生意気な義弟ができました。

鈴木ソラ

生意気な義弟ができました。29話



有名大学への合格を宣言した零央は、あれからこれまでよりも一層勉強に力を入れているようだ。

10月半ば、もうすぐ模試があるということもあってか、零央は学校から帰れば大体部屋にこもって机に向かっている。俺はその隣の部屋で、邪魔にならないよう静かに過ごす日々を送る。


「おにーさん」
「うわっ、」

不意に背後から声をかけられ俺は慌てて後ろを振り向く。

「な、なんだよ、部屋で勉強してたんじゃないの」
「ここ、教えてほしくて」

そう言って零央は、俺の目の前に問題の書かれた紙を見せた。

……ノックくらいしろよな…心臓に悪い。

「へえ、模試の過去問かー…あ、零央の苦手な単元だ」
「…別に苦手じゃないけど、嫌いなだけ」

一緒じゃないか、と思わずツッコミを入れたくなるような返事に、俺は笑いを堪えた。何に対しても負けず嫌いな零央は、今笑ったら絶対不機嫌になりそうだ。

「よーしじゃあ先生が教えてあげますね〜」

俺は分かりやすく上機嫌でその問題に向かった。何せ、この俺が零央に勝ることなんて勉強くらいしかない。唯一と言うのもなんだが、これだけは歳上らしく零央に教えてやれる。

「真澄せんせ、分かりやすくよろしくね」

零央が笑ってそう言う。ちょっと疲れてるのか、いつもの挑発的なムカつく態度はなく嫌に素直だ。いや、ただ勉強に真剣になってるだけかもしれない。

正直、零央が進路を決めたと聞いた時は不安に思った。偏差値の高い大学だし、人一倍努力しないとそう簡単には届かないレベルだ。幸い、零央は飲み込みも早いし教えたことはしっかり覚えていてくれる。きっとやる気になれば何でもできてしまう、高いスペックの持ち主なのだ。

零央があそこまで、自信満々に合格すると言うのだから、なんとなく本当に実現してしまうのではないかとこっちまで根拠の無い自信が湧いてくる。

「あー、そういうこと、やっと理解した」

零央が俺の解説を聞いて、シャーペンをくるくると器用に指の先で回しながらうなづいた。

「もったいないな、真面目にやればできるのに…なんで今までやってこなかったんだよ」
「別に?真面目にやらなくてもそこそこの評価はもらえてたし、別にいいかなって。…今は違うけど。ちゃんとやらなきゃ結果出ないし」

努力しなくてもある程度のことは出来てしまうせいか、それ以上の向上心というものが無かったのだろうか。けれど今、はっきりとした目標がある零央は、それを達成するためにこんなにも努力している。

第一印象こそ、愛想がなくてテキトーな奴だと思ったけど、やるときはやる芯のある奴だっていうことが今なら分かる。

「ここ最近、ずっと机向かってるよな。遊び行ったりとかしなくていいのかよ?…ほら、前は夜出かけたりしてたし、付き合い?とかもあるんだろ?」

気づけば、最近は零央が家を出て友達と遊びに行く姿も見ていない。

「まぁ無くはないけど、別にそこまで仲良いわけでもないし?それにほら、みんな受験生なわけだしわざわざ遊びに誘ってくる奴もあんまいないよね」
「……そっか…」
「なに?おにーさんもしかして寂しくなっちゃった?最近俺が構ってあげれてないから」

零央は俯いた俺の顔を覗き込んでニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。

「っ、ちが、おまえは受験生だろ!真面目に勉強してればいいんだよ!」
「えー、ほんと素直じゃないなおにーさん、余計な意地張っちゃってさ」
「う、るさいな…別に意地なんか張ってないし…」

真面目に勉強に取り組むのはいい事だし、それを俺が邪魔していい権利なんか何も無い。とにかく今は、俺がわがままを言ってる場合じゃないんだ。やる気になってる零央に、このまま受験勉強へ集中してもらわないと。

