生意気な義弟ができました。
生意気な義弟ができました。25話
あまりにも、綺麗で、思わず触れたいと思ってしまった。
さらさらの黒髪の間から覗いた白い肌の項が、まるで俺を誘っているかのように無防備だった。
この項にキスしたら、舌を這わせてみたらどうなるだろうか。いやもっと、それ以上も。
そんなふうに高ぶった気持ちが脳を熱く焦がした。
男子高校生の俺にそんなの我慢しろと言う方が無理難題で、友達からと言われたはずなのに、もうそんなこと頭からは完全に消え去っていた。
「まーさき、今日は浦部いーのかよ」
クラスメイトが昼休み、そう声をかけてきた。
たしかに、いつもなら真っ先に机の向きを変えて夏向と昼飯を食べるところだが、今日はそうもいかない。
昨日はあの後、無言が痛かったとはいえいつも通り帰り道を一緒に歩いた。けど今朝からは、露骨に避けられている気がしてならない。
「元気ねーなー?なに、なんだよ〜もしかして喧嘩でもした?」
「……うぜぇ、なんでもいいだろ」
俺がそう呟けば、そのクラスメイトはふざけたように、うわ冷めてーと笑いながら言った。
昼休みになった途端、避けるように夏向は教室を出て行ってしまった。鞄ごと持っていったから、きっと俺と弁当を食べる気は無いんだろう。そんなこんなで俺は今超絶機嫌が悪い。
たしかに、俺が悪かった。けど別に避ける必要ないだろ?俺のこと嫌いになったのか、それとも他に好きな奴がいるとか。
「なぁ成樹〜」
懲りずに話しかけてくるクラスメイトを、俺は面倒くささを全面に出して睨みつけた。
「なんで浦部とあんな仲いーわけ?中学同じだったとか?最近ずっと一緒にいんじゃん、ちょっとは俺らにも構えよなーお前いないとつまんねえ」
ぼやくように言うので、俺は最近の自分の行動を振り返ってみる。
たしかに授業中も休み時間もずっと夏向に構っていたように思える。
…………もしかして……、うざがられてた…?
そんなはずはないと首を振って暗い考えを払拭する。けれど、声をかけようとすれば教室を出て行ってしまうあの避けようを見ると、あまりいい方向には考えられない。
「………………マジか……」
考えてみれば、転校先でいきなり男に告られて、毎日付きまとわれてたらうざいのは確かだ。どうして今までそんな簡単なことにさえ気づかなかったのか。
早く仲良くなりたいと必死になりすぎたんだ。昨日のことだってそうだ、急いでいいことは何も無いのに。
「,…………はぁ……くっそ…」
「おーい聞こえてるー?なあ成樹〜」
俺の名前を何度も呼んで懲りないクラスメイトを、俺は完全に無視してため息をついた。
やはり考えるのは向いてない。
俺がガタッと席を立つと、隣でうおっ、と驚くクラスメイトの声がした。
「……5限サボるわ」
「はぁ?おい、マジかよ」
告げてからさっさと教室を出て俺は夏向の姿を探した。
見つけたのは屋上で、ひとり弁当を食べる姿があった。俺はそれにズカズカと近づく。
「夏向」
目の前に立って声をかければ、少し目を丸くしてゆっくりとこちらを見上げた。綺麗な黒髪がさらりと風になびく。
「ごめん、あんなことして、怒ってるよな。殴るでも蹴るでも何でもすればいい、それで許してくれんなら。……でも、俺はやっぱ夏向が好きだ、それだけは変えらんねぇ」
難しいことは何一つ無い、素直に思ってることを言うしか、俺に出来ることは無いから。俺の気持ちを全部、夏向に知って欲しい。
「……だから、さ…たまに、我慢できなくなってまた、暴走するかもしれねーけど…別におまえを傷つけたいわけじゃなくて、嫌われたくもなくて…。なんていうか…、」
俺が言葉に詰まって目を逸らすと、ふいに夏向の笑う声が聞こえた。
「ふふ、成樹くんって、不器用なんだ」
女みたいに綺麗な顔を歪めて笑った。不器用だと言われたことが少し情けなくて、む、と夏向を見つめた。
「あ…ごめん、ちょっと意外で、成樹くんって人付き合いとか得意そうに見えるから。友達もたくさんいるし」
「……別に、ふつーだよ。けど……夏向は違う」
男に迫ったことなんて一度もない。どうしていいかなんてわかるわけない。
俺の視線に捕えられた夏向は、少し顔を赤くしてこちらを見上げる。俺は夏向の前にしゃがみこんでじっと見つめ返す。またその白い肌に触れそうになったが、ぐっと堪えて拳を握った。
「…夏向、俺のこと、嫌い?」
そう聞くと、慌てたように首を横に振る。俺はその仕草にひとまずホッとした。
「……成樹くんといると、毎日楽しくて…もっと仲良くなりたいって思う。…けど、成樹くんには俺の他にもたくさん友達がいて、俺が成樹くんを独り占めしてたら、みんなに悪いかなって……、そう思ったら、なんだか気が引けちゃって…」
もしかして、だから朝から俺のことを避けてたと言うのか。そんなのどうでもいいのに。
「全然、いいから。夏向なら、独り占めしてもいい」
俺がそう言い切ると、夏向は更に顔を赤くして目を泳がせた。
わかってる、こいつが友達として言ってることくらい。でも、夏向になら独り占めされたい。……なんて、ベタ惚れしてんの、すげー恥ずいけど。
「だ、ダメだって、そんなの…」
「じゃあ、…俺が、夏向を独り占めしたいんだけど、…それもダメ…?」
俺がそう聞けば、夏向は返事に困って紅潮した顔を俯かせた。
こんなずるい質問、するはずじゃなかった。困らせるの分かってるのに。
してしまった行為に少し後悔していると、夏向は小さく口を開いた。
「………………俺……嫌じゃ、なかったんだ…首に、キスされても…。不快感は無くて、代わりに…心臓がバクバクして…。…だから、その………、昨日のこと…怒ってないよ…?」
なんだか今にも泣きだしそうなくらい潤んだ瞳でそう訴えられて、心臓がぎゅっと押しつぶされたように息がしづらくなった。ドクドクと脈打つ自分の鼓動が頭にガンガンと響く。
風になびく夏向の黒髪から、憂いを帯びたようなその瞳が覗く。
「……それって、独り占めして、いいってこと?…俺、頭悪いから言ってくんないと分かんねぇ」
聞くと、夏向は一瞬目を泳がせてから、コクリと頷く。
「…………独り占め、してください…」
恥ずかしそうに呟いた夏向を、俺はやっぱり我慢できなくて抱き寄せた。突然のことにビクリと肩を揺らした夏向も、これでもかってくらい抱きしめたら、体の力が抜けて身を委ねてきた。
「…もう一生、口利いてくんねーと思った…よかった」
「…俺だって、露骨に避けちゃったから…嫌われると思った」
今までに無いくらいの近距離で夏向の声がして、ドキリとした。付き合った彼女にだって、こんなにドキドキしたことない。
恋って、こういうことなのか。
「……夏向、一緒に5限サボんねぇ?…我慢、できねーかも…」
「えっ?…あっ、えっと……」
顔を真っ赤にして戸惑ったように声を上げる。俺がじっと見つめると、ゆっくりとうなづいた。
生まれて初めて、俺は本当の恋というものに出会ったのかもしれない。
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コメント
あんこ、
最&高 !!神ですか?!神なんですね!!最高ですよおおおおお(笑)