異世界物語〜銃を添えて〜

八橋響

漆黒のセミローブ〜坊主頭のオッサンを添えて〜

「おっはよぉ〜リョウ!あっさだよぉ〜!!」
「うぼぁっ!!」
 俺の腹部に重い衝撃がはしると同時に、肺に溜まっていた空気が全て口から出て行き俺は眠りから強制的に起こされた。
 まだぼやけている目を擦りながら、腹部を確認する。
そこにはリーシャがいた。どうやら俺に向かってボディプレスをしたようだった。
「……、リーシャ何か言うことある?」
 弁解をする時間をやろう…と言うことで、リーシャに謝罪を求めるためにそう聞くが…
「ん〜…?おはようリョウ!」
 どうやら謝る気も悪いと言う気もコイツには無かったようだった。
「おはよ…リーシャ、出来れば今度は優しく起こしてほしいもんだな…」
「次があればねぇ〜?」
 にししと歯を見せながら笑うリーシャにこれ以上怒る気がなくなり、立ち上がろうとした時
リーシャの頭になにかがぶつけられた。
ガンッと鈍い音を鳴らせた物体を追って行くと、リーシャの後ろに鍋を片手に持ったアリアが立っていた。
「いったぁ〜〜い!!」
 涙を浮かべ、頭を抑えるリーシャ
 いやぁ…鍋は痛いよな。鍋は
「リーシャ!普通に起こせばいいでしょう!…リョウさん大丈夫ですか?」
「ああ…はい、驚きましたが怪我とかはありませんから、大丈夫ですよ」
「それは良かったです。朝食が出来ましたので食べましょう。…ただし、リョウさんに迷惑をかけた罰として、リーシャは朝食抜きっ!」
「え〜!そんなぁ〜…」
 ガクンと項垂れるリーシャの肩にポンと手を置き一言。
「───いい朝だな?」
───こうして騒がしく、俺の異世界生活2日目が始まった。


 朝は、アリアが用意してくれた朝食を取った。
 黒パンと呼ばれた、少し黒っぽくて固めのパンと、ケイトゥと呼ばれる家畜の卵のスクランブルエッグと、オークの肉で作ったベーコンを焼いた何とも素晴らしい朝食だった。
ケイトゥの卵は、鶏の卵よりも濃厚で、どこかほんのりと甘みがあって美味しかった。
きくと、これらは一般的に食されているようで、どこの家庭でも出てくるらしい。


 食後のオレンジ茶を飲んでいると
「さて、リョウさん今日はどうされますか?」
 カップを机に置いたアリアさんが口を開いた。
リーシャは、カップを口にしながら視線だけをこちらに向けている。
「そう…ですね。とりあえず…僕でも着れるような防具と冒険者に必要不可欠なアイテムの購入…それと宿の予約と…、クエストを確認しに行きたいと思います」
 この迷彩服だけじゃぁ防御面でかなり不安が残るからな。実際、ゴブリンの剣で斬られちまったところもあるし…。ただ極力機動力も確保したいから…ガチガチの鎧とかよりは、軽い胸当てとか…そこらへんでいいかなと思っている。
「わかりました。では商業通りに最初に向かった後、宿屋を探し…そして冒険者ギルドに行くという流れで大丈夫でしょうか?」
「はい。それで行きたいと思います」
 アリアに向けて笑みを浮かべ、カップに残ったオレンジ茶を飲み干し、二人に向かって─
「では、お二人とも。今日も一日宜しくお願い致します」
 そう告げた。


 昼時の商業通り──、さまざまな店が立ち並び、客の取り合いが始まっていた。
喧騒が飛び交う中、俺とアリア達は、防具屋へと足を運んでいた。
 露店を開き、防具を販売しているような場所もあり、何度か店主に捕まったりもしたが、アリア達の勧めもあり、店舗を構えている防具屋に来ている。
 壁にはフルプレートタイプの鎧や、革で出来たレザーアーマー、魔術師が着けているようなローブがいくつも飾られている。
 店の店主は、カウンターで肘をつきながら座っており、やる気無さげにしている。
「…らっしゃい」
 坊主頭の如何にも頑固そうなおっちゃんだ。話しかけるに少し躊躇いが出て来てしまう。
 そんな中、アリアとリーシャはあーでもない、こーでもないと俺の防具を見立ててくれている。
どこの世界でも、女性というのは衣類などには興味があるみたいだ。
 二人をよそに、一人でウロウロと店内を散策していると
「…なにをお探しだ」
 坊主頭の店主が声をかけて来た。
実に不機嫌そうで、よくこんなんで客商売やってるな…と思える程だ。
 ただ、ここは心底丁寧にいこう。第一印象は大事だからな。
「ええ…、実は僕冒険者になることになりまして…」
「…そんなもん見りゃわかる。何が欲しいんだって言ってんだよ」
…ファーストアタック失敗。めげずに再アタックだ。
「防具を欲しいなと…」
「…バカにしてんのかお前さんは、防具屋に来てんのに飯でも頼むってのか」
 セカンドアタック失敗…、この頑固おっちゃん中々頑固だ。
まぁ確かに、防具屋で防具が欲しいっていうのもおかしな話か。
どんな防具が欲しいのか…具体的に言えって事だろうから…
「機動力重視で、ただ防具としての機能もある程度欲しいですね。最低限急所だけでも、欲を言えば全体ですが」
「…ふん、ちゃんと言えるじゃぁねぇか…見立ててやる。待ってろ」
 そう言うと店主は店の奥へと姿を消していく。