「いいから、早く部屋戻れよ」
「はいはい。勉強終わったらご褒美ちょーだいね、おにーさん」

零央は意地の悪そうな笑みを浮かべて、部屋を出ていった。

……ご、ご褒美って……。

俺は思わず変なことを想像してひとりで恥ずかしくなった。けれど、それで零央のモチベーションが上がるならまあいいか、なんて思ってしまっている俺がいる。

俺はそこまで考えて、目の前のテーブルに突っ伏してごつんとおでこをぶつけた。

「……はぁ………完全に毒されてる………」

気づけばいつも零央のペースで、なんだかんだ言って流されてしまう結果が目に見える。

…って……馬鹿か俺…ご褒美って別にそう意味じゃ…。

真剣に勉強してる零央になんだかとてつもなく申し訳ない気持ちになった。

するとふいに、部屋の扉がコンコンとノックされた。そこから顔を出したのは、巧さんだった。

「真澄くん、ちょっといいかな」
「あ、はい」

巧さんに呼ばれて、俺は下の階へ降りることにした。


「改まってすまないね、少し零央のことを聞きたくて」

テーブルに向かい合うように座って、巧さんが少し困ったように微笑む。

「…零央のことですか?何かあるんですか」
「何かと言えば、それはまあいろいろ…」

……うっ…………確かに、巧さんにとって零央は不安の種しか持ってないような息子なんだろう……。

「けど今は、ほら、やっぱり大学のことかな。真澄くんには本当に感謝してるよ。大学とバイトで忙しいだろうに、夏休み明けもずっと零央の勉強を見てくれて…」
「いや、俺なんか…そこまで力になれてるのかどうか…あいつが、頑張ってるんです」
「優しいね、本当に。零央は真澄くんのそういうところが好きなのかな?」

巧さんが突然そんなことを言うので、俺は思わず言葉を失って赤面する。

「れ、零央は負けず嫌いで粘り強いから…実は勉強に向いてるんだと思いますっ……だから、巧さんもどうか、信じてあげてください……!」

俺が必死に訴えると、巧さんは穏やかな笑顔で優しく笑った。

「…平気だよ…そこまで心配しなくてもあいつのことは信じてる。一度やると決めたら諦めないからな、昔から」
「…………よかった……正直俺、すっごく不安だったんです…。零央と巧さんの仲が悪くなったら、せっかく親子なのにって…」

俺は俯き気味に呟いた。脳裏に昔の思い出がよぎる。

「……真澄くんの実の父親は、確か交通事故で亡くなったんだったよね」
「……はい、俺が6歳の頃でした、もう15年も前のことですけど…。零央と巧さんは血の繋がった唯一の家族だし、大事にしてほしいんです」

そう呟くと、巧さんは優しく微笑んでうなづいた。

「…零央も幼い頃に、親の身勝手で母親とは別れさせてしまったけど…大丈夫だよ。今回のことが理由であいつを見放したりしない。………それに…」

何か言いかけてから、巧さんは複雑そうな表情で俯いた。

どんな気持ちなんだろうか。
巧さんは、零央や俺に同じ思いをして欲しくないから反対するのだと、母さんが言っていた。それって、巧さんが男の人と付き合ってたっていうのに、何かしら苦い思い出があるからだろうか。

そんなことを聞いてしまったら、巧さんは不愉快かもしれない。それでも、少し知りたいと思ってしまった。

「……あ、あの……母さんから、聞きました…。巧さんが過去に、男と付き合ってたことがあるって…」

俺が今にも消え入りそうな声で言うと、巧さんは目を丸くして呆気にとられたようにこちらをしばらく見つめた。やはり引き返そうかと口を開こうとした時、巧さんは少し気まずそうな顔をして目を逸らしてから、いつもの笑顔で微笑んだ。

「…………はは…恵美は本当におしゃべりだなあ。…うん、そうだよ。すまないね、格好がつかない父親で」
「い、いや、そんなことないです!…ただ、その…意外だったんで…」

巧さんは、困ったなと一言呟いて笑った。

「大学生の頃に少しね、…でも続かなかったんだよ。相手も俺も別に同性愛者ってわけじゃなかったからね。お互いに惹かれ合ったのには違いないけど、…やっぱりどこかで違和感があったのかな」

巧さんは遠い記憶を遡るようにどこかを見つめて穏やかな口調でそう言った。そこには何の心残りなんて無いような落ち着いた眼差しが向けられている。

「……すみません、こんな話掘り返して…。…巧さんが反対するのは、そういうことに対する、偏見なんだと思ってたんで…」
「構わないよ。……偏見、っていうのとは違うけど…親として止めるべきなのかと、必死に葛藤したよ。その点、恵美は清々しいほど割り切っていたな」

