ガチホモの俺がお嬢様学園に入学させられてしまった件について 

湊湊

52.「二宮冬香は櫻井芳樹と共にこの世界を歩む」(後編)



「鈴木に刺されて病院に入院している時にさ。俺は自分の行動を省みてみることにしたんだよ。流石に一か月間も入院している期間があれば、一人で物思いにふける時間も沢山あったからな。俺は自分の行動の中で何か問題が無かったかってずっと考えていたんだよ。……けれどそれは分からなかった。というか分かりたくなかったんだろうな。何故なら俺の汚らわしい『本質』と向き合わなければならないことだから。俺は逃げていたんだ」


「櫻井君の……汚らわしい『本質』?それは……」


「後で改めて説明するよ。とりあえずその後の事件の顛末だけ語っておくか。ちなみに……俺を刺した後の
鈴木はどうなったと思う?」


「刑事事件にでもなったの?」


「いいや。それは回避することが出来たよ。確かに端から見れば殺人未遂の事件。幾ら学校内とはいえ、俺は病院に緊急搬送されてしまっているからな。隠し通すことは事実上で不可能であり、露見すれば面倒になっていたかもしれない。だけど俺があくまで事件についての概要を明かさなかった。ってか鈴木が犯人だって言うのは、家族にすら明かしていないことだ。知っているのは鈴木と入れ違いになって屋上にやってきた恭平と今、話をしている二宮だけのはずだ」


 とはいえ親父はどこからか情報を得ているかもしれねえしな。あいつの顔の広さと情報量は意味不明なレベルだから。つーか三枝も何か知っているみたいだったし。


「……あなたが鈴木さんのために配慮をしたのね」


「配慮ってほどのことでもないけどな。俺はただ、自分で自分の右わき腹を刺したと一貫して主張を続けた。誰かにやられた……と言ってしまえば、犯人に負担が掛かるのが明白だったからな。幸いにもそのおかげもあってか、鈴木が公的に犯人となることは無かったよ」


「……」


「だけど、学校の空気は最悪だったみたいだ。まあ、俺と鈴木がひと悶着あったことくらいは知れ渡っていたからそれが発端となり、誰かが鈴木が犯人だと吹聴を始めてしまったみたいなんだ。そして……メンタルの弱かった鈴木は追い詰められ、孤立を深めてしまった。……俺が新学期になった時に学校に行ったら既に彼女は転校をしていたんだよ。俺は彼女と仲直りすることも出来ずに生き別れてしまったんだ。話をすることも……和解をすることもなく」


「……」


「さて……そんな事件を終えた後、俺はしばらく傷から漏れ出る痛みと闘いながらも幸せな生活を送ったんだ。クラスの連中は長期入院していた俺を非常に厚く扱ってくれたし、恭平も俺を助けた功績によって、クラスメイト達と少しは上手く触れ合うようになった。その後は受験シーズンってこともありクラス内で一致団結し、切磋琢磨しながら受験という団体戦に挑んだ。幸い俺は第一志望の高校に受かり、恭平も一応は進学校と呼ばれる高校に進学することが出来た。俺たちのクラスは志望校に合格した奴らがほとんどでな。最高のクラスだった。最高の思い出だと考えていた。そう……鈴木との一件など全部忘れて幸せに過ごしていたんだ」


「……」


「そんな俺は晴れて中学校を卒業して、この白花咲女学園に入学させられることになったんだ。そう言えば二宮には説明していなかったな。実は……」


 俺はそこから二宮に学園入学した経緯を簡単に話した。黒服に連行されたこととかも含めて。


「そう……あなたのお父様と天上ヶ原さんが知り合いで、縁故による入学なのね?」


「その通りだ。そうして俺はこの学園に入学し、講堂での入学式に参列したって訳だ。そこで、泰然とし
ていた二宮と出会うことになるんだよ」


「ええ……あの……あの時はごめんなさい。あなたに相当失礼な態度を取ってしまっていたと思うわ」


 殊勝な態度で申し訳なさそうに謝意を示す二宮の姿が可愛かったこともあり俺は全く気にしていなかった。


「別に気にしなくてもいいって。二宮の過去話を聞いていたらそりゃ、性格歪むってか、人間不信になるのも納得できるし、人を退けようとする気持ちは分かるしな。俺だって、もしも二宮ほど残酷な人生を歩んでいたら、相当やばい人間になっていただろうしな」


