ガチホモの俺がお嬢様学園に入学させられてしまった件について
5.「狭き世間」
「はぁー。ようやく教室に辿り着いたぜー」
 第一校舎内の案内図を参考にしながら、俺は一年A組の教室の前まで足を運んでいた。ここに来るまでの間に、奇異と憧憬、恐怖と羨望など様々な視線にさらされていたが、どうにか五体満足の状態で今に至ったのだ。
俺は息も絶え絶えとなり、幾らかの緊張感を募らせつつも部屋の扉を開けることにした。
「……」
そりゃ俺が扉を開けてしまえば、女子生徒達からの視線は避けられないよなー。俺は、せめてこの教室にいる生徒達には自分が真面目な存在であると思われるように、振る舞いには気を付けて行こうと覚悟を決めた。
「いやー、すみません。お騒がせしてちゃって……」
適当に言葉を述べながら俺は教室を見渡した。そこには既に沢山の女子生徒達が席に着いていた。
この教室の席の数は大よそ……三十くらいか。俺の通う筈だった美浜高校は、1クラス40人くらい所属するって話だったから、それに比べれば人数は控えめなのだろう
さて……いつまでも立ったままでは目立ってしまう。早く座ろうと……思ったのだが、果たして講堂と同じように自由席でいいのだろうか?と俺が悩んでいると一人の生徒が俺の方に近づいてくる。
「やあ、ごきげんよう男子生徒くん。何かお困りかな?」
「お、お、お、お、お、お前っ!」
俺は思わず飛び跳ねてしまいそうになる。何故ならそこには……俺が待望していた存在が姿を現したのだから。
「ん?どうしたんだい?そんなに僕のこと見つめて?もしかして僕に惚れてしまったのかな?その気持ちは嬉しくないと言えば嘘になってしまうけれど、流石に僕も出会ったばかりの人に好意を持たれてもそのまま受け取ることは……」
軽い口調で俺を安心させようとしているのだろう。その配慮は嬉しかったが堪えることは適わず心境を吐露した。
「男だっ!」
「はっ?」
「なんだよ。男子生徒が俺以外もいるんじゃねえか!それじゃあ今までの話は何だったんだよ。ハハ
ハっ!……まあ、そんなことはどうでもいいか。同じ男同士仲良くやろうぜ?」
俺は彼に手を差し伸べて握手を求めた。ああ。間違ってなんていない。この目の前の人物が、ただただ男性的な喋り方をしている女子である可能性なんて俺は全く信じてなんていないのだ。例え女子の制服を身に纏っていたとしても、それはあくまで趣味の範疇なのだろう。そうなのだろう。そうであるべきなのだ。そうであると信じたい。というかそうだって言えよっ!
「おやおや、君は何か勘違いをしているよ。あるいは、勘違いをしたいと自分で自分を騙しているよ。僕は……」
「辞めてくれっ!聞きたくねえよっ!」
「……どうやら君も難儀な性格をしているようだね。だけど僕の沽券にかかわるから最後まで言わせて貰おう。僕の名前は三枝薫。れっきとした女だ。喋り方は少し男性的かもしれないけれど、気にしないで貰えると助かるよ。そんな僕だけれど以後よろしく頼むよ」
「……櫻井芳樹だ」
彼は……いや彼女は俺が差し出した手を優しく取った。それにしても……三枝の外見を見てしまっては期待してしまうのは仕方ないだろう。
彼女は女子の制服を身に纏ってはいるものの、短髪であり俺よりも毛髪の量は少ないように見えた。中性的な顔立ちをしていることで、彼女に対しては恐怖感を募らせることも少なくて済みそうなのは幸いだった。
「それにしても……この学園内で本当に男子生徒が入学するとは考えていなかったから驚かされたよ。だけど想像以上に楽しい生活になりそうだ」
「……俺としては周囲には女だらけだから肩身が狭くて仕方ないけどな」
「君には色々と聞いてみたいことはあるけれど、もう少ししてからの方がよさそうだね」
三枝は時計を一瞥してから俺にそう告げた。何となくではあるが、三枝の指摘の意味を推察した。
もうすぐクラス内でのオリエンテーションが始まるからさっさと席に着いておけということだろう。だが――――――
