異世界転移〜イージーモードには棘がある〜 

夕張 タツト

六.五話

 今日も今日とて天気は晴朗、波高し。
 約;いい天気だけど、世間の波は俺に厳しい。


 初めはイージーモードだと思っていた異世界生活。
 衣食住すべて提供してもらい、将来の行き先も保証してもらっている。
 もちろん、命の危険を伴う冒険者という仕事だが、俺にはリボルバーがある。
 最近では隠れて射的や早打ちの練習もしている。
 俺は自然と自信がついてきていた。
 そんなある日。




 ゴホッ、ゴホッ。
 「ハヤト、大丈夫?」
 俺は風邪を引いていた。
 たぶん、40度近くある。
 マジ、きつい。
 薬もねぇ、医者もいねぇ。
 偶に来るのは怒鳴り声。
 「レイラ、伝染るぞ」
 先程から氷を生成しては額にあててくれている。
 「大丈夫だよ、私体調崩したこと無いし」
 そう言って力こぶを作るレイラだが、幼さの残る顔立ちには少々似合わない。
 「それより、今日セレナさんの稽古なくてよかったね」
 「まあな」
 たぶん、休んだ分とか言ってやたら厳しいメニューになるに違いない。
 「あっ、でもセレナさんの寂しがる顔見たかったかも」
 「うん?どゆこと?」
 「なんでもないよ~」
 レイラの謎発言はままあることなので気にしないことにする。
 「それより、サンキュな。もう寝てるからレイラも戻れ」
 「はいはい」
 微睡みに意識をゆだね、しばし深い眠りについた。






 「ハヤト、起きろ」
 目を開けるとイケメンがいた。
 「ケビンか、どうした?」
 「いや、それ。お前らそんな仲だったのか」
 俺の横を指差し、困惑した表情で聞いてくる。
 困惑してるのは俺のほう…。
 うん?
 なんか右がやけに暖かい気がする。
 まだボーッとする頭を上げ、暖かいものの正体を確認する。
 レイラだった。
 体をこちらに向け、スヤスヤと子守唄にでもなりそうな穏やかな寝息を立てているレイラだった。
 「おわー!これは違うぞ」
 ガバッ、とベッドから飛び起きケビンに詰め寄る。
 「邪魔したなら出ていくが…」
 心底申し訳無さそうな顔するのやめろ。
 「だから違うて。レイラは風邪引いた俺の看病をしてくれただけだよ」
 「お前、風邪なんて引いてないだろ。…そうか、だから今日一日二人の姿がなかったのか」
 そうだった、こいつ今日はなぜか朝早くから養成所に行ってたんだった。
 「風邪引いてたの。寝て治ったの」
 今朝方よりはるかに軽く感じられる体にレイラへ感謝するが、後始末が悪すぎる。
 「まぁ、きちんと責任は取るんだぞ」
 「神妙な顔でなに言ってるの?!」
 こいつ、俺よりホント年下か?
 まさか、責任を取れなぞ言われるとは。
 「とりあえずレイラは寝かせておこう」
 「そうだな、お疲れだよな」
 絶対変な想像をめぐらしているであろうケビンにため息をつく。
 「そんなことより、今日は座学もあっただろ。内容を教えてくれ」
 「えー、サボって☓☓してたお前に~」
 ヤダヤダ、と手を振るケビン。
 「だから、違うと…。今日は魔獣の講義だろ。苦手なんだ。教えてくれ」
 もう、やけっぱちに下手に出る。
 すると、メモがびっしりと詰まった羊皮紙を取り出し、俺に見せてくる。
 「こことここが大事だとさ。はい、終わり」
 適当すぎやしないかね。
 「お前、座学だけは良いんだからこんなんでいいだろ?」
 少々、小馬鹿にされた気がする。
 「じゃあ、あれだ。魔族と魔物の違いについて教えてくれよ」
 「そんな常識も知らないのか」
 「俺に常識は通じないんだ」
 虹色のゴキブリでも見るような顔をされたが、レイラに配慮してかボソボソと話し始めた。
 「あのな、魔族は亜人で、魔物は凶悪な害獣だ」
 「それだけ?」
 「それだけ。今どき幼子でも知ってるぞ」
 「でも、どいつも魔力をもってんだよな」
 「そうだな、魔力が無いのはお前くらいか」
 胸に刺さるな。
 異世界来たのに。
 周りは皆魔法使えるのに…。
 「まぁ、魔族はうちらとは違う魔法を使うらしいけどな」
 「違うって?どんなふうに?」
 「そこまで知るかよ。南の森まで行ってエルフにでも聞くんだな」
 ケビンの軽口を無視し、ふと俺が愛読していた異世界ものの本をいくつか思い出す。
 たいてい、亜人とは仲の良いものばかりだった気がする。
 この世界では言葉も通じず、幾度も争いを繰り返している。


 できれば遭遇したくないものだ、と思ったハヤトの思考が甘いものだったと分かるのは当分先のことである。






 

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