生意気な義弟ができました。

鈴木ソラ

生意気な義弟ができました。12話





唐突ですが、俺、春日かすが まことは、不幸体質なアンラッキーボーイってやつです。

急いでる朝に限って全ての信号に引っかかり、雨の日に外を歩いていれば毎度のこと水溜まりのシャワーを浴びる、そんなような残念さを持った男らしい。
けど俺は自分が不幸体質だなんて一切認めていない。なぜなら、それを不運だと思うか思わないかは、俺次第であるのだ。持ち前のポジティブシンキングで毎日を生きている。






「マスター、片付け終わりましたよ」

俺はこ洒落たテーブルの上を布巾で拭いてから、この珈琲店の店主であるマスターこと、瀬戸せと 恵太けいたに視線を向ける。

「あぁ、ありがとう」

マスターはふにゃりと笑って言う。眼鏡姿がよく似合ういかにもな草食系で、その笑う顔は少し弱々しくて頼りないようにも感じる。

「何見てるんです?」

俺は問いかけながらカウンターの中に入って、マスターの手元にあるノートブックを覗き込んだ。そこには、ひとつひとつ手書きで何か書いてある。筆圧は薄いけど大人びた丁寧なこの字は、間違いなくマスター本人の字だ。

「これね、前に作った新しいコーヒーの試作あったでしょ?それについていろいろメモしててね」
「へーぇ、あれ美味かったっすよ」
「すごく嬉しいんだけど、誠くんは何を飲んでもそう言うからなぁ」

そう言ってマスターは困ったような顔して笑った。またノートに視線を戻して真剣な顔をする。俺はウェイターの制服を着替えようと店の奥のスタッフルームに入った。

マスターは、基本的に弱気だ。いつも新作のコーヒーを出すときも、自信が無いせいか試作を作ってから店に出すまでにはだいぶ時間がかかる。あんなに美味いんだから気にしなくてもいいのに。

この店を、マスターのコーヒーをもっと他の人に知ってもらいたくて友達に勧めようとしたこともあった。けど結果、常連客しか来ない静かなのもこの店の魅力だと感じて、それは辞めにした。

俺がシャツを脱いでいると、スタッフルームの扉がコンコンとノックされた。

「誠くん、入ってもいいかな」
「あ、はい。どーぞ」

半裸のまま返事をすると、ガチャリとドアが開く。

「…どーぞって、できれば着替え中ならそう言って欲しいよ」
「別にいーじゃないっすか、男同士だし」

俺が私服のパーカーを被りながらそう言うと、マスターは少し呆れたように小さく溜息を吐くが、別に後は何も言わない。

「これ、今月のお給料ね。お疲れ様、来月もよろしくね」
「あ、どもです。来月もシフトがっつり入ってるんで、よろしくお願いしますね」

俺が笑うとマスターは、いつもありがとう、とだけ言ってまた表のカウンターの方へ出て行った。

…………マスター、疲れてる?

なんとなくだ。本当になんとなくだったんだけど、少しだけ様子が違うマスターに違和感を感じた。いつもなら、そんなにシフト入れて大丈夫なの、とか、時給上げてあげられなくてごめんね、とか。毎度の事のように何かしら心配してくることが多いのだけど。あの心配性なマスターが、何も言わない。

俺はリュックサックを背負いあげて、スタッフルームを後にした。表に出ると、マスターはカウンターでコーヒーを作っていた。

「まだ仕事ですか?」
「うん、ちょっとだけね。よかったら誠くんのも淹れようか?」
「ほんとですか、飲みます飲みます」

俺はリュックサックをカウンターチェアの上に置いて、その隣に腰掛けた。マスターは手際よくフィルターにコーヒー粉を入れて、お湯をゆっくりと注ぎ始めた。少しお湯を注ぐと、ドリップポットをコトリと置いた。俺はそれをじっと眺めてから口を開いた。

「こうして私服でカウンターに座ってると、まだここで働く前のこと思い出しますね。最近はほとんどバイトで来てるし」
「懐かしいなぁ…誠くん、毎日通いに来てくれたよね」

そう言って、再びドリップポットを持ち上げお湯を注ぎ始めた。目の前に座ってると、コーヒー豆のいい香りが鼻を通る。

「店の雰囲気もいいし、何よりコーヒーが美味いんで。初めてここに来たときはびっくりしましたよ、良い店なのに、なんで客少ないんだろうって」
「常連のお客さんがほとんどだからね、場所もちょっと道を入り込まないとだから。誠くんがここで働きたいって言ったときには驚いたよ」
「それをすんなりOKしてくれるマスターに俺は驚きましたよ」

