ろりこんくえすと!
3-17 黒い魔物
3-17 黒い魔物
「もう歩けそうか?」
アシュレイの言葉にエルフの子どもは首を横に振る。
「よし。ならば私が背負おう」
肌寒い早朝。朝食を摂った僕達はエルフの村へと出発しようとしていた。
朝飯は昨日の晩のノアのリクエスト通りヒラメという平べったい魚。煮付けにすると美味しい。
僕も調理を手伝ったが、ミナトは魚料理がかなり得意であっという間に完成した。
そのお陰でかなり早い時間から出発が出来そうだ。既に準備万端、いつでも行ける。
「あの、大丈夫? この森は結構迷いやすいからいくら慣れた私がいても.......」
「簡単な指示でいい。教えてくれさえすれば、ウェルトの地図作成の技能で道は分かる筈だ」
地図作成を発動。昨日から歩いた分だけ正確な地図が出来ている。踏破率は3%と言ったところだろうか? 数時間歩いてこの数値なら、この大陸の面積は結構狭い。島と言っても差し支えがないだろう。
「ああ、今の現在地はこの辺りなんだ。村までどれくらいか分かるか?」
僕は未完成の地図を見せてあげる。それを見たエルフの子どもは目を大きく見開くと、ありえないものを見たような感じで驚きと感心の混じった声で呟いた。
「!? なにこれ.......凄い正確.......。しかも、お兄さんのその地図だと私の村まではかなり近いよ」
「近いって、どのくらいか分かるか? 大体でいい」
「うんとね、お昼になる前までなら着くはず」
「確かに近いね。よし、行こうか」
僕達は歩き始める。まだ朝も明けて間もない頃。吐いた息が白く輝いている。
朝はいい。僕の経験上、最も魔物が活動をやめて休んでいる時間だ。夜行性も昼行性も、どっちも次の機会に備えている。
この間にとっとっと移動してしまおう。距離が一番稼げる時間なのだから。
僕達は歩き続ける。アシュレイの背に乗ったエルフの子どもの大まかな指示を聞きながら道無き道を進んでいく。
歩き続けて数時間。しばらく簡単な指示しか出していなかったエルフの子どもが、ふと何かに気付いたのか僕に話しかけてきた。
「あのね、お兄さん」
「どうしたんだ?」
「この先にね、私の村じゃないけど違うエルフの村があるんだ。ちょっと様子を見に行ってみたいの」
別の村、か。エルフは僕達普人族とは違って、大都市を作ったりせず村を転々と作りながら暮らしているのだろうか。
僕は少し考えた後、そのお願いに承諾した。
「分かった。もしかしたら君の村から避難してきたエルフの知り合いもいるかもしれない。一度行ってみよう」
「ありがとう、お兄さん」
地図作成で予め印を付けておき進行方向を変える。指示された場所はここからそう遠くはない。ものの数十分で着く距離だった。
「むー」
「どうしたリフィア、僕の服を引っ張って」
「お兄ちゃんが他の雌豚にでも取られたら嫌なの」
これほどリフィアの両親の顔を無性に見たくなった瞬間はあるのだろうか。一体どんな教育を施されてきたんだ?
◆◇◆
そして僕達は到着した。初めて立ち寄る、エルフの村に。
「これは.......」
言葉が出ない。魔物に侵入を防ぐ目的の為に作られたであろう柵は木っ端微塵に壊され、葦で建てられた民家は無惨に切り刻まれ、倒されている。
しかし、僕が目に付いたのは村の中でたむろしている数匹の魔物だった。
「なんだよあの魔物.......? エマ、分かるか?」
村を襲っている魔物達は極めて異質な魔物だった。フクロウにオオカミやキツネ。大半は獣の形をした魔物で、それぞれが毛皮や鱗や牙を持っている。持っているのだが、その全てが全く同じ材質で出来ている。
上手く説明が出来ないけど、普通なら牙は硬質な飛び出た骨の一部だし、毛皮はふさふさの体毛なんだ。だけどあいつらは違う。身体の全てが何もかも全部同じ素材で出来ているんだ。全部同じの、『黒い何か』で出来ているんだ。
これが、言っていた『黒い魔物』なのか。
「分からないわ! あんな魔物、知らないわよ!」
どうやらエマも初めて見たみたいだ。こうなったらお手上げだ。
「おい! あれエルフの子どもじゃないのか!」
ミナトの声でハッと気付く。倒れた家屋のその奥。落ちてきたであろう瓦礫の板に埋まって動けないエルフの子どものすぐ近くに、黒い魔物が喉を鳴らしながらゆっくりと近付いてきてる。
「とにかく助けるぞ!」
爪が振り上げられた瞬間、僕は素早い動きでエルフの子どもと黒い魔物の間に割って入る。
「閃光斬!」
切り伏せるように風狂黒金を抜刀し、鋭い一閃を放つ。だが.......
