ガチホモの俺がお嬢様学園に入学させられてしまった件について 

湊湊

34.「そして少年は―――――」



「櫻井堅一郎……」


 俺はポツリと奴の名前を呟いた。脳内でその名称が何度も反芻されることで、あいつの憎たらしいニヤケ面が鮮明に思い起こされる。不快感を覚え半ば苦しみを味わう俺に対して早乙女は問いを投げかける。


「櫻井堅一郎?苗字が一緒ってことは櫻井の家族ってこと?」


「……ああ。俺の親父だ」


「へぇー。櫻井のパパか……その人が今回の一件の原因になった人ってことでいいの?」


「少し……考えさせてくれ」


 櫻井堅一郎。その人物の顔が脳裏に浮かんだ瞬間―――――俺は改めて自分の心理と真っ向から対峙していた。顧みて―――――俺はどうして二宮を救いたいなどと発言をしたのだろう?それは三枝に問われた疑問だ。その答えは今ならば容易に返答出来るだろう。
 俺は―――――浅薄な思惑を胸に抱きつつ―――――『英雄のように誰かを助ける人間』になりたかっただけなのだ。それは小学生の時に雫を助けた時と同様に。中学生時代に恭平を助けた時と同様に。そして同じく中学生時代に鈴木を助けようとした時と同様に。
 それら全ての行動理由はあくまで自分の為だった。自己満足で自己陶酔をするために――――――俺は英雄になりたかったと……そう考えていた。早乙女に指摘され完全に納得し思考を停止してしまっていた。だが――――――根源を辿ればそれだけではない。俺が俺として『英雄』に至ろうとしたのは――――――


「ハハハっ……何だよ……本当にそれが原因だったのかよ」


 そこで俺は『真実』の下らなさに落胆してしまいそうになる。本当にしょうもない。一蹴すべきような些事な考え。些末な理由。それが全ての発端だったことで言語にあまるような気分に浸ってしまう。
 俺は一度大きく深呼吸をした。そうでもしなければ窒息死してしまいそうだったからだ。眼前には早乙女がいる。常時では下らない発言を交わすような悪友とも呼べる人物だ。今日という日まで真剣な話など一度たりともしたことのないそんな関係性だった。
 だが―――――そんな早乙女でも今は安心できるような気がしたのだ。こいつになら……全てを打ち明けてみようと思わせるだけの魅力があったのだ。俺は乾いた口を開き言葉を発する。


「なあ……早乙女。やっぱりさ……どんな風に考えてもあいつが原因だよ」


「うん。それじゃあ、櫻井の見解を詳しく聞かせてよ」


「俺は正直に言って……親父に憧れていただけだった」


「うん」


「俺の親父はさ。櫻井堅一郎は……世界的に名の知れた最高峰の芸術家でさ。あいつは、時価数億円を有するような価値の絵画を当然のように生み出すんだよ。絵画だけで人の感情を大いに揺さぶる神として崇められているようなそんな奴でさ。ムカつくことに絵画とか全く興味のない俺でもあいつの作品を見ると泣いちゃうようなこともあるんだよ。本当にあいつは天才の芸術家なんだよ。しかも絵画の才能だけじゃなく、他のあらゆる分野の何をやらせても天才的で。俺よりも遥かに頭脳明晰で海外の有名大学に進学したこともあったようだし、スポーツにおいても陸上とかで日本代表に匹敵するような能力だったらしいって話も聞いたことがあったよ。まあ、大学は中退しスポーツも飽きたら辞めるって言う最低野郎なんだけどな」


 俺は軽く嘆息をつきながら苦笑いをしながら早乙女に語り掛けていた。


「櫻井のパパはさ……本当にムカつく程に優秀な人なんだね」


「ああ。そうさ。あいつは本当にムカつく程優秀なんだよ。しかも家族関係においても世界各地を転々として全然家にいない放任野郎なのに、母さんと妹にも滅茶苦茶好かれていてさ。家族関係を大切にしようと配慮をして努力している俺よりも遥かに好かれ……そして尊敬されていた。家族関係だけに留まらずにあいつを尊敬し讃える人物は多いんだよ」


 それは紛うことなき厳然たる事実だった。この学園に入学する以前からもそうだった。近所のおじさんもおばさんも、小中学生だった頃の担任も地元の商店街のおっちゃんもインタネット上でも……誰もが親父に敬意を払い崇めていた。更にそれは、この学園に入学した後にも絶対に揺るがない要素だったのだ。
 天上ヶ原雅も東雲会長も立花さんも皆―――――――親父を知る人物は全員が親父に憧憬の念を肥やしていた。そしてその上で親父を通して櫻井芳樹という人物を評価しているのだ。俺という存在を眼中に入れる以前に親父はそびえ立っているのだ。故にあくまで俺は親父の副産物として見られる宿命にあるのだ。それが……堪らなく不快であり劣等感を刺激する要因に繋がったのだ。


