをじっと見つめた。

「…西くんってさ、どうして俺のことストーキングし始めたの?」

俺がふいにその話題を出すと、西くんはハッとしたようにこちらを見てから、視線を泳がせた。答えてくれないかとも思ったが、しばらくすれば、西くんは躊躇いがちにゆっくりと口を開いてくれた。

「………ひ、一目見たときから…知りたい、って…思ったんです…。…俺、こんなに誰かのことに興味持ったのって初めてで…好きなものとか嫌いなもの、趣味とか特技とか、その人の本音とか…。そういう深いところまで、知ってみたい、って……思い、まして……」

次第に萎んでいくように声が小さくなって、自分が何を言っているのか我に返ったのか、恥ずかしそうに顔を赤くして俯いた。俺より随分小柄で背丈が低いせいで、俯かれるとどんな顔をしているのかまったく見えない。

「す、すみません、俺変なこと言って…」
「変じゃないよ、大丈夫」

……一目惚れ、ってことで…いいのかな。

過去にも一目惚れと言われ迫られたことは何度かあったが、西くんに関しては、まだ好きの一言も告げられていない。告げられたところで、俺がどうするのかは、まだよく分からない。

俺も考え込んでしまって変な沈黙が流れると、それを打ち破ったのは西くんの方だった。

「あ、あの…お墓参りに、一緒に行ってくれませんか」

唐突にそう投げかけられ、俺はポカンとしてしまう。

「……え?…お墓参りって…おばあちゃんの?」

俺が聞けば、西くんはこくりとうなづく。

確か数年前に、西くんの育ての親だったおばあちゃんが病気で他界したと聞いた。

「…来週末、おばあちゃんの命日なんです。けど、親戚の家を出てからお墓参りに行くのは今年が初めてで…ちょっと、心細いなって…。迷惑だったら、いいんです」

西くんは眉を下げて笑う。

「迷惑なんかじゃないよ。西くんがついてきて欲しいって言うなら、行くよ」

俺がそう答えれば、どこかホッとしたようにありがとうございますと頭を下げた。

西くんは、小さな身体でたくさんのものを抱えすぎている。そんな西くんの負担を、少しでも軽くしてあげたいと思うのは、俺のただの気まぐれで、わがままなのだろうか。



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