ネルバ・ハリクラーの特殊な学校生活

星河☆

一件落着

 メルクルンガンヅ学校校長室に十名の能力者と国際ガンヅ連盟魔法大臣が集まっていた。
 「皆さん良く集まってくれました。東の森に強力な魔具が発見されました。例の事件はその魔具が原因だったと考えられます。その討伐に参加してくださり誠にありがとうございます。森に行くにあたって我が校の教授の指示に従っていただきたい。ではよろしくのう」
 メルクルンガンヅ学校の校長、ベン・ルーナーが集まったガンヅ連盟の隊員に話した。そしてベンの後に続いて魔法大臣ジョセフ・バルサスが前に出てきた。
 「ベン校長から言われた通り強力な魔力らしい。今回の討伐隊は森に詳しいここの教授のバイオ・ザインド君に隊長を任せる。校長もついていくがあまり気にしないでくれ。以上!」
 バルサスが話し終えると隊員とバイオ、ブルンは部屋を出た。バルサスはベンにどういう魔具か尋ねていた。
 「そうじゃのう――。強力な魔力で強力な磁場――。考えられるのは脳波を刺激して対象の脳を攻撃するものとか移動装置とかが考えられるのう。大臣。あなたはどう考えるのじゃ?」
 今度は逆にベンが尋ねた。
 「そうだな――。大体はベン、あなたと一緒だ」
 そうかとベンは答え、隊員の元へ向かった






 「ここから先はあらゆる魔物が出るので注意してください! この森には五感を攻撃してくる魔物もいます! 油断せずに進んでいただきたい!」
 森を前にしてバイオが隊員に話した。すると隊員から手が上がった。
 「もし五感を攻撃されたらどう対処すれば?」
 「全神経を心臓に集中して鼓動を意識してください。そうすれば五感は回復します。回復したら直ぐに心臓に集中させた神経を体外に一気に放出させてください。一定時間五感攻撃が防げます」
 バイオがそう説明すると皆しっかりと頷いた。そして一行は森に入った。


 森に入ると先頭には魔具の場所が分かるブルンに変わった。隊員は周りを警戒しながら進んでいる。
 「ストップ!!」
 暫く進んだ所でバイオが大きな声を出し、一行を止めた。バイオはその場にしゃがみこみ、地面を見つめている。三十秒程して立ち上がった。
 「ブルン教授。円視をお願いします。この森に居ないはずの魔物の足跡があります。」
  ブルンは頷き、円視を始めた。
 「一行警戒態勢!」
バイオはそう叫び、警戒態勢をとった。


 「前方二百メートル。キメラだ。こっちを警戒してる」
 ブルンはそう言って目を開けた。すると後方からベンが歩いてきた。
 「どうかしたのかのう?」
 バイオがこの森にいるはずのない魔物がいると話すとベンは目を細めた。
 「警戒を怠るでないぞ」
 ベンはそう言い、一行はゆっくりと歩き始めた。ブルンは歩きながら円視を行っている。


 『ぐぅおー!!』
 突然大きな鳴き声が響き渡った。その場にいた全員が立ち止まり、辺りを見回した。


 息の音すら聞こえないほど警戒していた。


 「うぁ~!!」
 隊の真ん中から隊員が何かに吹き飛ばされた。全員が見回すが木しか見えず、吹き飛ばされた隊員の姿も見当たらない。全員が恐怖の顔になっていた。
 「ザインド。どんなキメラじゃ? ブルン。今キメラはどこじゃ?」
 しかしバイオは全く見当がつかず、ブルンは速すぎて特定できないと言って全くキメラを相手に出来ない。
 「あ~!!!」
 また隊員が襲われた。今度は隊員達が見ている前だったのに全くキメラの姿が見えなかった。隊員達は慌てふためき、混乱が広がっていた。バイオ、ブルンも戸惑いを見せていたがベンだけは落ち着いていた。しっかり周りを見て目を凝らしている。すると突然目を閉じた。
 「ザガイントス時よゆっくり動け!」
 ベンは時の呪文を唱え、隊員達の周りの時間をスローにした。しかしキメラの姿は見えない。
 「ブルン。今のうちに円視をするのじゃ。ザインド。なるべく早くキメラの種類を特定しておくれ」
 ブルンは円視を始め、バイオはブルンの結果を待っている。