「手応えがない.......? いや、こいつは実体がないのか!?」
そう、この魔物は言わばガス状の魔物。風狂黒金はすり抜けて空を切り、僕は魔物の放つブレスの反撃を受けて吹き飛ばされた。
「お姉ちゃん! なんでもいいから魔法を撃ってみて!」
「了解した!」
何か閃いたのか、エマがアシュレイに向かって怒鳴る。現れたのは球状の火の玉。轟々と燃えるそれは、目にも止まらぬ速さで僕と対峙していた黒い魔物に直撃し、火の粉を散らして爆発した。
「グギガガガガガガガガ!?」
飛び散る火炎。アシュレイの火炎球によって怯んだ黒い魔物は、身体の一部が抉られたように消し飛んで動きが鈍った。
その光景を目の当たりにした僕は気付いた。この魔物の正体を。
「そうか! こいつらは魔力の塊なんだ!」
ユリウスとの戦いを経て、僕の瞳は魔力を目視することが出来るようになっている。普段から使うとすぐに目が痛くなって疲れてしまうので切っていたが、切り替えてみれば黒い魔物達は皆肉体が何も無い魔力の塊だった。
そうか。何もかもが魔力で作られた偽物なんだ。だから触れられない。だからエルフを傷付けただけで食べようとしていなかった。
エルフ達を襲っていた理由は恐らく魔力を吸い取っていたんだろう。あの衰弱した有様。納得だ。魔力だけのあいらにとっての食料はまた魔力。なんて異質な魔物なのだろうか。
そして、魔物の正体が分かったと同時に僕はある致命的なことに気付いた。
風遁術が使えない僕だと倒せないことに。
.......積みじゃん。
「変態! なにぼーっとしてんのよ! 今の変態でも倒せるわよ!」
「倒せるってどうやって!?」
瓦礫をどかしてエルフの子どもを助けようとしている僕にエマが声を張り上げる。
「変態には魔力回路が二つある。そのもうひとつの魔力回路を使いなさい!」
「使おうとしても使い方が分からないんだよ!」
「いいえ、それで大丈夫よ!」
え?
「イメージしなさい。魔力回路を水が入った風船のように。絞り出すように魔力そのものを放つよの!」
何を言っているのかさっぱり分からない。
「つまりね、属性を与えなくても魔法は撃てるものなのよ!」
.......!
そうか、分かったぞ。エマが僕にやらせようとしていることが。全く、初めからもっと分かりやすく言えよこのちびっ子め。
属性を与えなくても魔法は撃てる。つまりだ、言い換えれば技能を使わなくても魔法を使えるんだ。
僕はエマに言われた通りにイメージする。不完全ながら僕の手の平に魔力が集まってくる。
雑だけどこれが正解なんだ。
「喰らえっ!」
小石を投げるように、僕は手の平に集めた魔力を黒い魔物にぶつけた。言うなれば魔力弾。鈍器で思い切り殴られたみたいに、黒い魔物の頭部は血の代わりに魔力を吹き出して破裂した。風遁術とは威力も遥かに劣るけど、しっかりとダメージを与えられている。
「うっ.......!?」
思わず膝をついてしまう。
魔力の消費量があまりにも多すぎる。たった一発放っただけなのに、既に何十回も風遁術を使っている感じだ。良くてさっきの攻撃を使えるのはせいぜい二発と言ったところか。とにかくあまり使いたくないな、これ。
引き摺りだすように僕はエルフの子どもを瓦礫から救い出すと、アシュレイ達の元に向かって走っていった。
「アビスライトニング」
エキューデが魔法を行使する。広範囲に放たれたどす黒い稲妻が周囲一帯もろとも魔物を焼き払い霧散させる。エキューデの魔法を逃れた残党はそれぞれがアシュレイとミナトの魔法によって仕留められた。
「リフィア、容態は?」
「さっきの子と同じように衰弱しているだけなの。しっかりと栄養を摂れば命に別状はないの」
助けた子どもをリフィアに任せて僕は再び納屋に赴く。気配感知を強く発動。有効範囲を使ってくまなく村中を歩いたが、どうやら村にいたのはこの子だけのようだ。
「この村も襲われているなんて.......」 
悲痛な顔でエルフの子どもは呟く。
正直、あまり状況がよろしくない。この子の村はここから数時間程で着いてしまう。
言い換えれば、この黒い魔物達はどんどん他の村を襲っている訳だ。まずは目的地である襲われて村に向かうが、早く判断しないと魔物の進行は手に負えないレベルになる。
「少し急ごう。どうやら、僕達はかなり面倒なことに頭を突っ込んだらしい」
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