ろりこんくえすと!

ノω・、) ウゥ・・・

3-59 禍夜の天蓋で




 3-59 禍夜かやの天蓋で


 ――暗い。

 洞窟の奥は一切の光が届かない暗闇に包まれていた。

 その暗さは暗視がある僕でさえ真っ暗だと感じるほど。普通の人間ならば明かりを持っていたとしても充分な視界を確保出来ずに道に迷ってしまうだろう。

 黒の境界の最深部。そこは暗視と地図作成を持ち合わせる僕のような人間でしかまともに探索できない場所だった。

 僕は走り、奥へ奥へと近づく。入った時は硬い石だらけの通路だったが、進めば進むほど足元が濡れ、水溜まりが点々と出来ている。

 予想が正しければ最深部に位置するのは水源だ。別に何ら不思議でもない。地下水脈が流れている土地は珍しくなく、黒の境界もそれに当たるだけのことだ。

 問題はただの水源ではないということ。流れている水は感染源を含み、ただの水から危険な液体になっている。

 一時的とは言え、感染源を完全に無効化する抗体を得ている僕にとっては無害だが、囚われているメルロッテが心配だった。

「はぁ.......はぁ......。ここか.......」

 何本も分かれ道がある洞窟を地図作成を駆使して進み、たどり着いた先は地底湖を思わせる場所だった。

 大きさと言い、配置と言い、丁度ネメッサの街の浄水炉を彷彿させる。

 足場は全て水で埋もれている。深さは足首辺りまでと浅いが、中央に行くほど深くなっていくのだろう。

 配感知の反応はふたつ。近かった。ニゲルとメルロットだ。

 探せばすぐに見つかった。青白く怪しく光る、大きな水源の中に一人の少女が浸されていたから。

「メルロッテ!」

 メルロッテは石の柱に縛られ胸から上だけを出して水の中に沈んでいる。心臓の部分からは緑色に優しく輝く光が漏れだし、少しずつだが力が強まっていた。

「.......?」

 今助けに行く。そう迷わず足を踏み出した時、なんとも言えない寒気が全身に走った。

 メルロッテがいる水の質だけ明らかに違う。一言で言えば、濃い。質感はどろりと濃厚なとろみが付いている感じだった。

 それもそのはずだ。メルロッテが縛られてる石の柱。暗闇の中でよく分からなかったが、観察してみると人の形をしている。

 丁度、胸を中振り剣で刺されて死んだ人のような。

「まさか、禍夜.......」

 魔王と聞いて、僕は恐ろしい見た目をした魔物か、異形の化け物だとしか予想していた。

 けど違った。禍夜は人型の魔物。僕のような普人族と変わらない見た目をしている。

 違うとすればのっぺりとした亀裂が入った仮面をしていることだろう。黒曜石で作られたかのようなのっぺりとした物だ。

 禍夜は生きてはいない。死んでいる。

 だが、メルロッテの隣にいるのは死んでいても禍夜だ。やはりあの水は正しく感染源。それも禍夜が死んだ最深部に位置するこの場所で、超高濃度に圧縮されている。
 
 まだ僕の抗体のお陰で黒の魔物にはなっていないがそれも時間の問題。近付くにつれてメルロッテの白磁色の肌が所々黒く染まっているが見えた。このまま放っておけば不味い。一刻も早く新しい抗体を飲ませて助けないといけなかった。

 泉の中は膝までしか浸かるほどなく思ったほど深くはない。僕は気にも留めずバチャバチャと走り近付いていく。

 抗体が入った試験管の蓋を開けて手を伸ばす。あと少しで口に運ぶことに成功するその瞬間、体に衝撃が入って僕は吹き飛んだ。

 試験管が手元から離れて砕けて禍夜の亡骸とメルロッテを濡らす。

「驚いただろう? ようこそ、禍夜の墓場へ」
「ニゲル.......!」

 ニゲル=ネブラ。

 復讐心に燃える男は、憤怒の形相で僕を上から睨んでいた。

「ここまで来るとはしつこいヤツめ。わざわざご苦労なことだ。こいつを助けに来たのか? だがもう遅かったな。禍夜直々の感染源であと数分で自然石は完全に分離する」

 素早く横目でメルロッテの様子を確認する。抗体は全部飲まられなかったが、割れた時に顔にもかかったおかげで少しは口の中にも入っていた。

 自然石の分離を遅くできるのかは分からないが、感染源の侵食は遅くなった。 

「自然石の分離なんかさせない。その前にメルロッテを助け出す」
「浅はかだな。俺の復讐はもうすぐ終わる。父親を殺しただけでは終わらない。俺を選ばなかった自然石に復讐し、俺の復讐はやっと終わりを告げるのだ」

