ガチホモの俺がお嬢様学園に入学させられてしまった件について 

湊湊

28.「櫻井芳樹の本質」(後編)



「どういうことだよ三枝っ!俺が英雄気取りの我儘なナルシストだと?」


「うん。中々に的確な言い回しだと思ったんだけど君としては不満かい?」


「不満も何も……意味わかんねえよっ!何で俺がそんな風に悪く言われなきゃいけないんだよ?」


 俺は衝撃だった。今までも天上ヶ原雅に悪態をつかれ、暴言に近い発言を何度となくされた経験はある。だが……三枝からこんな容赦もない発言をされるとは信じることが出来なかった。
 三枝だけは……優しく俺に接してくれる存在だと考えていたのだ。しかし、彼女はここぞとばかりに俺という存在を語り始める。それは悪辣であり非道で……俺が目指すような偶像とは対をなす存在として語り始めるのだ。


「まあ、今の君じゃあ何故そんな風に僕に表現されたか分からないだろうから、懇切丁寧に君のパーソナリティーの印象と本質についての見解を述べるよ」


「……」


「僕と君は入学式の夕食の際に一緒に食事を摂ったよね?その際に僕と君が二宮さんについての話題をしたことを覚えているかい?」


「……ああ」


「その際に、僕は君に尋ねた。どうして二宮さんのことを気に掛けているんだと。その際に君の答えは可哀想だからだと答えたね。何故なら二宮さんと言う人物は、本当は孤独を抱えており、事情があって人間不信になっていると。そんな人物を放置することが出来ないと。君は尤もらしいことを言って、僕を納得させようとした。一見すると君のその答えは模範的でありとても優れた回答かもしれない。これがもしも君の発言でなければ、きっと僕は違和感を持つことは無かっただろう。だけど……君だけは別なんだよ。君という人物が発言をしたことでこれは熾烈な言葉となり……唾棄すべき最低の発言でしかなくなってしまったんだ」


「まるで俺だけが特別みたいな言い方じゃねえか。三枝……お前のことは好きだがいい加減お前でも、わけわかんねえことずっと喋っていると本気でムカつくぞ」


 三枝の発言に我慢していることが出来ずに俺は明確に悪意を表出する。しかし三枝はまるで気にしていないと言わんばかりに俺の悪意を流した。そして流暢に語りを続ける。


「僕も君のことは好きだけれど、訂正するつもりはないし、間違った考えなど一つも言っているつもりは毛頭にないよ。そろそろ……はっきりと言わせて貰うよ。君の二宮さんを助けたいと言う気持ちは虚像でしかない。本当は―――――――」


「君は一人ぼっちでいる少女を助けて自分が悦に浸りたいだけなんじゃないのかな?」


「……っ!」


「二宮冬香という一人の少女を放置出来ないのは……決して君の善良な心が働き掛けているわけではなく、もっと傲慢で強欲で薄汚い欲求を発散しているだけなんだ。君は二宮冬香という少女を、悲劇から救う自分の素晴らしさに胸を躍らせているだけだよ」


