生意気な義弟ができました。

鈴木ソラ

生意気な義弟ができました。24話





「浦部、俺と付き合って」


転校してきて数日、どういう訳か、新しいクラスメイトの男子に告白された。

帰り際に校門前で腕を掴んで引き止められている。俺はただ呆然と立ち尽くすしか無かった。


「……………………え……っと………。…どういうこと…………?」

その一言では上手く状況が掴めなくて、戸惑いながら俺は聞き返した。

「……そのまんま。俺と付き合って欲しい、浦部が好きだ」

痛いくらいに真っ直ぐな視線が俺を貫いて、喉を詰まったように言葉が出なくなる。

何せ、俺なんてそんな目立つような人間じゃなくて。自己主張をするのは苦手だし、どちらかといえば静かに過ごしていたいタイプだ。それに比べて彼は、春日くんは、いつでもクラスの中心にいるような明るい人で、いつも誰かに囲まれている。綺麗に染まった赤髪は、似合ってはいるが校則違反なのではないだろうか。

「…………か、春日くん…俺、男なんだけど…」
「知ってる、けど…………なんていうか、好きなんだよ、おまえが」

さっきも聞いたそのセリフを、春日くんは少し顔を赤くして言った。そんなこと言われたのは初めてで、思わずこっちまで恥ずかしくなる。

…もしかして、友達との罰ゲームで言わされてるとか……そうじゃなきゃ、こんなのありえない…。

「…えっと…何かの罰ゲームとかだったら───」
「そんなんじゃねぇ。……マジで、言ってる」

少し居心地悪そうに顔を背けて、呟く。

「……………ご、ごめんね、俺…男だし……春日くんとは、付き合えない、と…思う」

俺は俯いて小さな声で言った。恐る恐る春日くんを見上げると、分かりやすく残念そうな顔をしていた。こっちまで少し、胸が痛くなる。

偶然先生に転校してきたばかりの俺のこと任せられちゃって、面倒なはずなのに、春日くんはそんな素振り見せないで俺とも気さくに接してくれる。この前なんか俺の事気遣って、ジャージまで貸してくれたし、ちょっと見た目は不良っぽくて怖かったけど、きっと優しい人なんだと思う。

「じゃあ、友達から。それならいいだろ?」

ガシッと俺の手首を掴んで、じっと訴えるように見つめてくる。

どうしてそんなに、俺なんかと関わりたがるのだろうか。面白いこと言えないし、一緒にいて楽しいと思われたことはあまりないようにも思える。

「…………うん…友達、なら…俺そんなに面白いこととか話せないけど、春日くんがいいなら…友達になりたいな」

春日くんみたいな人気者なタイプとはこれまで話すことすらなかったけど、なんだか、春日くんとなら仲良くなれるような気もする。何となくでしかないけど、ちょっと好奇心が湧いた。

「マジで?やった、じゃあ…夏向って、呼んでいい?」
「えっ…あ、うん、もちろん」
「夏向も、俺のこと成樹でいいから、な?」

さりげなく下の名前で呼ばれて、少しドキリとする。クラスメイトにそんなふうに呼ばれるの、初めてかもしれない。促すようにそう言って首を傾げる春日くんは、なぜか少し楽しそうだった。







俺が春日くんのことを下の名前で呼ぶようになってから数週間経って、ようやく彼のことが少し分かるようになってきた。

休み時間、暇があれば俺のところへ寄ってきて、くだらない話を沢山聞かせてくれる。授業中でさえも、後ろを振り返って小声で面白いことを言ってくれる。黒板の前に立つ先生のことだとか、時には全然関係ないことでも盛り上がっちゃって、注意されたこともあった。


