生意気な義弟ができました。

鈴木ソラ

生意気な義弟ができました。18話




本気で片想いしてた俺は、気持ちを引きずったまま教育実習に向かった。


実習が始まる前日、バイトで真澄くんと最後に話した。悔しいことに、義弟くんと上手くいったようで、俺の入る隙なんか無かった。もちろん、それで諦めがつく訳でもなくて、今だって未練がましく引きずったままいる。


そんな俺は教育実習が始まって1週間、どうやら、ストーカー被害を受けているらしい。


辺りは暗くてよく見えないが、さっきから、俺の後ろを誰かが距離を置いて歩いているようだった。なんとなく気配を感じて振り向いても、どこかに身を隠してその正体は謎のままだ。そんな状態が、ここ数日続いている。

昨日までは、なんとか撒いて対処していたが、いつまでもそうしている訳にもいかない。

俺は早足で次の角を右に曲がった。すると、後ろから同じようにテンポが早くなった足音が近づいてくる。角で立ち止まって待ち伏せると、その正体は姿を現した。


「っわ、」

その人は、暗がりで俺の顔を見るなり目を丸くして驚いた。

「………えっと…西にしくん…?」

見覚えのあるその人物は、実習先の高校の制服を着ていて、俺の担当クラスの生徒だった。ほとんど喋ったこともなくあまり印象にも残ってなかったが、クラス内の生徒の名前は暗記済みだったので、なんとか名前も知っていた。

「えっ、と、あ……俺、先生のストーカーしてます…!」
「………………は……?」

堂々と言い張るその子に、俺は思わず口を開けたまま首をかしげてしまった。

「……………ストーカー…って…自己申告するものだったっけ…?」
「え?あっ、しないですよね!」

そう言って、あはは、と苦笑いをした。くせっ毛なのか跳ねた赤茶の髪が、微かに街灯に照らされた。

「…それで、西くん?なんで、俺のことストーキングしてるの」

俺が聞くと、西くんはかぁっと顔を赤くした。

「ご、ごめんなさい、何の申告もなしに…」
「いや、申告とかそういう問題じゃなくて…」
「これからは!ちゃんと申告しておきますね、先生のストーキングさせてもらいます…!」

その小さな体から溢れる勢いと活発さに、俺は何も言えずに口籠ってしまった。

「…西くん…今何時だと思ってるの?もう20時過ぎるよ。たしか西くん部活も無所属だよね、こんな時間までほっつき歩いてたらお家の人心配するんじゃない?」
「平気です!それに降りる駅も帰る方向も先生と同じで…あっ、家までは知らないですよ?家に着く前にいつも撒かれちゃいますし」

足速いですねー、なんて言って笑う西くんは、明るい調子でヘラヘラとしている。

ストーカーなんて迷惑行為を、ここまで堂々とされると逆に何も言えなくなってしまう。

「西くん、早く帰りなよ…俺も帰るしさ」
「あっちの角まで、一緒ですから」

そう言って、向こうの角まで歩き始めた。俺も仕方なくそれについて歩く。本当に帰る方向が同じなのかも疑わしいけど、深くは詮索しないことにした。まだ実習期間は長いし、余計なトラブルは避けたい。

「じゃあ先生、また明日」
「…うん、気をつけて帰ってね」

意外にもあっさりと別れ道で別れて、俺は自宅のアパートまでの道を歩いた。まだストーキングされてるんじゃないかと不安に思ったが、どうやらそれ以上はついてこないようだった。

……にしてもなんで俺なんかをストーキングするのか……。いつしか、告白を断った女の子に逆恨みでストーキングを受けたことはあったけど、まさか、俺が何か恨みを買ってるわけじゃないよな…。

























「せーんせ、お昼一緒に食べようよ~」


そう言って、女子生徒が数人近寄ってくる。

「ごめんね、まだやらなきゃいけないことが残ってて」

それを聞くと、生徒は残念そうな顔をして戻っていく。

お昼を誘ってくれるのは嬉しいけれど、教育実習とはいえ、あくまで先生と生徒という関係であることは間違いない。無いとは思うけど、もし本気になられても、俺は相手にするわけにはいかない。



