ガチホモの俺がお嬢様学園に入学させられてしまった件について 

湊湊

7.「理事長室訪問」



「馬鹿と煙は高いところを好むとは言うが……」
 俺は第一校舎を後にして第四校舎にまで足を運んでいた。どうにも理事長室は屋上を除けば最上階となる六階に位置しているようだ。それ程まで高い階層にある癖に、見取り図によると階段を用いなければならないようだ。これだけ金が掛かっている施設や装飾品があるのだから移動手段にも力を入れろと声を大にして言いたいところだった。
 別段体力にはそれなりに自信はあるが、それでも無駄に幅が広い敷地を移動させられては面倒くささが勝ってしまう。
「……たりい」
 と軽く文句を言いながらようやく俺は理事長室の前まで辿り着く。
 そういえば……この学園では制服の胸元に校章が付いている。俺の胸元にはⅠというマークが。これは一年生ということを指し示すのだろう。
 そして……俺が寝起き時に見ていた理事長の胸元にはⅡのマークがついていた。その様子から察するに……あいつも学園生であり尚且つ二年生なのか?
 その辺りに関しては少し不明瞭な部分もある。そして、もしも学園生と理事長を兼任していたとしたら、この時間帯に理事長室にあの女がいるかどうかは分からない。
 まあ、疑問に思っていても仕方がない。俺は扉の前にまで近づき扉をノックした。
「……」
 しばらく反応は帰ってこなかったが、しばらくしたところで、向こう側から扉が開かれた。
「ようこそ櫻井芳樹君。随分とお早い再会でしたね」
「あなたは……えっと……立花さん?」
 理事長室で俺を迎えてくれたのは理事長本人ではなく先ほど講堂で俺のことを助けてくれたメイドさんだった。先ほどと同じように泰然自若としながらも、相手を配慮するような丁寧な人柄が見受けられる。
「ええ。先ほどは時間の関係上ご挨拶も出来ずに申し訳ありません。私の名前は立花沙也加たちばなさやか。五代に渡り天上ヶ原家の侍従を務めております立花家の人間です。以後御見知りおきを」
 メイドスカートの裾を軽く摘み、彼女は慇懃に俺に言葉を発した。
「……は、はい。これはご丁寧にどうも……で、いいんでしょうかね?」
「構いません。私は一介のメイドですから。……それよりも……雅様があなたをお待ちしております。どうぞお入りください」
「は、はい……」
 俺は彼女の誘導に素直に従い理事長室に足を踏み入れることにした。
「……よお。理事長。さっきぶりだな」
 理事長室の中には莫大な量の資料と本棚が整頓されていた。大よそ理事長室というよりは書架と称しても過言ではないかもしれない。
 八十畳くらいの広い部屋ということで俺も驚きを隠せない。……ってか、わざわざこんなスペースは必要なのか?この女の自己顕示欲の現れか?と疑ってしまう。
 理事長は部屋の奥の方で、中サイズの机に腰をおいて何かの書類整理をしているようだった。俺の来訪と共に視線が上を向き、そして彼女は卑しく作り笑顔を浮かべながら口を開く。
「あら。随分とお早い到着で。女子生徒達に言葉通りに襲われなくて良かったですね?」
「……講堂では随分と襲われちまったからな。反省を生かして密やかに進んできたんだよ」
 実際第一校舎から第四校舎に向かうまでの道のりは中々に辛いところがあった。何故なら部活動の勧誘ということで、そこまでの道のりで上級生たちが闊歩していたのだから。
 勿論、全ての女子生徒が俺に興味がある……なんてうぬぼれた考えをしているつもりはないが……やっぱり、講堂での一件から少なからずに俺の身を危ぶませるような奴がいるってのも事実なのだ。
 だから俺は身を潜め影と陰を縫うようにしながら、何とかここまで逃げたきたのだ。
「それは良かった……ですわね」
「……何か楽しそうだなお前?やっぱり俺が苦労しているのを見て絶対楽しんでいるだろ?」
「ええ?私が楽しんでいる?プププ、楽しんでいるなど……アッハハハハっ!そんな失礼なことを考えている筈が……プハハハハハハハハっ!」
「めっちゃ楽しんでんじゃねえかよっ!」
 やっぱり俺はこいつとは仲良く出来そうにないとしみじみ感じた。
「それで……わざわざこの理事長室まで訪れてどうしたと言うのですか?早速と何かお困り事でも?」
 何となく俺の相談したいことを捉えていそうな理事長の余裕に若干苛立ちを募らせながらも、俺は言った。
