ろりこんくえすと!
2-66 反撃の狼煙、ドラゴンゾンビ
2-66 反撃の狼煙、ドラゴンゾンビ
東西南北、キメラを取り囲むように三体の凶悪な魔物達とエキューデが立ち並んだ。
脅威度A、エルダーリッチ。
脅威度A、スケルトンエンペラー。
脅威度S、ドラゴンゾンビ。
脅威度A以上の災害級の魔物が一箇所に集まる光景は中々お目にかかれない。一般人からすれば悪夢でしかないだろう。それが大都市のエルクセム王都で起こっているのだ。もしも王都に住む民が見れば卒倒間違いなしである。
「こっからは誇張無しの怪獣大戦争だ。危ないからさっさと立ち去れ、下手すれば巻き込まれるぞ」
エキューデが手をパンパンを叩くとファリスとジョサイアの側から下級のスケルトンが四体現れた。四体のスケルトン達は歯をカタカタと鳴らすと、筋肉がない骨だけの腕の何処にそんな力があるのか、二人を軽々と持ち上げた。
「ふ、ふえ? ふええええ~!?」
「我の屍海から出れば自然と撤退する。遠くまで運んでやってくれ」
スケルトン達はエキューデの言葉を理解したのか、歯をカタカタと鳴らし駆け出していった。
無事にファリスとジョサイアの姿が見えなくなった事を確認して、エキューデはキメラと向き合った。
「これだけ揃うと中々壮観だ。追加だ」
エキューデはパンパンと手を叩く。
脅威度Bのスケルトンキングが六体。脅威度Cのエリートスケルトンソルジャーが数百体。脅威度Dのスケルトンソルジャーが数千体。
それがスケルトンエンペラーの後ろからわらわらと現れた。
「準備は整いましたか、主?」
「そうだな。あれをくれ」
「クカカカカ。どうやら本気で捻り潰す気ですな。ではこれをどうぞ」
エルダーリッチは懐からなんとも形容し難い物を取り出した。
一言で言えば不健康な見た目をした不味そうな骨付き肉。丁度フライドチキンをずっと細長くした感じの大きさだった。
エキューデは躊躇いなく柄の部分である骨だけの部分を掴み受け取った。
「これを使うのは久々だ。口を開け、飢餓鬼灯」
飢餓鬼灯と呼ばれた骨付き肉がドクンと高鳴った。ビキビキと固まった肉が蕾が咲くように開いていく。複数の刀身にギザギザの刃を並べ、反り返った形はなんとか頑張ればかろうじて刀には見える。
エキューデは一応刀だとは認識しているがどちらかと言えば棍棒に近い見た目だろう。まあ、普通の人からすればグロテスクな気持ち悪い物体にしか見えないだろうが。
黄色く酸っぱい匂いのする液体が飢餓鬼灯から流れ出した。それは地面に落ちるとか細い白い煙を上げる。勘のいい人なら分かるだろう。これは強酸性の液体であり、飢餓鬼灯の胃液でもある。
「おいおい、どうやら大層腹を空かしているようだぞ。我がいない間、餌はちゃんとやっていたのか?」
「ちょっとスリムになりたいと申しておりましたので、ダイエットさせておりましたよ、主」
「さぼってただろ」
飢餓鬼灯は生きている。
手も足も顔をないがちゃんと口と胃袋だけはある。これは世にも珍しい生きた武器でもあった。
飢餓鬼灯は持ち主であるエキューデよりも強制的に断食させていたエルダーリッチよりも、目の前に佇むキメラを向いてシャーシャーとギザギザの刃を逆立てた。
「ふむ、どうやら目の前に美味しそうな餌が転がっていると認識しているな」
飢餓鬼灯が酸性の唾液を垂らし、いよいよ硬直していた戦場が動き出した。
最初に仕掛けたのはドラゴンゾンビだった。口から紫色の混じった炎を燃やすとキメラに向かって吹きかける。
毒炎弾。毒と炎を複合したブレスである。
キメラはメギドブレイズで迎え撃つが如何せん相手が悪すぎた。
