生意気な義弟ができました。

鈴木ソラ

生意気な義弟ができました。4話



「れ、零央!そこどけって、相手は俺だぞ!」
「は?うっさいな、ちょっと黙ってくれない?」
「なっ…」

それが歳上の義兄に聞く口かよ!?

零央は「あっつ…」と愚痴を零しながら上に着ていたシャツを脱ぎ捨てた。予想通り零央は俺よりもいい体つきをしていて、俺の腕を押さえつける力も相当だ。このままだと本当に逃げられなくなると、思い知ってしまった。

…歳下に力負けするなんて情けなさすぎて泣ける、高校だけでも運動部に入っておけば良かった。

なんて後悔を唱えている間に、零央の冷たい手が俺の服をめくりあげた。俺はあまりの恐怖に思わず「ひぃっ」と情けない声を上げてしまう。

「おにーさん腰ほっそくね、腹筋もねーし」
「う、うるさ、早くそこどけよっ」

じたばたと腕を動かして抵抗するも、それは意味を為さない。

…早く、早くこの状況から脱出しないと、手遅れになる…。

俺は思い浮かぶ限りの最悪の事態を考えて、そのルートはなんとしても避けなければいけないと、手に汗を握る。

「おにーさん、もしかしてさっきキス初めてだったりする?」
「は、ば、馬鹿野郎んなわけないだろ」
「へー初めてなんだ」

精一杯の虚勢を張るも、零央はそんなもの相手にせずこちらを見て笑う。

………一番バレたくなかった。

「な、なんでもいいだろ、いいから早くどけってばっ」
「は?だから大人しくしろって」

零央は相変わらずの冷たい口調で、俺の手首を一層強い力で握り締めた。俺はその恐怖で何も言えなくなる。すると、途端に零央は顔を俺の首元に埋めた。その瞬間に生温い感覚が肌を伝った。

「ひ、ちょ、零央……っん、」

零央の舌が鎖骨あたりから上の方まで、ぬるぬると移動していく。慣れない感覚に俺はゾクリと背筋を凍らせた。その瞬間、チクリと首元に痛みが走る。

「いっ、な、なに…」
「すげぇきれーにキスマついた」

今すぐこいつを殴ってやりたい。零央はのんきな声でそんなことを言うのだ。

…キスマーク…?ふざけるな、そんな禍々まがまがしいもの俺の首につけるんじゃねぇ…!!

「…なんかすげーいい匂い…あぁ、シャンプーの匂い?」

零央は急にそんなことを言って、俺の髪に鼻を近づけた。目の前に寄ってくる零央の鎖骨や胸板は俺よりも男らしくて、妙に色っぽい。

「そ、そういうおまえは、酒臭い……ってか、ほんとどいて、」

手首を動かしてその拘束から逃れようとすると、零央は黙れと言わんばかりに唇を重ねてきた。当たり前かのように、零央の舌が俺の口内を犯す。

「…んっ、……ぁ、ふ」

深いキスに意識が持っていかれそうになり、思わず抵抗するのを忘れてしまう。零央は唇を離すと、舌をぺろりと出して悪戯いたずらな笑顔でこちらを見た。

「おにーさん、キスすると静かになるのウケるんだけど。腰抜かしちゃうくらいだもんな、相当気持ちいいんだろ?」
「………ぅ、るさぃ……っ」
「この辺ゾクゾクするでしょ?」

そう言って、俺の背筋をなぞってから腰あたりを触った。俺がビクリと肩を揺らすと、零央はまた笑う。

「おにーさん素直でおもしろい」
「っ…ば、馬鹿にしやがって…」

ケラケラと笑うと、突然ゴツンと俺の肩あたりに頭を埋めた。

「…お、おい…重いから、どけって…」

問いかけても、返事は無いし動く様子も全く無い。

………まさか……ね、た…?

自分の肩あたりに耳を澄ますと、微かにすぅすぅと寝息が聞こえた。俺の体は安堵に力が抜ける。

「………助かった…」

どうやら、神様が俺のことを助けてくれたようです。










翌朝、俺は悪夢を見たような気分で目を覚ました。いや、まだ悪夢のほうがだいぶ良かった。

「…………はぁ……」

あのあと俺は零央を起こさないようになんとか自分の部屋へ戻ってきた。衝撃的な恐怖と…まぁ…その…生理現象的な諸事情により、なかなか寝付けなかったのは事実。

とにかく俺は、部屋から出たくない。

けれど、悲しいことに俺はバイトに行かなければいけない。だるい体を起こして、憂鬱な気分で恐る恐る部屋から出た。

…できれば零央と顔合わせたくないんだけどな……。

「おにーさん」
「ひぃっ」

驚きと恐怖で、俺は思わず肩をこわばらせて振り向いた。そこには、機嫌の悪そうな零央が立っていた。

「なに、なんでそんなビクビクしてんの?そこどいて、シャワー浴びたい」
「あ、は、はいっ」

俺は素早く廊下の隅に移動して、通り過ぎて行く零央を見つめた。零央が脱衣所に入ってからしばらくして、シャワーの水音が聞こえる。俺はそのまま立ちほうけていた。

…………お、覚えて……ない……?

