生意気な義弟ができました。

鈴木ソラ

生意気な義弟ができました。28話



「零央、夕飯は食べないのか」

巧さんが零央へと問いかける。しかし零央はリビングの誰とも目を合わせないまま二階へと上がっていってしまった。

最近ずっと、こんな調子だ。

巧さんの呼びかけには無反応だし、俺が話しかけても素っ気ない態度しか示さない。

このままずっとこんな状態なのは、絶対に嫌だな…。

「…零央くん、ここ最近朝食も食べずに学校に行っちゃうけど、学校でしっかり食べてるのかしら…」

母さんが心配そうに零央の出ていった廊下の方を見つめた。

どうやら母さんは、零央と俺の関係については巧さんから話を聞いたらしい。特に何も言っては来ないが、母さんは俺たちのことをどう思っているのだろうか。

「真澄、あとで零央くんの部屋にご飯持って行ってあげてちょうだい」
「……うん」

このまま、零央とも距離が遠くなって家族が壊れてしまったり、しないだろうか。特に、零央と巧さんは何かと衝突が多くて、不安だ。




いつも賑やかなはずの夕飯はここ最近静かで、俺はもちろん、巧さんもなにか喋ろうとはしなかった。たまに母さんが、明日の天気がどうとかひとりで話すだけだ。

夕飯を食べ終えて、頼まれた通り零央の分の夕飯を運びに行く。コンコンとドアをノックして開ければ、部屋の中は真っ暗だった。

「……零央、夕飯食えよ」

俺がそう声をかければ、ベッドの上でもそもそと人影が動く。焦れったくて電気のスイッチを押せば部屋全体が明るく照らされる。

「零央、意地張るのやめろって、子供じゃないんだから…腹減ってるだろ」
「…………別に、意地なんか張ってない。ただ、父さんと同じ食卓を囲む気にはなれないってだけ」

抑揚のない声でそう返ってきて、俺は少し息を吐いてから持っていた零央の夕飯をテーブルにガタッと置いた。

「わかった、いいから。零央、ちょっと話そう」

俺がそう言うと、しばらくして零央はベッドの上から起き上がる。黙ったままこちらを見据えてきたので、俺はベッドの前に正座をして向き直った。

「ちゃんと、考えなきゃいけないと思う、これからのことを」

俺がはっきりとした口調でそう言うと、零央は眉を顰めてこちらを見た。

「これからのことってなに、そんなのひとつしかない。父さんに認めてもらう、俺たちのこと」
「そ、それじゃ駄目だ、何も解決してない」
「じゃあ何、まさか別れるとか言う気?」

零央にまるで責め立てられるように言われ、俺は何も言えなくなってしまった。

"別れる"という、そのワードが胸に重くのしかかる。

……………言わなきゃ、ちゃんと、俺が。

「…………零央には、今はちゃんと受験に専念して欲しい…こんな揉め事とか、邪魔になりたくないんだ。だから、せめて巧さんとはちゃんと、」
「今とか受験とか、そんなのばっかじゃん。じゃあ何、受験終わったらおにーさんはちゃんと俺と付き合ってくれるの」

核心を突くようなその問いに、俺はぎゅっと拳を握った。手に嫌な汗が滲む。

俺は今こんなこと言ってるけど、零央の言う通りかもしれない。俺はいつでも、咎められることから逃げているだけなのか。

「……………俺は……零央に、人生を棒に振って欲しくなくて…だから…」

零央と目は合わせられないし、声は震えてどうしようもない。次の言葉も喉を詰まったように出てこない。

零央には巧さんとも上手くやって欲しいし、ちゃんと行きたい大学にも受かって、学びたいことを学んで、やりがいのある仕事を見つけて欲しい。それが俺の願いだ。

「…話にならない。俺は絶対おにーさんと別れたりしない」





























「…………ダメだった……」


大きな溜息をついて、俺はおしゃれなテーブルにゴツンとおでこをついた。

「まあそう気を落とすなよ、ほらサービスのコーヒーだ」

誠はそう言って俺の目の前にコーヒーを一杯置いた。香ばしいかおりがする。俺は一言礼を言ってそれに口をつけた。

「真澄疲れてんな、大丈夫かよ」
「……零央が分かってくれないんだよ……ただでさえ自分の意見主張するの苦手だっていうのに、零央相手だと、何だかあいつが正しいように聞こえてきてダメだ…」

