成り上がり

星河☆

融資決定?

 ホワイトクリスマスとなった昨日とは打って変わって晴天となった十二月二十六日。
 今日は株式会社長沼ITの大事な面談がある。
 銀行から融資が受けられると分かってからまだ一日しか経っていない。それでも長沼は善は急げと言わんばかりに銀行との面談にこぎつけた。




「おはようございます」
「おはようございます」
「おはよう」
 長沼が社長室に入ってきた。今は長沼の送迎は中田が行っている。
 宣幸は今日使う銀行との面談の為の資料を作成しているところだった。
 既に出来上がっている部分を長沼に見せ、OKを貰うと先の作業に進んだ。




 「社長、昨日思ったのですがうちは非公開会社なのでやはり臨時株主総会を開かないとまずいかもしれません」
 宣幸は作業を中断して長沼の前にやってくると話を始めた。
 長沼は少し驚いたようで、目を丸くしていたがすぐに落ち着き、腕を組んだ。


「どうしたんだ? 昨日は反対していたじゃないか」
「そうでしたが、思い出したことがあって、非公開会社において急遽増資をする場合は臨時株主総会を開き株主の了解を得てからでないと反発が予想されます」
「そんな条文あったなぁ~。でも必ずしも行わないといけないって訳じゃないだろ? 開催したとして反対されたら元も子もないじゃないか」
「しかし後から株主に知らせるよりかは前もって知らせておけば後の反発は防げると思います。最初は反対されるでしょうが、利益拡大の為と根気強く説明すればきっと分かってもらえると思います」
「そうか――。分かった。雄二! 臨時株主総会開催の決定通知を急ぎで作ってくれ。日時はまだ入力しなくていい」
「はい。分かりました」
「中田君、出来上がったらまず俺に見せること」
「はい。心得てます」
 その後十五分ほど長沼と話した宣幸は自分の作業に戻った。






 時刻は午前十一時。銀行との会議まで後二時間となった。
 宣幸は時間を確認して中田に合図し、長沼に「時間です」と告げ、上着を着て中田、長沼と共に会社を出た。


 面談の場所は東京都民銀行八王子南支店だ。車で一時間程で着く。
 運転は中田がし、助手席では宣幸が面談用資料を再確認している。後部座席でも長沼が資料に目を通している。




 道がかなり空いていた為四十分程で着いてしまった。
 長沼は腕時計を確認して昼飯を食おうと近くのファミレスを探して入った。


「好きなもん注文しろ」
「「ありがとうございます」」
 店に入った三人は早速オーダーした。宣幸はハンバーグセット、中田はコーンポタージュセット、長沼はハンバーガーセットだ。
 宣幸は空いている時間全て資料に尽くしていた。自分は反対したけど長沼が決めたことだから全力を尽くす。宣幸はそんな心構えで今回の事に挑んでいる。
 ふと隣を見ると中田は鼻歌交じりで携帯をいじっていた。宣幸は目で訴えるが中田は何も気づかない。仕方ない。宣幸は中田に声をかけた。
 「中田君、一応君も面談に出席するんだから資料に目を通す事。ちゃんと理解してる?」
 中田は慌てて携帯をしまって資料を取りだした。
「すみません――」
「こんなんじゃいつまでたっても一人で秘書出来ないよ?」
「はい――」
 中田は意気消沈し、ため息交じりで資料に目を通し始めた。
 長沼も資料を読み込んで頭に叩き込んでいる。




 「お待たせいたしました。ハンバーグセットでございます」
 ウエイトレスが宣幸の食事を持ってきた。
 食事が宣幸の前に置かれたが宣幸は手を付けずに長沼の分が来るまで待っている。
 すると長沼は「先に食え」と言って宣幸を促した。
 「すみません、頂きます」




 そしてその後長沼、中田の順で食事が運ばれ、四十分程の食事の後東京都民銀行に向かった。






 時刻は午後十二時四十五分。そろそろ良いだろうと三人は車を出て銀行内に入った。


「株式会社長沼ITの長沼です。融資担当の水無月さんとの面談です」
「長沼様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
 受付嬢は銀行の奥の小さな会議室に三人を通して出て行った。
 まだ室内には三人しかいない。


 数分後、ドアがノックされた。
 「失礼します。東京都民銀行融資担当の水無月と申します。よろしくお願いします」
 水無月は名刺を長沼に差し出し、長沼も名刺を渡した。


 四人が席に着くと「早速ですが――」と水無月が始めた。


 「最近御社の営業利益が上がってきておりますね。それに新株の発行も始めて株価は上々。これから御社の利益も上がっていくだろうと当銀行は判断しましたので融資の相談をさせて頂きました」
 水無月はそう言って『東京都民銀行融資調査資料』と書かれたファイルを長沼に渡した。それを見計らって宣幸も水無月に『株式会社長沼IT当社決済資料』を渡した。


 水無月、長沼は互いに渡された資料に読み始めた。
 宣幸と中田はただじっくりと待っているしかないと思ったその時に宣幸に長沼が資料を渡した。


 宣幸は十数ページの資料をじっくり読み進めていくと気になる要項があった。
 『株式会社長沼ITへの融資金額は十年満期の二千万円也』
 二千万円で十年の満期とは長すぎる。どういう事なのか宣幸なりに考えたがそれなりの答えが見つからない。
 宣幸は長沼にこの事を耳打ちすると長沼もそれが気になると言って頷いた。