「だから―――――俺はそんな親父のように誰からも好かれたい。誰からも愛されたい、あの親父以上に容認されたいって―――――そんな欲求をこじらせたんだ」


 これが―――――これが全ての真実なのだろう。蓋を開けてみれば、あまりにも有り触れたつまらない話なのかもしれない。だがこれが俺の全てと言えるだろう。俺は早乙女に対して真実を告白したのだ。だが早乙女は不思議そうな顔をして俺に追及する。


「ねえ櫻井?足りてる?」


 『何が?』とは言わない。俺を見て察したのだろう。俺は今どんな表情をしているのだろうか?鏡でもない限りは分からない。だがきっと―――――不服で押しつぶされてしまいそうな苦い表情を浮かべていることだろう。
 そして―――――察してくれたのであれば俺も遠慮などしなくて構わないのだろう。だから俺は全ての思いを吐き出すことにした。遠慮などいらない。否―――――遠慮など出来なかった。


「笑わせるんじゃねえぞっ!どいつもこいつも俺のクソ親父ばかり評価しやがってよ――――――っ!幾ら俺があいつの息子だからって何でもかんでも対比すんじゃねえよっ!俺を俺個人として見てやがれっ!ったくムカつくだよっ!ぶっ殺すぞマジでっ!いつだって俺だって頑張って来たよっ!多少の才能に恵まれているかもしんねえが、それでも誰かに自分っていう『個』を認められたくてそんで、必死にやってきたさっ!そうしてここまでの人生を送ってきたんだよっ!それなのに何なんだよっ!誰かに認めて貰う時は、『流石堅一郎さんの息子』と呼ばれ、失敗した時は『堅一郎さんは凄いのに、素敵なのに』と落胆しやがってっ!知ったことじゃねえんだよっ!俺は俺なんだよっ!だからそれを認めて貰う為にも……親父よりも凄いって思わせるためにも――――――俺はここまで誰かのためになることをしてきたんだよ!誰もが俺を―――――一人の人間として認め―――――そんで櫻井芳樹と言う人間が承認されるために……そのために俺は生きているんだよっ!そのために俺は―――――『英雄』になりたかっただけなんだよっ!文句あんのかよ馬鹿野郎がぁああああああああああっ!」


 結局……俺は優秀な親父に対する『嫉妬』をこじらせているだけの無様な人間だったのだ。俺の叫びを聞いた早乙女はあくまで冷静だった。全てを吐き出した俺の情動を受け止め―――――そして彼女はゆっくりと口を開く。


「ねえ櫻井」


「……」


「ウチはさ。櫻井のパパのことなんて全く知らないよ。櫻井のパパがどんなイケメンなのかとか、どんだけ凄い人なのだとか、どんだけ素敵な人なのかとか、そんなことは知らない。櫻井と比べてどのくらい凄いとかぶっちゃけ知ったことじゃない。けどさ……そんな何も知らないウチだけどさ。一つだけ―――――一つだけ知っていることがあるんだよね」


「……早乙女?」


「ウチはさ―――――」


「櫻井芳樹って人物だけは知っているよ」


「……っ!」


「櫻井がどんだけ下らない人間で、どんだけしょうもない人間かってことも知ってる。ウチにここまで心配かけて迷惑かけて面倒くさくてナルシストで馬鹿でかっこつけ野郎で……そんな下らない人間だってことは十分に理解しているよ。でもね―――――」


「ウチにとっての『櫻井』は、櫻井しかいないんだよっ!」


「……早乙女……」


 早乙女は俺から一寸たりとも視線を外すことなく俺を見据えていた。瞳と瞳が交錯する中で彼女は母性的な声色ではっきりと俺に告げるのだ。どこまでも澄み切った慈悲を多分に含みながら。


「ねえ櫻井。……ウチは……ウチだけは櫻井を一人の存在として認めてあげる。櫻井のパパについてなんか知らないからさ。ウチにとっては、櫻井は櫻井だけ。他にいなくて……櫻井は櫻井ただ一人だけだよ。他の誰が何て言おうがそんなことは関係ない。例えどれだけの人が櫻井のパパの方が凄いって認めようが関係ないよ。ウチにとって大切で無くしたくなくてずっと馬鹿な会話をしていたい最高の友達は――――――『櫻井芳樹』だけなんだからさ」


