異世界転移〜イージーモードには棘がある〜 

夕張 タツト

十話

 昨晩、近辺の魔物から取れる肉を食し、心も腹も満たされ、もはや旅行気分となっていた俺は今、全力の十割増しで走っている。
 後ろには女型の巨j…じゃなくて、セレナ・リースフェルト、ギルド”銀翼の鷹”の若きエースが追いかけてくる。
 「セレナさ-ん!!、俺なにかしました?!」
 昨日の美しい夕日もあり、少し調子に乗っていたかもしれないが
 「最近、丈の短いズボンをよく履いてますよね?」
 と、聞いただけである。
 何かデリケートなことだったかもしれない。
 だからといって、俺はあそこまで顔を真っ赤にして追いかけてくるセレナさんの心情が良くわからない。
 地を滑るように進む銀の美女は一段とペースを上げる。
 「…バカ」
 そうつぶやいた可憐な乙女は前を行く男の襟首を掴み上げる。
 「マジ、謝りますからムチだけはー」
 ジタバタと暴れまわるハヤトは生存本能に従い、持てる限りの知恵を使い、この状況を脱しようとする。
 「あっ、あそこにUFOが!!」
 「UFOってなんだ?」
 しまった!!この世界に未確認飛行物体のこと言っても分かるわけない!!
 「バカにしているのか?」
 「違うんです。UFOじゃなくて、嘘っていったんです。さっきのは嘘です!」
 こうなってはなかったことにするしかない。
 「そういうことじゃないんだが…」
 セレナ自身、何故ここまで取り乱したのかよくわかっていない。
 未だにブツブツ言い訳を並び立てる青年を一瞥し、ひっそりとため息を吐く。
 だが、こう文句を腐るほど言いながらも真っ直ぐな青年を憎めないセレナである。
 「イッターイ!!」
 とはいえ、お仕置きは欠かさない乙女でもあった。






 「痛い。お尻が痛い」
 先程から臀部をさすりながら、さながら猿のような格好でセレナの後ろを歩くハヤト。
 いつもより心なし早足なセレナは一度もこちらを振り向いていない。
 こっそり逃げようとすると、ムチを握るのはどういうことなのか問いただしたい所だが、お尻にこれ以上のダメージを負うと様々な弊害が伴うことになるので、自重するのである。


 二人は今、拠点、剣の集い、から西南へ進んでいる。
 もう、拠点も小さくなってしまった。
 周りは一様に草木だらけ。
 高さが胸元ほどあり、何度か奇襲も受けている。
 全てセレナさんが対処したが…。
 目視できる魔物は二時の方角に二体。
 昨日も見た六本足の大型カエルのような奴だ。
 おそらく番であろう。
 …別に何も感じないが。


 「ハヤト、気配を消せ。あれを狩る」
 「っはい」
 ピリッ、と張り詰めた空気が流れ始める。
 その中にあって一部空気の流れが異なるものが混じる。
 「っハヤト、気配を消せと言っている。死にたいのか」
 いや、気配を消せ、言われても…。
 japanese忍者の末裔とかじゃないんだし。
 突然そんなこと言われてできるわけがない。
 「…はぁ。まだ距離はあるな。気配の消し方はこうするのだ」
 セレナさんが目を閉じ、長いまつ毛をピクリとも動かさず瞑想に入る。
 !一瞬目の前に誰もいないように感じた。
 慌てて、セレナさんに手を伸ばす。
 どこかに消えてしまう。
 そんな感覚さえ沸き起こる。


 ビシッ
 「イッターーーー!!」
 「ハヤトっ!どこ触っている!!」
 突如、肩から背中にかけて鋭い痛みがはしる。
 涙でにじむ目でセレナさんを見る。
 彼女は両腕を胸部で交差させ、半身になってこちらを睨んでいる。
 ??
 状況が分からないが、何か柔らかいものに触れた気が…。