 「ダメだ――。見当たらない――。校長、どうすれば?」
 「なんと――。ザインド。今までの情報で考えられるキメラは何じゃ?」
 バイオは目を瞑って頭をフル回転させた。あーでもない。こーでもない。そう呟きながらバイオは首を振りながら考えている。すると突然目を大きく開けた。
 「そうだ――。恐らくキメラじゃありません。体長、魔力等はキメラにそっくりですが移動速度が異常に速い魔物が一種類いました! ベルクリーナです! 鋭い爪に強固な牙、そして炎を操ります。弱点は電気です!」
 「そうか。ご苦労じゃった。ゼルスオブガライアス千本の雷!」
 すると隊員達の周りに相当な雷が落ちた。周りは雷が落ちる音しか聞こえない。暫く雷が落ちていた時に近くで大きな鳴き声がした。するとベンは鳴き声がした方に向き、そちらの方向に雷を集中的に落とした。


 雷が落ちたというのに周りの木々は一切傷ついていない。ベンの能力の高さが伺える。
 「行ってみようかのう」
 ベンを先頭にして鳴き声がした方へ歩いた。隊員の全ての者が緊張していた。ベルクリーナにではない。ベンにだ。ベンはガンヅ界で知らない者は居ないほど有名だがここまでの術を簡単にしてしまうと討伐隊として組織された者はたまったものではない。




 「校長先生。いました。ベルクリーナです。調べてきます」
 少し歩いた所にベルクリーナは倒れていた。バイオは走ってベルクリーナの所へ行き、死んでいるのかを調べ始めた。少し調べた後バイオは立ち上がり、ベンの所に戻ってきた。
 「死んではいません。気絶しているだけです。しかし、ベルクリーナは北最村の方にしかいないはずでして――」
 バイオがそう言うとベンはほぉと顎に手を当てて何かを考え始めた。バイオ、ブルン、隊員達はベンが何を考えているのか全く想像も出来ない。しばらくしてベンは口を開いた。
 「ザインドよ。ベルクリーナはあとどのくらい寝ている?」
 「あと二、三時間かと。どうなさったんです?」
 ベンはバイオの問いに頷き、踵を返した。
 「では先に進もうぞ。ザインド、後一時間でけりをつける。その後にベルクリーナを治療し、北最村に送り帰そう。ブルン、例の魔具に案内しておくれ」
 はい。ブルンはそう小さく返事をして歩きはじめた。




 しばらく歩くとブルンが立ち止まった。
 「近いのか?」
 ベンがブルンに尋ねた。しかしブルンは首を振った。
 「無くなっています。魔具が無くなっているんです――」
 「どういう事じゃ? 取りあえずあったはずの所まで行っておくれ」
 「はい」
 ブルンは頷き、再び歩きはじめた。


 「ここです。ここにあったはずです」
 周りは草が生い茂っているのに、魔具があったであろう場所は地面がむき出しになっていた。ベンはむき出しになっている地面を調べ始めた。
 しかし直ぐに立ち上がり周りを見回した。
 「諸君。気をつけるのじゃ。何かが近くにいる。ブルン、円視じゃ。結界師は回りに結界を張るのじゃ! 魔術師は――」
 しかしバイオが途中でベンの言葉を遮った。
 「校長先生、いかんです。この森で結界を張ってはいけません。この森は特殊な魔力があるので結界を張ると結界内は魔力を失い、その空間は危険になります――」
 隊員の中の結界師ははっと息を呑み、手を止めた。ベンはどうするかとぶつぶつ言っている。しかし直ぐに口を開いた。
 「では、ブルン、なるべく広範囲に円視をかけるのじゃ。ザインド、教えてくれてありがとう」
 ベンはそう言うと目を瞑った。何か分からない言葉を早口で、小声でしゃべっていた。ブルンは目を瞑り、集中している。バイオを含めた隊員達は何も出来ずにただ立っていた。