巧さんはどこか楽しそうだ。やはり、優しい人なんだろう。

「自分と同じ結末を辿ると思うと、反対しなくちゃいけないと思ったんだ。……けど、それはもしかしたら勘違いだったかもしれないね」

まるで俺に問いかけるように、巧さんはこちらをじっと見つめた。零央とよく似た不敵な眼差しに少しドキリとする。

「余計な心配は要らなかったみたいだ」
「……え?どういう…」
「昔、俺には無かったものが二人にはあるのかな。……そういうことだよ」

そう言って、ニコリと微笑まれる。それでも俺は巧さんの言っていることがよく分からなくて小首をかしげた。

「……そうだ、零央もこの事を知ってるのかい?」

この事、とはつまり巧さんが男と付き合ってたことがあるっていうのを指すのだろうか。

「へ、平気です、零央は知りません」
「そうか、なら良かった。さすがに実の息子にそんな格好の悪い話聞かせられないからね、父親としての面目が立たないよ」

眉を下げて少し頼りなさそうに笑う。

そんな話を、俺がずかずかと聞いてしまってよかったのだろうか。

踏み込んでしまったことに少し申し訳なく思っていると、巧さんも何か思ったことがあるのか言いづらそうな表情で口を開いた。

「真澄くんって、零央に抱かれてるんだよね?その…身体とか、大丈夫?」

心配そうに顔を覗き込まれて、ドキッとした。

「あっ、え、だっ、」

唐突な言葉に俺は恥ずかしくも動揺して、ただ赤くなって言葉が出てこない。

だってまさか、巧さんにそんな話振られるとは思っていなかったから。

「…ほら、あいつは少し横暴なところがあるからね。ただでさえ抱かれる方は負担が多いのに、乱暴にされてたら身が持たないだろう?」
「……へ、へーきです……一応…身は持ってます…」

なんだかその口振りは、まるで巧さんが………、…って、え?

「えっ…たっ、巧さんって……抱かれてたんですかっ?」

俺は思わず好奇心のあまり身を乗り出すほど食いついてしまった。

だって気になるじゃないか、そんなふうに言われたら。

巧さんは少し驚いてから、また困ったふうに笑ってみせた。

「……はは、それはまあ…秘密だな」
「えっ、え、」

なんだそれ、すごい気になるじゃないか。

巧さんはもどかしく思う俺の反応をなんだか楽しそうに見つめて笑う。親子揃って俺で遊ぶのが得意らしい。

「ありがとう真澄くん、こうして二人で改まって話すこともなかったからね。零央をよろしく頼むよ」
「……は、はい」

義理の兄としてか、恋人としてか。巧さんの言うことに深くは言及しなかったものの、その疑問は俺の中に留まった。やはりそれは、零央の受験次第なのだろうか。


すると突然、二階からガタッと何か物音が聞こえた。俺と巧さんは二人揃って天井を見上げてしまう。

「……なんの音だろう」
「………す、すごい音しましたね…ちょっと零央のとこ見に行ってきます」

俺は真上からの物音に少し不安を抱きつつ二階へ上った。零央の部屋の扉の前に立ってノックするが、返事はない。零央、と呼びかけても結果は同じだった。恐る恐る扉を開けてみると、そこには、カーペットの上に倒れる零央の姿があった。俺は思わず息を呑んだ。

「れ、零央っ…?」

すぐさま駆け寄ると、零央は苦しそうに息をしていた。起こそうと触れた体は熱くて、どうやら高熱を出しているらしい。

「お、おい、大丈夫?ベッド!とりあえずベッド行こう…!」

慌てて零央の体を起こそうとするも、生憎そんな筋力は持ち合わせておらず、泣く泣く巧さんに手伝ってもらって零央をベッドに寝かせることができた。



「……おい…体調悪いなら言えよな…」

零央のおでこに冷えピタを貼って俺は不満を前面に出した。

「急に倒れるから、死ぬほど驚いた」
「………んー……」

零央は項垂れた様子で覇気のない返事をして、聞いているのか聞いていないのかよく分からない。

……体調不良とか、さっきまで勉強教えてたのに全然気づかなかった…。こいつ、そういうのはすぐ隠すから俺が気づいてやらないといけないのに。やはり近頃、無理をしていたのだろうか。急に勉強漬けの生活になって、なんでもないような顔をして疲れを隠していたのだ。

「…………はぁ……」

俺が溜息をつくと、ふいに服の袖が引っ張られた。

「…なに、落ち込んでんのおにーさん……別に、気にしないでよ。こんなん、ただ風邪こじらせただけだってば」
「……………死ぬなよお前…」

辛そうに顔歪ませてるくせに、そんな強がりばっか言う。

「…死なないでしょこれくらいで……はぁ、でも…頭ガンガンする……」

元気の無い声でそう呟くと、ベッドの上で頭を抑えた。

「…薬、あとで持ってくるからな。…悪い、早く気づいてやれなくて…」
「…おにーさんの手厚い看病があれば?すぐ治るでしょ」
「……で、でも……」

零央はそんなふうに言うけど…やっぱり無理させていたんだったら、俺に責任が…。

ベッドの傍で俯くと、零央がクスリと笑って俺の頭に手を置いた。

「…なんか余計なこと考えてない?ほんとおにーさんそういう癖あるよね、そんなことより早く俺を治すこと考えてよ」

そう言って俺の髪をくしゃくしゃと撫でた。

…頭を撫でられるなんて何年ぶりだろうか、しかも歳下の義弟になんて、少し情けない。

「…っもう、いいから寝てろ!薬と水持ってくる!」
「あーあ、恥ずかしがっちゃって、顔赤いよおにーさん」

零央がなんか言ってくるけど、俺は無視してリビングまで降りた。こんなときまであいつはムカつく奴だ。


















「薬と、水もここに置いとくな。母さんと巧さんは仕事だけど、学校には欠席の連絡入れてくれたから。…あ、あと、俺もバイト終わって夕方頃には帰ってくるけど、ちゃんと飯食べろよ?簡単なの作ってあるからな」

