仲間荘の想い
自立
俺は絶対にこの家から出るんだ。
そう誓ってから三年になる。
俺は三年前の中学一年生の時に両親が事故で亡くなった。あまりにも突然の事だった。けど今でも鮮明に覚えている。事務のおばさんが眉間にしわを寄せて教室に入ってきた。
『南君! すぐに帰る支度をしなさい!』
そう言って帰り支度を済ませた俺を車に乗せて市内の病院に向かった。
しかし俺が着いた時にはもう遅かった。
何故だか涙は出なかった。両親が亡くなってから一回も泣いた事がない。どうしてだか分からない。悲しいのに涙が出なかった。
そして俺は親父の弟の拓伯父さんが俺を引き取って育ててくれた。
伯父さんもおばさんも悪い人じゃなかった。むしろ良い人だ。親の遺産もそんなになかったであろう俺を引き取って一人娘の唯姉ちゃんも居る中俺を育ててくれた。
でも唯姉ちゃんはただでさえ受験生で神経がピリピリしていたのに男が転がり込んできたのだから余計に神経をすり減らしていただろう。
唯姉ちゃんとは昔は仲が良かったけどお年頃で一つ屋根の下で一緒に暮らすなんて嫌だっただろう。
そんな中育ててくれたのだから感謝している。
でも俺はそんな空気が嫌だった。だから俺は高校入学を機にこの家を出る決意をした。
「家賃二、三万ですか~。この辺だと五万はしますよ? しかも保証人が居ないなんてもってのほかですよ」
不動産屋の店員は俺を馬鹿にしたような口ぶりでそう言うと客の前にもかかわらず大きなあくびをした。
俺はかなり短気な方だがここは我慢しないといけない。
何とか怒りの心を沈めてもう一度店員と向き合った。
「何とかならないですか?」
「だから無理ですよ。帰ってください」
その瞬間俺の頭の中の血管がブチッと切れた。
店員の胸倉を掴み捻り上げると店員はヒッと声を上げて萎縮した。
周りの店員も固まった様子で俺と店員の様子を見ている。
怒りが収まらないが大人になれと自分に言い聞かせて手を離した。
「もう良いです。他当たります」
そう言って店を出た。
しかしここで不動産屋は四軒目だ。他に不動産屋なんて分からない。
せめて保証人が居れば良いんだけど伯父さんにはこれ以上負担は掛けられない。
呆然としたまま町を歩いていると電柱に張り紙が張ってあった。
『仲間荘入居者募集中! 敷金礼金無し! 保証人要相談!』
どの位時間が経っただろうか、目の前の張り紙をずっと見続けていた。
敷金礼金もなしで保証人も相談に乗ってくれる。少し怪しいが行ってみる価値はある。
張り紙の下に書いてある不動産屋の住所をメモして走って向かった。
不動産屋は狭山ヶ丘駅に近い個人の不動産屋だった。
「いらっしゃい」
中に入ると中年のおじさんが新聞を広げながら言った。
おじさんは新聞を閉じて俺に座ってと言うと仲間荘の入居者募集の張り紙を出してきた。
「これを見てきたんだろ?」
どうして分かったんだ?
