ガチホモの俺がお嬢様学園に入学させられてしまった件について 

湊湊

14.「学園脱出計画の後の学園生活」

「やあ、おはよう櫻井君。昨日は大丈夫だったかい?って……聞くまでもなさそうだね……随分と消耗しているようだ」
「ああ。三枝か……もうお嫁にいけない。ってか、朝一でこのテンションってやばいよな……」
 翌日。昨日は金曜日で今日は土曜日。この学園は土曜日であっても当然のように七限まで授業が行われる。だからほとんど一睡もしていない俺からすれば、体力的にも精神的にも余力などある筈がなかった。
 昨日。俺に対する処罰(拷問)が執行されたのは深夜二時前の頃合いだ。そして、俺に対する処罰が完了したのは早朝の五時前くらいのことだった。
 彼女たち二人は処罰ということで、相当に溜まっていた欲求を俺に解消していた。もしも俺が『あの一件』を体験する以前であれば、恐らくそれなりに楽しめていたかもしれない。というか極上の幸せを体感することが出来ていたのだろう。あの二人は美少女と美人だからな。
 しかし、今の俺は異性に近づかれるだけで相当にストレスとなる。だから彼女たちが如何にそういうことをしてくれても不快感と圧迫感だけが先行し、全く気分が高揚しないのだ。
 そんなこんなで精神を擦り減らし、苦心の後に二時間程度の仮眠を経て俺はこの教室に登校したというわけだ。
「それにしても……なあ三枝。今日はやたらと俺に対して視線を寄せられていないか?」
 いつも俺は唯一の男子生徒ということで良くも悪くも目立ってしまうのが常だったが、いつも以上に俺は注目されてしまっている気がしたのだ。
 俺がそんな質問を交わすと、三枝は理事長とは異なる純粋な微笑みを見せて俺に安心感を与えつつも答えてくれる。
「ああ。君は知らないんだっけ。実はね……学園には掲示板があるんだ。そしてそこには君の名前と君が起こした校則違反についての情報が仔細に記載されてしまっているというわけさ」
「なるほどなー。それで目立っちまってんのかー」
 俺は男というだけで目立ってしまい、注目の視線を外されることは少ない。だから今更目立ったところで何だったってんだと一蹴してしまいたくなる衝動に駆られる。
「ところで櫻井君。君はどうして学園から脱出を図ろうとしたんだい?」
 三枝はそこで尤もな疑問を俺に投げかけた。
「ああ。実はちょっとシャバの空気を吸いたくなってな……」
 流石に性欲が爆発しそうだったからとは言えないので、適当に誤魔化すことにした。それにその気持ちも嘘では無いからな。普通に閉鎖されたこの学園の外に出て外の空気を吸いたい欲望もあったのだ。
 ちなみに、俺の性欲は昨日の一件のせいで全て雲散霧消と消えてしまった。なんつーか、あれだ。所謂『萎えた』という風な感情に至ってしまい、かなり気分が落ち着いた。
「シャバの空気ね……なるほど。君のように先月まで学園外にいた人からしてみればそのような気持ちになるのはおかしくはないのかもしれないね」
「なあ三枝。三枝はこの学園の付属も合わせて何年間在籍しているんだっけ?」
「僕は小学生時代からこの学園にいるから十年間だね」
「十年って……外の世界に出たいって欲求は無いのか?」
「それは勿論あると言えばあるね。地理や世界史の勉強をしていると、自分の訪れたことのない国に遊びに行きたい……なんてことは当然のように憧れを抱くよ」
「やっぱりそうだよな」
「うん。ずっと学園にいたら流石に飽きるという気持ちは催してしまうよ。基本的な生活や将来のことを考えればこの学園は最高だとは思うけれど、この学園内にいたとしても、叶えることの出来ない望みや願いは誰しも持ち合わせているだろうからね。ねえ、櫻井君。君の行動によって……君と同じように学園の外に出たいと考える人も出てくるかもね?」
「それは……どうなんだろうな?」
 やけに含みのある言い方に俺は少し動揺してしまう。まあそんな人物が現れようとも俺には関係してこないだろう。
「さーて。そろそろ先生がやってくるだろうね。席に戻ろう」
 既にチャイムの音が鳴る直前だった。
「ああ」
 軽く返事をしつつ、三枝の指示の下で俺は重たい身体を動かして自席に着くことにしたのだった。