職員室に入ると、ある人物と目が合った。


西くんだ。


どうやら先生に説教をされている最中のようで、居心地の悪そうな顔ではいはいとうなづいている。俺がその横を通り過ぎようとすると、呼び止められた。

「そうだ、麻海先生に教えてもらえ」

説教中のはずだった、たしか数学担当の先生は、俺に話を振った。

「えっ、」

俺が声を上げるよりも先に、西くんが目を真ん丸くしてこちらを見た。

「こいつ、また小テストの結果酷くてな…どうにかしてくれよ先生」
「い、言わないでくださいよぉ…」

西くんは、項垂れてため息をついた。

「俺、担当科目英語ですけど…」
「高一の内容だったらラクショーだろ?なあ、西も俺に教えられるよりいいだろ」
「えっ、あ、いや…まぁ…先生のスパルタ居残り勉強よりかは…」

苦笑いで、西くんは俺を見つめた。

……完全に、この先生俺に西くんのこと押しつけたな……。

そんなことを思って、俺も苦笑いをした。











「……ご、ごめんなさい、俺のせいで…先生の貴重なお昼休みを…」
「いいよ、明日追試なんでしょ?次こそは合格するんだよ。時間無いし、お昼食べながらでもいい?」

本当はお昼休みのうちにやっておきたいこともあったのだけど、先生にああいうふうに言われては断るわけにもいかない。

「先生、コンビニのお弁当ですか?意外です」
「ああ、実習始まってからは、忙しくて。それでこれ、何点合格なの?」
「30点満点で、合格ラインは20点です」
「へぇ、それで、西くんが取ったのは一桁代ね…」

俺がコンビニ弁当をつまみながら言うと、西くんは、申し訳なさそうに謝ってきた。

「めんどくさいですよね、こんなの…俺、やっぱ自分で勉強し直してきます…!」

何かひとりで意気込んで立ち上がろうとする彼を、俺はガシッと手首を掴んで引き止めた。

「…ちょっと待って。もしかして、勉強してこの結果なの?」
「……は…はい…数学だけはどうしてもできなくて…」
「それって、ひとりで勉強してもまた今回の二の舞になるんじゃないの?」

俺が思わず真面目にそんなことを言うと、西くんは少し考えてから、そうですかね…なんて言って取り繕うように笑った。

「…じゃあやっぱ俺が教えるよ。また酷い点取ったら俺が何か言われそう」

あの数学の先生だったら、大いにあり得る。

「……お、お願いします」

西くんは申し訳なさそうに、俺の隣に座る。職員室の片隅のちょっとしたスペースで、打倒20点の壁、という目標を掲げた小さな勉強会が始まった。













「…えーっと…?なんでですか?なんでこうなっちゃうんですか?」

西くんは、頭の上にハテナを浮かべてこちらを見る。

「…あのね西くん、これは俺の自論だけど…数学はなんでって追究しちゃダメだと思うんだよね。ほら、難しいことばっかりでキリないし」
「…な、なるほど…。よく言われるんですよね、無駄に好奇心ばっか強くて…」

あはは、と笑ってから、また真っ赤なテスト用紙を見つめた。


実習で今のクラスのみんなと知り合ってから1週間、まだ西くんのことはよく知らない。ただ、明るくて話しやすいけれど、クラスで特定の友人と仲良くしてるところは見たことがない。


俺はふと気になって口を開いた。


「だから俺のことストーキングするの?」

あまりに唐突な質問だったのか、西くんはポカンとしてこちらを見つめた。俺は変わらない調子で淡々と続けた。

「それも好奇心?どんな教育実習生か気になった?」

問い詰めると、西くんは口籠った。

「…そ、それは…」

その言葉の続きを待っていると、職員室に予鈴のチャイムが鳴った。その瞬間に、西くんはガタッと立ち上がった。

「…授業、始まっちゃうんで、行きますね!ありがとうございました」

そう言って、テーブルの上を片づける。

…………はぐらかされた……?

俺は、去ろうとする西くんを呼び止めた。西くんはこちらを振り返る。

「明日のテスト、たぶん西くんならできるから、難しく考えないでやってみて」

西くんの学力なんてよく知りもせず言ってしまったけど、彼の真面目そうな態度からか、なぜかそう感じた。西くんは嬉しそうにへらっと笑って、はい!と元気よく返事をした。


……たぶんだけど、いい子なのは間違いないんだろうな。




















最近は、夜が長く感じる。

バイトがしばらく無いというのもあるのか、大学に顔を出したりはたまにするものの、それ以外はほとんど暇である。実習最終週になれば、自身が行う授業の準備で忙しくなるのかもしれない。