俺はそんな疑問を投げかけたかったが静かに頷いた。
「どうして分かるんだって顔をしてるね。まぁそんな事は良い。仲間荘に入りたいのかね?」
俺は何度も何度も頷いた。
「そうか。でも話を聞いてからじゃないと仲間荘には入れられない。入居条件があるんだ。入居条件は絶対に秘密だから言えない。君の身の上話をしてくれるかな? どうして家を離れて一人暮らしをしたいのかを」
条件? 見ず知らずの人に何でそんな事を話さなきゃいけないんだ。
俺が数分間黙っていると店主が「辞めるかい?」と一言言ってきた。
俺の身の上話なんてあまりしたくない。でもここで諦めてたまるものか。
決心して両親が死んだ所から話し始めた。
「そうかい。辛かったね。赤の他人にこんな事を言われるなんて君自身が嫌かもしれないけど本当にそう思ってる。伯父さんを保証人にはしたくないか――。分かった。保証人には私がなってあげよう。本来ならこんな事はしてはいけないのだが君に同情したからだよ。ご両親の為にも立派な青年になってくれな。これが契約書。未成年だから保護者のサインだけ貰ってくれ」
俺は涙が出そうになった。こんな人がいるなんて。
俺は深く頭を下げてお礼を言った。
契約書を持ってすぐに家に帰り、拓伯父さんに話をした。
「高校ならここから通えばいいのに――」
伯父さんはそう言ってサインするのを渋った。
そこに唯姉ちゃんが来た。
「良いじゃないの。亮だってひとり立ちしたいでしょ? いつまでもここにいてもしょうがないじゃない」
唯姉ちゃんが助け舟を出してくれた。
それを聞いて伯父さんはうーんと深いため息をこぼして頷いた。
「分かった。サインしよう。だが条件がある。俺が携帯を買ってやるから何かあったらすぐに連絡しろ。何も無くても良い、元気でやってる事が分かれば良い。携帯代は心配するな」
伯父さんは俺の目を真っ直ぐ見てそう言った。
「でも毎月の携帯代は俺が高校入ってからバイトするからそれで払うよ」
「そうか。でも無理はするな。絶対に。分かったな?」
ありがとう伯父さん。
俺は頭を下げてお礼を言った。
次の日伯父さんと共に契約書と軽トラックで俺の荷物を持って不動産屋へ行った。
「いらっしゃい。準備は出来たかい?」
「はい。よろしくお願いします」
「この子をよろしくお願いします」
伯父さんも店主に頭を下げた。
「はい。よろしくお願いします。私は仲間荘のオーナーをしている仲間和幸です」
この人がオーナーだったのか。
仲間さんの車の後に続いて伯父さんの軽トラックを走らせた。
十数分で仲間荘に到着した。
外観は至って普通のアパートだ。
しかし普通のアパートと違って外に玄関があるわけでなくアパートの中で部屋が分かれているシェアハウスのような感じのアパートらしい。
しかも賄い付きで家賃は水道光熱費込みで三万円だというから驚きだ。
「あ、仲間さん。久しぶり~」
俺と同じくらいの女の子が仲間さんを見つけると走って来た。
「やぁ望ちゃん。この子が新しく入る南亮君だよ。仲良くしてあげてくれ。君と同じ高校に春から通うからね」
「そうなの? じゃあ私の一個後輩だ! 私は石倉望! よろしくね! 亮君! 実はもう一人明君ってのがいるんだよ」
「そうなんですか? よろしくお願いします!」
伯父さんと俺は荷物を持って仲間さんの案内の下部屋にやってきた。
部屋は八畳で一人には大きいくらいだ。水周りは共同だし食堂も別だから部屋には何も無い。
後ろを見ると望さんも手伝ってくれている。
まず窓の前に机を置き、小さな本棚を机の横に置いた。
そしてまたまた小さな洋服棚を部屋の隅に置いた。
最後に布団を部屋の真ん中に置いて俺の荷物は終わりだ。