ブレイズレオは確かに強力な魔物だ。だが、ブレイズレオの得意分野は熱による攻撃。自身の纏う熱により周囲を溶岩地帯にして外敵を焼き払ったり、灼熱と牙と爪によって獲物を仕留める魔物だった。
対してドラゴンと呼ばれる魔物全般はブレスによる攻撃を得意としている。軽く一息吹けば辺りを焼け野原に変える竜の息吹。それはキメラの放ったメギドブレイズ如きでは比べ物にならない。
メギドブレイズと毒炎弾が衝突した場合はどうなるか。それは普通にキメラが押し負けてしまう結果だった。
「ガアアアアアアアアッ!?」
全身が熱風と猛毒の瘴気で覆われる。元々火耐性が高いブレイズレオの顔はともかく、他の魔物の身体の部位に当てられた毒炎弾はひとたまりもなかった。
焼けて爛れた皮膚に致死性の猛毒が染み込み、思わず鼻を摘んでしまう異臭を放つ煙をあげる。
キメラはよろめきながら後退した。持ち前の再生能力で火傷した皮膚は再生されるが、猛毒の解毒には流石のキメラでも時間は掛かる。それでも抗体も無しに解毒できる方がおかしいのだが。
キメラは後ろにいたスケルトンエンペラーに殴り掛かる。解毒までの時間を稼ぐ為、ひとまずこの場から距離を離そうと試みたのだ。
だがそれは一刀の下に切り伏せられる。気付けばキメラの耳にはカチン、とオンボロの剣が鞘に納まる音が聞こえていた。
一刀両断。左肩の付け根から右脚の膝辺りまでバッサリと切り捨てられていた。
スケルトンエンペラーが発動したのは神速剣。目視不可の剣速はキメラの身体を確かに捉えていた。
声にならない絶叫をあげてキメラは崩れ落ちる。血を激しく流しながらも、切断された身体は再び結合していくが、それでも血を流しすぎた。
貧血は体力の低下を意味する。それは再生能力の低下へと繋がる。スケルトンエンペラーとドラゴンゾンビを突破する事を諦めて、キメラは次にエキューデへと牙を剥く。
誰から見てもこの中で二番目に弱そうな見た目をしているはエキューデだ。エルダーリッチは先程の発動した最上位魔法を警戒して、まだ骨による絡め手しか使ってこなかった事にキメラは当たりを付けたのだった。
【虚飾】の腕が振るわれる。
何の技能も使っていないが、それでも人間一人殺すのには過剰気味な威力の一撃だった。
だが、エキューデは『覚醒』のスキルを使い身体能力が以前の倍以上上昇している。更にキメラは猛毒により動きが少なからず鈍っていた。
エキューデはキメラの攻撃をそうそうに見切ると空高く跳躍し、地面を貫いた腕のみの刺突を避けると、飢餓鬼灯を使い【虚飾】の腕を叩き斬る。
飢餓鬼灯がキメラの腕に行った事は到底刀とは呼べるものではなかった。
破砕機が石を砕く時のような音を立てて、ガリガリと腕を削り喰らっていく。完全に【虚飾】の腕を切り離すと、飢餓鬼灯は複数に別れた刀身の一部でキメラを叩き吹き飛ばした。
ガラスが割砕いたように、飢餓鬼灯は【虚飾】の腕をガツガツと食べ始めた。よっぽどお腹が空いていたのだろう。そのがっつきようは凄まじい。
「こらッ、あんな体に悪そうな物食べちゃダメでしょ! ペッしなさい、ペッ!」
【虚飾】で作られた腕を軟骨感覚でガリガリと音を立てて食べる飢餓鬼灯に対し、エルダーリッチはペちペちと叩いて吐き出さそうとする。
「シャーッッッ!」
「うんぎゃぁぁぁ!!!」
それが気に食わなかったのか飢餓鬼灯はギザギザの刃でエルダーリッチを払い除けると、強酸性の胃液を振り撒きながら威嚇した。
吹き飛ばされたキメラは起き上がると低く重い声で喉を鳴らした。
