ヤンデレ化した幼馴染を救う108の方法

井口 創丁

6話 「強盗にも紳士であれ」

  「ありがとうございました」
  日直の号令と同時にクラスのみんなは各自解散していく。
  今日も何かと大変な一日だった。
  僕も周りにつられるように家に帰ろうと立ち上がる。芸術作品のリュックを背負い帰ろうとした時違和感を感じた。
  来た時よりもリュックが軽いような。
  そんなことは絶対にあり得なかった。置き勉は基本しないと決めているし、大きな花束も刺さっているため軽くなるわけがなかった。
  しかし重量は確実に変化を肩を通じて伝えてくる。
  こうなると考えられるのは一つしかなかった。後ろに振り向く。
  そこにはヨウが笑顔で笑ってこっちを見ていた。もうみんな帰り出しているのにただ机に座ってこっちを見ているヨウは普通ではなかったが休み時間や授業中もずっとこうだったため、もう少し慣れて来ている自分がいた。
  「ヨウ、僕のリュックに何かした?」
  「いやぁ何もしてないよ」
  嘘だ。絶対に嘘だった。ヨウが僕の嘘を見抜けたように僕もヨウの嘘は一発で見抜くことができた。そもそも視線を露骨にそらして口を尖らせるのは分かり易すぎるのではないだろうか。他人のことを言えた義理ではないが。
  「ヨウ、嘘ついてもわかるよ。正直に言って」
  「……体操服、盗みました」
  うつむきながらボソッとヨウは呟いた。
  これまでの経緯からやりかねないとは思っていたが実際やるとは。
  僕はリュックを下ろし中を確認した。そこにはヨウの言う通り体操服がなくなっていた。
  「返してもらっていい」
  「……嫌」
  ヨウは呟く。僕の方を向いたヨウの目には案の定光が消えている。
  「嫌、これ私の。渡したくない。テルと離れたくない」
  「ヨウ、それは僕の服であって僕じゃないよ」
  「嫌、半日もテルと会えないとか無理。死ぬ」
  「昨日は大丈夫じゃなかった?」
  「嫌、昨日は昨日。今日は無理。絶対持って帰る」
  ダメだ。何を言っても一向に歯が立たない。あと暗い半月状の目で死ぬと言われると比喩表現だとしても少し恐怖を感じるのでやめて欲しかった。
  そうこうしている間にヨウの周りはいつもの瘴気が立ち込めている。今回はピンクの色合いが強かった。
  仕方ない、恥ずかしいが強行手段へと移ろう。
  「今日一緒に手を繋いで帰ってあげるから返して」
  言ってて顔から火が出るかと思った。こんなキザなセリフを誰かに聞かれたならば極度の恥辱から数日間休んでいただろう。
  幸いにも教室の中は僕とヨウしか残っていなかった。僕とヨウが話しているのを邪魔しない為かシンプルに部活などで忙しかった為かは知らないが、個人的には後者であって欲しくてたまらない。
  ヨウは悩んでいるみたいだった。あたりに立ち込める瘴気はより一層ピンクに近づき、ヨウ自体も顔をピンクに染めてプルプルと震えていた。
  それでも時たま無言で首を横に揺らしていたのできっと自問自答で葛藤し続けているのが見て取れる。
  この様子はカメラに収めておきたいほど愛くるしかった。
  しかしそんな時も終わりを告げる。ヨウは決心をしたように軽く頷くと僕の目を見て答えた。
  「せ、せめて、上だけ持って帰っていい?」
  「だめです」
  どう考えたらその答えが出たのか問い詰めたかった。しかし相手はヤンデレ化してしまっているので普通の倫理観は持ち合わせていないと考えられる。
  こうなったら無理矢理にでも奪うしかない。
  「ヨウ、ごめん」
  そう言うと同時に僕はヨウの机にぶら下がっていたバックに手を伸ばす。
  瞬間世界は黒に染まり、僕の体の感覚は自分の元を離れる。
  自分の身に起きた自体を認識するまでに少しの時間を要した。
  冷たい床に触れる頬、軋む肩の骨格、背中に感じる熱と重さ、全身に響く鈍い痛み。
  つまりどうやら僕は腕を取られ肩関節を極めらて地面に叩き伏せられているのだった。
  技の掛け手は言うまでもなくヨウである。
  ヨウが昔、柔道を習っていたことを今思い出した。そしてこの技はきっと腕ひしぎ脇固めとか言うかなり危険な技だと前にヨウから聞いたことがあった。
  実際のところ肩関節は今まで曲がったことのない方向に曲がり、悲鳴をあげていた。
  「ねぇテルぅ女の子の荷物奪おうとするとか最低だよねぇ」
  テルの声が聞こえる。地面に叩きつけられ表情は一切わからないが声色から確実的な怒りを読み取ることができた。 
  ヨウの言っていることに間違いは一切なく自分のしでかした悪行をただ呪うばかりだ。
  「悪いことしたら言わなきゃいけないことあるよねぇ」
  そう言う声とリンクして肩の関節に加わる力が一層増した。
  「イタイイタイ!ヨウ!腕取れるって!」
  「あれぇよく聞こえないなぁ」
  「ゴメンナサイ!ゴメンナサイ!」
  「本当に悪いって思ってるのかなぁその場しのぎに聞こえるなぁ」
  「心よりお詫び申し上げます!許してください!」
  「うーん、どうしよっかなぁ。苦しむテルの姿、もっと見たいなぁ」
  もう僕は限界だった。あと三十秒もしないうちに僕の腕は関節から抜けるだろう。手のひらが何かにすがりつこうと開閉を繰り返す。
  むにゅ。
  そして確かな何かを僕の手は掴んだ。
  それはとても柔らかく、全てを包み込むような安心感に溢れ僕の指を飲み込んでいく。
  それに呼応するように肩関節を極めるヨウの力はどんどん弱くなっていき、僕は痛みから解放された。
  地面から起き上がり、僕の手が掴んだものを見た。
  そこにはヨウがいた。過去最大に赤く染まり、震えるヨウがいた。
  僕の手はそんなヨウの胸に飲み込まれていた。
  制服がめり込む指の形に変形していた。
  再びヨウのほうを見る。僕はここで気づくことができた。もしくは気づきたくなかったのかもしれない。
  ヨウの紅潮は今回は照れているものではない。この感情は確実に……。
  「テルのバカァァァァァ!」
  ヨウがそう叫ぶと同時に僕の視界を小さな白い拳が覆った。
  直後世界は黒に染まり、衝撃が頭蓋骨を突き抜ける。
  威力は全身に伝わり背後の壁に容赦なく叩きつけられ
  世界が色を取り戻す頃にはヨウの姿はもうなく、あるのは愛川と書かれた体操服のズボンだけだった。
  僕はリュックにズボンを押し込み流れ出る鼻血をティッシュで抑えながらトボトボと教室を出る。
  「怒ってるのか病んでるのかどっちなんだろう。あ、両方か」
  呟いても反応するものはいなかった。
  誰もいない廊下は夕日で赤く染まり、僕はその中を寂しく帰る。
  明日なんて謝ろうか。その答えはすぐに出そうになかった。
  今日もあまり眠れそうにない。

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