「なあ、三枝。一つだけ教えてくれ。俺はどこの席に座ればいいんだ?」
「席に関しては机に名前が書いてあると思うから、そこに座れば問題ない筈だよ。ちなみに五十音順に並べられているから君の席は僕の席に近いところにある筈だ」
確かに五十音順なのであれば櫻井と三枝は相当近い席にあるだろう。指摘通りに、俺の席の位置は三枝の二つ後ろだった。……逆にこれだけ五十音近くて前にもう一人挟まることに俺は驚愕してしまう。
ちらりと前方の席を覗き込むとそこには早乙女夢と書かれていた。……やっぱり、当然のことながら女だよなー。……改めてこの教室を見渡してみても男の姿は無いのだ。……寂寥感に押しつぶされてしまいそうになりながらも、俺は自分の机の上に置かれた物を整理する。
どうやら、学園生活で主要になるものは、各人の机の上に置かれており配給されているようだ。俺の手元にあったのは、まずは鞄。これに関しては他の生徒は個人の鞄を扱っているようなので、持ち物を全く所持していない理事長の配慮なのだろう。
そして、各科目の教科書と10冊のノート。鮮やかな筆箱と更にその中には多彩な筆記用具が入っていた。
更に俺の写真入りの学生証が裏返しに置かれていた。ここまでの持ち物に関しては詳しく理解出来た。 だが、1つだけ良く分からない代物が置かれていたのだ。
「なあ三枝」
「うん?どうしたんだい櫻井君?何かわからないことでもあったのかい?」
早速と言わんばかりに彼女は笑顔で俺に応対する。三枝の親切さに心から感謝をしつつも、俺は問う。
「これは何なんだ?」
俺は学生証と同じくらいのサイズである一枚のカードを掲示した。それは質素なカードであり、裏面にはバーコードが刻まれており、表面には俺の名前と学籍番号、そして5万という数字が刻まれていた。
「ああ。君は新入生だから知らないよね。それは……この学園で扱える『学園カード』と呼ばれるものなんだよ」
「学園カード?」
「うん。例えば、トイレや食堂みたいに生活に必要になる要素や部分は学園側が負担をしてくれるんだけど、娯楽や趣味などに関しては基本的に負担をしない方針なんだ。ところで君は何か趣味があったりするのかな?」
「趣味……趣味は読書かな」
他にも幾つか思い浮かんだりもしたが、ひとまずはそんな及第的な答えを返した。
「そっか。それじゃあ、君が読書の為に本を購入したいとしよう。ところが、この学園の規律として、基本的には学園の外には出ることは出来ないんだ。学園内の図書館には本が莫大な数あるから、もしかしたら君が望んでいる本もあるかもしれないけれど、一応君が欲しいと思う本が無いと仮定しよう」
「ああ」
「その際には君はこのカードを用いて学園側と交渉して、本を入手することが出来るかもしれないんだよ。ここに数字が書かれているでしょう?この学園カードに記載されている『学園ポイント』を用いれば、君は学園側にその依頼をすることが出来るんだ。莫大な金銭や労力を注ぐ依頼に関してはそれだけ多くのポイントが必要になるけれど、学園側が掲示するポイントを残存しており、それを消費することで、こちら側の要求は大抵の場合叶えてくれるというシステムなんだよ」
「なるほど……学園生活に直接必要とならない物を欲しいと思った際には、学園ポイントを消費することである程度は聞き入れてくれるってことだな?」
「うん。その認識で大よそ問題ないと思うよ」
「ちなみにだが……」
「ん?」
「このポイントは、蓄積することは出来るのか?それとも、一定期間になると自動的に補充されたりしているのか?」
俺がそう尋ねると彼女は少し関心したように頷きながら回答をしてくれる。
「いい質問だね。学園ポイントは、消費しなければ半永久的に蓄積し増加していくよ。そして、ここに書かれている学園ポイントは一定期間の経過により補充されるんだ。具体的には、新学期の際やテストの後に学園カードを一度回収され、その際に一定のポイントが補充されるんだよ。ちなみに他にも善行を積めば学園側からサービスが貰えるんだ」
