ろりこんくえすと!

ノω・、) ウゥ・・・

3-40 絶体絶命



 3-40 絶体絶命


「アシュレイさん、切れッ!」

 ボウッッッッッ!!!

 激しく炎が燃える音が聞こえ、アシュレイさんが腰に納めた剣を抜刀した。

 金属を溶かして美しく燃える炎の剣は、綺麗な斜方線を描いて剣聖の持つ風呂敷へと放たれた。

 が.......

「だはっ!?」

 剣先が風呂敷に触れようとした刹那、血を飛ばしながらアシュレイさんが上方に吹っ飛び、門の前に植えてあった花壇を壊して背中から激突した。

 嘘、だろ? 

 神速って表現じゃ物足りねぇ。これがLv198の実力。突然の不意打ちにもまるで知っていたと言わんばかりに反応しやがった。

 ちくしょう、分かっていたが次元が違いすぎる。アシュレイさんでも無理なら俺なんかもっと無理だ。

 けどな.......!

 俺は歯を食いしばり、手の中にある氷の矢を握りしめた。

 でもよ、俺は知っていたんだぜ。

 剣聖、あんたの実力が人間辞めているってことをな!

「てりゃあああああああああ!!!」

 アイスダーツをぶん投げる。

 俺は予想していた。アシュレイさんの剣撃が躱されたり防御されてしまった時のことを。

 だからあらかじめアイスダーツを発動しておいたんだ。アシュレイの攻撃が失敗しても、次に俺の攻撃が通るように。

「ぬっ!?」

 剣聖、流石に人間を辞めているあんたでも、攻撃した後、しかも後ろからの俺のアイスダーツはどうやっても防ぎようがないだろ。

 反応がワンテンポ遅れる上に、まさかゴミのようなステータスの俺が、攻撃してくるなんてこれっぽちも思っていないだろ!

「がっ!?」

 息が止まる。

 アイスダーツを手放して一拍置いた後、俺は突然腹部に重たい衝撃と痛みを受けた。

 そして俺は気付けばアシュレイさんと同じように宙を舞っていた。

 吐血しながら瞳孔を開いて下を見下ろす。

 蹴られた。

 俺は蹴られたんだ。剣聖は腰を降ろしたあの体勢でアシュレイさんを斬り飛ばし、しかも俺を蹴り飛ばしやがった!

