ろりこんくえすと!
3-30 黒の断片、其ノ弐
3-30 黒の断片、其ノ弐
「ダークテンペスト」
闇の魔力を含んだ小嵐が積み立てられた木の廃材を包み込む。 
瞬く間に粉々に粉砕された木の廃材は、ボロボロと崩れ落ちて残骸と化す。
「ライトランス~!」
金髪の女の子の指先から、お世辞にも魔法とは程遠い小さな光の針が生まれた。
それは不器用に作られた木の的に当たると、ちょっとした焦げ目を付けて消えていった。
「さすが未来のお姫様! 凄いですね!」
「アリアナちゃん! 魔法とっても上手だよ!」
「そんなことないよー。ミナちゃんやカルアちゃんの方がよっぽど上手なんだって!」
褒められてるのは黒肌の男の子ではない。
金髪の女の子だ。
周りの誰しもが女の子を褒め称え、男の子には近付きもしない。
まるでそこにいないかのように存在を無視し、蚊帳の外に置いてはしゃいでいる。
「ちっ.......」
舌打ちをして拳をぎゅっと握りしめた男の子はキッと女の子の方を睨み付ける。
また、この夢だ。今度は少し月日が経った場面らしい。一回目の男の子は五歳ぐらい。今回の男の子は成長をして十歳ぐらいだ。
「何見てんだよ」
「あいつ気持ち悪いぜ。いこ」
「自分の方が魔法上手いって、わざわざ自慢しに来たのかよ。性格悪すぎ」
周りの子どもから罵詈雑言を浴びせられる。それが日常化してるのか、当の本人達含めて誰も気に留めないし、不思議に思っていない。
既にこの日常に慣れてしまった男の子は、後ろを振り向くとスタスタとこの場から去っていった。
 
◆◇◆
場面は変わって森の浅い場所にある子汚い小屋。男の子は人の手が届いていない獣道を歩いてそこへやってきた。
小屋は整備されていないのか苔に覆われ、鉄で出来た扉も錆び付いている。とても人が住んでいるとは思えない。
黒肌の男の子が錆び付いたドアノブを重そうに下に押して開く。耳障りの音がして小屋に入ってみれば、中には銀髪の男がお湯を沸かしながら古ぼけた椅子に座っていた。
「今日も来たのか。いつも飽きないね、君は」
勝手に部屋に踏み込まれたことにも怒らず、銀髪の男は嬉しそうに目尻を細め、隣に空いている今にも壊れそうな椅子に手を置いて言った。
「まあそこに座りたまえ。どれ、今日も来た理由はもしかして友人がいないからか?」
「黙れ」
「はっはっ。どうやら図星のようだ。奇遇だね、私もだ」
黒肌の男の子に今しがた沸いたお湯をカップに入れて渡すと、自分の分も注いで飲んだ。
「さて、今日も友人がいない寂しい男同士で時間を潰そうじゃないか」
部屋の隅に、茶色い毛皮で覆われた生き物が胸を上下させてすやすやと眠っていた。
「この小熊はなんだ?」
「ああ、こいつか。タイラントグリズリーの子どもさ。今朝捕まえたんだよ。どうやら母親がこの子を産んだ際に死んだようでね。なんとなく拾ってきたんだよ」
淡々と銀髪の男は語る。
「女じゃないが、私としては自らの命と引き換えに子どもを産むのはあまり感心しないね。誰であろうと、母親がいない人生を渡して産み落とすのは酷なものだからさ」
「何故拾ってきたんだ?」
「さあ? 深く考えなかったな。後付だが、何かの実験に使えるかもしれない。とりあえず育ててみるとするよ。成長観察も実験のひとつだからね」
「酔狂な奴だ」 
「よく言われるよ」
銀髪の男は少し吹き出して、残ったカップのお湯を飲み干した。
男の子は寝ている小熊を一瞥すると、自然と言葉が零れたのか、ふと口にした。
「こいつは、一体何の為に生まれてきたんだろうな」
「意味なんてないんじゃないのか?」
「.......?」 
少し間を挟むと、銀髪の男は自分の考えを述べていく。
「質問を質問で返すのは好きではないが、逆に聞くが君は自分が生まれてきた意味を答えられるのか?」
「..............」
「答えられないか。それはそうだ。そんなものはないのだからな。私の足元で彷徨いているこの蟻も、部屋の隅でで寝ている小熊も、何か意味を持って生まれてきたのか? 違うな。全ての生き物に生まれてきた意味なんてものはない。例え私がそこの蟻を踏み潰しても幾らでも代わりはいる。例え私がいなくても世界はいつも通りに回っていく。誰しもが何かしらの意味を持って生まれてきた訳では無い。何故ならば、自分の存在する『意味』は自分で刻みつけなければいけないものだからだ」