「善行?」
「具体的に言えば……まあ、いい成績を取ることが中心かな。定期テストにおいてクラス内で上位五名に入ればサービスポイントが支給されるね。あとは……これは滅多にないことだけど、学園内でボランティアを精力的に行ったりした功績が認められることで学園ポイントが支給されるというケースも極まれにあるようだね。そんなところかな」
「なるほど……善行ってのはそういうことか」
学園内で良い成績を取ることが出来れば、自分の欲しいものを手に入れる手段である学園ポイントを入手できるか。あるいは、何らかのボランティア精神を見せつけることで、ポイントを入手する。実に理に適っている学園システムだ。……些か教育機関の教育方法としては残酷な気もするけどな。
「反対になんだけどね。赤点を取ってしまったり、素行の悪さが目立つと学園側の判断でポイントが引かれたりするんだよね。だから君もその点には気を付けた方がいいよ?」
「……っ!本当に学園側も厳しいことをするもんだな」
「とはいえ実際にこの学園では、その規律によって素行不良の生徒は、ほとんど存在し得ないし、なるべく赤点も回避出来るように心がけている生徒が非常に多いんだ。そして学園内では、いじめや差別などは存在せずに極めて平和な秩序が保たれている。いじめなんて発覚したら学園ポイント全没収になってしまいかねないからね」
「なるほど……秩序を保つというのは良く出来ているシステムなんだな。とりあえず……色々と教えてくれてありがとな三枝」
「うん。他にも何でも分からないことがあったら遠慮なく聞いてくれて構わないよ」
「ああ。頼りにしているぜ相棒」
三枝は女だが、中性的な容姿をしていることと男性的な喋り方、更には丁寧かつわかりやすい説明をしてくれることで非常に接しやすそうだ。
俺は学園内で最も信頼のおける人物と友人となれたかもしれない。少しだけ安心をすることが出来たところで――――事件は引き起こった。
「この学園敷地広過ぎーっ!マジ迷っちゃうよー」
軽い口調をした女子生徒が酷く疲れたような表情をしながら教室の中に入って来る。彼女は教室の入り口のほうにいる女子生徒に気さくに話しかけながら……自分の席に移動をし始めた。
うん。彼女の顔は既に知っているぞ。学園内で知った顔など、ほとんどいない状態での奇跡的な再会と評した方がいいのかもしれない。
派手に染髪された黄金色のロングの髪を靡かせながら少女はこちらの方へと近寄って来る。背丈は控えめであるのに反比例するように巨大な胸囲が視線を占領する。
彼女の胸元に対して性的な興奮を抱く俺ではないが、それでも一種の目印として見紛うことはあり得ない。大きく気崩した制服は、とてもお嬢様学園の由緒ある気品さとは真逆の方向性であった。更に先ほどの現代的な口調。それが表わす答えとは――――――
「どうみても、さっきトイレで遭遇した女子生徒じゃねえかっ!」
俺は思わず声を出してしまう。そして当然のようにクラス中の生徒は俺に注目をしてしまう。金髪の少女も例外に漏れず俺の姿を目視して――――――
「あーっ!あんたは堂々と女子トイレを利用していた変態だっ!」
「変態じゃねえぇええええええええええええええええっ!」
女子特有の可愛いらしく高い声で少女は俺を指さして、社会的に抹殺するような発言を下した。
彼女がそう言った瞬間に、先ほどまでは男子生徒である俺を陰でこそこそ揶揄していた女子生徒達はそれに追随するように俺に対する否定的な視線を強めた。
「いやいやいやいやっ!ちょっと待ってくれ。それは誤解だ。確かに俺は女子トイレを利用したけどさ」
「やっぱしたんじゃん。言い訳とか聞きたくないんだけど。てか気持ち悪いから近づかないで、死ねば?」
「……この学園内には男子トイレが無いんだから、トイレに行きたくなったら女子トイレ使うしかねえだろうがっ!」
俺がようやく言いたいことを言えたところで、彼女は一瞬唖然としたような表情になってから俺に言った。
