ガチホモの俺がお嬢様学園に入学させられてしまった件について
23.「寧悪な暴挙」
「……」
俺は様々な原因で複雑な思いを胸に抱えつつ、初めて女子寮に足を踏み入れていた。鮮やかな装飾が施され、陽気な雰囲気が広がる女子寮の通路とは相反するように、俺の心は焦燥と不安によって蝕まれ正気とは言えない状態にあった。
「それで……二宮は一人部屋っていう話だったか?」
「うん。そうだよ。僕たちのクラスは丁度三十人編成で偶数人数になっているけれど、学年で見れば奇数人数だから必然的に一人だけあぶれてしまっているという訳さ。そして、彼女は一人を望み一人部屋を直訴し、成績優秀で真面目な彼女の要望は当然のように聞き入れられんだよ。彼女は孤独を好む状態にあったからね」
「なるほど……」
最近は少しだけ俺の質問や挨拶に対して答えてくれるようになっていたが、俺は完全に失念しかけていた。
そうだ……彼女は入学式の日に言っていたではないか。自分と関わるなと。他者との関わりなど望んでいないと。……それだけ彼女の心には人を忌避し残酷なまでに距離感を保ちたいと思わせるだけの心の闇を確かに抱えているのだ。
「それにしても……僕は彼女が遅刻をした場面は知っているけれど、明確に欠席をした場面を見るのは初めてだね。君が心配する通りに何か昨日の一件で遭ったのかもしれないね」
「とりあえず……行こう。直接話を聞いてみないと何も始まらないからな……」
二宮が一日外出権の権利を行使し、学園外に出た翌日。俺は爽やかな表情で気分よく二宮が登校することを心待ちにしていたが、そのような現実が到来することは無かった。
江藤先生は甘い声で「今日、二宮さんは体調不良ということで本日はお休みです」とのことだった。
俺も彼女は本当に体調不良なだけなら、勿論心配はするがここまで動揺などしない。だけど、昨日学園の外に出た翌日だぞ?
どう考えても学園外で何か不吉なことが起きたに決まっている。……俺は半ばそう確信をして、三枝と共に女子寮を訪れていた。彼女の自室に直接訪れて、ことの顛末について把握したいとそう考えたのだ。
三枝と共に来たのは三枝さえいてくれれば、仮に俺が女子寮を闊歩していたところで、誰も気に掛けることは無いだろうと推測したからだ。
学園で学級委員長を継続しているということだけはあり、誰もが一瞬俺を怪訝そうに見た後に、三枝の顔を見てからは安心したような表情を浮かべるのだ。
ってか、やっぱり、男だと警戒されるんだな。まあ、その警戒心は普通の男に対しては重要であるだろう。だから俺としても別に不快ではなかった。
「さて……早速だけど着いたよ」
俺は三枝の指摘によってその場で足を止めた。見たところ部屋の概観は普通の一室と何ら変わらない。
だけど……ここには間違いなく何か不穏な空気が漂っているような気がしてならなかった。何故ここまで不安な気分になるのだろうか。第六感などと言えば馬鹿馬鹿しいかもしれないが、それでも俺の本能が危険信号を発令していたのだ。
「さて……それじゃあ……行くぞ」
俺は二宮に聞こえるように強めに扉をノックした。
「……」
「……」
沈黙が続く。俺は少しばかり躊躇しそうになったが、部屋の扉に耳を当てて中から音がするかを聞こうとした。
……って、防音対策が為されているんじゃ、かなり聞き取りにくいか。学園長め。わざわざ金を掛けやがってと俺を苛々させる天才だった。とその時―――――
「いってええええええええっ!」
「大丈夫かい櫻井君?」
部屋の扉が明けられ見事に俺の頭に扉は打ち付けられたのだった。
「……ごめんなさい櫻井君。……大丈夫?」
彼女は至って冷静に俺に謝罪を入れた。その声色は普段と変わらないように聞こえた。ただ俺と視線を合わせないようにと注意を払っているような気はしたが。
「……いや、まあ頭が正直割れるとは思ったが、そんなことはどうだっていいんだ。なあ、二宮。少しお邪魔していいか?お前と話したいことがある」