「そ、そんなこと……」


「そんなことないって言いたいのかい?だけど、僕はほとんど確証してしまっているけどね。君は……二宮さんを欲求発散のためのカモにしているだけなんだよ。君は自分自身をまるで、物語に登場する主人公のように、世界を救う素晴らしき英雄と同一化し、困っている人がいれば助けるという行為に臨んでいるんだ。そうすることで、周囲が自身を絶賛し悦に浸ることが出来るからだ。何とも愉快で楽しいだろうね。君は満たされていることだろう。そして君はその悦に浸ることに夢中になり過ぎて、全く周囲が見えていないんだよ。そもそも二宮さんが友達を欲しがっているとは限らないし、望んで孤独を選択していたかもしれない。誰かに状況を変えて欲しいなんて願っているとは限らないし、英雄なんて求めていないかもしれない。現状だって二宮さんが学園脱出を望んでいるとは限らないよね?けれども、君はそれを強行しようとしているんだ。本人の意志の確認もせずにね。自分だけで勝手に決めて自分だけで話を進めてしまう。何故か?それは至って単純な話だよ。君が自分のことばかりを中心に考えている自己中心的なナルシストだからだよ。君が本当に二宮さんのことを考えている善人なのであれば、二宮さんの意志をもっと尊重し、もっと二宮さんに寄り添う行動を取ることが出来た筈だ。それなのに君はあくまで自分のやりたい行動を優先し、自分を良く見せることしか考えていない行動を取っている。『愚者』それが君の本質なんだよ櫻井君。紛うことなき櫻井芳樹という人物の起源であり本性だ。もしかしたら君は自分のことを心の中では完璧な善人だと思っていたかもしれないけれど、そんなことはない。君はそんな完璧な存在では無く、ありふれた汚らしい側面を持ち合わせている凡人だ。流石に悪人とまではいわないけれど、君の本質はその程度でしかないんだよ。ああでも勘違いする必要はないよ。君がこのような本質に染まってしまったことは、恐らく君のスペックの高さと周囲の温かみと成功体験によるものだろうから。君自身だけの要因ではないとはフォローしておくよ。いいかい櫻井君?君は客観的に見ても、容姿端麗でそれなりに勉強も出来る。コミュニケーションを人並みに取れるし、運動能力だって優れている優秀な人物だ。だからこそ、そんな君に周囲の人間が優しくしない筈がない。そして奇しくもそれは、君という不完全な人間を作り出してしまう大きな要因になってしまったんじゃないかな?たとえ、君が自分勝手な偽りの正義感によって困った人間を助けるという愚直な行動に出たとしても、それを周囲は絶賛し、褒めたたえていることも多かっただろう?だけどさ、それが君が幼稚性を残したまま高校生にまで成長してしまった原因なんだろう。君は失敗した経験が少なすぎるんだよね。だけど櫻井君。君は失敗体験が皆無というわけじゃない。僕は君が思っている以上に君の情報を知っていたりするんだよ?だからこそ僕は……『鈴木瀬里奈』さんとの一件について把握しているのが実情だ」


「……っ!ど、どうして……どうしてお前が……」


「どうして僕がそれを把握しているかは放置しておくとして……君はあの一件において明確な失敗をした筈だよね?だけどそのことは忘却し、君は何ら学習をしていなかった。君が学習をする上で欠かすことの出来ない貴重な経験から何も学んでいないんだ。君はどうしてあの惨劇が起きたかを理解していないんだろう?当事者でない僕でも理解出来ていると言うのにね。あの一件こそ君のその身勝手な自己陶酔の行為に影響された結果だろう。君の行動そのものは否定する気はないよ。鈴木さんが救われた側面は確かに存在しているだろう。だけど、君はあくまで自己陶酔のためだけに行動をしていた。だから、最後を見誤ったんだ。君が本当に鈴木さんのために行動をしていて……彼女と向き合い、しっかりと対応していれば結果は変わったかもしれないのにね。そして今もまた君自身の本質と向き合おうとしないで、二宮さんと対峙しようとしている。流石にそれは僕としても止めたいところだ。だって二宮さんが不憫で仕方ないからね。巻き込まれる二宮さんの気持ちも察してあげて欲しいところだ」


「いや……俺は……俺は違うんだよっ!そんなんじゃっ!俺はあくまで二宮の為を思って……」


「うん。確かに僕が言ったことが全て正しいという保証は全くない。もしかしたら僕の発言が全て間違っていて君は何ら悪くないかもしれない。君がどう思うが勝手だ。だけど……ここで原点に戻ろうか?きっと君が本当に正しいのなら、淀みなく詰まることなく答えることが出来るだろう。それじゃあ質問だ」


「君はそもそも……どうして二宮さんを学園脱出させたいと考えているんだい?」


「……っ!………………………………………………………………」


 俺は完全に答えに窮していた。何も言える筈が無かった。ひたすらに怒りも悲しみも混沌としたような不思議な感情。感情奔逸と言わんばかりの理解不能な情動。どうすればいいかが分からない。
 三枝薫という人物はこの学園で最も信頼のおける人物だと思っていた。だけど、今は―――――――今だけは顔を見ることすら辛く声を聞くことすら億劫だった。こんなはずでは無かった。こんな風に俺が追い詰められるつもりではなかった。


 キーンコーンカーンコーン。


「おや……君と話をしている内に昼休みが終わってしまったね。どうやらここまでのようだ。……今の君と話をしていても何ら進展がないだろうからね。櫻井君……君が自分の心中でしっかりと折り合いが付けられた時に……再び話をしよう。それじゃあ、僕は先に教室に戻らせて貰うね?」


「……」


 三枝は振り返ることもなく……俺の元から去った。残された俺は……俺は何も出来なかった。動くことも出来ずにその場に倒れこみ茫然自失としただけだった。
 櫻井芳樹という存在の本質を……あますことなく全て暴かれ、俺は裸のままで放置されるという結末に至ったのだ。



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