成り上がり

星河☆

きっかけ

 八月十六日、晴れた朝に忙しく働く青年がいた。
 青年はパソコンに向き合い片手に分厚い資料、片手はタイピングとせわしなく働いている。


 青年の名は土信田宣幸。つい半年前までは家無き男だった。しかしある日病人を助けたことがきっかけで社長秘書兼株トレーダー相談役として雇用された。
 宣幸は幼い頃から株や経営を学んでいて大学の二年間も専門で学んでいた。その為普通の専門家よりも知識は豊富なのだ。






 「最近株価上下動激しいな」
 社長室でこの会社の社長である長沼弘樹がボソっと呟いた。
 「そうですね。中国の経済不安と原油安がかなり関係していますからね」
 宣幸は資料、パソコンを睨みながら答えた。
 「よし」宣幸は呟き、資料とパソコンを閉じて立ち上がった。


「社長、仲間社長との会談のお時間です」
「もうそんな時間か――。正面に車回しておいてくれ」
「かしこまりました」
 宣幸は頭を下げて部屋を出て駐車場へ向かった。


 このビルの地下駐車場はかなり大きく、宣幸は慣れるのに二週間はかかった。








 一時間後仲間商事株式会社に到着した。
 仲間商事の会社のビルは自社ビルだ。しかも一部上場している企業で海外にも支社がある。
 宣幸は緊張しながら長沼の後ろを着いていき、ビルに入った。


「長沼ITの長沼です。仲間社長との会談の約束があります」
「長沼様ですね。少々お待ちください」
 宣幸はいつもと違った緊張をしていた。その理由はここに向かう車中の話だった。




 「実は仲間は俺の小学校、中学校の親友でな。俺の方が会社を立ち上げるのは早かったんだけどすぐに追い越されちまったんだ」
 長沼が後部座席で突然話し始めた。
 「どんな方なんですか?」
 宣幸は聞き返した。
 「仲間は小学校の頃は俺とよくつるんで先生とかを困らせててな。喧嘩もよくしたし中学生とも殴り合ってたな。俺も仲間も悪ガキとして地域でも有名だったんだよ。でも中学に上がってから俺も仲間も真面目になってお互い会社をやりたいっていう夢が出来てな、それに向かってお互いを励ましながらやってきたんだよ」
 長沼の話に宣幸は驚きを隠せなかった。普段の長沼は温厚で優しくとても喧嘩をするような人物には見えない。
「そうだったんですか。高校は別々だったんですか?」
「あぁ。俺はIT関係の勉強が出来る高校に行って仲間は物流を学ぶ高校に行ったんだ。それでもお互い文通して日々の状況とかを言い合ってたよ。けど俺は高校なんて意味無いって思った瞬間に辞めようって思ってすぐに辞めて起業したんだ。今思えばそこから俺と仲間との差が出来たんだろうな」
「差ですか――。確かに仲間商事は上場企業ですけどうちも徐々に仕事が増えてるじゃないですか」
「ありがたいことを言ってくれるじゃないか。あぁそれと、絶対に仲間を怒らせることは言っちゃ駄目だからな。あいつは怒ると手が付けられなくなっちまうからな」
「分かりました。気をつけます」






 車内でこんな会話があった後、宣幸は仲間という人物に興味が湧いてきたようで、ずっと仲間がどんな人物なのか想像を膨らませていた。


 「お待たせいたしました。社長室にご案内いたしますのでこちらへお越しください」
 受付嬢は立ち上がり、受付を出て案内を始めた。


 エレベーターに乗り、受付嬢は三十階を押した。最上階に社長室はあるようだ。
 あっという間に最上階に到着し、三人はエレベーターを出て歩き始めた。




 長い通路をしばらく歩き、一番奥の部屋の前に着いた。
 『社長室』
 受付嬢がドアをノックすると部屋の中から返事がし、中へ通された。
 「長沼様、土信田様をお連れしました。失礼致します」
 受付嬢は頭を下げて部屋を出て行った。


