ろりこんくえすと!
3-24 剣聖の一番弟子
3-24 剣聖の一番弟子
「拙者に任せては貰えないだろうか? 剣聖の一番弟子である拙者ならば相手にとって不足はなし。さあ、手合わせを願おうか!」
オウカが僕の眼前に立ち対峙する。目を燦爛と輝かせて、獰猛な笑みを浮かべて腰に下げた刀を引き抜いた。
いい加減しつこいやつだ。そんなに僕と戦いたかったのかよ。だから戦闘狂は好きになれないんだ。
「オウカが爺やの一番弟子というのは本当です。実質、オウカこそが爺やに次いでこの大陸で二番目に強い実力者です。そんなオウカとウェルトさんが戦うなんて.......」
「姫様、安心してください。ちゃんと手は抜いておきますので」
おかしいな。僕から見たオウカの顔に書いてあることは「今からぶっ殺せるのが楽しみだぜ!」、ってなってるんだけど。
僕は深くため息を吐き、重い足取りで前に出た。
出来ればわざと負けてさっさっとこの茶番を終わらせたい。だが、オウカ初めて会った人間ですら平気で人を殺すつもりで刀を振るえる狂人。
首チョンパされるなんて真っ平御免だ。仕方ないが全力で戦うしかない。
いや、これはただの言い訳だ。
僕は我慢してきた。ストーカーといい、態度といい、オウカには心底腹が立つ。
いいぜ、鬱憤晴らしといこうか。オウカさんよ。
こう見えても僕はかなり戦ってきた。例え覚醒も風遁術が使えない状態でも、お前をぶっ飛ばすことぐらい出来るはずだ。
実力は未知数。だが、そんな条件は今までずっと同じ。遠慮なく、殺すつもりで戦ってやる。
「正直、お前には心底嫌気が差していたんだ。一度ぶっ飛ばしておけば少しは静かになるかもな」
風狂黒金の鋒をオウカに向けて睨み合う。お互いに臨戦態勢に入ったことにより、場は剣呑な雰囲気となる。
「やっと拙者との手合わせを受ける気になってくれたか。その意気良し、姫様に近付く汚い蝿は叩き潰しておかなければならぬ」
「オ、オウカ? それにウェルトさん?」
たちまちのうちに一触即発の空気となる。互いに出方を伺って硬直するが、戦闘開始の合図は一陣の風が吹いて木の葉が舞った瞬間だった。
「飛円斬!」
オウカの刀が真横に振るわれた。振るう動作と同時に刀身に風が渦巻き、僕がいつも聞いていたことのある音が鳴る。
仕掛けは瞬時に見破った。放ってきたのは飛ぶ斬撃。歪風とよく似た、亜音速の鎌鼬が飛んでくる。
箭疾歩を発動。鎌鼬の上を軽く跳躍し、一瞬でオウカの眼前に移動した僕は全力の技術衝打を顔面に叩き込んだ。
ゴキッ! バキバキバキバキ!
鈍く嫌な音が鳴った。当たった箇所は歯。バキバキと纏めて前歯がへし折れる音と感触が伝わり、オウカは錐揉み回転をしながら後ろへと吹っ飛ぶ。
「う、嘘.......!?」
戦闘開始からまだ数秒――。いきなり足が地面から離れて吹き飛ばされるオウカに、見守っていたメルロッテが驚きの声をあげる。
「がッ!」
ギロリとオウカの目が僕を捉える。自身の身に何が起こったのか理解すると、オウカは刀を地面に突き立て、ズリズリと芝生を削りながら足を踏ん張った。
口から折れた歯と一緒に血を吐き出すと、縮地術を使って一気に僕へ駆け寄る。
逆袈裟、水平、真向。
一秒にも満たない間に数十をも越える斬撃が僕へと襲い掛かかる。
だが見切る。見切る見切る見切る。
確かにオウカの剣術の技量は高い。よく訓練されている動きだ。
だけど見える。だけど目で追いつける。
オウカの剣術は僕にとって、その程度しかないものだった。
「なっ.......!?」
剣撃の嵐の中を僕は進む。時には避け、時には風狂黒金で防いで。少しずつ、ゆっくりとだがオウカの前へと突き進む。
「ば、馬鹿な!? 拙者の刀が掠りもしない!? ハルラスとの一戦ですら手を抜いていたのか!?」
「強いよ、お前は。エルフの姫君の護衛に任されているだけはある」
ヒュンヒュンと風切り音が靡く中、僕は手を伸ばせば届いてしまう程の距離までオウカに近づいていた。
オウカの顔に焦りが見える。額に汗が滲み、剣を振るう速度が早くなるがそれでも当たらない。むしろ剣筋が雑になったことで、正確に僕を狙えない剣閃が増えてしまっていく。
「だけどな、お前はただ剣の扱いが上手いだけだ。ただ他の人より頭が抜けているだけだ。それだけじゃ、強さだけじゃ戦いには勝てないんだよ」
「だ、黙れ!」
「どうやら剣聖から習ったのは剣の扱いだけのようだな。一つだけ忠告だ。お前の欠点を教えてやる。それは、剣筋が素直すぎることだ」