 その時、周りを緑の巨体が取り囲む。
 六本足のカエルだった。
 「ヤモガエルが七体か…」
 セレナさんがそう呟くと同時に抜刀する。
 俺も慌てて腰のリボルバーを引き抜く。
 自然、背中合わせになる俺とセレナさん。
 「ハヤト、二、いや三体倒せ」
 早口で指示を出すセレナ。
 彼女はすでに魔法で火の矢を生成し牽制している。
 「っはい。やります」
 「っふ、あとで覚えていろよ」
 腰につけたムチを指差し、口角をつり上げる。
 正直、目の前のカエルもどきよりセレナさんの方が怖いが、命を伴う。
 さっきから肩がこわばってしょうがない。
 背中の温もりが離れる。
 長剣を肩に担ぎ、一刀のもと切り捨てにかかるセレナ。
 ハヤトも左手に予備の小太刀を逆手に構え、戦闘に入る。
 タンッ、タンッ、タンッ。
 どこか軽妙に聞こえる発射音が鳴り響き、一体が倒れ込む。
 迫ってきた二体から素早く距離を取り、膝立ちでまた魔弾を放つ。
 残り三発全て撃ち終わり、大気中のマナから魔弾の充填に入るリボルバー。
 未だ一体がハヤトに詰め寄る。
 その距離わずか二メートル。
 カエルもどきにとっては捕食圏内である。
 とっさにリボルバーを握りしめ、後退を試みるハヤト。
 しかし、荒れ地というも生ぬるい地面に足を取られる。
 お尻に激痛がはしる。
 小太刀を構えるが飛び跳ねたカエルもどきにはひどく心許ない。
 リボルバーは未だ魔弾の装填が終わらない。
 (あぁ、死んだな)
 自分よりも巨大な体をもつ魔物に生物的な恐怖を抱き、立ち上がることを拒否するハヤト。


 「ファイヤーアロー!!」
 横から火の矢が舞う。
 前傾姿勢になっていたカエルもどきはたたらを踏む。
 「ハヤトっ!!立て!!」 
 「っつ」
 セレナの声に体がすぐさま反応する。
 後ろに飛び退り、右手のリボルバーを確認。
 全弾打ち込んだ。






 「大丈夫か、ハヤトっ」
 「はい、助かりました」
 「…このバカ!」
 腰のムチを取り、手を振り上げるセレナさん。


 …衝撃はこない。
 瞑っていた目を開けるとうつむいたセレナさんが写る。
 「…ほんとごめんなさい」
 まだ、前の世界の甘い思考が消えていなっかった。
 今まで完全になんとかなると思っていたのだ。
 いざとなればリボルバーがある、と。
 だが、いざ狩りに出ると命の危険が付きまとう、そんな常識さえ忘れていた。


 「ハヤト、もう帰るぞ。そこの魔物を捌く」
 短刀を取り出し手近なカエルもどきに向かうセレナさん。
 ひどく、疲れたような印象を受ける。


 ここは挽回のため、養成所で習ったやり方で魔物を捌くこととする。
 「…セレナさん、手伝います」
 「…ああ」
 一瞬だけこちらを見やり、申し訳無さそうな顔をするセレナさん。
 俺は小太刀を取り出し、刃を差し込む。


 「…バカ!そこは切るn…」
 ブシャーーー!!
 俺は血まみれになった。






 「っぷははははは!」
 帰りの道中、先程からずっと笑い続けている美女がいる。
 女性らしさを感じさせる体躯に鋭い目つきと幻想的な銀髪が特徴的な女性だ。
 笑い声に惹かれてか、魔物の奇襲が絶えないが、この美女は臆することなく全て一刀のもと切り捨てる。
 「セレナさん、そろそろ水出してもらえませんか?」
 やや後方を歩く青年はこちらを向くたび、笑い転げる美女に嘆願する。
 この青年は自身の魔力で水を生成できない。
 街で水を得るのを待てばいいのだが、一刻も早くケチャップ風呂上がりのような姿を洗い流したいのだろう。
 「ハヤト、その姿でいいではないか?二つ名はそうだな…ハヤトくりむぞんとかどうだ?」
 「っちょ、そんな売れない芸人みたいな名前はやめてくださいよ!!」
 ちなみに、この世界にも芸人はいる。
 方々の街を練り歩き、芸を披露し、銭を得る。
 人々の記憶に残ろうと奇抜なネーミングの輩が多い、らしい。


 「…はいはい。じゃあもう少しこっちに寄れ。…メイクウォーター」
 頭から水を浴びる青年に苦笑する美女。
 「なんだか、お前といると嫌なことなどすぐ上書きされてしまうな」
 例のごとく、ひっそり呟くセレナの言葉は水浴びを楽しむ青年の雄叫びと草木を撫でる空の息吹によって誰に聞こえることなく流れていく。






 


 







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