覚えていないなら、それはそれでこちらにとっては好都合に違いない。俺は内心、ガッツポーズをしてリビングに入った。











「はぁーーーーっ……」

俺は、塾の休憩室で思いっきり溜息を吐いた。かけてるメガネを潰す勢いでテーブルに突っ伏した。

「真澄くん、どうしたのそんな溜息ついて」
「あっ、麻海さん…あれ、今日シフト入ってましたっけ?」
「いや、今日はちょっと忘れ物取りに来た」

麻海さんはいつ見てもさわやかだ。イケメンはイケメンでも、零央じゃなく麻海さんのようなイケメンになりたい。

「ずいぶん疲れてるみたいだけど?」
「………………どうやって、鍛えたらいいんでしょう…」

唐突な俺の言葉に、麻海さんはポカンとする。

「いや、とにかく筋肉がなくてですね!?欲しいんですよ筋肉!自分を守るためにも!」

零央に力負けしてるんじゃ駄目だろう。情けない。

麻海さんはすらっとしていて細身だけど、ちゃんと筋肉はついている。いわゆる細マッチョってやつだ。どこまでも羨ましい。

「んーやっぱり俺ってチビなんですかね…」
「え?」
「身長が低いのもいけないんですよねぇきっと…」

俺はそうぼやきながら、麻海さんと俺の身長を比べてみる。手のひらを麻海さんの高さまで持って行ってみるも、やはり俺の頭の高さからは到底届かない。背伸びをしても届かない。

…………牛乳か……??

うんうん唸っていると、突然上にあげていた手首をガシッと掴まれた。

「わ、えっ、な、なんです?」

麻海さんは、俺の方をまじまじと見つめてくる。すると、ゆっくりと口を開いた。

「……そのキスマ、どうしたの?」

キスマ、という言葉を聞いて、俺は真っ青になった。慌てて掴まれていない方の手で首元を覆い隠す。

「えっ、あ、いや、あのですね、これは、」
「これは?」
「…………こ……これは………」










「…酒に酔ったおとうとに襲われた?」
「………あはは……」

なんだか誤魔化しきれなくて話してしまった。麻海さんは目をまん丸にしてこちらをじっと見つめる。

「真澄くんって確か一人っ子じゃなかったっけ?」
「あっ、親が再婚して、義弟ができたんすよ、高3の」
「……へぇ…って、まだ未成年じゃん、お酒飲んでいい歳じゃないよね?」
「まぁ本人は認めてないんですけどね、あれは絶対飲んでたと思います。記憶飛んでたし!」

そう、忘れていてくれたのがせめてもの救いだ。

すると、麻海さんは再び俺の首元に目をやった。あんまり見られるのも、ちょっと恥ずかしい。

……零央には見られてなくてよかった…あいつ朝すげぇ機嫌悪そうだったしな…。

「…で?真澄くん、大丈夫だったの?」

麻海さんは、真剣な顔で聞いてきた。

「え…?あ、まぁ、最終的にあいつ寝落ちたんで、助かりました」
「そっか…なら、いいんだけど。それで、強くなりたいって?」
「ま、まあ…文化部オンリーだった俺じゃ、さすがに運動部の義弟には敵わなかったっていうか…情けなくなって」