「かーなた、昼飯食お」

昼休みは毎日、当然のように自分の机を後ろに向けた。

「成樹くんのお弁当、いつも美味しそうだよね」

目の前で開くお弁当箱の中は、いつも丁寧に詰められていて、他の男子は購買で買ったパンを食べているのがほとんどだからか、少し意外だった。

「そーか?夏向のも美味そうじゃん。自分で作ってんだろ?」
「うーん、そうだけど…俺のはかなり手抜きだよ」

朝はやっぱりどうしても忙しくて、冷凍食品ばっかり詰めてしまう。唯一ちゃんと作るのは、卵焼きくらいだ。

「今日も卵焼き食べる?」
「ん、食う」

毎日入っている卵焼きを、成樹くんはいつも食べたそうに見つめてくるので、いつの間にか卵焼きを分けてあげるのが習慣になっていた。

俺が自分のお弁当箱から卵焼きをつまんで成樹くんに差し出すと、嬉しそうに顔を綻ばせてパクリとそれを頬張った。

「やっぱ、姉貴の卵焼きより断然、夏向のが好き」
「えーあんまり変わんないよ?」

成樹くんは、そんなことねえって、といつも俺の作ったただの卵焼きを絶賛して食べてくれる。

成樹くんが明るくて誰とでも話せる人気者だからか、一緒にいるとよく自然と注目を浴びてしまって初めこそ落ち着かなかった。けれど最近はそれにも慣れてきて、あまり人目を気にすることも無くなってきている。

人と関わるのが得意じゃなかった俺も、成樹くんとは不思議と違和感なく話せてしまう。だから成樹くんは友達が多いのだろう。

「そーだ、夏向さ、放課後暇?」

成樹くんは、次々にお弁当の中身を頬張りながら聞いた。

「…放課後?特に用はないけど…どうして?」
「もうすぐテストだろー、勉強教えて欲しくて」

成樹くんは少し嫌そうな顔をしてそう言った。

成樹くんはいつも、授業で先生に怒られてばかりいるけど、ちゃんと勉強をする気はあるらしい。

「もちろん、俺で良かったら」
「ん、夏向に教えてもらえるなら間違いねーな。今日部活無いから、教室ここでやろーぜ」

俺が頷けばどこか満足するように成樹くんも頷いた。

















「あー…これさっきやった、なんだっけ」


放課後、ふたりだけの教室で成樹くんはシャーペン片手に頭を抱えた。

「覚えにくかったら、語呂合わせとかで公式覚えてみる?」
「あっそれいいかも。俺ほんと記憶力悪くて、全然頭入ってこねーの」

成樹くんは確かにテストの成績が良いとはいえないが、全く勉強しない訳では無いらしい。それでも点数が伸びないのは、覚え方がよくないのかもしれない。

人に勉強を教えるのは初めてだけど、素直に話を聞いてくれるからこちらも教えやすい。

すると、教室の入口から誰かの呼ぶ声が飛んできた。

「浦部、まだいてよかった。ちょっといいか」
「うわっ、オカちゃん」
「うわってなんだうわって…勉強教えてもらってるのか春日、感心なこった」

担任の先生を見て顔を顰める成樹くんを、煽るように先生は言った。

「岡島先生、どうかしましたか?」
「いや、大したことじゃないんだが、少し職員室まで来てもらえるか。春日、浦部借りるぞ」
「えー、ちょっとだけならまぁ…」
「ごめんね成樹くん、次の問題やってて?」

申し訳なく思いつつ席を立てば、ん、と短く返事をして俺を見送った。

岡島先生について行くようにして廊下を歩くと、淡々とした口調で前を向いたまま先生が話し始めた。

「意外だな、春日みたいな奴とつるむとは。大変だろ、アイツ馬鹿だから」
「…けど、成樹くんのおかげで楽しいです、毎日」
「そうか、ならよかった。少しは慣れたか、こっちの生活は。まだ越してきたばかりなんだろ?」
「はい、まだ父も忙しくて家の方は片付け終わってないですけど…ゆっくりやってます」