「まず始めに……この学園が寮生活だってことはあんたから朝に聞いたから知っているし、俺も事前に知っていたことだ。だけどよ。俺はどこで寝食をすればいいんだ?まさか俺も第一校舎で寝ろ……なんて言わないよな?」
「それに関しては安心してください。あなたは第四校舎の一室を寝室にして貰いますから」
「そうかそれは……」
 一安心だと言おうとした直後だ―――――
「ですがあなたのその様子が面白くないので、やはり第一校舎で女子とシェアーにしましょうか?そうですね。それが宜しいかと。ご配慮が至らず申し訳ありませんでしたね」
「何だ面白くないからってっ!頼むよ。普通に気まずいから、第四校舎にしといてくれ」
「……わかりましたよ。あなたが子供のように我が儘を言って聞かないので特別にあなたは第四校舎にしてあげましょう。放課後は完全に静まり返り、暗雲とした雰囲気の中であなたは安眠につけばいいだけの話です。良かったですね」
「そんな脅しの仕方すんなよっ!別に怖くはねえけど何となく不快な気分になんだろうがっ!……ってか、何か棘が凄くね?あんたは人のことを煽らなければ気が済まねえのかよ?」
「勿論です。私の長年の趣味は櫻井君の困った顔を見ることですから」
「……何だよそれ。ってか俺とあんたは今日出会ったばかりじゃねえか」
「それは本当に言っているんですか櫻井君?……あなたは『あの時』始めて出会った時のことを……忘れてしまっているんですね?」
「理事長……」
「いえ、それならそれでいいんです。あなたが忘れてもいても……私だけはあなたのことを覚えていますから……それは絶対です」
「理事長……」
 彼女は鼻をすすり涙を堪えるようにしながら俺にそんなことを言った。だから俺は言ってやったのだ。
「何か俺と過去に色々とあったみたいな伏線入れようとしているが、あんたと俺はどこからどう見ても初対面だったじゃねえか」
「けっ……ばれちまいましたか。私の負けです。(櫻井君の身体を)煮るなり焼くなりすればいいじゃないですかっ!」
 理事長は降参と言わんばかりに両手を上げて俺にそう言った……ってちょっと待てよ。
「何だ。(櫻井君の身体を)って。おかしいだろうっ!無茶苦茶かお前はっ!」
「文句が多い子ですねー。誰に似たんでしょう。堅一郎さんは聡明で立派な方ですし、奥さんも一度だけお会いしましたが素敵な奥方でしたし……実はあなたは血の繋がりが無かったりするんじゃないでしょうか?」
「母さんが立派で素敵な人だってことは知っているし事実だが、あの親父を持ち上げるのは納得いかねえし、あと勝手に人の血縁の存在を否定してんじゃねえよ」
 本当に親父はどうしてあそこまで誰からも慕われるのか不思議でならない。
「さて……櫻井君がごちゃごちゃとうるさいことで話が中々に進まないのでいい加減進めた方がいいと思うのですが……」
「どう考えても話ごちゃごちゃ知っちゃったのはあんたのせいだろっ!……はぁ……えっと。それじゃあお言葉に甘えて……後は風呂の話だ。それも第四校舎で出来る場所があるのか?」
「ええ。それに関しても……あなたの自室は浴槽付きですので、大浴場にも訪れたいとでも考えていない限りは問題ないと思いますよ」
「そうか。あともう一つだけ。夕食に関して俺は合同で食べたほうがいいのか?」
 江藤先生の説明によれば、夕食は午後一九時から午後二十時までの時間帯にのみ行われるようだが、その時間帯に俺も参加をしていいのだろうか?
「ええ。あなたが餓死をしたくないのであれば、その時間帯に食事をすることをお勧めしますよ」
「ほぼ強制的じゃねえかっ!……わかったよ。とりあえず理解した。……まあ、ひとまず聞きたいことはそんなところだ。ありがとよ理事長。一応助かったぜ」
「はい。また何かあったらどうぞここに相談に来てください。今度からは今までとは異なり悪意たっぷりな対応であなたを仰天させてさしあげますから」
「ここまでで既に悪意たっぷりでは無かったとでもっ!?……はあ、やってられねえよ。それじゃあな」
 この女と話をしていると非常に体力を使うので、一刻も早く退室することが優先されるだろう。俺は理事長を無視して、静かに部屋の隅に立っていた立花さんに会釈をした後に速やかに部屋を退室したのだった。



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