観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)

奏せいや

買い物1

 数年間変わることがなかった夢が変わった。それは大きな進展だ。けれど夢が変わったくらいで日常までも変わるなんてこと、誰だって思わないだろう。それは私だってそう。いつものように朝起きて、いつものように学校に行く。そう、いつも通りに。なのに。

 なんで、こんなことになってるのかな~。

 視界に映る街の様子が左へと流れていく。灰色の座席のシートに腰を預け、私は道路を走るタクシーから窓へ視線を向けていた。静かなまま車外の様子と時間だけが流れていく。私は外を眺め続ける。他は気にしないようにして。決して隣を振り向いては駄目と言い聞かせる。

 だって。

 隣には、ホワイトが座っていた。相変わらずの無言で。それだけなのに、なんなのだろうかこの緊張感。すごく意識してしまって気まずい。

 私は固まったまま、助けを求めるように窓の外を見る。そりゃあこうしたくもなるわよ。

 部屋でやり取りをしていたあれから、ホワイトは「行くぞ」とだけ言うと外へと出た。

 そこでタクシーを拾い、運転手に店先を告げた後は黙ったまま。私は恥ずかしさもあって黙って付いていくだけだった。

 それがこうして、いつも薄い表情の無愛想で身元不明の、私の命の恩人が、隣にいる。けれど、会話はない。なにこの時間、嫌がらせ? 空腹も引っ込んじゃったわよ。

 私は窓を眺め続け時間を潰そうとしていたが、駄目だ。どうしても気になる。私はそっと隣人へと視線を寄せてみた。バレないように、ちょっとだけ。

 彼、ホワイトは正面を向いていた。表情は彫刻のように動かない。私を気に掛けている様子はなく、この無言の空間も気にしていないようだ。

 それもそうよね、あなたが原因だもの。そんな彼を見ながら、なにか話しかけた方がいいのだろうかと考えて。

「なんだ」

 バレた。

「い、いえ! なんでもありません!」

 私はすぐに窓へと向き直る。咄嗟に避けてしまった。これじゃ会話なんて出来ない。

 誰か助けて~。

 そうして重苦しい時間が過ぎていき、車に揺られることしばらく。ようやくタクシーは目的地に到着した。

「出るぞ」

 ホワイトは運転手に待っておくように告げてから外へ出る。私も早く出たかったのですぐに出た。よし出よう、早く出よう。

 ようやくあの空間から解放された。心の荷物をどさっと下ろしたような気分に気持ちが軽くなる。そんな感じで浮かれていた私に、目の前の光景はトドメを刺してきた。

「え?」

 え? なにこれ。この状況が分からない。緊張してたから気づかなかったけど、え、でもここって。

「ブティック?」

 私の目の前にあるのは飲食店ではなく服飾店だった。

 しかも見るからに高級そうな。店の看板は英語で読めないがショーウインドウから覗く店内は綺麗で、琥珀色のような空間にいくつもの服が飾ってある。

 けれどちょっと待って。なんでお腹が空いたから高級ブティックに行くことになるの? 私に服でも食えというの? ギャグなの? あなた、見かけによらずお茶目なの?

「何をしている、早く入るぞ」

「入るって、あんたこそ何してるのよ。ここどこだか分かってるの?」

「当然だ」

 私の疑問に一切答えることなくホワイトは一人で店内へと入って行った。

「ちょっと待ってよ!」

 信じられない、ちゃんと説明しなさいよ! ホワイトの背中を追い掛け私もお店に入る。

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