「早乙女……」


 そして彼女はゆっくりと俺に語り掛ける。ここまで情けなくこびりついた俺を奮起させるために彼女は言葉を紡ぎ出すのだ。


「櫻井はさ。英雄なんかじゃないんだよ」


「ああ」


「有り触れていて、汚らわしくて一般的な野心と醜さを持つ凡人に過ぎないと思うよ」


「ああ」


「ただ顔がかっこよくて、そこそこ頭がよくて運動もそこそこの―――――それだけの人間じゃん」


「ああ」


「誰かを助ける時もあくまで自分のためで。自分を満足させるために行動していているようなそんな普通の人間。誰からも認められる父親に嫉妬しているから、自分も承認されたいって願っている承認欲求の塊みたいなもん。中学で言うならTWTIRとかでいいねとかされたら、滅茶苦茶喜んでしまうようなそんなレベルの低い人」


「ああ」


「でもさ。それが分かったことでも十分な進歩じゃん。自分の醜さを知って弱さを知って―――――そんで次には受容して――――――櫻井はもう大丈夫だよね?ここから……新たに立ち上がることが出来るよね?」


 彼女の問いかけに俺は……鼻をすすりながら静かに答えを述べる。


「ああ……」


 早乙女がいなければ―――――永遠に答えなど見つけ出せなかっただろう。放浪の旅を続けなければいけなかったかもしれない。だけど―――――早乙女は俺に道を教えてくれたのだ。ようやくと終着点に辿り着き新たな目的地に向かい旅を進めることが可能になったのだ。
 早乙女は―――――これが最後と言わんばかりに言葉を紡ぎ出す。


「櫻井はさ。このどん底からゆっくりと始めていけばいいんだよ。醜さを知り受容した後は―――――歩き出すだけだから。自分が醜さを持っていると知った上で―――――歩き出せばいいんだよ。そこから一歩ずつでいいから。ウチらはまだ十五歳なんだからさ。ここから気合入れていけばいいんだよ。そんでさ。困ったら誰かに素直に泣きつけばいんだよ。情けなく堂々と縋りついて―――――プライド何か捨ててかっこよくなくて、地べた這いずり回るようなそんな感じで歩き出せばいいんだよ。きっと、そんな風に頑張る櫻井にだったら協力を惜しまない人は多いんじゃない?ねえ櫻井……ここから戦おうよ」


「戦う?」


「うん。いいじゃん。櫻井のパパがマジでヤバイ人だって言うなら―――――いつか必ず追い越して俺の方がモテてやるくらいに気概で戦えばいいと思うよ。『今、ここ』で進もうよ―――――櫻井。過去に捉われるんじゃなくて……前を向いて歩き出そうよ」


「……早乙女」


 早乙女の言葉は強く胸に響き渡る。つい先ほどまでは絶望への活路のみしか見えていなかったのに……今では道が開けていた。
 疑問や疑念を全て晴らし、心の中で蓄積されていた、どす黒い負の感情は全て消化し―――――今俺は何にも抱えていない。あるのは一つの意志だけだった。


「早乙女……俺は……もう一度立ち上がってみるよ。お前に教えて貰ったことを生かして―――――そんで立ち上がるよ」


「うん。……そんだけ言えるならもう大丈夫そうだね櫻井」


 早乙女はゆっくりと腰を上げて立ち上がる。そして座り込んでいた俺に手を差し伸べそして―――――


「さあ、櫻井。いつまでも座りこんでないで立ちなよ」


「ああ」


 俺は早乙女の手を取り腰を上げる。早乙女の手には全く不快感を覚えることは無かった。俺は彼女と正面から向き合いそしてはっきりとした気持ちを伝える。


「ここから俺は歩き出していくよ。そう―――――俺は俺の為に……二宮を助け出すっ!」


 そう。これは誰をも無償で助けるような素敵な主人公の物語ではない。誰よりも俗人に近く、醜く情けのないそんな俺のどうしようもない物語だ。
 屑が自分のことを屑と理解し、それで尚突き進んでいくそんな美しくもないストーリに過ぎない。何の為に二宮を助けるのか?―――――それは他でもない。俺自身のためだ。俺が―――――あの親父よりも尊敬され親父よりも最高の人間になるための第一歩として利用させて貰うだけの話だ。
 そしてその願望を満たすために俺は死力を尽くして戦うと決めたのだ。わだかまりは何一つとしてない。ここから―――――リスタートを決めてやるよっ!


 そんな俺の宣言に早乙女は朗らかな微笑と共に言葉を返した。


「うん。何か散々フォローしておいてあれだけど……やっぱ、ないわー。櫻井マジで最低でマジでキモイわー。あとついでにウチの補習の課題全部やっといてね?ま、ここまで御世話してあげたんだから当然だよね?」」
「こんな時にくらい綺麗に締めさせてくれませんかねっ!?」


 そうして俺は再び立ち上がり―――――二宮を助け出すための作戦を始動するのだった。……本当にありがとな早乙女。



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