マスターは、ふふ、と楽しそうに笑って、サーバーからティーカップへコーヒーを注いだ。淹れてくれたコーヒーを俺は受け取って、胸いっぱいにその香りを楽しんだ。ひとくち飲むと、いつもの味が口の中に広がる。

うん、今日も美味いな。

マスターもコーヒーを飲んで、一息つく。

やはり俺よりもずっと、ウェイター姿が様になっている。コーヒーを淹れる姿も飲む姿も、いろいろなものがこの店と調和していて気持ちがいい。

「あ、そういえば。真澄、恋人できたらしいっすよ」
「そうみたいだね。ごめんね、わざとじゃないんだけど、盗み聞きしちゃったね」
「あんな頻繁に来て相談しに来るくらいですから、へーきっすよ。にしてもまさか、真澄が男と、しかも義理の弟となぁ…」

俺が呟くようにそう言うと、マスターはティーカップから口を離してこちらを見つめた。

「誠くんは、性別はやっぱり気にするかな?」
「……んー、どうなんすかね。友達がどうしようと別に、嫌悪とかそういうのがあるわけじゃないし…もし俺が同性に迫られたら…どーするんすかね」

真澄みたく、それが好きな人なら受け入れてしまうのかもしれない。俺には想像も出来ないけど。

「誠くんはいつもまっすぐだね。そういう純粋なところ、すごく好きだよ」
「えーなんですか急に、別に純粋とかないと思いますけど。言いたいこと言ってるだけっす」
「それがすごいんだよ」

僕は苦手だよ、とまた頼りない笑顔で笑ってコーヒーを飲んだ。








バイトから帰宅すると、家がなんだかいつもより騒がしかった。


成樹まさき!なにこの点数は!ちゃんと勉強したのか聞いたらやったって言ったじゃない!」
「うっせーなしたよ!した結果がこれなんだよ馬鹿で悪かったな!」


リビングのテーブルで、一枚のテスト用紙を中心に怒鳴り声が飛び交う。俺はそれを見ない振りして空気のように通り過ぎようとした。が、そうはいかない。

「誠!あんたも言ってやってよコイツに!」
「あっずりぃ、すぐそうやって兄貴味方にしようとすんだろおまえ!」
「姉貴に向かって"おまえ"はないでしょ!ご飯抜きにするわよ?」

俺が口を挟む間もなく、ふたりは言い争いを続ける。

「…………あのさー……巻き込むのやめてもらっていい?」

俺が渋々口を開いてそう言うと、二人の視線はぎゅいんとこちらへ向いた。

「兄貴っていつもどっちつかずだよな?いい加減どっちの味方なのかはっきりさせたらどうなんだよ」
「はぁ?めんどくせーそんなん、勝手にやってろよ」
「あっちょっと!脱いだパーカーそんなとこ置かないでよ!」
「あーへいへい」

結局いつも、この人らの矛先は俺へ向くのがお決まりなのだ。その理不尽さにももうとっくに慣れてしまっている。社会人で、海外で働く父の代わりに弟達の保護者代わりを担う姉、春日かすが  愛美まなみは、毎日のように怒声を響かせる獣のような女で、まだ高校2年でとにかくアホな弟、春日かすが 成樹まさきは今日も今日とて小テストの点数は赤点をキープ。

「あーにき、バイト代入ったんだろ?可愛い可愛い弟にちょびっとお小遣いとかくれね??」

成樹が、俺に駆け寄ってきて犬のように目を輝かせた。

「やんねーよばーか。男子高校生が可愛こぶったってなんも可愛くねぇぞ、いつの間にかデカくなりやがって」
「兄貴それ毎日言ってね?もう子供じゃねーし、背だってもう並んでるだろ」

頭の上に測るように手のひらを乗せる。

「元気があっていいなー若者よ」

俺がそう言ってリビングから出ると、えー小遣いはー!?と成樹の嘆く声が後ろから聞こえた。ついでに、姉貴がテスト用紙で成樹の顔をひっぱたく音もリビングに響いた。

ああ、今日も平和だ。


俺は自分の部屋に入ってパソコンをつけ、机に向かった。パソコンを再起動すると、前に作った自分のレポート内容が画面に映し出される。この間、真澄がレポートを見に来たときのままのようだった。