 頑固で偏屈っぽいけど…根は良い人なんだな。なんだかガルダンを思い出させるような人だな。
ただ、ガルダンは見た目はかなり強面だが気の良さは多分街一だろうから、その点は違うだろうけど。
「リョウ〜、これとかどぉーお〜?」
 店主を待っていると、横からリーシャが飛び出てくる。
手には、革で出来た見るからに軽い素材で出来た胸当てのようなものを持っていた。
俺の記憶が正しければ、リーシャもこれに似た装備を着けていた気がするが…
「これ私と似てる装備なんだよぉ〜、私の戦闘スタイルって、前衛職だけど俊敏さを大事にしてるから軽装なんだよねぇ〜」
 リーシャの方から答え合わせをしてくれた。
リーシャもどちらかというとパワーファイターと言うよりは、テクニカルな部分なんだろうか。
使っている武器が細剣のレイピアだし、当然と言えば当然のことなのかもしれないな。
「ん〜…それも良いね。俺もどっちかって言うと機動力を大事にしたいと思うんだ、動き回って仕留める…とかね。もちろん撃てそうな時は遠距離からの狙撃にしたいとは思ってるけど…ゴブリンファイターみたいに避けられたりするのには、至近距離からの射撃をする事になると思うからさ」


「ほらぁ〜アリア、私が言った通りだったでしょぉ〜?」
「わ、私のはどうですかリョウさん!」
 そう言うアリアの手には、魔術師が着るような軽めの素材でできたローブがある。
…こちらも俺の記憶が正しければ、アリアが近いものを昨日のクエストで着ていた気がするのだが。
「私と似た感じのローブなんですが…、ローブに魔物の糸が組み込まれていまして通常のローブよりも強度が高いんですよっ。ある程度の衝撃なども吸収してくれる作りになっていますし…、い、如何ですか!」
 なぜか切羽詰まったような声でアリアは言うが…、ローブ…ローブか。
かっこいいとは思うし、俺も着て戦えるようであれば戦いたいんだが…なにぶん丈が長い…、動いてる際に引っかかってこけたりしたらそれこそ大惨事になる予感しかしないよなぁ。
「ローブは実は僕も凄く憧れていて、いいなぁ…って思うんです」
「じゃ、じゃあ!」
 ローブを持ったまま笑顔で俺に迫ってくるアリアに対し、少し臆してしまう
「で、でもですね…、走り回ったりする予定なんですよ。その際に、それだけ丈が長いと…ちょぉっと…邪魔かなぁと…」
 みるみるうちに、明るかった表情が暗くなっていくアリア。
ま、まずい…フォ、フォローしなければ。
「あ、あの!ローブ自体はとても素晴らしいものだと思いますし、僕もできれば着けたいと思っていましたので、防具としては着けないかもしれませんが、街中を歩くときなんかに着たいなぁ〜…なんて…」
「…わかりました」
 ちょっと不貞腐れたような顔をしながら、引き下がっていくアリアを見て、ホッとする。
なんとか難は逃れたか…