父親の転勤がきっかけでこの学校へ転校してきたが、父子家庭なのでまだ手についていないことも多くある。




岡島先生の用は、転入手続きとか細かい確認事項についてだった。

…思ったより時間かかっちゃったな…途中で話に入ってきた隣のクラスの先生がなんだかすごくお喋りで…。

少し不安に思いながら教室に戻ると、案の定、成樹くんは机に突っ伏して眠ってしまっていた。スースーと気持ちよさそうに寝息を立てている。

あまりにも気持ちよさそうに寝ているので起こす気にはなれなくて、俺は向かいの席に静かに腰をかけて自分のノートを開いた。

窓の外からはグラウンドで部活動に励む人達の声が聞こえる。

成樹くんはサッカー部だけど、テスト期間は部活も数が減ってるのかな。授業中も今も寝ちゃうからきっと、夜遅くまでゲームとかしてたんだろうな。

そんなことを思ってふふ、と小さく笑ってしまった。それでも起きる気配のない春日くんは、時間場所関係なく熟睡できるらしい。

またひとつ、春日くんのことを知れた。

出された課題をやろうとテキストを開くと、廊下で話す誰かの声が聞こえた。まだ俺たち以外にも残っている生徒がいるようだ。

その人たちが教室の前を通りすがると、バチッと目が合って少し眉を顰められたような気がした。気のせいかもしれないと思って目を逸らしたが、その後聞こえた廊下に響く話し声が気のせいではなかったことを証明した。

「成樹って最近、ノリ悪くなったよなー。やっぱあの転校生来てから?」
「さあ?でもオカちゃんに押し付けられただけなんだろ?」
「にしてはよく一緒にいるよな?押し付けられたってカンジじゃなくね」

他愛もないただの会話だったけど、静かな廊下に十分に響いたそれは俺の中で何かを刺すように落ちてきた。

目の前ですやすやと眠る成樹くんはそれを知る由もない。

俺には友達なんて呼べるのは成樹くんひとりだけど、成樹くんはそうじゃない。交友関係が広ければそれなりに付き合いもあって友達も多い。そのはずなのに、時間があれば俺の所へ来て面白い話を聞かせてくれる。

よくよく考えれば分かる事だ。俺に構っている間、他の人が放ったらかしにされてしまっているのだ。それが原因で成樹くんが悪く思われるのは、違う気がする。

「……………」

なんとも言えない複雑な感情が心の内で渦巻いた。

モヤモヤする。かと言ってどうしていいか分からない。

いつの間にか閉じてしまっていたテキストを見つめて、呆然とそんなようなことがグルグルと巡っていた。




























「────ん…、ぅ…」


生温いような違和感があって、俺は瞼を開いた。いつの間にか眠ってしまっていたのか、ノートの上に突っ伏している。

「……へっ、」

ぬるっと項に舌が這うような感覚がして、俺の寝ぼけた頭はハッと覚醒した。思わずガバッと起き上がってその人物を目を見開いて見上げる。


「………ま、成樹くんっ……?」

項を両手のひらで抑えて見上げた成樹くんからは、見たことないような熱の篭った視線が落ちてきた。

「…………夏向……俺が告白したの、忘れてねえよな…」

椅子の背もたれと机についた成樹くんの手が、俺を逃がすまいと逃げ道を塞いでいる。見下ろされた視線に耐えきれなくて、俺は目を泳がせた。

さっき成樹くんの舌が這った項がジンジンと熱く熱を持つ。不思議と心臓がバクバクと鳴って落ち着かない。

「…………ごっ、ごめ……俺まだ…答え、出てなくて………っ」

いや、忘れていた。
成樹くんといるのはいつも楽しくて、本当に友達で。

けれど違う、成樹くんは、俺を友達だとは思ってないんだ。きっとそれ以上で…。


「……夏向」

大切そうに名前を呼ばれて、思わずドキンと心臓が跳ねてかぁっと体温が上がるのがわかった。

何も言えずに口をパクパクとさせていると、教室に完全下校を知らせるチャイムが響いた。俺も成樹くんも、ビクリと肩を揺らす。

「っ、か、帰ろ…?急がないと、校門閉められちゃう…っ」

半ば強引に、俺は成樹くんの腕を退かして机の上のものを鞄に放り込む。ドキドキと鳴り止まない鼓動をどうにか無視しながら、頭の中は真っ白と言ってよかった。

「……あぁ、そーだな、早く帰ろ」

どこか淡白に落ちてきた返事がチクリと胸を痛めた。けれどそれでも成樹くんの顔は見れなくて、俺は俯いたままいた。





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