観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)
エピローグ
あれから、黒い世界の夢は見なくなった。それにより表層世界の異変もなくなり元に戻ってくれた。
いいことである。毎朝無力感に起こされることはなくなったのだから。
まったく、なにが悲しくて何度も良心叩かれて起きなくちゃならないのよ。
そんな、寝る度におなじ夢を見るという習慣を失った私は数日後、市バスに乗りながら見知らない街並みを窓から眺めている。
日曜日の昼過ぎ、快晴の空は眩く新鮮な光景をさらに輝かしいものにしてくれる。
けれど。私の胸には重石があった。ほんと、鉛でも飲み込んだんじゃないだろうかというくらい、胸が重い。
そんな緊張を紛らわすように、私は窓から外の景色を見続ける。窓に反射した私の顔は、少しだけ固くなっていた。
ええい、なによこれくらい! ホワイトと一緒にタクシー乗った時の方がよっぽど緊張したわよ。だから大丈夫、緊張しないでアリス。
目的地に到着し、私はバス停へと降りた。私の県から一つ離れた場所で、ここには来たことがない。
歩道に立ち、とりあえず右に左に視線を動かした後、スカートのポケットから地図を取り出してみた。
「えーと、ここが沢尻運動場前だから、こっち? いや、……あっち?」
うーん、難しいわ。地図とにらめっこしながら眉間に皺が寄る。とはいえこちとら黒い世界で何年も人を探してきた身。こんなことで挫ける私じゃないわよ。
簡単簡単、イージーモードよこんなもの、黒い世界で鍛えられた私の本気、見せてやる!
一時間後。
「どこよここ……」
迷った。
が。
「はあ……はあ……、ようやくかあ~!」
疲れた、本当に疲れた。息がしんどい。
「てかすぐ近くじゃん!」
あれから地図を頼りに目的地を探して回ったわけだがいっこうに見つからず、私は完全迷子だった。
最後なんて辿り着くどころか帰れるのかも不安になってきた頃、タクシーを見つけた私はこの際だからと運転手に道を聞いてみたのだ。
そしたらびっくり、まったくの反対方向。最短なら十分もしない場所にあった。私の一時間は徒労というわけですか。そうですか。
「まあ、苦労はしたけど」
私は息を整えて、一軒のお家の前に立った。ここに来るのは初めてだけど、胸が引き締まる。目が、一つのものに止まる。
岡島の表札。小学生の頃、転校してしまった私の友人。その家だ。
私はゆっくり息を吐いて、表情を引き締めた。そして門に備えられているインターホンを押す。
「はーい」
返事はすぐにやってきた。インターホン越しにではなく、扉が開く。そこから私と同い年くらいの女の子が現れた。
「あ」
声が漏れてしまう。その子の容姿が、あまりにも似ていたものだから。
活発そうな黒い髪のショートカット。目は丸くて体はスッとしてる。
Tシャツにホットパンツという普段着で、見るからに元気そうな女の子。扉から顔を出した彼女は私を見て顔を少しだけ傾げる。
見知らない、同年代の子に戸惑っている感じだ。そんな彼女へ、私は門の外から、勇気を出して声をかけてみた。
「あの、岡島祈さんですか?」
「えっと、そうですけど」
やはり本人だ。変わってない、見た目は全然。私はちょっとした感動を胸に、けれどため込んだ緊張を、本人へと突き出した。
「私は、黒木アリスっていいます。覚えてますか、小学校の三年の時、同じクラスで」
「ええー!」
いいことである。毎朝無力感に起こされることはなくなったのだから。
まったく、なにが悲しくて何度も良心叩かれて起きなくちゃならないのよ。
そんな、寝る度におなじ夢を見るという習慣を失った私は数日後、市バスに乗りながら見知らない街並みを窓から眺めている。
日曜日の昼過ぎ、快晴の空は眩く新鮮な光景をさらに輝かしいものにしてくれる。
けれど。私の胸には重石があった。ほんと、鉛でも飲み込んだんじゃないだろうかというくらい、胸が重い。
そんな緊張を紛らわすように、私は窓から外の景色を見続ける。窓に反射した私の顔は、少しだけ固くなっていた。
ええい、なによこれくらい! ホワイトと一緒にタクシー乗った時の方がよっぽど緊張したわよ。だから大丈夫、緊張しないでアリス。
目的地に到着し、私はバス停へと降りた。私の県から一つ離れた場所で、ここには来たことがない。
歩道に立ち、とりあえず右に左に視線を動かした後、スカートのポケットから地図を取り出してみた。
「えーと、ここが沢尻運動場前だから、こっち? いや、……あっち?」
うーん、難しいわ。地図とにらめっこしながら眉間に皺が寄る。とはいえこちとら黒い世界で何年も人を探してきた身。こんなことで挫ける私じゃないわよ。
簡単簡単、イージーモードよこんなもの、黒い世界で鍛えられた私の本気、見せてやる!
一時間後。
「どこよここ……」
迷った。
が。
「はあ……はあ……、ようやくかあ~!」
疲れた、本当に疲れた。息がしんどい。
「てかすぐ近くじゃん!」
あれから地図を頼りに目的地を探して回ったわけだがいっこうに見つからず、私は完全迷子だった。
最後なんて辿り着くどころか帰れるのかも不安になってきた頃、タクシーを見つけた私はこの際だからと運転手に道を聞いてみたのだ。
そしたらびっくり、まったくの反対方向。最短なら十分もしない場所にあった。私の一時間は徒労というわけですか。そうですか。
「まあ、苦労はしたけど」
私は息を整えて、一軒のお家の前に立った。ここに来るのは初めてだけど、胸が引き締まる。目が、一つのものに止まる。
岡島の表札。小学生の頃、転校してしまった私の友人。その家だ。
私はゆっくり息を吐いて、表情を引き締めた。そして門に備えられているインターホンを押す。
「はーい」
返事はすぐにやってきた。インターホン越しにではなく、扉が開く。そこから私と同い年くらいの女の子が現れた。
「あ」
声が漏れてしまう。その子の容姿が、あまりにも似ていたものだから。
活発そうな黒い髪のショートカット。目は丸くて体はスッとしてる。
Tシャツにホットパンツという普段着で、見るからに元気そうな女の子。扉から顔を出した彼女は私を見て顔を少しだけ傾げる。
見知らない、同年代の子に戸惑っている感じだ。そんな彼女へ、私は門の外から、勇気を出して声をかけてみた。
「あの、岡島祈さんですか?」
「えっと、そうですけど」
やはり本人だ。変わってない、見た目は全然。私はちょっとした感動を胸に、けれどため込んだ緊張を、本人へと突き出した。
「私は、黒木アリスっていいます。覚えてますか、小学校の三年の時、同じクラスで」
「ええー!」
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