こんなとき、不意に真澄くんの声が聞きたくなる。虚しくなってしまうのだけど。

バイト終わりに、迎えに来る義弟くんのもとへどことなく嬉しそうに急ぐ真澄くんの顔が、頭から離れない。とてつもないくらい義弟くんが羨ましくて、悔しい。

出会って数年、真澄くんのことを本気で追いかけてたのは俺の方なのに。

なんて、情けないことばかり考えてしまう。


スマホの画面に表示される、真澄くんの連絡先をじっと見つめる。まだたった1週間だけれど、もう長いこと会ってないように感じてしまう。


「……ぁー…ほんと、情けない」


ベッドに仰向けになって天井を見つめていると、手に持っていたスマホがブーッと揺れ始めた。

「…もしもし」

寝っ転がったままスマホを耳にあてて呼び出しに応答する。耳元で、少し久しぶりに聞くような声がした。

『あ、麻海さん。元気っすか』
「……誠くん、暇なの?」

俺は呆れを前面に出して笑う。

『暇じゃないっすよ、バイトで忙しい。それよりも、俺、後輩として散々相談乗ったのに、なんにもなしですか?』
「相談って、別にしたつもりないよ」
『えー、いつも言うじゃないですか。"真澄くん真澄くん"って』
「真澄くんが可愛いねっていうだけでしょ?」
『先輩から友達への愛を語られる俺の身にもなってくださいよ。真澄の前じゃ涼しい顔してるくせに、俺の前じゃ真澄の話しかしない』

後輩にそう言われ、それもそうだな、なんて素直に認めてしまった。

「……で?何が聞きたいのさ」
『どうなんすか、真澄と』
「……ほんと傷口抉るよね、誠くんって。どうも何も、断られて終わり。…やっぱ俺はダメだってさ」

半ば投げやりに言うと、誠くんは変わらない調子で、へぇ、と返してくる。

「実習あるから、バイトでも大学でももちろん会うことないしね。でも変わらないよ、真澄くんはこれまで通り普通に接してくれる」

誠くんは、真澄っすからねぇ、と笑った。

『あいつそういうのには疎いから、麻海さんも苦労しますね。告っただけすげーっすよ』
「ほんと苦労してるよ。………彼は?真澄くんの、義弟の」
『あぁ、零央くんね、なんか順調みたいですよ?』
「…誠くんはどこまで傷口抉ったら気が済むの…」

俺がそう言うと、誠くんはすんませんと笑い混じりで言った。ベッドの上でため息をついてから寝返りを打つ。

「…真澄くんのことを思ったら出来れば邪魔はしたくないんだけどね。こっちにも数年片想いしただけのプライドはあるし、諦めたくても諦められないな」
『幸せ者っすね…真澄は。麻海さんも早く幸せになってくださいよ』
「なれるものならなりたいよ」

誠くんは、真澄くんを好きな俺でも何ひとつ嫌そうな顔をせず話を聞いてくれるので、つい何でも話してしまう。悪い癖だ。

『なんか疲れてますね、実習大変なんですか』
「まぁ、それなりにね。でも慣れ始めてからは楽しいよ?生徒もみんないい子ばかりだし」
『そうですか、まぁ、元気そうでよかったです』

失恋した俺を気にかけてくれたのか、それでもひとりで考え込んでいるよりかはいくらか気が紛れてありがたい。

「…じゃあ、近況報告は済んだかな」
『はい、また近いうちに生存確認しますよ』
「あはは、そりゃどうも」

なんて言って、最後にはふざけながら電話を切った。実習で張っていた気も、なんとなく解れたような気になる。そのあと、誠くんの近況も聞いておけばよかったと少し後悔した。人のことはズバズバ聞くくせに、自分のことは言わないんだもんな。





































「せーんせ、勉強教えてくださいよー」

いつものように、女子生徒が数人歩み寄ってきた。

「ほらほら、部活あるでしょ?早く行かないと怒られちゃうよ」
「えー部活行くより先生と話してた方が断然楽しいー」
「そんなこと言わないの、俺と話しててもつまらないよ?」
「えーもぉ無言でもいーの、存在が需要ある~」