「……」
一瞬彼女は沈黙したが、何か明確な覚悟でも決めたように俺に頷きを見せた。
「……ええ。構わないわ。汚い部屋だけどどうぞ」
「わかった。お邪魔します」
「おっと……それじゃあ、僕は邪魔になりそうだから帰らせて貰うね。部活もあるし」
「三枝。道中ありがとなっ!」
「いやいや。君の役に立つことが出来たのであれば僕としては満足だからね。それじゃあ、失礼するよ」
軽く微笑みながら彼女は立ち去って行った。……やっぱ。あいついい奴過ぎるしカッコいいよな。三枝は俺にとって本当に信頼のおける人間だった。
「……どうぞ」
「……あ、ああ。お邪魔します」
促されるままに俺は二宮の自室に足を踏み入れることにした。
「……」
部屋の広さや作り自体は俺の部屋と変哲ない。恐らく寝室の作りに関しては学園全体で統一しているのかもしれない。だけど室内の様子だけは個性が伴うのは必然的だ。
「随分とすっきりとしているんだな二宮の部屋は……」
思わずそんな感想を口から零してしまう。質素であり殺風景な光景というのが率直な感想だった。部屋の机には大量の教科書と参考書が鎮座していた。
既に大学受験も考慮しているのか、赤本まで並べ慣れている光景には二宮らしさを感じてしまう。
「……どうぞ……」
彼女は優雅に正座をした状態でテーブルに腰を掛けた。俺もそれに倣って胡坐で座った。
「それで……わざわざ部屋まで訪れてどうしたと言うの?」
「どうしたもこうしたも……お前が欠席なんて珍しいことをするから心配になって来たんだよ」
「そう……それは心配を掛けたわね。ごめんなさい。けれど大丈夫よ。明日からは普通に学園に登校するから……」
明日からは……そんな言葉に俺は引っかかった。
「なあ、二宮。俺の推測が間違っているならそう言ってくれ。お前は……昨日の一日外出の最中で何かあったんだろう?違うか?」
「……」
沈黙。沈黙。だけど、俺は信じている。俺と二宮はこの二か月間の短い期間で積み重ねてきたものがある。
だからきっと二宮は俺の問いに答えてくれると。少しは俺のことを信頼して正直な心境と状況を告げてくれると考えていたのだ。
「……ええ。あなたの推測通りに昨日の一件が響いた結果として私は今日欠席をしたのよ」
「……っ!」
二宮は素直に認めた。単純な体調不良でもなく……一日外出によって生じたことが原因であると。
そして、それが確定したことで、確実に二宮の口からは耳にすることも辛いような内容が明かされることも確定したのだ。勿論俺としてはそんな残酷な真実を耳にしたい筈もない。聞かなくて済むなら聞きたくなどないのだ。
だが、二宮がそれを一人で抱えていることなんていうのはそれ以上に嫌だった。俺は二宮が何か不安や不満を抱えているのであれば、それを解消してあげたい。あるいは、共にその苦しみを共有したい。そう真剣に考えていたのだ。
「なあ、二宮。お前は……昨日何があったんだ?もしかして……会いたい人に会うことが出来なかったのか?」
二宮がこの学園に在籍している三年間と少しの期間の間で相手が一定の地域にいたとは限らない。
いや、そもそも前提条件として二宮が千葉出身じゃない可能性も……ってそれは流石に考え過ぎか。
ともかく、様々な要因が絡み合うことで二宮が一日という短い時間の間で会いたい人物に会えなかった可能性は幾らでも考えられる。
俺の問いに……彼女は小さく頷き答えるのだ。
「……ええ。昨日私は予てより待ち望んでいた人物と再会を果たすことは出来なかったの」
無言のまま、彼女は俺から視線を外した。それはとても悔しそうに。いつもは泰然自若としており冷静沈着な彼女らしくないその振る舞いに俺の心まで冷え切ってしまう。
「そうか……えっと……それは本当に残念だったな」
俺は彼女に何と言えば良いのかがわからなかった。「また頑張って一日外出権を獲得すればいいんじゃねえかっ!」と叱咤激励をするのは簡単だ。
