生意気な義弟ができました。
生意気な義弟ができました。3話
「ただいまー」
麻海さんと喫茶店に寄ってから家に帰ってくると、時間はもう夕方頃だった。リビングに行くと、零央がテレビを見ていた。
「あ、おにーさん、今日父さんと恵美さん帰ってこないってさ」
「えっ、ふたりして仕事?」
「泊まり込みでやんなきゃいけないのがあるらしいよ」
母さんたちは職場が一緒で、いわゆる職場内結婚ってやつだ。子供は手がかかる歳でもないっていうことで、仕事好きなふたりは今も共働きで稼いでいる。
「飯は?零央食べた?なんか作るけど」
「作れんの?」
「…作れますけど?」
「へえ」
なんだよ「へえ」って興味無さそうだなおい。こうなったら俺の得意料理振舞ってやろうじゃねえか。
「……で?これは何料理?」
「……………お……オムライス……」
の、つもりではあった。
目の前のテーブルに置かれたオムライスは、とても美味しそうとは言えない見た目をしていた。
「卵黒いけど、まさか焦がしたの?」
「いや…まぁ…ごめん、うん…コンビニでなんか買ってくるから…」
久しぶりの料理はなかなか難しい。もともと俺は器用なほうじゃないんだ。くっそ悔しい…。
すると、零央はスプーンを手に取って目の前のそれを食べ始めた。
「ちょ、いいって、やめといた方が…」
「だってもったいないじゃん、あー、不味いわ」
「………ごめん…」
俺も仕方なく作り上げた料理を食べる。意外なことに零央はぺろりとそれを完食してくれて、助かった。
……今度はちゃんと練習しておこう…。
「皿は俺が洗っとく」
「え、あ、ありがとう」
零央はすっと立ち上がってキッチンの方へお皿を持っていった。さすがは巧さんの子だ、こういう所は巧さん譲りなのだろう。
「あ、あとで俺出かけるから」
「え?この時間に?もう7時だけど」
「別に普通じゃん?」
今どきの高校生ってそんなものなのか…?いや…俺がそうじゃなかっただけなのか…。
皿洗いを終えると、零央はさっさと着替えて家を出て行ってしまった。
今日はゆっくりしよう、寝よう。
誰かが階段を上ってくる足音がする。俺は眠気の中たしかにその音で目を覚ました。
……母さんと巧さんは仕事だし…零央か…?いやでももう24時過ぎてるぞ?こんな遅い時間に帰ってきたのか?
俺は考えを巡らすより見に行った方が早いと思い、重たい体を起こして扉を開け廊下を覗いた。
「……零央…?」
薄暗い廊下で、零央が座り込んでいた。俺が駆け寄って顔を覗き込むと、薄らと寝息が聞こえた。
「……おい…なんでこんなとこで寝てんだよ…おーい」
どれだけ声をかけても動く様子がないので、仕方なく部屋に連れてこうと零央の腕を自分の肩に回して立たせる。
ったく…夜遊びも程々にしろよな…。
零央の部屋の扉を開けて、ベッドに運ぼうと歩みを進めていると、ずるりと零央が座り込んでしまった。
「ちょ、立てって、すぐそこにベッドあるんだけど…」
ってかもうそこで寝かせとけばいいか…。
めんどくさくなって俺は自分の部屋へ戻ろうと零央に背を向ける。すると、部屋を出る前に、突然後ろから肩を掴まれる。
「えっ、」
そのまま振り向かされ、背中に当たった壁に肩を押さえつけられる。俺は何が起こったのか分からずにポカンとすることしかできない。
「……れ、零央…?な、なに、どうした」
俺が問いかけても何も返事が返ってこない。しばらくすると、零央がじっとこちらを見つめてきた。鋭い眼差しで、獣のようだ。それでから、俺は恐ろしいものを聞いた。
「…………ヤりてー…」
俺がまた呆気にとられてる隙に、胸ぐらを捕まれ一気に零央の顔が近づいてきた。唇に生暖かい体温を感じる。
「んっ、」
俺が驚愕している間に、あっさりと零央の舌が滑り込んでくる。
「ん、ふ……ちょ、れ、お」
薄らと、いやはっきりと、酒の匂いがした。こいつはたぶん、呑んでる。その始末がこれだ。零央の胸を何度も叩いて離れろと抵抗するが、それは意味を為さない。
……ってか、これ…俺のファーストキス……なんだけど……。
昔から陰キャを極めてた俺に彼女なんてできた試しもなく。悲しいことにこんなのが俺の初めてになってしまった。
他人の舌が、逃げる俺の舌を追いかけるようにして絡まる。
「…も、やめ…ふ、ぁ、んっ」
長くて深い零央のキスは終わる様子が無く、止まりそうな息に思わず生理的な涙が頬を伝う。留めきれない涎がだらしなく唇の端から零れている。初めての感覚に、背筋がゾクゾクと毛羽立つ。
ようやく唇が離れると、あまりの衝撃に俺はガクッと座り込んでしまう。苦しかった息を整えるように、俺は酸素を吸おうと肩を上下させる。
「…あれ、おにーさん、気持ちよすぎて腰抜かした?」
見上げると、意地の悪そうな笑顔で笑ってこちらを見ていた。俺とは違って何とも余裕そうな顔がムカつく。
「っ……おま、…酔ってる、だろ…未成年のくせに、」
「…さぁ、なんのこと」
とことんムカつくやつだ。酔った勢いで俺のファーストキス奪いやがって、絶対許さねえ。
けど、そんなことを言う余裕は俺には無い。
「はぁ、もうなんでもいい。相手してよ」
零央は不機嫌そうな顔をしてこちらをじっと見つめた。恐ろしい、ライオンのような目つきだ。何も答えられないでいると、めんどくさがった零央は、軽々と俺の体をお姫様抱っこでベッドの上に放り投げた。
「ちょ、なにす、」
零央は俺の上に跨って俺を見下ろした。
これから起こることがもしも俺の想像通りなら、それはやってはいけないことでとてつもなく恐ろしいことだと俺は思う。とにかく、この状況は非常にまずい。何があったか知らないが機嫌が悪い上に酔った義弟の獲物にされるなど、あってはいけない事だ。
誰か、助けてくれ。
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