 しかし、どちらも甲乙が着けがたい。もちろん防具面だけで考えるのであればどちらかと言うと、リーシャが持って着た方がいいんだが…、ある程度の見てくれも必要だと思うから…ローブのような感じも捨てがたい。
「…何やってんだお前さん達は」
 そうこう考えていると、店の奥から店主が戻ってきた。
呆れた様子の店主は、カウンターまで戻って来ると、手に持っていた物をカウンターの上に出す。
「…そこの赤髪の嬢ちゃんが持ってるのは、リザードマンの革を使用しているもんだ。嬢ちゃんみてぇに、常時前衛に居るような奴が着るなら問題ねぇだろうが…、コイツじゃあダメだろうな」
「ぐぬぅ…」
「…そっちの緑髪の嬢ちゃんのは…ああ…グランドキャタピラーの糸、ブロンズアラクネの糸を組み合わせて作られた物…、嬢ちゃんみてぇな魔術師にはもってこいだろうがな…、だがこっちもコイツにはあわねぇ」
「はう…」
 バッタバッタと二人の決めてくれた防具を切り捨てていく、坊主頭の店主。
二人とも、奇妙な声を上げて、意気消沈として居る。
 その姿を見て、フンッと一言添えた後、俺の方に目を向ける店主
「…お前さんの場合はこれだ」
 カウンターに置かれたそれは、ローブのようなものにも見えたが、店主が広げると少し変わった物だった。
胸当てとローブを組み合わせられて作られているように見える。
 ローブの裾は太ももぐらいまでの長さで止まっており、これであれば激しい行動を取っても邪魔にはならなさそうだ。そして胸当てもついているため、心臓はきっちり守れている。
 色は、夜に着ていれば見つけるのは難しいのでは?と思うぐらいの漆黒の色。俺の中の厨二心をくすぐるような品物だ。
「…見たところ筋肉もそこまで無さそうだ。後衛職だろう?そこまでの鎧は要らないと見た…だが要望通り急所は守れる。そしてそのローブ自体の素材はコカトリスの羽、そしてグリフォンの羽を使ってる。グリフォンの羽は風魔法に対して強い耐性を持つと同時に衝撃を吸収する力に長け、コカトリスの羽は石化、水魔法に耐性がある…かなりの品物だ…。胸当てに部分にはドレイクの鱗、革を使ってる」
 すごいなぁ…。グリフォンにコカトリス。どちらも伝承になってるほどの伝説の生物だ。
そんだけの品物を使ってるんだ…かなりの値段が張るのだろう。
正直言ってデザインはドンピシャだ。
欲しくて欲しくて仕方ない。


 だがしかし…現在の所持金は銀貨62枚と銅貨が30枚だ。
銅貨が10枚減っているのは、ここに向かう途中、オークの肉串の屋台があったので3人分購入したからだ。


 うーんうーんと、頭を悩ませていると
「…まだなんも言ってないだろう。値段だが…金貨1枚と10枚だ」
 金貨はやはり必要か…ただ、これだけの良い物だと…もっとするのだと思ったんだが
「…コイツはな、俺が作ったんだ。他から取り寄せてるわけじゃねぇから比較的安めに設定してる。元も取れるか取れないか微妙なところだな」
 俺が気になっていたことを、店主が話してくれた。そんなにわかりやすい顔をしていただろうか。
というか、この防具はおっさんが作ったのか。
ただ…まぁ、やすいんだろうが…俺には手が出ない。
「すいません…それでも僕じゃまだ手が出せそうにないです。こんなにも良い品をその値段で譲と言ってくださった、店主さんのお気持ちはありがたいのですが…」
 ほかの防具にしよう。そう思ったが


「…くらだ」
「え?」
「…お前の所持金は幾らだと聞いている」
「えっと…銀貨62枚と銅貨30枚ですが…」
 オッサンが俺の懐を気にしだしたので、包み隠さずにそれをオッサンに言う。
値段にあったものを用意してくれるのかな?最初から値段も言っておけば良かったか。無駄なことをさせてしまって申し訳ないな。
 オッサンは幾らか考えたあと、口を開いた。
「…銀貨55枚。それでいい」
 なんと半額の金額で売ってくれると、そう言った。


「いやいやいやいやいや、おっさんそりゃダメだろ!いくらなんでも安すぎるっての!こんなに上等な品だ、俺以外の奴らでもいくらでも欲しがる奴はいるだろう!この防具は凄いと思う。素人目の俺でもわかるぐらいにな!使われている素材もそれを生かすためのデザインも全てがいいと思う!本当に欲しいと思った!」
 驚きのあまり、敬語も何処かへすっ飛んで行ってしまった。
「えぇ〜?だってそれでいいって言ってるんだから、ありがたく貰えばいーじゃんかぁ」
 リーシャが横からそんなことを言ってくるが、とんでもない。
「…そこの嬢ちゃんが言う通りだ。半額で譲ってやると言ったんだ、受ければいいだろう?」
「いーや!ダメだな。確かに安いし喉から手が出るほど欲しい。ただ、物には適正価格ってのがあるだろうよ!オッサンがどんな思いでこの防具を作ったかは知らんが、その気持ちを踏みにじる行為にもなっちまう。俺はそんな事はしたくないんだよ!」
 自分でもここまで熱く語られるとは思っていなかったが、言葉が次々に口から勝手に出て行く。
頭で考えるよりも先に、言葉が出てしまうのだ。
 物の適正価格ってのは大事だ。
 3万円のエアガンにはそれなりの値段の理由がある。ウッド調に仕上げているからとか、内部カスタムをすでに施しているからとか…、それと一緒だ。