「久しぶりだな長沼。元気でやってるか?」
「まぁな。お前さん程ではないが忙しくやってるよ」
「そんで後ろさんが秘書か。凄腕だと聞いてるよ」
 突然長沼の後ろに立っていた宣幸に話が振られた。
「とんでもございません。申し遅れました。私長沼の秘書をしております、土信田宣幸です。お会いできて光栄です」
「面白くない奴だな~。そんな社交辞令は要らないよ。まぁ二人とも座って。大事な話が合って呼んだんだから」
「失礼します」
 長沼と宣幸は仲間と向かい合って座ると仲間が書類を二人に渡した。
 「今日呼んだのはこれだ」
 書類には業務提携案と書かれていた。
 宣幸は一瞬焦ったがすぐに落ち着きを取り戻し、読み進めた。
 長沼も静かに書類を読み進めている。






 「一つお伺いしてもよろしいでしょうか」
 宣幸が書類を一通り読み終わり、仲間に尋ねるとすぐに頷いた。
「これによると提携というより出資という事のように思えるのですが、我が社に出資をしていただけるということですか?」
「その通り。だが仲間商事の案としてはただの出資じゃない」
 仲間がそう言うと長沼はどういうことだという顔で仲間を見つめた。


 「実はまだうちの会社でも協議中なんだけど、長沼ITでも株を発行して良いんじゃないかって思ってな。どうだ長沼」
 長沼は顎に手を当ててじっくり考え込んだ。
 宣幸も自分の考えをまとめようと頭をフル回転させている。


 「宣幸はどう思う」
 長沼は秘書の考えを求めた。
 「はい――。長沼ITは資本金五百万ですので百二十五株しか発行することが出来ません。今の会社の状況ですと一株二万円というところが妥当でしょう。そうすると全ての株を売却したとしても二百五十万しか集まりません。そうなった場合発行可能株式総数(*1)を多くしたとしても今の会社の状況では株式を発行したとしてもあまり意味が無いものと考えます」
 宣幸は冷静に話した。すると仲間がう~んと唸って口を開いた。


 「確かに今の状況では株式を発行するのは冒険だろうな。しかし長沼、会社をでかくしたくないか?」
 仲間の言葉に長沼も唸り声を上げた。
 一方は株式発行に反対、一方は株式発行を推進。残された長沼は自分の考えをまとめ上げた。


 「確かに仲間が言っている通り俺は会社を大きくしたい。だが宣幸が言っていることも一理ある」
 長沼はそう言うとしばらく黙り込んだ。




 「今すぐどうこうしろという事ではない。じっくり考えてくれ」
 仲間がそう言うと長沼はしっかりと頷いた。


「すみません。一つよろしいですか?」
「何だ?」
 宣幸が口を開いた。


「仲間商事さんとしては何故我が社の株をと思ったのですか?」
「それは簡単なことだ。長沼の会社に期待をしているからだ。これからはITの時代だ。だから今のうちに利益が予想される長沼ITの株をと思ったわけだ」
「ズバリ言いますね……」
「まぁな」
「では、どの程度の株式を保有する考えですか?」
「君もズバリ言うじゃないか」
「それ程でもありませんよ」
 宣幸と仲間は喧嘩しているかのように顔を見合わせて論戦を繰り広げている。
 長沼はただ二人の様子を見ているしかなかった。


「発行可能株式総数にもよるが、今考えているのは全体の二十五%と考えている」
「二十五ですか――。分かりました。ありがとうございます」
「いや、構わないよ。それより君は本当に有能だな。長沼の手持ちでなければ俺が雇いたいくらいだ」
「ありがとうございます」








 こうして今日のところは答えを出さずに帰る事にした。
 帰りの車中で二人はどうするかの議論を繰り広げていた。


 「最初は反対をしていましたが今は発行しても良いのではないかと思っております」
 宣幸の言葉に長沼は少し驚いた様子で聞き返した。
「仲間社長の案にも一理あります。仲間商事が大株主になるのは少し危険はつきますが四十五%を社長が保有すれば経営権は安全です」
「確かにそうだがな――」
「自分は社長の判断に従います」
「ありがとう。一晩じっくり考えるよ」
 一時間の間車中でじっくり話し合ったが答えは出ず翌日に持ち越しとなった。