「………………恋人ねぇ…」

俺はひとりで溜息混じりに呟いた。

課題に手がつかないくらい真澄は悩んでたらしいけど、あいつは考えすぎる癖があるから余計ややこしくなるのだ。

「………………俺も……恋してーな」

なんとなく、そんなことを言ってみる。真澄を見てると少しそういう気も湧いてくるのだ。いつも愚痴ばっかのあいつも、なんだかんだいって楽しそうだからだろうか。

そのうちきっと、出会いがあるだろう。

淡い期待を胸に抱いてその日は眠りについた。





















朝が来た。

直感的にそう思って、俺は目を覚ました。不思議とすんなり目は開いて、頭も冴えている。枕元のスマホを手に取って時間を確認する。

「…げっ、マジか、嘘だろ」

表示される時間は、朝ではなくお昼頃だった。直感も何もない、頭が冴えてるのはいつもより多く寝たおかげだ。

「バイト遅刻する…!」

俺は慌ててベッドを飛び降りた。

遅刻との出会いなんて願っていない。
















「遅刻してすみませんでした」
「いいってば、そんなに忙しい時間帯じゃなかったしね?」

マスターは、顔上げて?と言う。俺はゆっくりとマスターを見た。いつもの優しげな顔で微笑んでくれるマスターは、神のようだ。

バイト生活初の遅刻、まさか寝坊するとは思っていなかった。

「ほら、これからがお客さん来る時間帯だからさ、準備しちゃおう?」
「あ、はい、ですね」

そう言われ俺はスタッフルームに入って制服に着替える。

「誠くん、ちょっとごめんね、電話してくる」
「はい、どーぞ」

マスターは少し申し訳なさそうに、スタッフルームから裏口に出て行った。どうやら急な電話がかかってきたようだった。











それから30分、マスターは裏口で電話をしたままカウンターへは戻って来ない。

……おかしいな……もうお客さんひとり入ってきちゃったし…。

仕事の電話だろうか、マスターが30分もカウンターを俺に任せるのは珍しいことだ。俺はお客さんに出せるほどのコーヒーは作れないし、そろそろ戻って来てもらわないといけなさそうだ。

俺はそう思って、裏口の方を見に行った。裏口の扉に耳をすませるが、話し声は聞こえず電話をしているようには感じなかった。こっそりと扉を開けてみると、裏口から少し離れた路地裏にマスターの姿を見つけた。

「…ます、」

マスターのことを呼ぼうとして、俺は急いで自分の口を塞いだ。扉の隙間からじっと目を凝らす。

俺の視線の先には確かに、マスター以外にもうひとり誰かがいる。マスターはその人と、唇を重ねていた。思わぬ光景に、俺の心臓は飛び跳ねる。

しかもその相手が、男なのだ。

……う、嘘だろ、まじで?知らなかった、マスターが男と、キス??

俺はバレないように扉を閉めて、頭の中を整理しよう深呼吸をした。

とりあえず、とりあえず店に戻ろう…お客さん残してるし…。

そう思って表へ戻ろうとすると、背を向けた裏口がガチャッと開けられた。

「あ、誠くん、ごめんね?お客さん来てる?」
「えっ、あ、あぁ、はい、ひとりだけ」

俺はできる限り平然を装って笑った。マスターは至って変わらず、いつもの調子だ。なのにも関わらず俺の心臓は未だにドクドクいっている。表へ出ようとするマスターは、その前にピタリと立ち止まってこちらを振り返った。俺もつられて、ビクリと立ち止まる。

「…もしかして、見てたの?」
「えっ?み、見てたって…、なんのことっすか…」
「…ううん、なんでもないよ。ごめんね、遅くなっちゃって」

そう言ってマスターはいつもの笑顔で笑って、カウンターへ戻った。


…………………やべ……思わず嘘ついた………、俺が見てたの、バレてないよな…?




その日のバイトは、あのキスシーンが頭からこびりついて離れず、全く集中出来なかった。




コメント

  • きつね

    え、マスターに恋人、え⁉︎
    誠くんと一緒になるんじゃないの?
    これからど−なるの?気になる~

    5
  • あんこ、

    待ってました(´;ω;`)

    2
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