 数十分後水無月も資料を読み終わり、全員が読み終わった。中田は理解できているかは分からないが……。




 「御社の状況はこちらでも調べていますしこの資料でも良く分かりました。こちらと致しましてはその資料に書かれている通り二千万円の融資を考えております」
 長沼と宣幸は顔を見合わせて互いに頷いた。


「質問なんですが、この資料によると十年の満期で二千万の融資とありますがこれはどういうことですか?」
「はい。当銀行では当初六年で二千万という案が出たのですが御社の状況ですといくら利益が右肩上がりとはいえ六年で二千万円は厳しいのではないか。返せない場合を想定した時に双方に莫大な損害が生じるため十年での満期と致しました」
 長沼は宣幸にどうだ? と表情で尋ねた。
 宣幸は水無月の言ったことを頭で反復し、会社の為になるのかを考えた。


 数分が過ぎたが水無月は何も言わずに長沼側の答えを待っている。


 それから五分程が過ぎた時、宣幸が口を開いた。
 「確かに水無月さんがおっしゃっている通り六年満期はリスクがあります。しかし十年となった場合東京都民銀行の融資利率が今回の場合ですと少し高いように感じます。その利率で十年後完済したとしたらこちらは倍近くの返済となります。そう考えた場合あまり融資の意味が無くなってしまいます。こちらとしてはダメージが大きいです」
 淡々と述べた宣幸の言葉に水無月はまるで無視するかのような仕草で資料を読んでいる。既に読み終わったはずなのだが読み返しているのか。




 再び数分の沈黙の後水無月が口を開いた。
 「では利率を見直すというのはどうでしょうか」
 水無月はそう言うと真っ直ぐ長沼を見た。
 長沼はそれならと思い返事をしようとしたその時、宣幸が最終兵器を出してきた。
 「水無月さん。おたくの魂胆は分かってるんですよ」
 宣幸がそう言うと長沼、中田、水無月は一斉に顔が固まった。長沼は何を言っているんだという表情で宣幸を見つめている。
 こんな事を言うことなど事前の会議では話していなかったのだ。


「え~と、何さんですか?」
「長沼の秘書の土信田です」
「土信田さん、一体何の話をしているんですか?」
 水無月は焦っているように見える。


 「実は社長にも内緒でおたくの銀行の内部を調査しました。すると最近かなり経営が厳しいらしいじゃないですか。上層部の不祥事もあって客の信用が下がって昨年の今頃の預金者数を比べると四十五%も下がってますよね。そして融資を希望する企業も減ってしまっている。それに追い討ちを掛けるように支所の閉鎖。これでは経営が厳しいですよね。そこで中小企業を狙って融資をすると持ちかけて膨大な利率を設定して金を巻き上げる。違いますか?」
 宣幸の言葉に水無月は全く返せなかった。
 長沼も驚きの顔を見せ、水無月と宣幸を交互に見ている。
 水無月の額には大量の汗が噴出してきた。手も震え始め、顔も真っ赤になってきた。


 「社長、帰りましょう。このまま話を続けても無意味です」
 宣幸はそう言うと水無月から渡された資料を水無月の方へ返し、立ち上がった。その後すぐに中田も立ち上がり「車を回します」と言って部屋を出た。


 「水無月さん、あなた方が融資をしていただけると言って下さった時は凄く嬉しかったです。しかし自分たちが生き残る為だけに弱小企業を餌にする事など許されるわけがない。この話はなかった事にさせて頂きます」
 長沼は立ち上がり頭を下げて部屋を出た。
 続いて宣幸も頭を下げて長沼の後を追った。


 宣幸が部屋を出た後室内から怒号に似たような声が響いた。




「宣幸、あんな事言うなんて聞いてなかったぞ」
「すみません。言ってしまうと銀行に行く前から融資を受けないと言われそうだったので――。銀行に確かめなければならなかったんで」
「まぁ良いや。しかしチャンスだと思ってたんだけどな~」
「地道にやっていきましょう」
 銀行の出口に到着した二人は既に出口前で待機している中田と共に車に乗った。




 通常銀行の融資の金利は都市銀行が最も低く、東京都民銀行など地方銀行等になると金利は高くなる。
 それでも一般的な中小企業への融資の金利は0.9%~3.5%が一般的だ。しかし先程提示された利率は8.5%だったのだ。
 これを十年の借り入れとすると、融資額二千万×(二千万×年率8.5%)=三千七百万×満期十年=三億七千万。こうなるのだ。百万円を超える融資ならば金利は15%が上限のため違法ではない。それに長沼ITは査定ランクもかなり低いだろう。無担保でもある為当たり前の利率だと思うが、いくら倒産寸前の銀行だからといって二千万円の融資で十年の満期で年率8.5%は酷過ぎる。だからあんなにも宣幸と長沼は怒ったのだ。
 銀行も生き抜くためとはいえ満期で返済したら十倍以上に返済額が膨らんでしまうのは銀行の信頼が損なわれるどころではない。
 満期が三年で年率8.5%であれば二人も納得しただろう。それでも厳しいが弱小企業の長沼ITのレベルだったら仕方ない金利なのだ。
 二千万円で十年は長すぎる。




 「結局融資は無くなったんですか?」
 後の話を知らない中田が宣幸に尋ねた。
「無くなったよ」
「そうですか――。残念ですね」
「地道にやっていくしかないよ」
「はい。そうですね」
 二千十六年の終わりに一騒動が起こったが、無事に終結し、長沼ITは地道な努力で企業レベルを上げていくことを誓った。

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