 復讐。やはりニゲルを動かしていたのは憎しみの感情だった。

 実の母親を父親に殺された。周りからは差別された。自然石に選ばれなかった。

 度重なる不幸と周りの環境が、目の前にいるニゲル=ネブラという男の心を歪ませたのだろう。

 勝ち誇った顔でニゲルは笑うと、何を思い付いたのか含みのある笑顔で語りかけてきた。

「ここまで来た土産にいいことを教えてやろう。自然石は王族の血が流れているかつ、自ら相応しい者を選ぶ性質がある。俺は前に王の候補が二人いて選ばれなかったが、」

 メルロッテに指をさして言った。

「そこのメス餓鬼を殺せば王族の血統はただ一人となる。そう、選ばれるのは、この俺だ」
「.......」

 消滅か。再抽選か。ニゲルの目的がなんにせよやることは変わらない。

 僕は水の中から立ち上がり、ニゲルを見上げた。

「.......ニゲル、お前ほど悲しいやつは見たことがないぜ。例え自然石に選ばれ王になったところで何になる。何もならねえよ。誰もお前なんかを王と認めやしないし、そもそも王族の血統が一人だけだとしても自然石はお前を選ばない。所詮、やってることは過去の鬱憤を晴らしいが為に子供のように周囲に八つ当たりしているだけだ」
「黙れ! 分かったような口を聞くな!」

 僕の反論が逆鱗に触れたのか怒声を浴びせられる。

「青二才には分かるまい! 俺が味わった苦しも屈辱も! 全て精算せねばならぬことを!」

 ニゲルの魔力が可視化する。色は紫が混じった黒。重たい煙のように下を流れて立ち込めていく。

「.......気が変わった。普人族の餓鬼、貴様は半殺しにしてやる。自然石が分離し、用済みとなったメス餓鬼を目の前で嬲り殺される姿を見せてやろう。そうすれば、その生意気な顔も俺好みの泣き面に変わるだろうからなっ」

 言葉を最後まで言いきれず、ニゲルは自分の頬をそっと撫でた。

 血が頬を伝っている。ダガーが後ろの岩壁に刺さり、僕の手の平が前に突き出されていた。

「させるかよ。過去に縋り付いているだけのくたばりぞこないに、メルロッテを殺せはしない」

 切られた頬は再生する。手にべっとりと付着した血を見てニゲルは歯をむき出して怒りを表した。

「ふっ、ふはははははははははははははははははははははは!!! 簡単そうに言ってれるじゃないか、普人族風情が! 戯言ばかりを吐き散らして、一体俺の何が分かる!」
「ニゲル。僕にはお前の気持ちなんて分からない。だけどな、これでははっきり言える」

 僕はニゲルを睨み付けて言った。

「お前はただ背を向けて逃げただけだ! 物事を受け止められなかっただけなんだよ! てめーは! 母親を殺された! 王に選ばれなかった! それがどうした! 何百年前のこといつまで引き摺ってんじゃねーよこの根暗野郎!」
「なっ.......!?」
「くだらねえ復讐とやらにメルロッテを付き合わせんじゃねえ! 失せな。お前に王の資格はこれっぽちもない。例え一枠しかない再抽選会しても自然石にも選ばれねえよ。これからの時代はお前じゃない。他でもないメルロッテが引き継いでいくんだ!」
「餓鬼が.......この糞餓鬼がぁ! 調子乗るな! お前如きが俺を見下し、愚弄するなど許し難い......許し難いぃィィィィ!!!」

 ニゲルの魔力が膨れ上がり空気が振動する。それを皮切りに、風狂黒金を携えて僕は走り出した。

「死ね! この世に存在した証拠を何一つ残さず消し炭にしてやる!」

 

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