 少なくとも家庭環境の劣悪さと交友関係において二宮は本当に悲惨なものだと思う。その点、俺の家は一家全員健在であるし、親友となる恭平がいたこともあり本当に幸せな人生だと言えるだろう。まあ、親父がムカつく最低野郎だって意見を変えるつもりは毛頭にないけどな。


「話を戻して……えっと、それで俺はこの学園に入学して二宮の存在を気に掛けていたんだよ。二宮程目立つ奴は他にいなかったからな」


「ねえ櫻井君。私はどういう点で目立っていたの?」


「そりゃ人とコミュニケーションを取ろうとしないし、人を避けている様子丸わかりだし」


「……そう」


「それに……」


「それに?」


 これは言おうが迷ったが……客観的事実として伝えておくか。


「それに……二宮はマジで美人だと思うからな。こんな美人な女子が孤高を気取っていたら幾ら男色家の俺でも気になっちまうよ」


「だ、だから櫻井君っ!あまり私の容姿を褒めないでっ!嬉しくなってしまうから……」


「わ、悪い。何か二宮の顔を見ていたら条件反射的に褒めなきゃという使命感が……」


 そもそも二宮が美人過ぎるのがいけないのだと逆ギレしたくもなるな。やはり女嫌いの俺でも二宮には惹かれる部分がある。それだけ二宮が素敵な人間なのだろう。だから当然のように褒めようとする言葉が漏れ出てしまうのだ。


「ま、まあ、そんな訳でいつものように二宮のことを見ていたら……俺のお節介をしたくなる衝動に駆られてさ。だから二宮にアプローチを掛け始めることにしたんだよ」


「そう……だからあなたはあれだけ積極的だったのね」


「当時の二宮からすれば、鬱陶しかっただろうな……すまん」


「ええ。正直に言えば……当時はね……どうして、この男は私に何回も話掛けてくるのかと……恐怖しかなかったわ。何かよからぬことでも企んでいるのではないかと。櫻井君のことをどこか信用できないとそう考えていたわ」


「……まあそれはそうだよな」


 実際俺は二宮を自分の欲求を満たすための『道具』として見ていたんだ。だから二宮のその疑念は正解と言わざるを得ないだろう。


「それからは……二宮も知っての通り普通の学園生活を送っていたな。転機となったのはあの体育の時だ」


「私が倒れてあなたに保健室へと連れて行って貰った時ね?」


「その通りだ。そして俺はあの場で二宮の目的を知った。一日外出権を用いて学園外へ行こうとしていること。それからは中間試験に向けて二宮が努力を重ね、無事に学年主席の座を獲得したこと。だがあの天上ヶ原雅の嫌がらせによってグアムへと連れ出されたことを二宮の部屋で聞いたんだ」


「……ええ。そうだったわね」


「そして二宮の部屋を去った後に俺は理事長室で天上ヶ原雅にブチ切れた。その後はどうにか二宮の悲願を果たしてやりたい。そう考えた俺は学園脱出計画を企図して……いの一番に三枝に協力を依頼したんだ」


「三枝さんに?」


「ああ。三枝は信用できる奴だからな。真剣な相談に乗って貰う時には三枝の以上の適役なんていないんだろうからって考えていたかんだ。俺はどうにか二宮の件で二宮を外に脱出させる手伝いをしてくれないだろうかって彼女に嘆願をしたんだ。最終的には三枝は俺に協力してくれたし、それは二宮も理解していると思う。だけど、あいつからは予想外のことを指摘されたんだ」


