生意気な義弟ができました。

鈴木ソラ

生意気な義弟ができました。11話




「へえ、教育実習ですか」
「うん、明日からね」

塾の休憩室、麻海さんが教材を片付けながらうなづいた。俺はロッカーの中から自分の鞄を取り出して、スマホを見た。

……あれ……零央から連絡きてる…。

スマホの画面に、不在着信の通知が表示される。

「教育実習、ちょっと怖いかな」

麻海さんは、弱気に笑って言った。

「俺も来年やるんですかね〜緊張しますよね、知らない生徒がたくさんいるって考えると」
「たった3週間だけど、生徒と仲良くなれたらいいよね」
「麻海さんなら大丈夫ですよ、きっとすぐ人気者になっちゃいます」

すると、スマホが軽快な音楽を鳴らして着信を知らせた。俺が慌てて電話に出ると、零央の声がした。

「なんだよ、なに?」
『バイト終わったの、今来てるんだけど』
「は?どこに」
『塾の前、場所は恵美さんに聞いた』
「えっ、今いるの?待って、すぐ出る」

急な連絡に、俺はスマホを耳に当てたまま鞄を背負いあげた。

「あ、麻海さんじゃあまた今度!実習頑張ってくださいね」
「うん、ありがとう」

麻海さんに別れの挨拶をして、俺は休憩室を出た。塾の外では、ここの生徒の中高生がおしゃべりしたりしていた。

「あ、零央、おまえ、急すぎ」
「学校帰り、おにーさんもバイトそろそろ終わるかなって思って。一緒に帰ろ」

零央はそう言って俺に背を向けて歩き出した。外はまだ明るくて、まだまだ夏だということを思い知らされる。

「学校帰りって、高校近かったっけ」
「近くないけど、遠くもない。それよりも、さっき、麻海さんといたんだ?」
「あぁ、うん、シフト大体同じ時間に入ってるし。でも明日から教育実習だってさ、大学に顔出すとは言ってたけど塾はしばらく来ないって」

俺がそう言うと、へぇ、とだけ言って零央は俺の方を見た。

……絶対興味なかっただろ今の話題…。

「こっち、こっち行こ」
「なんでわざわざ遠回りすんだよ」
「決まってんじゃん、暗くて人気ひとけ無いし、イチャイチャできる」

零央は平気でそんな恥ずかしいことを言うので、俺は思わず何も言えずに口を噤んでしまう。そのまま零央の言った通り人のほとんどいない道に入っていった。俺は黙って零央の隣を歩く。

「おにーさん」
「な、なに」
「なんでそんなビクビクしてんの、暗いの怖いとか?」
「そ、そんな女子じゃないから俺……別にビクビクもしてないし…」

俺がそう呟くと、零央はするりと俺の手を掴んで握った。

「は、離せよ…」
「なんで、俺たち付き合ってんのに?」

零央は俺の手を握ったまま顔を覗きこんできた。俺は横へ視線を流して目を逸らす。

「最近目も合わせてくれないじゃん、なんで?」
「……なんでって…………」

なんというか……自覚してしまったから…、こいつのどこがいいとかよく分からないけど…好きだって自覚しちゃったら、なんか顔も見れないじゃん……。

「……て、手汗すごいから、離して…」
「絶対やだ」

…こいつ絶対分かってやってる……。

「……学校、どうなの。やっぱ、零央って友達いっぱいいるの」
「いっぱいかは分かんないけど、まぁ、それなりに?」
「それなりって…俺のそれなりはかなり少ないけど…」
「おにーさんってあれでしょ、ほら、教室の隅で大人しくしてる感じの真面目くん」

零央は笑って言った。

「馬鹿にすんなよな…どうせおまえとはちげーよ」
「可愛いじゃん、おにーさん」
「…………よく平気でそんなこと言えるよなおまえ…」

どう足掻いたって女の子の方が断然可愛いだろうに……。

「…俺ってそんな突出して良い所もないし、平凡な男だけど、なんで俺?」
「なんでとか、なくね?いちいち理由なんてつけてたらキリないし」
「そうだけど…やっぱ納得いかないっていうか……零央みたいな奴、俺になんか目もくれないはずなのに」

