ろりこんくえすと!

ノω・、) ウゥ・・・

3-50 僕は君を助けると約束した



 3-50 僕は君を助けると約束した


 ガチャン!

 薬の匂いが鼻につく部屋で空き瓶が割れ、ベッドから床にドスンと何かが落ちる音が響いた。

「いつつ.......」

 僕は思いっきり尻を床にぶつけていた。痛そうに尻を摩りながらベッドの柵に掴まって立ち上がると、腕に付いていた点滴をガーゼとテープごとビリビリと強引に引き剥がす。点滴台を手すり代わりに足を引き摺ると外へと出る扉に手を掛けた。

「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!? いきなり起きてなにやってるの!? ダメだよ!そんな怪我してどこ行くつもりなの!?」

 飛び起きて羽交い締めをするリフィアを振り切りドアノブを捻る。
 
「大丈夫。まだ外には行かないから」
「ベッドから出るだけでもダメなの! しかも『まだ』ってことは外へ出ていくつもりでしょ! とにかく、トイレならリフィアがおまる持ってくるからそこでするの!」
「違うわい」

 トイレはしたいけどおまるはもう卒業している。いやそうじゃない。トイレよりも行かないといけない場所がある。

「行かなきゃいけないんだ。まだ、終わっていないから」

 軽く息を吐いて部屋を見渡すと、少し前の僕と同じようにアシュレイとミナトがベッドの上に寝かされていた。

 どちらもかなりの重症を負ったみたいだ。ミナトは片腕が付け根から失くなり、アシュレイは胸に深傷を負ったのか厚く包帯が巻かれている。

 なんにせよ、早めに治療が間に合ったのとリフィアの腕前が良かったお陰なのだろう。二人とも一命は取り留めていた。

 僕もそうだった。腕が赤く腫れ上がり全身が生傷だらけ。見ているだけで痛々しい。

 こんな状態、安静にしてないといけないのは自分が一番よく分かっている。

 それでも、僕は行かなきゃならないんだ。

「他のみんなはどこにいる?」
「図書室に集まって.......」
「分かった。行ってくる」

 僕が寝ていた場所は王城内の物置だった部屋。短い間だが、王城内で働いていたので頭の中に地図は出来ている。ここからなら数分もかからずに図書室に着けるだろう。

 扉を開いて外へ出ようとしたが、リフィアが僕の裾を引っ張って掴んでいた。

「分かってるの。お兄ちゃんのことだから、どうせ助けに行こうとするんでしょ.......」

 何も言えずに僕は押し黙った。

「もう! なんでお兄ちゃんはそんな無理をするの! もう、もう.......いいんだよ!他人の為にそこまでして傷付く必要はない! お兄ちゃんは悪くない! 何も責任を感じる必要なんてない! 全部エマちゃんから聞いたよ。悪いのは剣聖とニゲルって男なんでしょ!」

 叫びながらリフィアは大粒の涙を零していた。ポロポロと水滴が床に跳ねて濡らしていく。

「もう、帰ろう.......。元の街に戻ろうよ.......。リフィアは嫌だよ。お兄ちゃんが怪我をして帰ってくるのが、嫌だよ.......」

 ギリリと僕は拳を強く握りしめた。

 歯を噛み締める。喉が乾いて言葉がなかなか出てこない。胸が苦しくなる。それでも、僕は言わなくちゃいけない。

「ごめん。それは、出来ない」

 ハッとしてリフィアが顔を上げる。

「メルロッテは自分の命を差し出してまで僕を助けたんだ。見捨てて逃げることが出来たのにメルロッテはやらなかった。だから、出来ない」
「どうして! 助かったならそれでいいじゃん! なんでわざわざ自分から傷付こうとするの!」
「泣いてたんだ」
「え.......?」
「泣いてたんだよ、メルロッテは。連れさられるのが怖くて泣いていたんじゃない。僕が傷付く姿が嫌で泣いていんだ」

 メルロッテは僕の前から姿を消す瞬間、両目から一筋の涙を流していた。

 そして、震える声でこう呟いていた。

 ごめんなさい、と。

「異種族だろうが関係ない。あんな子を見捨てられるかよ」

 少なくとも僕にはできない。知らないふりして見捨てることなんて無理だった。

 ニゲルの目的が神秘の自然石ならば、取り出した瞬間にメルロッテは死んでしまう。神秘の自然石は心臓と同化している。メルロッテと切り離すことは即ち死を意味していた。

 だから、もう時間はない。

「なあ、リフィア。待っててくれないか?」

 僕は振り返らずに言った。

「必ず帰ってくる。今回も絶対に。帰ってきて顔を見せるって約束する。だから、待っててくれないか?」

 何秒か待ってみたがリフィアは何も答えてくれなかった。

 リフィアが掴んでいた服の裾が緩まる。

 僕は返事を返されないまま、図書室に向かっていった。



 ◆◇◆



 図書室の前。

 そこにはノアが体育座りでちょこんと座り、エキューデが入りにくそうに腕を組んで壁に寄りかかりっている。どちらとも、図書室の中に入りにくいのか気まずい顔をしていた。

 僕に気付いた二人は顔をあげ少しだけ表情を和らげる。パタパタとノアが走って僕に近づき、落ち着かない感じで話しかけてきた。

「あの! ミナトのその.......容態はどうなの?」
「まだ寝ているよ。だけど呼吸は安定している。いつ目を覚ますかは分からないけど、きっと起きてくるよ」
「.......うん! ありがとう!」
「お、小僧。もう起きてきたのか」
「ああ。図書室の中にエマはいるか?」 
「いるにはいるが.......お取り込み中だ」