「伯父さん、今までありがとうございました!」
荷物を運び終わり、携帯を受け取った俺は帰ろうとしている伯父さんに頭を下げた。
伯父さんはフッと笑って俺の頭を撫でた。
「お前は俺にとって息子同然だ。だが俺の家にいることで窮屈に感じていたかもしれない。それはすまなかった。でも本当に俺や母さんもお前を本当の息子のように思っていたよ。これからも頑張れな」
そう言って伯父さんは車に乗って走り去った。
「良い伯父さんだね」
「はい……」
両親が亡くなって以降初めて涙が溢れ出した。
伯父さんたちは俺をお荷物とは思っていなかった。本当の息子のように愛してくれていた。
初めて気づいたその思いに俺は胸がいっぱいになった。
「さぁ中に入ろう。賄いさんがおやつを作ってくれてる」
仲間さんがそう言って俺の背中をポンポンと叩いてアパートに入っていった。
そう誓ってから三年になる。
俺は三年前の中学一年生の時に両親が事故で亡くなった。あまりにも突然の事だった。けど今でも鮮明に覚えている。事務のおばさんが眉間にしわを寄せて教室に入ってきた。
『南君! すぐに帰る支度をしなさい!』
そう言って帰り支度を済ませた俺を車に乗せて市内の病院に向かった。
しかし俺が着いた時にはもう遅かった。
何故だか涙は出なかった。両親が亡くなってから一回も泣いた事がない。どうしてだか分からない。悲しいのに涙が出なかった。
そして俺は親父の弟の拓伯父さんが俺を引き取って育ててくれた。
伯父さんもおばさんも悪い人じゃなかった。むしろ良い人だ。親の遺産もそんなになかったであろう俺を引き取って一人娘の唯姉ちゃんも居る中俺を育ててくれた。
でも唯姉ちゃんはただでさえ受験生で神経がピリピリしていたのに男が転がり込んできたのだから余計に神経をすり減らしていただろう。
唯姉ちゃんとは昔は仲が良かったけどお年頃で一つ屋根の下で一緒に暮らすなんて嫌だっただろう。
そんな中育ててくれたのだから感謝している。
でも俺はそんな空気が嫌だった。だから俺は高校入学を機にこの家を出る決意をした。
「家賃二、三万ですか~。この辺だと五万はしますよ? しかも保証人が居ないなんてもってのほかですよ」
不動産屋の店員は俺を馬鹿にしたような口ぶりでそう言うと客の前にもかかわらず大きなあくびをした。
俺はかなり短気な方だがここは我慢しないといけない。
何とか怒りの心を沈めてもう一度店員と向き合った。
「何とかならないですか?」
「だから無理ですよ。帰ってください」
その瞬間俺の頭の中の血管がブチッと切れた。
店員の胸倉を掴み捻り上げると店員はヒッと声を上げて萎縮した。
周りの店員も固まった様子で俺と店員の様子を見ている。
怒りが収まらないが大人になれと自分に言い聞かせて手を離した。
「もう良いです。他当たります」
そう言って店を出た。
しかしここで不動産屋は四軒目だ。他に不動産屋なんて分からない。
せめて保証人が居れば良いんだけど伯父さんにはこれ以上負担は掛けられない。
呆然としたまま町を歩いていると電柱に張り紙が張ってあった。
『仲間荘入居者募集中! 敷金礼金無し! 保証人要相談!』
どの位時間が経っただろうか、目の前の張り紙をずっと見続けていた。
敷金礼金もなしで保証人も相談に乗ってくれる。少し怪しいが行ってみる価値はある。
張り紙の下に書いてある不動産屋の住所をメモして走って向かった。
不動産屋は狭山ヶ丘駅に近い個人の不動産屋だった。
「いらっしゃい」
中に入ると中年のおじさんが新聞を広げながら言った。
おじさんは新聞を閉じて俺に座ってと言うと仲間荘の入居者募集の張り紙を出してきた。
「これを見てきたんだろ?」
どうして分かったんだ?