結局俺は、この関係を周囲から咎められることを怖がっているのだろうか。だからこじつけみたいに零央にあんなこと……。

俺はそこまで考えてから、頭を横に振った。

……いや違う、俺はちゃんと、零央の将来を考えて言ってるんだ…。

「……マスター…助けてください…」
「ごめんね、こればっかりは何も出来ないよ」

マスターは困ったように笑った。

「マスターは、親とどうしてるんすか」

誠が、興味津々にカウンターのマスターに問いかけた。

「……僕は、高校卒業してから家を飛び出して上京してきたんだよ。だから実家は片田舎だし、二度と帰らないつもりで縁は切ってるんだよね」

特に暗い顔もせずそう答える。誠も、そうなんすか、と淡白に相槌を打つだけだった。

家族と縁を切るなんて、考えたことも無い。そんなの、相当の覚悟が必要なはずだ。

「僕はさ、昔から男しか好きになれない変わり者だったから、家族に受け入れてもらえないのがすごくショックだったんだよね。…そのうち家は居づらくなっちゃって」

まるでもう遠い昔話のように、いつもの穏やかな笑顔を浮かべてマスターは言う。

「マスター、かっこいいっすね」

誠が子供っぽく笑って言った。

本当に、かっこいい。俺にもそれくらいの勇気や行動力があればよかったのに。

生憎俺は、零央に言いたいことすらはっきり言えなくて、泣きたくなるほど情けない性格だ。

「……零央、もう俺の話聞いてくれないかも…話にならないとか言われたし…」

あいつは分かってない、まだ高校生で子供だから。俺は、もっとこれからのことを大切に考えて欲しいだけなんだ。

「平気だって。零央くんってさ、自分の意見しっかり持ってるから真澄はきっと押し負けちゃうんだろうけど、賢いからおまえの言うこと理解してくれると思うぜ」

誠は、どこか自信ありげに口角を上げてそう言う。その隣で、マスターも微笑んで相槌を打っている。

「…………また、説得してみるか…」

















「ただいま」

大学の講義を受けバイトを終え、やっと家に帰宅すると、母さんが食卓で缶ビールを開けていた。アルコールに強い方ではないので普段はあまり飲まないが、珍しくお酒を口にしている様子を見ると、やはり今回のことではかなり気苦労をかけているのだろうと罪悪感でいっぱいになった。

「母さん、ただいま。零央と巧さんは?」
「…あら真澄、おかえり。巧さんは今日は会社に泊まるそうよ。零央くんもまだ学校から帰ってきてないみたい」

…………零央のやつ、どこほっつき歩いてるんだ。

夕飯時を過ぎ、もうそろそろ帰ってきてもいいはずだ。何の連絡もなしに、まさか何か非行に走ってないだろうな、と少し不安になる。

すると母さんが、何も言わずに俺を椅子に座るように促す。母さんに何を言われるのか分からなくて、俺は少しドキドキしながら母さんに向かい合うように椅子に座った。

「……真澄は、小さい頃から自己主張が苦手でね。小学生のときは目立つのが嫌で、授業参観なんかでも一度も手を挙げて発表しなかったわよね。周りの子はみんな元気よく発表してるのに」
「……そう、だったっけ…」
「でもその分、心の中ではちゃんと強い自分の気持ちを持ってるって知ってるわ」

母さんは、微笑んで俺を見た。けれど、俺は目が合わせられなくて、下へと視線を逃がす。

「だからね、今回の事も…ちゃんとあなたの気持ちを聞きたいのよ。私は巧さんからしか聞いてないもの」

真剣な顔をして、母さんは俺をしっかりと見据えた。

……自己主張苦手だって知ってるくせに、そうやって言わせるから…母さんはやっぱりいつも少し強引だ。

俺は、一息飲み込んでから口を開く。

「…………ごめん、母さん。俺は…好きになったらいけない人を、好きになった。……男同士だし…義理とはいえ弟で…。母さんや巧さんを悲しませるって分かってたのに、俺は、ブレーキを踏めなくて。…………でもちゃんと零央のことを考えて行動するのが、義兄あにとしてすべき事なんだって、分かってる」

零央のことを一番に、あいつの将来を潰したりは絶対にしない。

俺が言うと、何故か母さんはクスリと笑った。

「ふふ、真澄ならそう言うと思ってたわ。真面目で、正しいことができる子だもの。…………でもね、実を言うと、私は別にいいと思ってるのよ?」
「………………えっ……?」
「驚いたけど、嬉しいの。真澄に、そこまで大切に思える人ができたことが」