思い出すだけで悲しくなる。自慢じゃないが俺の身体能力値は平均を超えてないと思う、うん。

「……そうだね、俺もちょっと真澄くんが心配だな」

麻海さんは、心底心配そうにそう言った。

お兄さん気質で優しくて、俺よりもよっぽど兄に向いている。むしろ俺と変わってほしい。

「はぁーーっ!もう、俺メンタル死にそうです…生きていけるかな…」
「生きてもらわないと困るよ、俺にできることならなんでも言って」

麻海さんは、優しい笑顔で笑って俺の頭をぽんぽんと撫でた。

………麻海さんの弟に生まれたかった…。

なんて、心底思うほどその包容力は俺の心のオアシスだ。









「ただいまー…」
「おかえり」

リビングに入ると、零央がソファに寝そべってスマホをいじりながらこちらを見た。俺は昨日の悲劇を思い出して思わずビクリと一歩立ち止まる。

……平常心平常心……。

「…おまえ、今日はフリーだったの?」
「んー、遊びに誘われてたけど、めんどくて断った。頭痛いし」

酒のせいだろ絶対。

キッチンでコップにお茶を注いでいると、零央もキッチンに入ってきた。零央は冷蔵庫を開けて中身をじっと見つめる。

「たしか冷凍庫にアイス入ってたぞ」
「ん、ほんとだ、どーも」

零央はそう言ってアイスを取り出してからこちらを振り向いた。そのまま去ると思いきや、零央は一瞬目を真ん丸くしてこちらへ近寄ってくる。

「……な、なに…なんだよ」
「それ」

そう言って零央が指さしたのは、俺の首。

「…昨日俺がつけた、キスマ?」

俺の体はあまりの衝撃に固まった。冷や汗が背筋を伝っていくのがわかる。

!?!?!?!?!?!?!?!?

「……お、ま……はぁ…!?お、覚えてんのかよ…?忘れたんじゃ、」
「いや、今思い出した」

零央はのんきな顔で平然とそう言う。俺の口は開いたまま塞がらずきっとマヌケだろう。

……今思い出しただと…?そ、そんなん通用するかよ!?いや困る!困るんだけど!?!?

「……へ、へぇ…そう、思い出したんだ…」
「で?おにーさん、もしかして童貞?」
「ブハッ」

まさかの言葉に、飲んでいたお茶を吐き出しそうになる。

「そうでしょ、たかがキスで腰抜かすって…」

零央はアイスをくわえて、わざとらしく笑いをこらえるみたいにしてこちらを見る。俺は恥ずかしさのあまり何も言えない。

…………もしここに穴があるなら入ってしまいたい…………。

「……い、いいい言っとくけど!!いくら酔ってるからって、あ、義兄あにき襲うのは良くないだろ!?」

俺は、ムカつく態度なそいつにビシッと人差し指を突きつけた。

「いや、まさかほんとに黙って襲われちゃうとも思ってなかったんだけど俺」
「黙ってたつもりいっちミリも無いですけど!?全力で抵抗してましたけど!?」
「あれで全力?だとしたらおにーさんちょっと鍛えた方がいいんじゃない?」
「わかってますぅぅ!!」

…………しまった……こんな生意気な歳下相手にムキになっている場合ではない、所詮相手は子供…。

俺は一度深呼吸をする。

「……と、とにかく!おまえ未成年のくせに酒なんか飲むんじゃねえよ、そんでもってあんなこともう二度とするな!わかったか?」

俺がそう言うと、零央は珍しく黙り込んだ。返事を待っていると、突然零央はこちらへ迫るように歩み寄ってきた。俺は思わず体を強ばらせて後ずさりする。

「…偉そうに説教?じゃあ言っとくけど、おにーさん満更でもなかったんじゃないの。腰抜かすほど気持ち良かったんだろ?昨日俺が寝落ちてなかったらどうなってたと思う?想像してみろよ」

いつもとは少し違う雰囲気を纏って、零央は俺に詰め寄る。キッチンの角に追い詰められた俺はどうすることもできなくて、情けないことに足も手も動かない。何か反論しなくては、と絞り出した声はどうしても震える。

「…………ま……満更でもないとか、ば…馬鹿じゃねえの……、な、なわけないだろ…」

本当はもっと言ってやりたいのだが、昔からビビり癖のある俺は頑張ってもその程度しか言えない。零央は、じっと俺を見つめてくるので、その視線に耐えきれず、迫る零央の胸をなんとか押し返してキッチンから逃げ出した。



「…………」

自分の部屋に入って扉を閉めると、俺は呆然と立ち尽くした。

…………や……やってしまった……これでとうとう、今度こそ、まともには顔を合わせられない……合わせづらすぎる…。

さすがに馬鹿だと思う。義弟の喧嘩買って馬鹿な義兄だと思う。
これから俺は、本当にあの義弟と生活していけるのか……?不安しかない。

第一、零央の様子もおかしかった…と、思う。何か癇に障ること言ったか?いや、説教したのは確かだけど、そんなんでキレるほどあいつも子供じゃ…ないと、思うんだけどな…。

「…………はぁー……」

実際、出会ってからまだ数日。俺の知っていることなど何も無い。

……どうしたら……いいんだ……はぁ……。




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