「予想外のこと?」


「それはさっきまでの俺の『本質』と関連する話だ。俺はさ。あくまで、二宮の『為』に……俺の為では無く二宮の為に助けたい……ってそう自分で考えているつもりだった。純粋に二宮の力になりたいという『親切心』を持っていると信じていたんだ。だけどさ……結局のところ……それは違っていたんだ」


「……よくわからないわ。櫻井君は親切心から私を助けて……」


「いや……全く違うんだ。俺は二宮という『可哀想な存在』を救って、『何て自分は素晴らしい人間なのだと』いい気分に浸り、自分の素晴らしさに陶酔したいだけの人間だってことを三枝に指摘されたんだよ」


「……ちょっと待って。櫻井君はそんな人じゃっ!」


「そんな人じゃないか……。ありがとう二宮。お前は本当に優しい奴だよ。だけどその指摘は完全に正解だったんだ。俺は三枝に何一つとして言い返すことは出来なかった。もしもそんな気持ちを抱えていないのであれば……俺が二宮のために完璧な『善意』で手助けをしようとしているなら……絶対に言葉に詰まることなんてありえないんだ。心臓を鷲掴みにされて裸にされるような気分を味わう訳がないんだよ……」


「……っ!」


 俺の衝撃の告白に二宮は言葉も出ないようだ。二宮にとって少なからずショックのはずだ。


「俺はあまりにも幼稚だった。ただ、自分の欲求を満たすためだけに行動するなんて……赤ん坊をすることだ。なあ二宮?俺は先ほど入院中に何故鈴木に刺されるようなことになったかはまるで分からないと言ったよな?正直な話、鈴木が狂っていることが原因だと、少しだけ心の隅では考えていた部分もあったが……そうじゃない……違ったんだ」


「違うって……その鈴木さんという人物が全て悪いとしか思えないわ!あなたは別に悪くなんて……」
「いや……あれは確実に俺のミスだったんだ。これもまた三枝に指摘されたことだが、俺は鈴木と真剣に向き合うことをしていなかったんだ。俺が孤独だった鈴木を助けようとした理由は、鈴木を助けて鈴木から『承認』されたかったんだ。他者に承認され誰よりも優れた人物として崇められ、最高の人間として持て囃され『櫻井芳樹』という人物の偉大さを喧伝させること。それだけが俺の目的だったんだ。だから鈴木に協力していたんだ」


 こんなこと……聞かされる側も溜まったものではないだろう。すまない二宮。だけど俺はそれでも二宮に言葉を吐き出し続けることを辞められなかった。


「けれどそんな利己的な欲求を満たすための行動だったから上辺でしかないんだ。恭平の場合はたまたま上手く行ったんだ。だけど鈴木の場合ではボロが出た。もっと鈴木の気持ちを考えてやるべきだった。もっと鈴木を尊重してやるべきだった。もっと鈴木と一緒に心を養っていくべきだった。完璧な善意で……それこそ『絶対的なヒーロ』になるという勢いで接するべきだったんだ。鈴木の苦悩を知り理解し援助するために最後まで一切の手を抜かずに彼女の心を満たす努力をすべきだったんだよ!」


 俺は拳を握りしめる。無力だった。ただただ無力だ。過去の過ちや失敗ほど思い出したくないものもない。俺は確かにあの瞬間失敗していたのだ。妹の時と同じように偉そうに上から目線で行動をしてそして――失敗していたのだ。  
 だからこそ報いを受けた。今でもたまに右わき腹は痛みを帯びる時がある。それは俺の若さの過ちを叱責するものだと思っている。鈴木に怨嗟をぶつけるつもりはない。
 あれは……俺の失敗なのだから。彼女は驚愕と言わんばかりに俺に対して動揺した姿を見せた。彼女のそんな姿を見るのは初めてだったかもしれない。だから俺まで動揺してしまいそうになったが、何とか堪えて話を続けた。