 長沼を家に送った後家に帰った宣幸の携帯に電話が入った。宣幸の知らない番号だった。
「もしもし――」
『もしもし? 宣幸かい?』
「そうですがどちら様ですか?」
『博之の兄の雅之だよ。元気かい?』
 博之とは亡くなった宣幸の父親だ。
 宣幸は何故伯父が今になって連絡をしてきたのかと怒りを覚え始めた。両親が亡くなった時も葬式にも来ずにずっと連絡をしてこなかった男なのだ。


「伯父さん今頃なんですか? 俺がどんだけ苦しかったか分かりますか?」
『すまなかった。言い訳にしかならないが博之と真奈美さんが亡くなった時私も妻を亡くしたのだ』
「そうだったんですか――。すみません。でも僕は誰にも頼ることが出来ずに大学も辞めて路上生活をしていたんですよ」
『本当に申し訳なかった。今から会えないかい? 近くまで行く。大事な話があるんだ』
「分かりました」
 宣幸は近くの喫茶店を指定して電話を切った。




 三十分後、宣幸が喫茶店でコーヒーを飲んでいると久しぶりに見る伯父の姿があった。


 「久しぶりだね。八年振り?」
 雅之は微笑みながら宣幸に話しかけてきた。雅之の身なりが凄くだらしない。このような姿には見覚えがあった。宣幸が路上生活をしていた際もこのような格好だったのだ。
 「はい。大体その位です。話があるなら早く話してください。忙しいから」
 宣幸は正直言うと雅之が嫌いだった。ただ葬式に来ず連絡もしてこなかったからではない。昔から自分のことしか考えていない性格だったのだ。


「分かった。まず先に言わせてくれ。今まで本当に申し訳なかった。妻も弟も失って初めて気づいた。今まで俺がどれだけ自己中だったかと――。本当に申し訳ない」
「――伯父さんが改心してくれるならそれで良いです。話はそれだけですか?」
「いや、違う。実は博之と真奈美さんは宣幸に遺産を残していた」
「は? 保険金なら全て取られましたよ。遺産なんてないです」
「いや、それがあったんだ。真奈美さんの両親が亡くなった時に遺産が下りてそれを信行の為に残しておいたらしいんだ。その遺産を手紙と一緒に俺の実家にあったんだ。実家を取り壊すことになってその時に見つかったんだ」
 驚きの告白だった。宣幸は頭が真っ白になり何を言っていいのか分からなくなっていた。しかし雅之は話を続けた。


 「遺産は六千万ある。宣幸の自由に使ってくれ。銀行に入れておいた。これが通帳と印鑑とキャッシュカードだよ。最後にもう一度言わせて欲しい。今まですまなかった」
 雅之はそれだけ言うと立ち上がって名残惜しそうに宣幸を見たが踵を返して店を出た。
 通帳には預金残高六千万としっかり書かれている。
 宣幸は立ち上がって走り、雅之を追った。


 「伯父さん!」
 雅之はビクっと背中を震わせ、振り向いた。
「どうしたんだ?」
「伯父さん――今家がないんでしょ?」
 雅之は答えなかった。俯いたまま何も言わなかった。それはYESという事だった。
 「伯父さん。俺こそごめん。せっかく来てくれたのに何も話そうとしなくて。今俺会社の寮で生活してるんだ。今の寮を出て二人用の広い部屋に引っ越すから一緒に暮らそうよ」
 宣幸が言うと雅之は涙をこぼした。宣幸自身路上生活の辛さは嫌というほど知っている。それなのに雅之は一切お金に手を付けずに宣幸に持ってきてくれたのだ。
 「宣幸、ありがとう。――でも良いんだ。俺はもう長くはない。宣幸に迷惑がかかる。だから良いんだ。本当にありがとうな」
 雅之はそう言うと体を震わせながら踵を返して歩き始めた。


 「伯父さん! 待ってよ――」
 しかし雅之は振り返ることなく行ってしまった。




 家に帰った宣幸は雅之のことを一生忘れまいと心に決めた。

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