俺はそんな疑問を投げかけたかったが静かに頷いた。
「どうして分かるんだって顔をしてるね。まぁそんな事は良い。仲間荘に入りたいのかね?」
俺は何度も何度も頷いた。
「そうか。でも話を聞いてからじゃないと仲間荘には入れられない。入居条件があるんだ。入居条件は絶対に秘密だから言えない。君の身の上話をしてくれるかな? どうして家を離れて一人暮らしをしたいのかを」
条件? 見ず知らずの人に何でそんな事を話さなきゃいけないんだ。
俺が数分間黙っていると店主が「辞めるかい?」と一言言ってきた。
俺の身の上話なんてあまりしたくない。でもここで諦めてたまるものか。
決心して両親が死んだ所から話し始めた。
「そうかい。辛かったね。赤の他人にこんな事を言われるなんて君自身が嫌かもしれないけど本当にそう思ってる。伯父さんを保証人にはしたくないか――。分かった。保証人には私がなってあげよう。本来ならこんな事はしてはいけないのだが君に同情したからだよ。ご両親の為にも立派な青年になってくれな。これが契約書。未成年だから保護者のサインだけ貰ってくれ」
俺は涙が出そうになった。こんな人がいるなんて。
俺は深く頭を下げてお礼を言った。
契約書を持ってすぐに家に帰り、拓伯父さんに話をした。
「高校ならここから通えばいいのに――」
伯父さんはそう言ってサインするのを渋った。
そこに唯姉ちゃんが来た。
「良いじゃないの。亮だってひとり立ちしたいでしょ? いつまでもここにいてもしょうがないじゃない」
唯姉ちゃんが助け舟を出してくれた。
それを聞いて伯父さんはうーんと深いため息をこぼして頷いた。
「分かった。サインしよう。だが条件がある。俺が携帯を買ってやるから何かあったらすぐに連絡しろ。何も無くても良い、元気でやってる事が分かれば良い。携帯代は心配するな」
伯父さんは俺の目を真っ直ぐ見てそう言った。
「でも毎月の携帯代は俺が高校入ってからバイトするからそれで払うよ」
「そうか。でも無理はするな。絶対に。分かったな?」
ありがとう伯父さん。
俺は頭を下げてお礼を言った。
次の日伯父さんと共に契約書と軽トラックで俺の荷物を持って不動産屋へ行った。
「いらっしゃい。準備は出来たかい?」
「はい。よろしくお願いします」
「この子をよろしくお願いします」
伯父さんも店主に頭を下げた。
「はい。よろしくお願いします。私は仲間荘のオーナーをしている仲間和幸です」
この人がオーナーだったのか。
仲間さんの車の後に続いて伯父さんの軽トラックを走らせた。
十数分で仲間荘に到着した。
外観は至って普通のアパートだ。
しかし普通のアパートと違って外に玄関があるわけでなくアパートの中で部屋が分かれているシェアハウスのような感じのアパートらしい。
しかも賄い付きで家賃は水道光熱費込みで三万円だというから驚きだ。
「あ、仲間さん。久しぶり~」
俺と同じくらいの女の子が仲間さんを見つけると走って来た。
「やぁ望ちゃん。この子が新しく入る南亮君だよ。仲良くしてあげてくれ。君と同じ高校に春から通うからね」
「そうなの? じゃあ私の一個後輩だ! 私は石倉望! よろしくね! 亮君! 実はもう一人明君ってのがいるんだよ」
「そうなんですか? よろしくお願いします!」
伯父さんと俺は荷物を持って仲間さんの案内の下部屋にやってきた。
部屋は八畳で一人には大きいくらいだ。水周りは共同だし食堂も別だから部屋には何も無い。
後ろを見ると望さんも手伝ってくれている。
まず窓の前に机を置き、小さな本棚を机の横に置いた。
そしてまたまた小さな洋服棚を部屋の隅に置いた。
最後に布団を部屋の真ん中に置いて俺の荷物は終わりだ。
「伯父さん、今までありがとうございました!」
荷物を運び終わり、携帯を受け取った俺は帰ろうとしている伯父さんに頭を下げた。
伯父さんはフッと笑って俺の頭を撫でた。
「お前は俺にとって息子同然だ。だが俺の家にいることで窮屈に感じていたかもしれない。それはすまなかった。でも本当に俺や母さんもお前を本当の息子のように思っていたよ。これからも頑張れな」
そう言って伯父さんは車に乗って走り去った。
「良い伯父さんだね」
「はい……」
両親が亡くなって以降初めて涙が溢れ出した。
伯父さんたちは俺をお荷物とは思っていなかった。本当の息子のように愛してくれていた。
初めて気づいたその思いに俺は胸がいっぱいになった。
「さぁ中に入ろう。賄いさんがおやつを作ってくれてる」
仲間さんがそう言って俺の背中をポンポンと叩いてアパートに入っていった。
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