「うぉおおおおおおおおっ!やっと終わったっ!自由だっ!」
 時刻は午後十六時過ぎ。七限の授業が終了し、簡素なホームルームを終えたことで俺は晴れて自由の身になった。日中の授業はほとんど頭に入っていなかったが、それは今の俺からすれば些末なことだった。
「櫻井うるさ。そんなキツイの?」
 前方の席から早乙女が髪をくるくると弄り回しながら、俺の方を向いてそんなことを言った。
「おお。早乙女。聞いてくれよ。マジで寝不足でさー」
 既に体力の限界を超えていたことで俺はハイになっていた。酒に酔った大人も俺と同じようなテンションになるのではないだろうか?半ば冷静さを失っていた俺を見る早乙女の視線は少し呆れているような様子だった。
「でも櫻井ってほんと面白いよねー。学園から脱出しようとするとかマジで不良じゃん」
「不良って……」
 俺は不良じゃなく品行方正な人間なんだぜ……と言おうとしたが、一体どの口でそんなことを言うんだよ感が半端ないので、俺はいみじくも心の中で押し留めるだけにしたのだった。
「でもまー。早乙女に不良って言われんのはちょっと心外だよな……」
「は?それどういうことだし?」
「だってお前の方が遥かに不良っぽいだろう?」
 俺は早乙女の外見を改めて目視する。毛髪は愛莉とは真逆で純粋なものではなく、カラーリングされ強引に色が付けられている金髪。両耳にはピアスを着けており、首元には高級そうなネックレスが。胸元は大きく着崩し豊満な胸を強調するような着こなし。スカートの丈は下着が見え隠れしてしまいそうな程の短さだった。……この外見から不良じゃないと思うのは結構難しいのではないかと思ってしまうが……
 俺の思惑を察したのか早乙女は俺に異議を唱え始めた。
「少なくとも見た目はただのオシャレだっての。折角JKにもなったんだし、これくらいの格好しとかないと示しが付かないっしょ?ウチの場合、中学とかでやたらと身だしなみうるさい学校で、それがムカついたから校則緩いこの学園選んだんだし自由にやってもよくない?」
「お前の志望動機そんな理由なのかよっ!つーか、よくそんなノリでこの学園に合格出来たな?」
「ウチもまさか受かるとは思っていなかったからびっくりしたけどね。ま、受験期は死ぬ気で勉強したからね。奇跡が起きたってやつ」
 理由はともかく、早乙女はこの学園に正規の手続きで努力を重ねて入学したのだろう。そんな奴が根っからの不良気質ではないことは何となく察することが出来るだろう。
「ま、さっきの話は訂正させてくれ。この二週間でお前のことを少しは知ることが出来たと思うしな。お前が悪い奴じゃないってこともちゃんと理解しているぜ?」
「は?キモくない?口説いてんの?櫻井風情が?」
「その一言が無ければ完璧なんですけどねっ!あとキモイは結構傷つくので辞めてくれっ!更に言えば櫻井風情がってなんなんでしょうねっ!?」
「冗談冗談。ほんと櫻井って弄ると面白い反応するよね。そういうところは嫌いじゃないよ。……ってか、もうこんな時間じゃん。……それじゃあ、ウチはそろそろ部活行くからじゃあね櫻井」
 辛辣な態度の後にはきっちりと純粋無垢な年頃の少女のように早乙女は笑みを浮かべて誤魔化すので俺はあまり強く言えないというのが本音だった。
「ああ。部活頑張って来いよ。じゃあな早乙女」
 彼女は軽く手を振って教室を後にした。この学園は部活が最大の娯楽という節もあるらしく、教室の女子生徒達は井戸端会議をするか、早々に部活に向かうかの二極化をしていた。あるいはだ……
「なあ、二宮。……お前放課後になった途端に教室で勉強しだすってホント真面目だよな……」
「……」
 相変わらず彼女は俺に対して反応を示すことは少なかった。その理由として俺の事が嫌いで無視をしているのかと問われれば恐らくそうではないのだろう。
 既にこの学園に入学してから早二週間が過ぎている。それまでの時間の中で二宮が誰かと仲良くしている姿など見たことが無かった。入学初日に彼女が挨拶の中で宣言していた通りに孤独な生活を送り、誰とも会話をすることは無かったのだ。
 それでは本当に一切会話をしないかと問われれば、それは事実ではない。彼女は最低限には口頭で伝達しなければならない情報や必要な会話の際には口を開く。あるいは授業内において名指しで指名された際にはすらすらと正確な答案を述べていく。その姿は圧巻だった。
 だが、殊に彼女はプライベートにおいては本当に人とのコミュニケーションを断っている。恐らく喋ろうとすれば饒舌に喋ることは可能なのだろう。しかし、彼女はそれをしようとはしない。あくまでも孤独。あくまでは孤高。そんな生き方を自ら貫き通していたのだ。
 二宮は放課後の教室で常に一人、自席で淡々と勉強をしている。放課後になった直後は楽し気にクラスの生徒達は集合し、お喋りをしているグループもあるというのに、一方で二宮だけは常に一人きりだったのだ。……やっぱり寂しいだろうな。俺は同情の念を抱いてしまう。
 そして二宮の勤勉さには慄くことしか出来ない。彼女は何に固執してそこまで勉強をしているのだろうか?以前の三枝との会話の中でも聞いたが二宮が何に執着しているのかが依然として不明だった。
「よーし……」
 ひとまず、俺も滅茶苦茶眠かったが二宮の勤勉さを見習って勉強でもするか。一緒に勉強すれば見えてくるものもあるかもしれねえし。俺は隣で勉強する二宮と共に喧騒としている教室の中で授業の復習をすることにしたのだった。
「……」
「……」
「……」



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