 時は既に遅く、俺はアシュレイさんと同じように門の柵に後ろから激しくぶつかり、反動で口からもう一度血を吐き出した。

 うげ。いてぇ、めっちゃいてぇ。剣聖の野郎、蹴り飛ばした時に腰の骨を持っていきやがった。ふざけんなあの老害じじい。

「.......どうやら爺やは見誤っていたようですな。まさか、まさかこんな所に思わぬ伏兵がいるとは気が付かなかったですぞ」

 ニコニコとした温厚な顔の剣聖はどこへやら。今の剣聖は見ているだけで息の根が止まるような悍ましい威圧感を放っていた。

「そうかい。褒め言葉として受け取っておくぜ」

 柵に掴まりながら立ち上がり、俺は強がりな態度で笑う。乱れる息で呼吸を繰り返しながら口に付いた血を拭い、ある一点に指をさした。

「.......」

 横を向いた剣聖が押し黙る。無理もない、風呂敷が破けていたからだ。

 そうだ、俺が放ったアイスダーツは風呂敷を貫き、感染源は日光と空気に晒されていた。

 黒い煙がもくもくと溢れ出す。それは数秒後には晴れて中から黒い石が現れた。

 丁度、火成岩の種類のひとつ、玄武岩を思わせる黒っぽい色をした石だった。

 これが感染源。日光と外の空気を受け、じゅうじゅうと肉が焼けるような音を立てて黒い煙が空に登っていく。

 へへっ、やったやったぜ。剣聖、お前の企みは失敗に終わった。ざまあみやがれ。

「ミナト殿、これがお主の狙いでしたか」

 剣聖が血の気の引くような声で言った。

 そしてその瞬間、何かが切断された音が聞こえた。  

「あ゛.......?」

 音が鳴り止まった後、剣聖の目の前で肌色の細長い物体がひしゃげた音を立てて地面に落ちた。

 俺は突として平衡感覚を失い無様に地べたに倒れる。

 何が起こったのかが分からない。

 這いつくばりながら前を見た。剣聖の足を見た。剣聖の足元に転がっている物を見た。

 それはボロ布を端っこの方に纏っていた。俺が着ている服と同じような、裾の部分に当たるボロ布を。

「づっああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!???」

 血飛沫が飛ぶ。焼け火箸を当てられたような激痛が俺の肩を襲う。血が止まらない。ボタボタと生暖かい血が俺の肩から流れ出し、足元を真っ赤に染めていく。

「はぁ.......はぁ.......はぁ.......!」

 ぐりぐりと剣聖は斬り離された俺の腕を踏み潰す。

 こいつ、こいつは。剣聖は、わざと俺の腕を斬りやがった。少し斬る箇所をずらしていたら俺の首は飛んでいた。わざとだ。わざと、感染源をダメにされた腹立ちを少しでも抑えるために、俺の腕を斬り飛ばして愉悦に浸っていやがる。

「やれやれ、考えてみればウェルト殿の抗体を取り込んだのに感染するとは有り得ないこと。この爺やがいっぱい食わされるとは中々の悪ガキですな」

 剣聖が俺の腕を蹴って寄越す。関節が壊れ、もぎ捻れた俺の腕を。
 
「死ぬ前にひとつ問おう。何故、爺やを疑ったのですかな?」
「.......さあな?」

 血は止まらない。肩を抑え俺はきれきれの息で答える。

「では答えてみますな。ミナト殿、お主には鑑定のスキルがある。それも精度が高い優れた鑑定眼を」

 激越な殺気を立たせて刀を向け、俺の目を定めて突き付けられた。

「ミナト殿の目にはうっすらと血の跡があるのですな。それが何よりの証拠。鑑定のスキルは自身よりもLvが上の対象を鑑定した時、使用者に大きな負担をかけますな。つまり、ミナト殿は爺やのステータスを一部盗み見たのでしょうな」

 こいつ、鑑定の詳細な内容まで知っているのかよ.......!

「いやはや、騙されましたぞ。鑑定のスキルを持っている人間は日常の中でよく鑑定を使うのですな。それゆえに爺やは鑑定持ちの癖はよく分かる。鑑定持ちとそうでない人間の区別は分かる。しかしミナト殿は全くと言っていいほど使っていなかった。それが爺やの慢心を招いてしまったのでしょう」

 分かっていたが無理ゲーだ。感染源はどうにかなったが、剣聖には天地がひっくり返っても勝ってこない。

 詰みチェックメイト

 そう、どうしようもない詰みだった。そもそも剣聖は俺とは違ってチート級の強さを持っていたんだ。主人公じゃない、モブキャラである俺が勝てる相手ではなかった。それだけだった。

「さて、どうやらミナト殿の表情を見るに正解ですな。今のところ爺やの素性を完全に知っているのはミナト殿とアシュレイ殿だけ。これならば問題はない。なに、殺してしまえばいいだけのことです」

 剣聖は刀を振り上げる。

 くそが。やろうとしていることはなんとなく分かる。多方、飛ぶ斬撃ってことだろう。かなり離れた距離から俺の腕を斬り飛ばした剣聖ならば、少し本気を出せば俺なんて真っ二つにすることなんて御茶の子さいさいってこった。

「っ.......」

 俺の脳裏には剣聖の刀が振り下ろされ、目の前が真っ赤になって暗くなる光景が映し出されていた。

 でもそれは違った。

 突如、剣聖の姿が掠れ、爆炎と轟音が俺の目の前で炸裂した。  

「うっ!?」

 熱風と赤く熱る灰が俺を煽る。

 熱い。そしてこの感じ、前にも一度、体には覚えがある。.......これはッ!

「おっと、脳天にぶち当てるつもりだったのだが、どうやら手元が狂ってしまったようだ」

 白煙を吹き出す重砲を構えたアシュレイさんが、血塗れになってそこに立っていた。

「男二人で随分と楽しそうだな。どれ、私も混ぜて貰おうか」



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