「オッサンが作ったこの防具にはかなりの価格がつくと俺は思ってる。だからこそ、その値段じゃ買えねぇんだ。だから…」
 俺は指から魔力増加の指輪を外しカウンターに置く。
「これと交換で…っていうのは…どうだ……でしょうか?」
 一通り話し終えた後、落ち着いた俺は口調が素に戻っていたことに気づき、敬語へと無理やり訂正をした、時すでに遅しだが。
 魔力増加の指輪を見たおっさんの顔が一瞬驚愕のものへと変わるが、直ぐに不機嫌そうな顔に戻り、深くため息をついた。
「…魔力増加の指輪なんてもん持ってんだから金持ってるように思うがな…、コイツはいらねぇ。それこそ物の価格って奴だろうが。価格が違いすぎる」
「とりあえず、失礼な言葉を使ってしまってすいません…。店主さんの作ったこの防具にはそれほどの価値があると僕は思ってますので、いえそれ以上だと思いますけども」
 また一つ、ため息をつくオッサン。


「…分かった。だがこの指輪はいらねぇ」
「いえ、ですから───」
「最後まで聞けってんだ…。指輪はいらねぇが、お前さんが身につけてるその服。ソレを俺に当分貸し出せ。もらいはしない…、なにやら大事そうだからな」
 オッサンは俺の服に指をさしている。
俺のこの服?迷彩服か?
「…それだ。その見たこともねぇ色をしてる服だ。見ただけでもある程度わかる、伸縮性に優れ中は動きやすいようになってるだろう…、あちこちに収納部分があるのも見たことがねぇ…それでいい。そうだな…2週間ほど俺に貸し出せ。そうすれば銀貨55枚で売ってやる。どうだ、それでいいか?」
 確かに、これは俺が元いた世界で買ったものだ。しかもかなりの金額を無理して払って買った大事な一着。肩のところは斬られ、二日きているせいであちこち汚れてはいるが…それでも思い入れのある大事な服だ。
 その意を汲んでくれたのか、2週間という期間が過ぎれは俺の手元に帰ってくる。
この世界のものではないこの服は、それだけの価値があるだろうか。
 オッサンがきっとこの服に、それだけの価値をみいだしてくれたんだろう。──そしてこのオッサンだったらこの服をてきとうに扱うこともない、と思う。
「…何だったら1週間だけでもいい、どんな素材で作られているかを確認したいだけだからな」
 返答に時間が空いたためか、オッサンが坊主頭を掻きながらそう告げてくる。
…ここまで言ってくれる人だ大丈夫だろう。


「いえ、2週間お貸出し致します。店主さんにとってこの服はそれだけの価値がある…と見ていただけたのですよね?」
「…じゃ無かったら条件として持ち出さねぇ、お前さんがうるさそうだしな」
 憎まれ口を言いながらも、不機嫌そうな顔には少しの笑みが含まれているような気がした。
「わかりました。それでお願いします」
 腰のポーチに入れていた布袋を取り出し、銀貨55枚を渡す。
 55枚あるのを確認したオッサンは、ローブのようなその防具を俺に手渡してくる。
「…毎度、その服の下は肌着か?だったら特別にこの防具の下に着る用の服も用意してやる…奥まできな」
 そう言い、オッサンは首で“奥”の場所をさし、先にそちらに移動して言った。