ほんとそれ~、とひとりの子に他の子が賛同したように笑う。

「ほんとイケメンだよね、モデルさんみたーい。彼女いないんですかぁ?」
「さあね?…ほら、早く出てくれないと教室閉められないよ」

俺が教室を出るように促すと、女子生徒は少し不満そうにしながらも、笑顔で先生さようなら、と言って部活へ向かった。俺は誰もいないことを確認してから教室の鍵を閉める。

職員室に戻ると、今日もあの数学の先生に声をかけられた。


「麻海先生、すごいぞ。西、再テスト満点だったんだよ」

満足気な顔で、そう言ってきた。

「…え、満点ですか?」
「そうなんだよ。一体どういう教え方したんだ?すごい成長だぞ」

教え方もなにも、俺はほとんど何もしてない。

「ありがとな、麻海先生。助かったよ」
「…いえ…」

なんだか腑に落ちないまま、俺はうなづいた。

……西くん、実はものすごく頭がいいとか?真面目そうだし、カンニングとか不正は無いだろうし…。

俺は、通りかかったクラス担任の先生に声をかけた。

「先生。…西くんって、どんな子なんですか」

そう聞くと、少し不思議そうな顔をしてから答えた。

「西くん?優秀よ、とっても。真面目でしっかり者だし、ちょっと変わってるけど、成績もずばぬけてるわ。強いて言うなら、数学が苦手かしらね」

少し笑って、そう言う。

……やっぱり、根は真面目なんだろう…ストーキングなんて、相当な理由がない限り…。
































「………………西くん」

いつもの帰り道、俺は後ろをつける人影を振り返った。その影は、曲がり角からこちらを覗いているようだった。

「…出てきなよ、どうせもうバレてるんだから」

俺がそう声をかけると、しばらくして暗がりから姿を現した。電灯に照らされてその影の正体が明らかになる。

「…………す、みません…やっぱ、バレましたか」
「そりゃあね、バレバレだよ」

あはは、なんて笑って西くんは誤魔化した。

「こっちおいでよ、どうせ帰るんでしょ?」
「い、いや、俺は…この距離で」
「え?この距離で話すの?」
「……………そっち、行きます…」

西くんは、何か諦めるようにしてこちらへ一歩ずつ歩み寄ってきた。どこか居心地悪そうな顔をしている。

一昨日は堂々とストーカー宣言してたくせに、何を今更…。

「そういえば、昨日はいなかったよね、後ろに」
「き、昨日は学校終わってすぐ帰ったので…。あ!そうだ、そうなんです!」

西くんは何か思い出すと、パッと顔色を変えて楽しそうに話を始めた。

「今日の数学の再テスト、結構自信あるんです!テストは明日返ってくるんですけど、麻海先生が教えてくれたから、いい点とってる気がします」

さっきとは180度回ったような様子で、ニコニコと笑う。俺が既に結果を知ってることは、言わないことにしよう。

「返ってきたら、一番に麻海先生に伝えに行きますね!」
「うん、楽しみにしてるよ」

俺がそう言えば、嬉しそうに笑った。

「先生に教えてもらったあと、家に帰って勉強し直してみたんです。そしたら、すんなり問題解けて…やっぱすごいです!麻海先生!」
「それは違うよ、俺は何もしてない。西くんができる子なんだ。ちょっと難しく考えすぎて空回りしちゃってただけ」
「で、できる子なんて、そんな…」

俺は恥ずかしそうに笑う西くんを見て、また考えた。


「どうして、俺の後なんかつけるの?友達とふざけてるとか?」

俺が唐突に話を振ると、バッと目を逸らして考えるようにした。

「…そ、れは…………………言わなきゃ、ダメですか…?」
「え?まぁ、なにか理由があるんでしょ?」

問いかけて覗き込むと、西くんの顔はこれでもかというくらい真っ赤に染まっていた。俺は思わず、ピタリと立ち止まって西くんを凝視した。

「……………西くん…?」

見られるのが嫌だったのか、西くんは腕で顔を覆って俯いた。

「………ち、近いです…」

震え声で、一言そう呟く。俺はその反応に、一瞬フリーズした。


あぁ、俺に気があるのか。

俺だってずっと男相手に片想いしてるのに、俺自身が同性に好かれるなんて、考えてもみなかった。


「…………理由は、言えないです…」

苦し紛れに、西くんはそう言った。

「…そう、まぁいいや」

深くは追究しないようにしようと引き下がると、西くんはホッと安心したように胸を撫で下ろした。

「…でも俺、結構性格悪いよ?西くんが思ってるよりも」
「…え…?な、なんですか急に」
「いいや?別に」


変わってるっていうか、ちょっと抜けてるんだよな、西くんって。






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コメント

  • きつね

    待ってました!o(`ω´ )oこれで明日も頑張れます!麻海さん視点の方も
    サイコーですッ続き待ってます!!

    4
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