 いつも気楽そうなエキューデにしては随分と難しい顔をしている。

 狂人の枠組み入るエキューデでさえ躊躇うものがあるのだろうか。なんとも言えない不安を覚えたが、ここで待っていても意味がない。

 おそるおそる二人よりも先に扉を少し開いて覗いてみると、図書室の中はにわかにも想像が出来ない修羅場になっていた。

「そこをどけッ! その下衆を斬れぬ!」
「確かにこいつは感染源をばら撒いて大勢の罪も無いエルフを殺した.......」
「ならば!」
「でもね! あんたが今やろうとしていることはこいつと同じことよ!」

 エマの剣幕にあのオウカが身体を強ばらせて怯んでいる。そして後ろには、縄と錠で全身を縛られているナルがいた。

「な、なあエキューデ。この状況はいったいどうなってるんだよ.......?」
「小僧の面倒を見ていたナルが剣聖の共犯者だったのだ。剣聖と共謀して感染源をばらまいていた、言わば内通者だな」

 ナルが剣聖と同じ内通者.......? そんなはずはないと真っ先に頭に過ぎったが、考えれば考えるほど自分への言い訳は出来なかった。

「そっか.......。心では理解出来ないけど頭では理解できる。全て納得いったよ」

 ナルが僕にレシピ本を渡し、図書室に置いておくように頼んだあの日。僕は王城の中で黒い魔物に襲われた。
 
 なぜ、理性が皆無な黒い魔物をピンポイントで僕に襲わせられた?
 なぜ、そもそも僕を襲わせる必要があった?

 僕と鉢合わせさせる手解きをしたのをナルだと考えれば納得がいく。それに、ナルは厨房で働いていて監督もしている。料理の中に感染源を混ぜ込むなんていとも簡単なことだったのだろう。

「小僧が剣聖とニゲルと戦っている時、我は感染源をばら撒くナルを見つけて交戦した。そして叩きのめして捕まえて、こんな感じだ」

 図書室の中ではオウカが刀を振り上げナルを斬り捨てようと構えていた。しかし、エマが両手を広げて庇ってるせいで手出しが出来ない状態だった。
 
「ぐっ.......だが!」
「憎しみに身を任せて殺しても何も変わらない。ここで殺せすのは簡単。だけど、何年、何十年後に、きっとこの出来事に恨みを持つ他のダークエルフが出てくる。憎しみの連鎖を断ち切るにはここで歯を食いしばって耐えるしかないのよ」
「.......っ」

 柄模様が手の平に食い込む程、オウカは刀強く握り締めカタカタと刃を揺らす。

「ふふっ.......なんのつもりよ。殺してよ.......殺せよ! 私の両親は殺された! 父親は串刺しにされて火炙りに! 母親は穢れた血と交わったと糾弾され、縄で縛られて生きたまま魔物に食い殺された! 他でもない貴方達、森人族エルフ植人族ドリアードにね!」

 図書室から三人を覗く僕の手は震えていた。

 これがナルの本音。普段の穏やかな笑顔に隠されていた本性。

「復讐して何が悪い! 同じ苦しみを味あわせてやりたいことの何が悪い! 処刑台に送られる父親を誰も助けなかった! 魔物に生きたまま殺される光景を、他の森人族と植人族はただ指をくわえて見ているだけだった! 私の両親に手を下した奴らも、森人族も、植人族も、どいつもこいつも! 全員裏切り者だ!」

 エマはつかつかとナルに歩み寄り、拳を振りかぶった。

 血が飛んだ。

 歯で舌を切ったようで、ナルの口からはポタポタと真っ赤な血が流れた。

「確かにあんたの両親は森人族と植人族に殺された。だけど、あんたと一緒に働いていた職場のエルフは本当に両親を殺した奴らと全く同じかしら? 本当にそうだったと言いきれるの?」
「.......」

 ナルは何も答えない。

「違う、そんなことはない。みんなあなたを尊敬して認めていた。裏切ったのは、あなた方よ」

 エマの言葉にナル何も言えずに嗚咽を漏らし、頭を垂れた。

「人を許してあげられるってのはね、本当にひと握りの強い人間でしか出来ないことなのよ。だから大半の弱い人間は決して人を許すことができない。こいつもそうだった。仕返しという名の復讐をして、同じ過ちを犯してしまった。だけど、あんたはどうかしらね」

 オウカの手から刀が滑り、カランと乾いた音を立てて床に落ちた。

 .......どうやら終わったみたいだ。あまりの雰囲気に、この論争には僕は突っ込めなかった。

 扉を静かに開けて図書室に入る僕にエマは気が付くと、両肩を上げて迎えてくれた。

「あら、やっと来たのね変態。遅いじゃない。首を長くして待ってたわよ」

 僕は苦笑して頭をかいた。

 ほんと、エマにはかなわないな。僕が図書室に来るってことも、僕が今からしようとしていることも、全部が全部お見通しってわけか。

「私がこのに来てるのは説教するためじゃないわ。さあ、洗いざらい話してくれるかしら。知っている全ての、ニゲルという男の情報を」



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