「俺は三枝に指摘されるまで、妹を助けた時の延長線上で二宮を助けようと考えていた。だけど……そんなことは真っ向から否定された。三枝は凄いよな。良くもまあ、まだ三ヶ月足らずの俺のそんな性癖に着眼し、見抜くことが出来たなんてな。……俺自身も気づきもしなかった……いや、あるいは……気づきたくなかった側面を発見したんだ。俺自身……もっと、善良で……本当に清く正しく物語の主人公のように……善人で本当に善意から人を助けるような人間でありたかった」


 けれど、現実はそうではない。利己的であり、身勝手な。……そんな衝動が発信源になっている愚者でしかないのだ。きっとそれを指摘された今ですら……俺は、二宮を手助けすることの『優越感』を覚えている部分は存在しているのだ。


「ちょっと待ってっ!だってあなたはさっき不良の人達から私を助けてくれたじゃない!そんなあなたが善意を持っていないなんて信じられないわっ!」


「それは三枝や早乙女という人間が俺を更正させてくれたからだよ。少なくとも当時俺が小さくて醜い人間であったことは事実だ。今だって……俺はきっと完全には変わったわけじゃない。三枝のおかげで……こうして気が付くことが出来たんだ。そして俺の汚れた『本質』の原因も分かったんだよ」


「原因?」


「ああ。俺は……優秀な親父に『嫉妬』しながら生きてきたんだ。小さい頃から親父とずっと対比しながら俺は育ってきた。親父を知る人はさ。皆言うんだ。『流石は堅一郎さんの息子さん』ってな。……誰もが親父を褒めて親父を通してから俺という存在を認識するんだ。だから俺の『努力』も『成果』も全てが親父の息子だからというフィルター越しに見られるんだ。学業も運動も芸術も性格も振る舞いも容姿も……全部親父と対比されながら生きてきたんだ。そんな風に育ってきた俺は……他者から認められることに『拘泥』していたんだ。『櫻井芳樹』という存在を容認して欲しい。俺を見て欲しい。親父を通して俺を見るのではなく『櫻井芳樹』という人間だけで評価して欲しいとな。その屈折した感情が俺の『最低さ』を生み出していたんだ」


「櫻井君は……立派なお父様の存在によって強烈な劣等感を抱えていたのね。だから他人に親切にすることで自分の存在を確立させ、劣等感を誤魔化そうとしていた……」


「……ああ。俺の劣等感は本当に苛烈なものだった。だからここまで歪んでしまったんだ」


「櫻井君……」


「正直な話俺は親父が大嫌いだ。あいつのせいで俺の人生は苦労に塗れた。あいつさえいなければもうちょっと楽だったに違いない。言い訳が過ぎるかもしれないが……もう少しでも親父が普通でいてくれたら俺ももっと普通でいられたと思うんだ。……けどさ……そんな最低な俺を奮起させてくれた人物がいたんだ」


「それは……もしかして早乙女さん?」


「ああ。正解だ。今の俺は……あいつがいてくれたから立ち上がることが出来た。自分が最低だと認められずにいた俺の手を取ってくれたのはあいつだった。だから俺は今こうして二宮と共に歩くことが出来ているんだ」


「櫻井君……」


「……さて……ここまでで俺の話は終わりだ。分かっただろう二宮。俺はそういう人間だったんだよ。今まで隠していて悪かった。それと二宮の前では格好のいい男でいたいというプライドがあった。だから俺の本質について話すことが中々に決心がつかなかった」


「そんなことくらい……別に何も問題ではないし……聞けて良かったわ。それに話しにくい内容だったでしょうから話してくれるだけでも凄いと思うわ。私はあなたに敬意を払う」


「……」


「……」


「なあ二宮。……ありがとう」


 俺は二宮に対して頭を下げた。本心からの感謝を。彼女に抱いていた思いを行動に示した。だけど、当然のように彼女は困惑した表情を見せる。街灯と月明かりによって映し出される彼女は荘厳であり優雅だった。