 3人だけの空間になった途端、リーシャが背中を思いっきり叩いてきた
「リョウ、良かったじゃん!私言わなかったけど、あの防具普通に買ったら金貨5、6枚は下らないものだよ〜!?私たちがつけてるのもそこそこ上等のものだけど…、凄いじゃんっ!」
「金貨5枚!?…なんだかものすごい悪い気がしてきたぞ…」
「いえ…、多分店主さんはリョウさんのことを気に入ったんじゃないでしょうか?私達が持っていた防具もあの方が作られたものみたいですし…」
「なにも気に入られることなんてした覚えはありませんが…、なんで分かったんですか?」
「先程私達がお見せしたローブと胸当てはほかの防具よりも素材はいいのですが料金が低かったんです。リョウさんの懐も痛めないかなぁ…と二人で話をしてまして」
「なるほど…」
 自分が作った防具は比較的安い値段で提示していたのか。商人から卸す手間がない分料金がかかっていないから、という理由だろうか?それだけじゃない気もするけどな…。
「でもさぁ〜、その服良かったのぉ?大事なものじゃないの〜?」
「リョウさんが居た世界のものですし…二度と手に入りませんよ…?」
 二人は、心配そうに俺のことを見てくる。どうやら二人ともその点が気になっていたようだった。「そうですね。俺もあの店主さんじゃなければ断っていました。…ただ、あの方なら大事に扱っていただけるんじゃないかと思いまして。…ただの勘ですが」
「リョウさんがそう仰るのであれば、大丈夫そうですね」
 クスクスと笑うアリアと、本当にぃ?と言った感じでこちらを見ているリーシャ。
まぁ…どちらにせよ2週間経てば自分の元に帰ってくるしな。それまでの我慢だ。
「…おい、まだか」
「あ、すいません!今行きます!…すみません、二人ともちょっと待っててくださいね」
「はい。ほかの品物でも見てお待ちしてますね」
「はぁ〜い」
 二人の返答を聞き、俺は店の奥、オッサンが向かった部屋へと向かった。


「…サイズは魔力を込めているからお前さんの身体に丁度するだろうと思うが。どうだ」
「ええ…、これ以上ないぐらいしっくりきますね」
「…そうか、下用の服はどうだ。キツくはないか」
「こちらも大丈夫です。とても動きやすいですね」
「…よし、大丈夫だ」
「ありがとうございます!」
 店の奥はどうやらオッサンの自宅を兼ねているようで、そこで着替えをした。
下の服はシンプルな仕立て服だ。色は黒で、目立たないようになっている。
それにしても、本当に良い防具を買ったなぁ…


「店主さん」
「…ゲインだ」
「え?」
「…俺の名前はゲインだ」
 唐突に始まった自己紹介に、多少戸惑いつつも話を続ける。
「ゲインさん…ですね。改めまして、僕はリョウと言います」
「…ふん、お前さんはさっきの口調が普段の口調じゃねぇのか」
 痛いところを突かれてしまった…。先程は、気持ちが高ぶった事もあり敬語からかけ離れた言葉を使ってしまったからな…。
「先程は、お見苦しいところ…」
「いい…、先程の言葉で話せ。俺がいいと言ってるんだ。気にせず話せ」
「はぁ…?分かりました…じゃねぇか分かったよゲインさん」
「…それでいい」
 なんともよくわからない人だな。掴み所がないというか…まぁいい


「それでさ、ゲインさん。この防具の代金金貨1枚と銀貨10枚だっけか。まぁいくらでもいいんだけど…金貨5枚で買うことにした」
「…お前さんは何を言ってんだ?もう取り引きなら終わっただろうが」
「ああ、終わったな。確かに俺は購入したが、この防具ならそのぐらいの値段は確実にする」
 リーシャが言ってたからな。
「これからも懇意にしてもらうって事を考えて、俺はその金額をゲインさんに渡したい。渡させてもらいたい…一つのケジメみたいなもんだよ。わかるだろアンタなら」
 頑固者の職人気質。そんなこの人物なら俺が今思ってることも確実にわかるだろうからな。
「ふん…若造が何言ってんだか…」
「そうだな、ゲインさんに比べりゃまだまだ若造だけど、俺には俺のプライドってのがあるからさ。今は持ち合わせがなくてそれがすぐには渡せない…だけど、必ずゲインさんに受け取ってもらうからな。その代わり、これからも宜しく頼みますよ」
 そこまで言いきると、不機嫌そうな顔のゲインは更にその顔を不機嫌そうにし
「…生意気な若造だ。リョウ、お前さんの名前は覚えたぞ。…またこい」
「ゲインさんは大分頑固だけどな?そこら辺俺となんら変わりねーさ…。じゃあ二人を待たせてるから行くよ。またな、ゲインさん」
 俺は軽く手を振り、その部屋を出た
  
「リョウ、お前さんが初めてだ…俺の防具を彼処まで熱心に語ってくれたのは、な」
 職人気質で不機嫌そうな顔をしている男が部屋の中で呟く。
「…さて、コイツの存在を色々と確かめてみるとするか」
 不機嫌そうだった男の顔には、彼が生涯見せたことがない程の笑みが浮かべられていた。

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