 「見えた。北東、距離百二十メートル。人です」
 ブルンはそう言うとベンは目を開け、少し笑った。
 「分かった。衝刃!」
 すると北東の方角の木々が全てなぎ倒された。北東側は良く見え、数百メートル先まで見えるほど綺麗になっていた。
 するとその方角から黒い影が動いた。
 「ゼガルガン!」
 するとベンの両手から黒い球体が飛び出し、黒い影に飛んでいった。しかしそれはかわされ、木の根に当たった。すると木の根は大きな音を立てて溶けた。
 「皆の者! 伏せろ! 衝刃!」
 全ての方向に衝撃波が走り、木々がなぎ倒された。これで全方向が見晴らしがよくなった。
 「諸君! 奴に一斉放火を浴びせるんじゃ!」
 ベンがそう言うと隊員が一斉に攻撃を始めた。結界師は結界に雷や炎を纏ってそれをにぶつけている。しかし攻撃は当たる気配がない。はベルクリーナ程ではないが素早く動いている。普通の能力者は目で追うのがやっとだ。しかしベン、バイオ、ブルンはメルクルンガンヅの教授だ。つまり結構な使い手なのだ。しかしその三人をもってしても一向に攻撃は当たらない。は攻撃こそしないが、このままいけば三人を含めた隊員は体力が尽きてしまう。
 「止め!!!」
 ベンが大声で叫んだ。隊員は攻撃の手を止め、ベンを見た。
 「無理やり攻撃をしてもしょうがない。結界師はわしが指を指した方を特大の結界で包囲して欲しい。召喚師はある限りの魔物をその結界に走らせ、奴を捕らえて欲しい。魔術師は捕らえたら痺れの魔法を一斉にかけるのじゃ。他のものは術をかけている間に我々を守って欲しい。では行くぞい――」
 そう言うとベンは辺りを見回した。そして最初に衝刃をした方角を向き、両手をかざした。
 「ゼガルガン!」
 黒球が飛び、土の地面に着いた。大きな爆発音、土煙がして隊員は目を伏せたが音が静かになるにつれて土煙も収まってきた。黒球が飛んだ場所はクレーターのようにへこんでいて、まだ中心には黒球が残っていた。
 「ゼガルガン!」
 今度は隊員が並んでいる方向に黒球を飛ばした。大きな音、土煙が先ほどと同様になった。黒球もクレーターの中心にあった。
 ベンは二つのクレーターの間を指差した。
 「諸君、準備するのじゃ。行くぞい――。今じゃ!!」
 「結!!!」
 隊にいる結界師三人が一斉にベンが指差した方角に結界を張った。結界は二つのクレーターごと囲んだ。そして今度は召喚師が叫んだ。
 「口寄せ!」
 二人の召喚師は地面に利き手を当てた。すると煙が立ち上がり、その後多数の魔物が結界に向かって走り出した。結界の中などは煙等で見えない。そして最後にベンを含めた魔術師が同じ呪文を叫んだ。
 「ショウブレン!」
 呪文を発した後黄色の光が結界に飛んでいった。
 「あぅ!」
 詳しいものは見えないが短い悲鳴のようなものが聞こえた。そこにいた全員が顔を見合わせ、頷きあい、結界に近づいた。
 「結界師諸君。気を抜くでないぞ」
 ベンの一言に皆頷き、ゆっくりと近づいた。結界の中は魔物達が走った時の土煙で全く見えない。じりじりと近づいていくと
 「離せ~!」
 そこにいた全員がビクっと立ち止まった。しかしベンは行くのだと力強く言って皆の先頭に立って歩いた。




 「お前は何者じゃ?」
 結界の目の前に着き、ベンが大声で投げかけた。しかし問いの答えは返ってこない。
 「答えよ!!」
 ベンは再び大声で叫んだ。
 「我が名はシャウト。ギャンルジンだ。殺すなら殺せ!」
 煙が収まり、声の主の姿も現れた。長い髪で頬がこけたいかにも闇の能力者のような男だった。
 「そうじゃのう――。この場でお主の命を奪うのも容易いことじゃが生徒にかけられた呪いを解かねばならぬ――。よって学校へ連れて行き、連盟に引き渡す。ベルクリーナが襲った二名はどこじゃ? ベルクリーナの爪や牙には血はついていなかった。さぁ、どこじゃ?」
 ベンが複数の魔物に噛まれて動けなくなっているシャウトに語尾を強くして聞いた。シャウトはベンをあざ笑うかのような表情をして答えた。
 「老眼で見てないのか? ベルクリーナの上に吊るしてある。あんたは耄碌したんだな」
 ベンは隊員に頷いて行くように仕草を送った。ベンはシャウトに向き直り、まじまじと見つめた。
 「校長。早く連れて行きましょう。呪いを解くのが先です」
 ブルンがそう言うとそうじゃなと言ってシャウトに何か呪文を唱えて宙に浮かせた。
 「帰ろうかのう――」
 そう言って一行は学校に戻った。