「どうして……私に感謝を?」


「お前がいなかったら……いや、お前と出会えていなければ……俺はずっとガキのままだったかもしれない。まあ、今だってまだまだ未熟なことには変わりないんだけどな。結局のところ、俺は学園脱出という法外的な行為を実施しているわけだし。……だけど、以前の俺と比べれば……少しは成長したんだよ。だから、お前に感謝するよ。二宮……お前に出会えて良かったよ。お前がいてくれたから俺は変わるきっかけを掴めた。だから……感謝を」


「……櫻井君……」


 彼女は俺に何とも言えない表情を見せた。それから少しの沈黙の後に考えたようにしながら俺に言う。


「それなら……」


「うん?」


「それなら……私もあなたに言わせて貰うわ」


「え?」


「櫻井君。あなたの話を聞いていて思ったことがあったのよ……」


「ああ。何でも言ってくれ」


「確かにあなたの話を聞いている限りでは、あなたは利己的で傲慢不遜で強欲で……あまり望ましいような考えたことをしていなかったかもしれない。私が今まで思っていた格好いい存在ではないかもしれない。今まで私が抱いていた櫻井君という英雄的な像は虚像でしかないのかもしれない。櫻井君は、本当は全く善人では無かったのかもしれない。あなたと始めて出会った時に私が感じた疑念のようなものは正しかったのかもしれない。あなたは……『最低』なのかもしれない」


「……ああ」


「だけどね。……一つだけあなたに理解してほしいことがあるのよ」


「……」


「それはね―――――」


「それでも私もあなたに心の底から感謝をしているということよ」


「……っ!二宮……」


 俺はその言葉に慄いている。まさか……そんなことを言われるなんて思っていなかった。正直に心境を打ち明けてドン引きされるか、お茶を濁されるのが顛末だと思っていた。
 だけど……二宮は俺の予想とは異なり笑顔だった。それは明るく朗らかで。屈託のないそんな純粋な笑みだった。天衣無縫。そんな形容を彼女にするなんて全く考えていなかった。慈愛に満ちたような彼女の姿には女神と天使という形容が似合うだろう。


「いい櫻井君?あなたがどんな思いで私に協力したとしても、……それでも確かに私は救われたの。正直に言ってね……私も理事長から意地悪をされた時は……とても腹が立ったわ。腸が煮えくりかえる……までとは言わないけれど、それでも彼女に恨みは募った。面接の時にお世話になり、叔父から離れることが出来るようになったのは彼女のお陰。……でも、私は恨みを募らせていた。他に学園の外へと出る方法が無いかも一人で考えたわ。けれど……方法はなんてある訳がない。だから私は怒りを肥やしながら絶望することしか出来なかったのよ。もしかしたら……そんな生活が続けば学園の授業ですら放棄する程に怠惰になっていたかもしれない。どうしようもないほど無気力で……私は潰れていたかもしれない。生きる意味すらも見失っていたかもしれない。それでも……それでも、私は今こうして以前よりも活力に満ち溢れて……そして小学生の楽しかった時期と同じように……いいえ。それ以上に満たされているかもしれない」


「二宮……」


「そんな時間を作ってくれたのは……私が喪失感に打ちのめされる時にも……馬鹿の一つ覚えのように懸命に私を慰めてくれるような存在を作ってくれたのは……そして、生徒会の皆さんを扇動してくれたのは……全部あなたなのよ。櫻井君。あなたのおかげなの。あなたのおかげで私は……掛けがえのない仲間を作ることが出来た。そして―――――」


「私はあなたのおかげで幸福な日々を目指す覚悟を持つことが出来たのよ」


「……っ!」


 彼女は……思わず直視できないくらいに眩しい笑顔を見せる。全てを包みこむような母親のような柔らかさを彼女は表現した。俺はただただ二宮冬香という人物の優しさに触れ……そして心が平伏していた。


「だからね。私は感謝しているのよ。あなたに……たとえ、あなたがどんな動機でどんな理由で行動したとしても……私に希望を見せてくれたことに感謝しているの。ねえ、櫻井君……」