母さんは当たり前だと言うかのように笑ってみせた。なんだかそれにホッとして、目頭が熱くなる。

「…で、でも、巧さんは…」
「巧さんは、……ふふ、これ言っていいのかしら」

母さんは少し考えるようにして笑う。俺はなんのことだか分からなくて首を傾げるしかできなかった。

「真澄にならいいわよね。あ、でも零央くんには内緒よ?きっと知られたくないだろうから…」

少し真面目な顔をして言う。

「あの人…巧さんはね、実は昔、男の人と付き合ってたの」

母さんはちっとも暗い顔をせず、まるで昔話をするみたいに言った。予期せぬ言葉に、俺は頭の中がフリーズした。

「そうは言っても本当に昔の話よ?前の奥さん、零央くんのお母さんともちゃんとやってたみたいだし…いろいろあって、まだ零央くんが幼い頃に離婚しちゃったらしいけど…。それよりもずーっと前の話よ」

………………巧さんが……男の人と…。

想像できない。そんな衝撃的な事実に、頭がついていかない。

「巧さんったら律儀で真面目だから、私にプロポーズするとき、そのことを打ち明けてくれたのよ?ほんとに優しい人なんだから」
「……母さんは、それを承知の上で、巧さんと結婚したの?」
「えぇもちろん、そんなの関係ないと思ったのよね。今こうして家族を大切にしてくれてるんだもの」

母さんは幸せそうに顔を綻ばせる。

「だから巧さんは、きっと心配してくれてるのよ。真澄と零央くんが上手くやっていけるのか不安で仕方ないの。自分と同じ思いはして欲しくないって思ってるんじゃないかしら」

巧さんが俺たちのことを反対するのは、世間体とか嫌悪とかそういうことじゃなくて、自分の過去の経験から、俺や零央が辛い思いをするのを止めたかったのか。

「…………でも……どちらにしろ…このままじゃいけないんだと思う。零央の将来は潰したくないし…巧さんだって、父親として強く反対してるから…」

どの道、許される関係じゃないのは確かだ。

俺が俯き気味にそう言うと、母さんは優しく微笑む。それが幼いころに向けてくれた陽だまりのような笑顔で、少し泣きそうになった。

「後悔しないようにしなさいね」
「………うん、ありがとう母さん」


巧さんにそんな過去があったことも、反対することの真意も、何も知らなかった。零央はきっと今も何も知らないでいるんだろう。巧さんがどんな思いで零央にああ言っていたのか、頼むから零央にもちゃんと伝わって欲しい。


































「……………………えっと……これは…?」


俺がバイトから帰った夜、なぜかリビングに呼び出されて家族全員がテーブルに揃っている。俺はいまいち状況が掴めずに間抜け面で首を傾げる。こうして全員でまともに向き合うのはなんだか久しぶりな気がして、どことなく気まずく重たくなった空気が漂う。しばらくの無言を破ったのは、巧さんだった。

「…零央、話ってなんだ」
「えっ、話って……零央が…?」

俺はてっきり、巧さんからの話があるのだと思い込んでいた。けれどどうやら、家族全員をここへ集めたのは零央らしい。

零央は、眉間にしわを寄せる巧さんの様子にも怖気ることなく、どこか落ち着いた眼差しで巧さんを見据える。

俺はなんだか嫌な予感がして、内心ドキドキと心臓が落ち着かないまま椅子に座っていた。


「目指す大学、ちゃんと決めた」

零央が唐突に、そんなことを言って巧さんをじっと見つめた。巧さんは、それに目を丸くして怪訝な顔をする。零央は徐にテーブルの上に一枚の紙を出した。

「進路希望調査、今までテキトーな大学書いて出してたけど、今回は俺なりに考えて決めた」

そこには、第一希望に有名な大学の名前が書かれていて、俺は目を疑った。

「れ、零央、S大学って…おまえ、こんな偏差値高いとこ……!」

おもわずガタッと立ち上がって出された進路希望調査に目を見張る。

「俺は決めたらちゃんとやる、ここを目指す」

零央は真面目な様子でそう断言した。すると、巧さんはその大学の文字をじっと見つめたままゆっくりと口を開いた。

「…この大学にした理由は。ちゃんと説明しなさい」
「…認めて欲しい、俺とおにーさんのこと。良い大学行って、一流企業に務めて、ちゃんとするから」

俺は、零央の言ったことに耳を疑った。

そんなの、一言も聞いてない。

「ま、待てよ零央、そんなの俺……っ」
「いいから、おにーさんは黙って聞いてて」
「なっ…」

相変わらず生意気な態度にムッとしたが、俺は口を噤んでひとまず言葉を飲み込む。巧さんは厳しい表情のまま返した。

「そんなの認めると思うか零央、考えが甘い。大体、S大なんて受かると思ってるのか、簡単に言うんじゃない」
「簡単になんて言ってない、でも絶対受かってみせる。だから、父さんに頼みがある。それまでは、俺らのことを反対するのは待ってほしい。もし上手くいかなかったら、家から追い出すでもなんでもしてくれていいから…そのときは、おにーさんとのことも、認めて欲しいなんて言わない」