オウカの剣術は教科書のお手本通りと言っても過言ではない。洗練された美しさと合理的な動きを忠実に再現している。
しかし、時にはそれは弱みとなる。裏を返せばオウカの剣筋は非常に分かりやすい。次にどんな方向から剣が振るわれるか、次にどんな斬り方をしてくるのか、簡単に次の一手を予測出来てしまう。
「搦手や駆け引きに弱すぎるんだよ。こんな風に、なっ!」
首を狙っていたのだろう。袈裟懸けに振るわれた刀を風狂黒金の刀身で滑らせて防ぎ、そのまま流れるようにオウカの懐の中へと潜り込んだ。
「かなり痛いから歯食いしばれ」
オウカの顔に恐怖の色が浮かんだ。
だけどもう遅い。僕の拳に周囲の空気が集まっていく。
やっと使えるようになったんだ。初めて僕が覚醒を発動した時、新たに獲得した技能は六つ。
体術の箭疾歩。暗殺術の心形刃紋。風遁術の殺風激。短剣術のレゾナンスエッジとインフィニティスラスト。そして、箭疾歩と同じ体術の気掌拳。
これまで覚醒を発動しないでも使えていたのは箭疾歩のただ一つだけ。しかし、ユリウスとの戦いが終わった後、実は僕の技能の項目に新しく追加されていたものがあった。
それが――
「気掌拳ッ!」
ダンッ! と空気が破ける爆音が響いた。
突風が庭を吹き、芝と葉が舞い散り、衝撃波が突き抜ける。
これで終わりだ。
僕の拳はオウカの肋骨を砕き、再起不能へと陥らせる。そう、勝利を確信した瞬間だった。
「.......!?」
手応えが違う。明らかに腹を殴り付けた感覚じゃない。まるで、何かに握られているように僕の拳が包み込まれていた。
「ウェルト殿、それぐらいで勘弁してくれませぬか?」
「お、お師匠様.......!?」
がっしりと、皺がれた手で持って飄々とした老人が僕の拳を手で受け止めていた。
「剣聖.......」
いつの間に。というか、いつの間に僕とオウカの間に割り込んでいたんだ。 
何も分からなかった。その上、殺さない程度とは言えかなり強めに気掌拳を放った筈だ。それを軽く受け止められていた。出会ってから初めて見る、剣聖の底知れぬ恐ろしさを僕は感じた。
「爺やが何故、ここに?」
「ほっほっほ。散歩がてらに歩き回っていたら偶然見つけましてな。事の一部始終は見てましたぞ。具体的にはハルラス殿がウェルト殿に勝負を挑むところからですな」
朗らかに剣聖は笑うと、受け止めていた僕の拳を離してオウカの方を向く。
「これオウカよ。相手の力量を見誤った上、こんな醜態を晒しおって。挙句の果てには、ウェルト殿がわざわざ殺さない程度に手を抜いて貰う始末。後できつーいお仕置きじゃ。ほれ、修練場に行って待っておれ」
「ひっ、ひぃ.......っ!」
オウカの顔が青ざめる。剣聖のお仕置きとは随分と厳しいものらしい。
「すみませぬな、ウェルト殿。弟子の不始末は師が尻拭いするもの。どうか許してくだされ」
「あ、ああ.......」
僕は特に何も言えなかった。言葉が思い付かなかったと言い換えてもいい。ただ、駆け足で去っていくオウカを見つめていくだけだった。
お茶会は台無しだ。まあ、ハルラスが僕に挑んできた時点でぶっ壊れていたのだが。
こうして、僕達はとぼとぼとオウカ続いてこの場から離れ、今日のお茶会は失敗した。
◆◇◆
「少々、散らかってしまいましたな。片付けたら早く行かなければなりませぬな」
全員が帰り、残った剣聖は困った顔を浮かべてひとり愚痴った。
芝生の一部が捲られ、まだ若い木や花が倒されている。とりあえず庭の掃除は侍女にでも任せるとして、メルロッテが気に入っているティーセットを片付けることにした。
剣聖は手始めに、まだ机の上に残っていたティーカップに手を伸ばして掴もうとした。
しかし、上手く取手を掴めずにカップを落としてまう。滑り落ちたカップから目線を下に落としてみれば、気付けば右手からは血が垂れ、指がめちゃくちゃな方向に曲がっていた。
「若僧に遅れを取るとは、爺やも歳ですな」
何一つ痛みを感じさせない顔で、剣聖は言葉を口から漏らした。
ポケットから布巾を取り出すと剣聖は血が流れた箇所を拭う。血を吸い取り、真っ赤になった布巾を仕舞うと剣聖は腰を屈めた。
「やれやれ、面倒なお客人を出迎えてしまったかの」
そう呟いて剣聖は再びカップに右手を伸ばした。
いつも通りの、
傷一つない皺がれた手で。
剣聖は深くため息を吐いて、黒髪の少年が去っていった方向をじっと見つめていた。
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