観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)
探索4
そこで、私はようやく久遠の異変に気づいた。久遠の顔が私ではなく扉の奥に向いていたからかもしれない。横顔だけではよく分からなかったから。
彼女の瞳は、なにも見ていなかった。前を向いているだけで焦点が合っていない。眩しいほどの笑顔はけれどメッキのように見えてきて、急に私の背筋が寒くなる。嫌な予感が、全身に充ちる。
「ねえ久遠、私の質問に答えて! 私を見て!」
「さ、こっちですわアリスさん」
久遠は私の言うことに耳を貸さない。そればかりか、私の腕を掴み強引に玄関へと入り始めた。
「久遠、待って。痛い!」
私の腕が締め付けられる。強いなんてものじゃない、痛い。久遠の力、ううん、女性とはとても思えない。
私は久遠に引きずられるように玄関へと入った。大きな靴箱が並びそれぞれの上履きがしまわれている。玄関の先はT字になっていて、薄暗い玄関を廊下の窓が微かに照らしている。
「離して、久遠! お願いだから離して!」
「あ」
玄関のちょうど真ん中で久遠は立ち止まり手を離してくれた。私は久遠から一端離れ、すぐに腕をさする。そこには久遠に握られた跡がくっきりと浮かんでいた。
「久遠、どうしちゃったの?」
私の前、後ろ姿を向ける久遠の表情は分からない。なにを考えているのかも。
久遠は立ったままじっとしていたが、しばらくしてから、ぽつりと呟いた。
「声を、聞きましたの。ここへ来るように、囁く声を……」
「声? でも、そんなの私には聞こえなかったけど」
声どころかここに来るまで誰にも会っていない。影すら見なかった。辺りに耳を澄ましてみても声は聞こえない。
「ねえ久遠、さっきからどうしたの。なんか今の久遠ヘンだよ」
「……思い出しましたわ」
「え?」
静かな声でいわれた言葉は聞き逃しそうだったが、私は確かに聞き取った。思い出した? え、久遠が?
「思い出したって、なにを? え、久遠も、もしかしてここの生徒だったとか?」
そんなことを忘れているものなのか否定的な思いはあるけれど、久遠の言葉はそうとしか思えなくて。
私の質問に久遠は答えてくれない。私に振り向いてくれるが、しかしゆっくりと顔を横に振りながら後ろに下がっていく。まるで私を恐れるような、もしくは何かに怯えているような表情で。
「私は、そんな……、そんな……」
とても怯えてる。細い体の震えが尋常じゃない。地面を見つめたまま体を抱きしめ、なにかを呟いてばかりだ。
「く、久遠? どうしたの? ねえ。どうして離れるのよ」
後退していく久遠に近づくために私は足を出そうとする。
「来ては駄目ですわ!」
「!」
しかし、久遠の強烈な言葉に出掛かった一歩が止まった。久遠は両腕で自分を抱きしたまま、体の震えに耐えている。
そんな異常な状態で、久遠は私を見つめる。その際の表情が、絶望を知ったように青ざめている。
「アリスさん、私は……、知らなかったんです……」
「なにを? 教えて久遠、なにを知らなかったの? なにを思い出したの?」
「私は、本当に知らなかった。今まで、今の今まで。でも……」
なに? なにがどうなってるの? なんでそんなに怯えてるの? なにを思い出したの? まるで分からない。急なことに、なにがなんだか。
彼女の瞳は、なにも見ていなかった。前を向いているだけで焦点が合っていない。眩しいほどの笑顔はけれどメッキのように見えてきて、急に私の背筋が寒くなる。嫌な予感が、全身に充ちる。
「ねえ久遠、私の質問に答えて! 私を見て!」
「さ、こっちですわアリスさん」
久遠は私の言うことに耳を貸さない。そればかりか、私の腕を掴み強引に玄関へと入り始めた。
「久遠、待って。痛い!」
私の腕が締め付けられる。強いなんてものじゃない、痛い。久遠の力、ううん、女性とはとても思えない。
私は久遠に引きずられるように玄関へと入った。大きな靴箱が並びそれぞれの上履きがしまわれている。玄関の先はT字になっていて、薄暗い玄関を廊下の窓が微かに照らしている。
「離して、久遠! お願いだから離して!」
「あ」
玄関のちょうど真ん中で久遠は立ち止まり手を離してくれた。私は久遠から一端離れ、すぐに腕をさする。そこには久遠に握られた跡がくっきりと浮かんでいた。
「久遠、どうしちゃったの?」
私の前、後ろ姿を向ける久遠の表情は分からない。なにを考えているのかも。
久遠は立ったままじっとしていたが、しばらくしてから、ぽつりと呟いた。
「声を、聞きましたの。ここへ来るように、囁く声を……」
「声? でも、そんなの私には聞こえなかったけど」
声どころかここに来るまで誰にも会っていない。影すら見なかった。辺りに耳を澄ましてみても声は聞こえない。
「ねえ久遠、さっきからどうしたの。なんか今の久遠ヘンだよ」
「……思い出しましたわ」
「え?」
静かな声でいわれた言葉は聞き逃しそうだったが、私は確かに聞き取った。思い出した? え、久遠が?
「思い出したって、なにを? え、久遠も、もしかしてここの生徒だったとか?」
そんなことを忘れているものなのか否定的な思いはあるけれど、久遠の言葉はそうとしか思えなくて。
私の質問に久遠は答えてくれない。私に振り向いてくれるが、しかしゆっくりと顔を横に振りながら後ろに下がっていく。まるで私を恐れるような、もしくは何かに怯えているような表情で。
「私は、そんな……、そんな……」
とても怯えてる。細い体の震えが尋常じゃない。地面を見つめたまま体を抱きしめ、なにかを呟いてばかりだ。
「く、久遠? どうしたの? ねえ。どうして離れるのよ」
後退していく久遠に近づくために私は足を出そうとする。
「来ては駄目ですわ!」
「!」
しかし、久遠の強烈な言葉に出掛かった一歩が止まった。久遠は両腕で自分を抱きしたまま、体の震えに耐えている。
そんな異常な状態で、久遠は私を見つめる。その際の表情が、絶望を知ったように青ざめている。
「アリスさん、私は……、知らなかったんです……」
「なにを? 教えて久遠、なにを知らなかったの? なにを思い出したの?」
「私は、本当に知らなかった。今まで、今の今まで。でも……」
なに? なにがどうなってるの? なんでそんなに怯えてるの? なにを思い出したの? まるで分からない。急なことに、なにがなんだか。
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