しっかりとした口調で告げる零央を、巧さんはじっと見つめたまましばらく黙った。

零央がそんなふうに考えてるなんて、何も知らなかった。俺がどうにかしなきゃって、これは俺だけの問題じゃないのに、ひとりで焦ってた。

視線を上げて隣の零央を見ると、零央はこれまでにないくらい真剣な顔をして巧さんを見つめていた。

考えていたんだ、零央なりに。

「………おまえの言いたいことは分かった。本気なんだな、零央。S大なんてそう簡単に受からないぞ」
「…わかってる」

零央が頷くと、巧さんはしばらくして大きな溜息を零した。俺はそれにビクリと肩を揺らす。

「……とんでもない息子を持ったな俺は…。零央、いいんだなそれで。父さんは甘くないぞ、上手くいかなかったらその時は容赦なくおまえをこの家から追い出すことになるかもしれない」
「絶対上手くいかせるから、そんな心配しない」

零央は強気に笑って巧さんに挑発的な態度をとった。巧さんは呆れるようにまた溜息をつく。

「……真澄くんも、これでいいのかい。こんなに大事なこと、零央に委ねてしまって」
「………俺は……信じてます、こいつを」

隣の零央を肘で小突いて、俺は仕方なく笑って言ってやった。

「そうか…。仕方ない、ひとまず零央の言う通りにしよう…反対するのは、もう少し待ってからにする」
「まぁよかったじゃない巧さん、零央くんの進路も決まったことだし、安心したわ?」
「……まぁ…そうだな」

零央は、交渉成功、とでも言うように俺を見て悪戯な笑顔で笑ってみせた。

破天荒で一時はどうなるかと思ったけど、収まるところに収まってよかったと言うべきか。

「これで堂々とイチャイチャできるね、おにーさん」
「はぁっ?す、するわけないだろ馬鹿…!」
「零央、それはもう少し考えてくれ…」
「あらいいじゃない?仲が良くて」










風呂に入って部屋に戻ると、俺の部屋で零央が勝手にくつろいでいた。なんだか呑気なその姿を見て、馬鹿馬鹿しくなった。


「バカ零央、風呂空いたけど」
「ん、おにーさん、キスして」
「へっ、」

零央はベッドの上でこっち来て、と強請る。

「俺自分のためにも頑張るから、応援してよ」
「……お、おまえ、一人で決めやがって…」
「おにーさんだってそうでしょ。しかも自分のためじゃなくて俺のために別れるとか言い出すし」

痛いところを突かれて、俺は何も言えなくなる。

「俺まだ高校生でガキだけど、ちょっとは信用してくれてもいいんじゃない?」
「…………ご、ごめん、どうにかしなきゃって思って…。でもほんとに、怖かったんだぞ…?このまま家族が壊れたらとかって、いっぱい考えたし…」
「でもよかったじゃん、父さんは待ってくれるって言うし?まぁ俺は、宣言通り大学には必死こいて受かんなきゃいけないけど」
「……うん……ありがとな、零央」

あんな大胆なことも、零央は強気で出来ちゃうんだから、やっぱりそういうところは本当に尊敬する。

「ほんとすげーよ、おまえは」
「なに、惚れ直した?」

真面目に褒めてやってるのに、ふざけたようにそんなこと言う。

「…はじめっから惚れてるっつーのバカ」

なんだか歳下のくせに俺よりずっとかっこよくてムカつく。

俺は不意をついて零央の頬にちゅ、と軽くキスしてやった。そうすると、零央は目を丸くしてこちらを見る。

「…うわ、自分からしたくせに顔真っ赤」
「う、うるさいこっち見るな」

した方が恥ずかしくなってしまった。いつか絶対、零央の顔を真っ赤にしてやる。




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コメント

  • あんこ、

    二人とも可愛すぎて…(´^p^`)
    これで前よりイチャイチャ増えるかな?楽しみです!次回も待ってます!\\\\٩( 'ω' )و ////

    1
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