俺が暗がりな足元を見つめながら言うと、零央はピタッと立ち止まって俺の腕を引き寄せた。俺の体は簡単に引っ張られ、零央の胸の中に飛び込む。

「ちょ、な、離せ…!」
「やだ。離したら逃げそう、俺たち付き合ってんのに」
「っ、誰か、来るかも…」
「来ないよ」

全然離してくれる様子が無いので、俺は必死に息を殺して耐えた。体が密着しているせいか、零央の心臓の音が聞こえる。けれど、それはすぐに自分の心臓の音でかき消される。

「俺にこういうことされるの、嫌?」
「……そ、そうじゃ、ないけど……」
「けど?」

零央は俺の言葉の先を待つようにして、問いかけてくる。俺はしばらく黙ってから、ゆっくり口を開けた。

「…………こんなことしょっちゅうやられてたら……心臓が、もたない…………って、いいますか…」

俺がそう答えると、零央は黙って俺の顔を見つめてきた。俺は視界の右下へ視線を泳がせる。

「それって、目も合わせられないくらい俺のこと好きってことじゃん?」
「……………そう………なるのかな…」
「なに、めっちゃ嬉しいんだけど。でも顔は見てよ」

そう言って、零央は俺の前に立ち塞がった。そのまま俺の頬に指を触れて、逸らした顔をグイッと零央の方へ向かせられる。

「っ、」

視界のど真ん中に零央の顔があって、俺は思わず息を呑んだ。なんだか久しぶりに零央の目を見つめた気がして、体温がグンと急上昇していくのもわかる。

「………ぎ、ギブ、無理…っ」

俺が零央の腕を掴んで抵抗すると、零央は素直に離してくれた。

「はや、顔真っ赤じゃん」

笑いながらそう言うと、俺に背を向けてまた歩き出した。俺はその背中を睨みつけてトボトボと後をついて行く。

……くっそ…………ちょっとイケメンだからって調子乗りやがって……、…それにいちいちドキドキしちゃう俺も、全部、ムカつく…………。

俺は熱くなった自分の顔を抑えながら、帰り道を歩いた。

































「ふーん、じゃあやっぱ付き合うことにしたんだ?」
「…………ハイ…」

頬杖をついて誠はコーヒーを飲む。俺は机に突っ伏して弱々しい声で答えた。

「てか誠、ほんとコーヒー好きな…家でも飲むのかよ、自分で淹れてんの?」
「まぁ、マスターのにはだいぶ劣るし、まだ練習中だけど。それよりも早くしろよレポート」
「あ、はい…。すみませんねまたそのうち何かお礼しますんで」
「はいはい期待しときますね」

俺は誠のノートパソコンを開いて書き上げられたレポートファイルを覗く。最近いろいろあったせいか課題のレポートすら進まず、誠宅にて、少し参考程度に見させてもらうことにしたのだ。

「で?もうヤった?」
「なんでそうなる」

俺が手元をピタリと止めて誠を睨むと、誠は、なんだまだなの、と言った。

「あのとき酔いつぶれた真澄置いて帰ったし、零央くんに介抱頼んだからてっきりもう食われたのかと」
「食われてたまるか」

ふざけたこと言う誠に、俺は即答する。

「零央くん遠慮してんのかね、今にも食いそうな顔してんのに」
「アイツが遠慮?ないない、絶対ない」

貪欲で傲慢な零央の中に、遠慮なんて言葉無いだろう。

………………てか…………付き合うって、なにする……?誠の言う通り、やっぱ男同士でもそういうこと……。

「あぁぁ無理無理そんなん考えらんない絶対できない…!」

俺はぐわっと頭を抱えた。

「なに、なんなの?」
「それよりもさ……ちょっと聞いてくださいよ春日さん…」
「なんですか鴨野さん」

まだ聞き慣れない名字をすんなりと呼んでくるあたり、誠は臨機応変な奴ですごいと思う。

「………顔が、見れないんです…………いや、もはや半径1メートル以内にいられると落ち着かないっていうかさ…」

俺が真剣な顔をして言うと、誠はわざとらしく大きな溜息を吐いた。

「なんだよ、ただの惚気話かよ」
「いや、本気で悩んでるんですけど……。アイツは慣れろ慣れろって言うけど、全然ムリだし…前までは普通に平気だったのに…」
「ははーん、好きだって自覚しちゃったわけ」