「自分が存在する、意味.......」
男の子は銀髪の男の言葉を反芻する。
「俺は......」
◆◇◆
「がぼがぼがぼがぼがぼ.......ごほっ!」
目が覚めた。覚めたと同時に僕は胃に溜まった水を口から吐き出した。
「あ、やっと起きた」
「あ、やっと起きた。じゃねえよ馬鹿! 殺す気かお前は!?」
僕をベッドの上で溺死させようとしていた犯人はエマだ。手には僕を殺した凶器、もとい水を注いだやかんを持っていたので、それが決定的な証拠となっている。現行犯逮捕だ。
「あー、くそっ。起きて早々なんでこんな目に合うんだよ。しかもエマのせいで最後の台詞が飛んだ。なんて言おうとしていたのか分からなかったじゃないか」
黒肌の男の子と話していたあの銀髪の男。
それは、紛うことなきユリウス=ナサニエル本人だ。
何故あいつが出てきたんだ。考えても謎ばかりだが、既に未踏の地と言われているこの大陸に足を運んでいたのが驚きだった。
だけど、それよりも不可解なことがある。
それはユリウスが僕が出会った時よりも見た目が若かったことだ。正確には分からないけど二十歳ぐらいだろうか。僕が知っているユリウスの見た目は三十代後半。十年も月日が離れている。
とりあえず情報を整理すると、黒肌の男の子とユリウスは既に出会っていて、どうやら僕が見ていた夢はかなり昔の出来事らしい。
証拠に、メルロッテに似た金髪の女の子は「アリアナ」と呼ばれていた。
もしも、それが本当ならばあの子こそがメルロッテの母親であり前代の姫になるからだ。
「あら? エッチな夢でも見ていたの? ドスケベね」
「違うわい」
考え事をしていた僕にエマが爆弾発言を投下する。いつも通り失礼なエマの頭を叩いてやろうと思ったが、生憎包帯でぐるぐる巻きにされていた僕は動けなかった。
この巻き方、十中八九リフィアがやってくれたのだろう。もう頭が上がらないな.......。
「そういえば、あのあとどうなったんだ? ぶっ倒れて記憶が飛んでるから教えてくれ」
「そうね。とりあえず変態の事情は聞いてるわ。なんでも黒い魔物に襲われたそうね。しかも、これまでとは一味も二味も違った奴に」
「ああ」
僕は首を縦に傾けて頷いた。 
僕が戦った黒のミノタウロス。そいつは他の黒い魔物とは一線を越えた強さだった。
それだけじゃない。魔力の使い方といい、逆に僕の身体に魔力を送り込んでくるといい、明らかに異常な個体であったことは間違いない。
なんとか手掛かりを掴めないものだろうか。もしも、死体とかが残っていればエマが調べてくれるだろうが、魔力となって消えてしまっている。悔しいけどお手上げだった。
「ま、とにかく変態のお陰で、黒い魔物になった宮人を除いて負傷者死亡者は共に誰一人いないわ」
「そうか.......。それだけ?」
「そうね。変態の性愛対象であるちびっ子に呼ばれて、今こうして私が看病してあげてるのよ」
「その言い方はやめろ」
彼女といえ、彼女と。
「大変だったのよ」
不意にエマが言葉を漏らした。
「え?」
「変態のおかしくなった魔力回路の状態を治すのが。回路の中に魔力が変な溜まり方をしていたから血が止まらなかったよの。なんとか二人かがりで応急処置を施せたけど、あと一歩遅かったり変態の生命力が低かったら死んでいたかもね」
「おいおい.......まじかよ」
自分のボロボロになった身体を見るとゾッとする。なんだろう、いつ死んでもおかしくないのが怖い。村を飛び出してから、ここ最近は一週間前後を定期に死にかけてるのが当たり前になっている。
大丈夫かな、僕の身体。
「こんな深夜まで看病してあげたのよ。ほら、ありがとう、は?」
「うっ.......ありがとう」
殺そうとしたくせに納得いかない。でも思わず言ってしまった。悔しい。
「変態は素直でよろしい。それが唯一の救いね」
「無性に殴りたい」
エマは、痛みで眠れなさそうな僕に朝まで付き合ってくれた。
暴言を添えて。
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