 「おぉ! ベン! 戻ったか!」
 校内に入ると魔法大臣、バルサスが待っていた。ベンはバルサスに近づき握手をして自分の後方を指差した。
 「あやつじゃ。連盟に連れて行く前に呪いを解かねばならぬ。良いな?」
 ベンが尋ねると、勿論だと言って頷いた。


 長い廊下を歩き続け、一行が着いたのは保健室だ。ここに呪いをかけられて眠っているジョニー・マウント、ウォルス・マインダがいるのだ。ベンらが保健室に入ると保健士のマイム・メイナーが駆けつけてきた。
 「どうしたんです!? そんな大勢で! 魔法大臣まで!」
 メイナーは一行が闇の能力者を捕まえた事を知らない。ベンはメイナーにその事を伝えると眠っている二人のもとへ案内した。保健室は広く、二十人は寝れる。その中に二人だけ眠っていると一見どこに眠っているのか分からない。今は夏休みで生徒達は実家へ帰っているのだが二人の両親に許可を貰い、呪いが解けるまで学校におくことにしていたのだ。
 「ではシャウトとやら。呪いを解いてもらおうかのう」
 ベンはシャウトを向き、上目遣いで言った。しかしシャウトは知らん振りといったような顔をしてベンの顔を見ようとしない。ここに居る全ての者達が、ベンを除き、怒鳴り声を上げてシャウトを威嚇した。しかしそれを楽しむかのようにシャウトは笑っている。再び怒鳴り散らそうとしている皆を見てベンは手を上げた。
 「止めるのじゃ。そんな事をしても何も始まらない。そうじゃのう――。大臣、拷問なんていうのはどうかの?」
 バルサスは一瞬何を言っているんだという顔をしたが、直ぐにベンの意図が分かり、答えた。
 「そうだな――。空いている部屋はないかね? そこで拷問のプロを呼ぼう」
 ベンとバルサスがチラっとシャウトを見ると恐怖の顔が見えていた。ベンはそれを見逃さずに畳み掛けた。
 「いや大臣、わしが直々に拷問にかけよう。都合のいい事にわしは色々な呪文を知っているのでな」
 シャウトの体が震えていて耐え切れないというような顔をして我慢できずに大声を上げた。
 「解けばいいんだろう! やってやるさ!」
 ベンはニッコリと笑い、頷いた。
 「そうかのう。ではやってもらおうかのう」
 シャウトの体はまだ震えていた。ベンはシャウトを床に下ろして寝ている二人を指差した。シャウトはゆっくりと二人に近づき、二人が寝ているベッドの横に立つとベン達の方に振り向いた。
 「今から呪いを解いてやる。じゃあな」
 「まさか! やめるのじゃ!」
 ベンは叫んだが遅かった。シャウトは倒れこんだ。二人にかかっていた呪いは術者が死ぬ事で解けるようになっていたのだ。ベンはうなだれて頭を抱えた。
 「バルサス、すまぬ。わしのミスじゃ――」
 バルサスはそんな事はないと首を横にゆっくり振った。
 「それより本当に呪いは解けたのかね?」
 「はい。息が一定になっています」
 二人の呼吸を見ていたメイナーが答えた。ベンとバルサスは互いに頷きあい、バルサスは隊員にシャウトの死体を連盟に連れて行くように言い、ベンはメイナーに二人を任せて部屋を出た。




 「大臣、本当にすまんのう――」
 校長室に戻ったベンがうなだれながら言った。
 「ベン、二人きりの時くらいはバルサスでいいのでは?」
 バルサスは少し笑いながら言った。ベンは普段バルサスを大臣と呼んでいるがとっさの時等にはバルサスと呼んでしまうのだ。
 「そうはいかぬ。大臣は大臣なのだからのう。それよりさっきのは本当にわしのミスじゃ。すまぬ」
 「そんな事は言わんで欲しい。誰だって間違いは犯すものだ。もう気にしないで欲しい。わしは隊員達と連盟に戻る。奴の解剖に立ち会わねばならんからな」
 バルサスはそう言ってベンに軽く頭を下げて部屋を出て行った。ベンはバルサスを見送ると椅子を半回転させて空を見上げた。
 「まぁ、これで一件落着かのう――」

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