俺は、俯いてゴツンっと机に頭を自らぶつける。おでこがジンジンと痛んで、混乱した頭の中が少しスッキリするような気休めにはなる。

…………零央は母さんたちがいなければ、家でも躊躇いなくくっついてくるし、ほんとに精神がもたない……。

「相当きてるなおまえ…恋愛初心者はこれだから」
「…自分が恋愛経験多いみたいな言い草だなおい」
「少なくとも真澄よりかはあると思うけど?」

誠は自慢げに言い張った。

「じゃあ、なに、どうしたら解決できるのこれは」

俺がヤケになって誠に問いかけると、誠は、うーん、と唸って考えるような仕草をした。

「…そういうのは、ほら。自分から近づいてみるとか?」
「……………ほんとにそれでいいのかよ…」

テキトー言ってるんじゃないだろうなコイツ…。

「いやさ、向こうからって不意つかれたりすんだろ?だったら思いきって自分から何かすれば強く出れるんじゃないかなって」
「………なるほど…ふーん」

俺は納得したようなしてないような、曖昧な気持ちで相槌を打った。


























とは言われたものの…………。


「…れ、零央」
「なに」

零央は抑揚のない返事をしてこちらを見る。

「………り、リモコン…取って」

…………自分からって…?なに??

俺は零央からテレビのリモコンを受け取って、ソファの上で膝を抱えた。

……いや……だって、よくよく考えたんだけど、恋愛初心者の俺にはそれこそハードル高くないか…?!

悶々と考えていると、零央が隣に腰掛けた。

「おにーさん、キス」

そう言って、零央は当然のようにキスをしようと迫ってくる。俺は、慌てて零央の胸を押し返した。

「ちょ、ちょっと待って…っ」
「なに?まだ慣れないの、毎日顔合わせてんのに」

不満そうに零央は顔をしかめて俺を見る。

……自分から、俺が、零央に…。

「お、俺が、俺がする……!…から…ちょっと待って、ください………」

俺が苦し紛れにそう言うと、零央はポカンとしてから、いつもの憎たらしい笑みを浮かべた。

「…なに、どういう心境の変化?まぁいいけど、たまにはね」

零央は楽しそうに笑って、自分の膝の上をポンポンと叩いた。こっち、とだけ言って期待の目で俺を見る。たぶん、座れってことだろう。俺はぎこちない動作で、零央に跨って向き合うように座った。目線が零央よりも少し高くなる。

「ほら、キスしてくれるんでしょ?」
「ま…待って、まだ…心の準備が…」

ドクドクと鳴る胸を押さえつけて、俺は深呼吸をした。すると、零央は俺の腰あたりに手を回して、グイッと体を密着させるように引き寄せる。

「早く、待ちきれないんだけど」

零央はそう言ってキスをねだる。俺は思いきって、ゆっくりと顔を近づけて唇を重ねた。すぐに離すと、零央とバチッと目が合った。

「…終わり?」
「っ、ムリ、これ以上は、死ぬ……!」
「死ぬって大袈裟な。まぁいいや」

零央はそう言って、なんの前触れもなくキスしてきた。それもさっきの俺のとは違って、舌が入ってくる深いやつだ。

「んっ………ふ、ぁ」

………………あれ……結局、されてんじゃん……。

いつもの如く曖昧になっていく思考の中でそんなことを思った。キスに必死になっていると、零央は俺の腰にまわしていた手で俺の背筋をなぞった。

「ふ、ぁ…」

俺は思わずビクリと体を揺らすと、零央はさらに遊ぶように腰を撫でまわす。その行為に、背筋がゾクゾクと逆立つように反応する。俺はやめろと抵抗するように零央の手首を掴んで制止した。

「ぅ、は……、腰…触んな………っ」

やっと唇が離れて、俺は荒くなった息を整えながら抗議する。

「腰弱いから?おにーさん、たしか耳も弱いよね」

そう言って俺の耳元に顔を近づけた。

「ちょ、ほんとやめ…っ」

俺の言うことなんかひとつも聞かずに、零央は俺の耳を噛んだり舐めたりして遊ぶ。たまに聞こえる水音が、俺の頭の中をだんだんと空っぽにしていく。

「…ぅ、…」

何か言う気力も無くなってきて、俺は零央の肩にぎゅっと腕をまわして何とか耐える。

すると、玄関の方でガチャリと扉の開く音がした。俺はビクッと肩を揺らして、これまでにないくらいの瞬速で元の位置へ体を戻した。


「ただいま〜ふたりとももうご飯食べた?」
「お、お、おかえり母さん!いや!?まだ食べてない!」

動揺しまくる俺の姿を見て、零央は隣で密かに笑いを堪えている。


…………絶対許さん……。



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コメント

  • きつね

    え、好きって自覚しちゃった途端
    真澄君の可愛さ倍増ですか…
    2人ともめちゃ大好きだぁ〜
    続き待ってますね!(*≧∀≦*)

    5
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