「な、なんだよ?」


「もしもの私を助けてくれようとした動機が最低なものだったとしても……きっと今の櫻井君はそんな気持ちだけじゃないと思うのよ。だってこんなに私の心を温めてくれた櫻井ク君は紛れもなく素敵な人だと思うから。私は櫻井君を信じている。私を幸せにしてくれたあなたという存在を……信じているの」


「に、二宮……」


 心が動揺して全く思考が働かない。俺は無様に彼女の発言を受け取ることしか出来ない。


「もしもね。今も櫻井君がそんな『最低さ』に支配されているというのなら……私と一緒に変わっていきましょう?私は私を助けてくれたあなたとなら……どこまでも行けるような気がするの。何でも出来るような気がするの。もしも櫻井君が望むのなら私は幾らだって手を貸すわ。あなたが辛いのならそれを私にも教えて。私もあなたの苦悩を分かち合いたい。そして……私は櫻井君と共に幸せを共有したい。……この世界を……絶望することも多くて時には捨ててしまいたくなる現実という世界を……櫻井君と共に歩みたいの。だから……一緒に頑張りましょう?」


「二宮……お前は……やっぱすげえよ、本当に……」


 ただの最低野郎の俺とは格が違うんだ。二宮はとにかく偉大だった。自分だって過去に耐え切れない程の絶望を抱えているだろうと言うのに。今はそんな俺を支えてくれようとしている。こんな素晴らしい女が他にいてたまるか。……本当に救われた。
 俺のようなどうしようもない人間でも……二宮がいてくれれば共に歩き出せる気がする。どうしても心が弱く脆くなっても……こうして誰かの手を取れば俺は『最低』から抜け出せる気がするんだ。
 第一に三枝薫は俺の本質を理解させた。第二に早乙女夢は俺の本質を受容させた。第三に渋谷恭平は俺の意志を尊重した。そして第四に……二宮冬香は俺の本質を尊重し俺と共に歩んでいくことを決意した。……本当にお前らいい奴過ぎんだよ。


「……くそ……ちょっと……こんなの俺のガラじゃねえんだよ馬鹿野郎」


 だけど俺は限界を迎えていた。心が決壊した。きっと疲労の蓄積により身体が弱っていることもあるのだろう。だけど……この少女の前なら自分を曝け出せると心が悟ったのかもしれない。俺は涙を堪えることが出来なかった。


「櫻井君……」


 そんな情けない俺を彼女は優しく抱擁をしてくれる。不快など微塵も感じない。今はただ二宮の温かさだけが頼りだった。彼女の優しさに包まれていることで俺は再び先へと進めるのだ。幼稚過ぎる自らと決別しながら……ゆっくりと人生を歩んでいけるんだ。


「サンキューな二宮」


 もう……大丈夫だった。俺にはこんなに良く出来た仲間がいた。今の俺は空っぽだ。何一つとして抱えているものはない。だけど不安はない。
 天を仰ぐと少しだけ日が差し込めていた。徐々に夜が終わり明日へと歩き出すための世界が彩られているように思えた。
 そんな世界の中で彼女は優しく俺の瞳を見つめた。真っ黒で淀みのないその瞳で。そして言ったのだ。


「あなたに言いたいことはそれだけよ。それじゃあ、行きましょう……私たちの目的地へ!」


「……ああ!行こう二宮っ!俺たちの願いを果たしにっ!」


 ここに来て……こうして、夜空の下の中で何時間も歩きながら俺は一つやはり改めて理解したのだ。二宮冬香は……やっぱりいい女だと。


 彼女の後姿を見て思う。これから先もずっと彼女を大切にしよう。今自分が抱えている子の胸の思いを……純然たる思いを心に留めておこう。
 そして明日へと向かうのだ。俺は最高のヒーロに。迷ったら俺は俺だけで悩む必要なんてないんだ。これから先の未来は……二宮という最高の人間が俺と共に世界を歩んでくれるのだから。そして……あのお嬢様学園には頼りになる沢山の仲間たちがいるのだから。
 俺と二宮は真なる絆を深めながら長い旅路の終着路へと歩みを進めた。



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