しかし、一日外出権は才女である二宮の努力の結晶が詰まった三年間の集大成だ。だからそれを易々と口にすることは憚られた。
だが、そこで彼女は自分から言葉を述べた。それが彼女にとって自分だけで処理するのが不可能な為に俺に言葉を述べたのか、俺を信頼して話をしようとしたのか、それとも本当に気まぐれなのかは分からないが。彼女は衝撃的な事実を告げる。
「昨日はね。私はグアムにいたのよ」
「は?」
「まずは理事長に連れられて、ジェット機に乗せられたの。ジェット機の中では理事長のサービスということで最高のリクライニングの恩恵を受けたわ。私自身飛行機に乗ったのは初めてで……勿論グアムに行くのは初めてだったから心が躍らない……なんて言えば嘘になるわ。けれど、私が望むことはそんなことじゃなかった。私はただ……日本にいる彼女に会いたかった。彼女に……会いたかったのよ」
悲壮感が漂う。彼女は本当に悲しげだった。孤高だった少女は限界を迎えたかのようにしながら、悲しみを惜しげもなく披露した。視線を伏せ髪で目を覆うようにしながら俺に背を向けて身体を震わせる。涙を流すことが無いのはきっと俺の前だからなのだろう。
だが、俺は彼女の発言を理解することが出来なかった。彼女が邂逅したかった人物はあくまで日本にいる。それなのに二宮はグアムに行っている。……これは……
そこで俺は最悪の可能性に気が付いてしまった。相手はあの忌まわしき理事長だ。……だからこそあり得る。
だけど……流石にその可能性については俺も信じたく無かった。幾ら残酷であり悪魔とも呼べるような彼女だったとしても……それでも彼女はそこまでする人物だとは考えたくない。
あいつは曲がりなりにもこの学園の理事長だ。教育者なのだ。そして俺の親父の友人である。だから……あいつが生粋のクズであるなどという発想は本音を言えば絶対にしたくなど無かった。
だが……最早それしか可能性は考えられなかった。だってそうでもなければこんな事態にはならないだろう。
「……」
微かに見える彼女の純朴な黒瞳に映る光景が、絶望である理由は一つしか思い当たらないのだ。
「なあ、二宮。もしかして……お前の事情を知っている理事長に『いじわる』をされたのか?」
「……一日外出権は、あくまで一日外出する権利を獲得することが出来るだけで、どこで何をするかの権利まで保証していない……という話だったわ」
「……っ!ハハハハハハハっ………………………」
俺は乾いた笑いと空虚な思いに胸を焦がされていた。……白花咲女学園。理事長である彼女は俺の情報を仔細に把握していた。
学園の厳格な管理体制と人心掌握を好む彼女は、二宮冬香という少女が一日外出権で何をしたいかを明確に把握していた筈だ。
最悪、その事情を把握していなかったにしても、そのような屁理屈を述べる以上、理事長は持ち前の性格の悪さを発揮したのだろう。
流石に自己主張に乏しい二宮と言えど、今回ばかりは自身の望みを強く主張したに違いない。
しかし結果として二宮がそれを果たせていない以上は……天上ヶ原雅は……意図的に融通を利かせないという暴挙に出た可能性が高いのだろう。
あくまで退屈しのぎ。あくまで性癖。そのような気持ちで……二宮の努力を踏みにじったのだ。
二宮にとっての三年以上にも及ぶ結晶を理解したい上で弄んだのだ。あまりにも下劣で最低で人道から背くようなその行為に俺は全身の震えが止まらなかった。
「そうか……二宮。今の俺に言えることはこれだけだ。……元気出してくれ。きっと事情を話せば花京院だって三枝だってフォローしてくれるよ」
俺は二宮にそう言い残し……胡坐を崩し、ゆっくりと立ち上がった。
「……どこに行くの?」
「悪いな。少しばかり……理事長室へな」
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