「そっか……それもそうだね。ごめんね何か。勘違いしてたかも」
「おおそうか。わかってくれたか……」
俺は金髪の少女が、少し落ち着いてくれたようで安堵をする。
「でもさ。何で男がわざわざこの学園に入学してんの?やっぱ、女だらけの場所に行きたかったって下心からじゃないの?」
「どうしてもお前は俺を変態扱いしたいみたいだな。……違うよ。俺は父親に無理やり……」
「はいはーい。皆さんおはようございますっ!今から、新学年のオリエンテーションを始めますから静かにしてくださいねー」
前方の扉を開けながら一人の女性が教室の中に入って来た。恐らく先ほど出会った立花さんと、同じくらいの年齢の人なのだろう。そして雰囲気から察するに、このクラスの担任の先生となることは何となく分かった。
「いいか。ちゃんと後で説明してやるから俺を変質者扱いすんのはマジで辞めてくれ。この学園で生活していける気がしなくなるからよ」
「……」
「そこで無視すんなよっ!ってかスルーは俺の沽券に大きく関わっちゃうんですけど!?」
「はーい櫻井君。女の子が一杯で興奮している気持ちはとてーーーも分かりますが、静かにしてくださいねー」
「あんた全然俺のことわかっていませんね!担任までそんな感じとか絶望しかねえなっ!」
俺の名前を知っていることから経歴まで知っていると思ったが、もしかしたらそうではないのか?理事長が果たして俺のことを各教職員になんて説明をしているのかが甚だ疑問だった。
「さて……まだこの教室に集まっていない人も幾らかいるようですが……定時になりましたので、始めましょうか?」
教室を見渡してみると、いつの間にかほとんどの生徒は集まっていたようだ。空席は大よそ三席ほどだった。
「……」
そう言えば俺の隣の席の生徒もまだこの教室に辿り着いていないようだ。と俺が思っているにも束の間のことだった。
「……遅くなり申し訳ありません」
沈黙と共に一人の女子生徒が後ろの扉から入室する。……ってかあいつは……どうやら世間はあまりにも狭いようだった。
すらりとした背丈であり、銀髪の髪を優雅に舞い散らせながら颯爽と歩く姿は、雅趣に富んでいた。
別段、天上ヶ原雅や立花さんのように貴族的な気品に溢れているわけではない。しかし、それでも少女の嫋やかな佇まいには心が惹かれる。
「よお。奇遇だな」
「あなたは……」
幾ら暗闇の中での出会いだったとしても、俺の存在を認知出来ている筈だろう。
「……」
しかし、彼女の反応は芳しくなかった。思えば、先ほどの講堂の中でも俺は彼女から好意的に思われている節は全く無かった。彼女は俺を一瞥した後に、まるで存在を見なかったようにして俺を無視しながら席の方に近づく。
「あの……二宮さん」
「何ですか?」
「いいえ。……何でもなかったです。席に座ってね?」
「……はい」
先生は二宮と呼ばれた彼女に何かを言いたげそうだったが、彼女のその独特の雰囲気に圧倒されてしまっていた。それも当然だ。彼女はそれだけ周囲に対する拒絶感を露わにしているからな。
「……」
周囲には痛い程の沈黙が訪れていた。そりゃ、あれだけクールな感じでこの世の全てを憎んでいますみたいな雰囲気出されたらなー。
先ほどまで口うるさかった早乙女ですらも、髪の毛を弄り緊張感から逃れようとしている光景は異様だった。
二宮はゆっくりと歩き続けて自分の席へ……
「……ってお前も俺の近く……ってか隣かよっ!」
「……」
彼女は何も言わずに俺の隣の席に腰を下ろした。彼女の名前が二宮。五十音順で言えば丁度、縦一列によって隣になってしまうような偶然の配置になっていた。
「……世間狭えな……」
まさか、この学園に来てから出会った少女たちと同じクラスで近くの席。……これは幸先がいいと言えるのだろうか?俺は少しばかり俯き複雑な心境を形成したのだ。
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