俺が念を押すように零央に言い聞かせると、零央ははいはいと二つ返事をして俺を玄関で見送った。病人なんだから部屋で大人しくしてればいいのにわざわざ下まで降りてきて、倒れられても困るっていうのに。

俺はそのまま大学に向かって、講義を受けた。本当は一日零央についてやりたいけど、そういう訳にもいかない。家に一人にしてしまって少し心配だが、そんなことを言ったらまた零央に心配症だと笑われそうだ。











「へー、零央くんが熱?」

大学の食堂で、うどんをすすりながら誠が言う。

「ん、やっぱ無理させすぎたのかなって…あいつはあいつでそういうの隠したがるし、全然気づかなかった。模試近いのになんか悪いことした気分…」
「大変なんだな零央くん、まあ受験生だし当然と言えば当然か。その点うちの弟には不安要素しかねーな…来年は受験生だってのに」

誠は兄貴の顔をして溜息を着いた。

「あー、成樹くん?確かにちょっと心配かもな。誠も勉強教えてやれば?一応教職目指してんだし」
「…えー、あいつ覚え悪いし……あ、でもなんか最近は?勉強教えてくれてる子がいるみたいだな。姉貴に真っ赤な小テスト叩きつけられる姿もしばらく見てねーな」

成樹くんは、誠の家に遊びに行くと大抵はいるちょっと不良っぽい誠の弟。髪色はいつも明るいし、別に何されたという訳でもないが喧嘩早そうで少し苦手なタイプだ。でも愛想はよくて人懐っこいし意外と話しやすかったりする。

「あ、そうだ思い出した」

誠が唐突に声を上げてこちらを見た。

「え?なに?」

俺が聞けば、誠は周りを確認してからひそひそと話し始めた。俺もそれに耳を傾ける。

「この前、駅で麻海さん見かけたんだけどさ、なんか男子高校生と一緒だったんだよ」
「…へぇ、それが?」
「いやさ、これは俺の想像なんだけど、ひょっとしたら麻海さんにも良い人ができたのかなって」

誠は唐突にそんなことを言い出す。俺は少しポカンとしてしまった。

「…でも別に、もしかしたら塾生とかかもしれないだろ?駅で偶然会っただけとか」
「俺もそう思ったんだけど、なんかすげー親しげだったっていうか、麻海さんって基本あんま人に心開かないタイプだけどさ、愛想笑いとかしてるように見えなかったし」

確かに、麻海さんは塾のバイトでも生徒とは程よい距離感を保っているように見える。あの容姿だしきっと生徒に迫られることもよくあるんだろうけど、一線を超えたという話は聞いたことがない。あの少し近寄り難い雰囲気は、ただ突出した容姿からだけじゃなく、本人があえてむやみに人を近寄らせないようにしているということもあるのだろうか。

「教育実習から帰ってきてからさ、なーんか吹っ切れてね?麻海さん」
「……えー、そうか?全然分からない…」
「まぁ真澄は鈍感極めてるからなー、気づかなくて当然じゃねーの」

誠が馬鹿にするようにして言うので、俺はムッとした。けれど零央の体調不良にすら気づかなかった俺は、何も言い返せない。

その点、誠は何にでもすぐ気づくし勘は鋭い。誠がそう言うならきっとそうなんだろう。

……もし、麻海さんが俺以外の人へ好意を向ける事ができてるんだったら、それは俺も少し嬉しい。麻海さんにはちゃんと幸せになってほしいんだ。



















バイトを終え、塾から帰宅する夕方頃。家の近くまで来ると、玄関前に誰かが立っている姿が見えた。

手にはコンビニの袋を持って、よく見ると零央と同じ学校の制服を着ている。

……このままじゃ家に入れないし、スルーするわけにもいかないよな…?

「…えっと、うちに用ですか?」

俺が恐る恐る声をかけると、その男子高校生はじっとこちらを見てから、人懐っこい笑みでニコリと笑った。


「あ、どうも。俺、零央くんの親友の相良さがら 大和やまとって言うんですけど、熱出したらしいんで見舞いに来ました」


明るくハキハキとそう言ったその人物に、俺は少し妙な不安を覚えた。



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コメント

  • きつね

    待ってました!!ありがとうございます!
    いや、巧さん紳士やな…

    1
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