【虚飾】の腕は再生こそされるが強力な失大罪の故に再生には時間が掛かる。腕の根元から食べられキメラの腕は、まだ付け根の辺りまでちょびっとしか元通りになっていなかった。
流石に分が悪いと判断したのか、キメラはヒポグリフの翼を広げ空高く舞い上がった。
その速度は速い。数秒で雲を貫き、王都を見下ろしたキメラはブレイズレオの口内に太陽を作り上げる。
発動したのはブレイズレオの切り札、ノヴァブラスト。
上空からの一方的な超火力の一撃。直撃さえすればエキューデの屍海を丸ごと火の海へと変える。キメラが取った行動は完璧な一手であろう。
ふと、キメラの背後に大きな黒い影が横切った。振り向けば緑色の巨体が真上で悠々と飛翔していた。
確かに完璧な一手だったろう。ドラゴンゾンビを飛べるという誤算を除けば、だが。
ドラゴンゾンビは大顎を開き牙を剥く。キメラはドラゴンゾンビに噛み付かれ、ヒポグリフの翼を片方だけもぎ取られる。
絶砕牙、ドラゴンの顎の力に物を言わせたただの噛み付きである。
ぶちぶちと肉がちぎれる音が立ち、片翼を失ったキメラは飛べる訳もなく地面へと真っ逆さまに落下した。
そこへ追撃。鈍い痛みと衝撃が炸裂し、強靭な尻尾の叩き付けがキメラが落ちる速度を加速させる。
激突、粉塵を巻き上げ屍海にへと落下したキメラは傷を付けられた痛みと受けられた屈辱に怒り、呻き声をあげる。
血祭りだ。頭の中が殺戮と惨殺することだけに埋め尽くされ、思考が赤く染まる。
早速キメラは残っている片腕でキメラは起き上がろうと.......
片腕が動かない。
否、動かないのは片腕だけではなかった。脚も、残った翼も、胴体も、何かに掴まれガッチリと固定されているようだ。
ギロリと目を動かしてキメラは視線を横に向ける。そこには、屍海から数え切れない程、おぞましい量の死者の腕が自身の身体にびっしりとしがみついていた。
キメラは吠えて振り払おうとするが、あまりにも力が強すぎて払い除けられない。むしろ身体の方が屍海の中へと沈んでいくようだった。
そんな中、キメラは沸き返るような歓声をその身に覚えた。
前方からスケルトンキング率いる骨の軍勢が歯をカタカタと鳴らしながらやってきたのだ。
屍海から生える死者の腕ですらキメラにとって厄介極まりない相手なのだが、それに加えて棒立ちのままだったスケルトンキング率いる骨の軍勢が襲い掛かってきた。
わらわらと砂糖に群がる蟻のように、数多のスケルトン達はキメラの上へと進軍する。
刺突、殴打、蹴技、打撃。
無防備なのをいいことに、スケルトン達は骨を鳴らしながらキメラをサンドバッグに仕立てあげた。
ある者はボロボロの剣で突き刺し、ある者は骨だけの腕で殴り掛かり、ある者はまた骨のみの足で蹴りを入れる。
一撃一撃はたいしたことがない。持ち前の再生能力ですぐに治ってしまうぐらいのダメージだ。
だが、あまりにも数が多かった。
塵も積もれば山となる。例え一体一体の攻撃が非力でも、数千体からの攻撃はキメラの再生能力を上回った。
必死で反撃を試みるが身体がびくともしない。胸や手足を突き刺され、キメラは大声をあげるが口の中にすらスケルトン達が入り込んでくる。
そのまま、キメラは骨の中に埋もれていった。
◆◇◆
「終わったか」
キメラが為す術もなくスケルトンキング達に呑まれる様を傍観していたエキューデが呟いた。
「そうですな。後は屍海の中に取り込まれるだけですな。クカカカカ」
エキューデは頬に伝っていた汗を拭って深く息を吐いた。
覚醒は心身共に大きい負担を掛けるスキル。出来れば使いたくない奥の手だ。付け加えれば使用し過ぎると代償により命まで落としてしまうことがある。
エキューデはそのまま発動している覚醒を解除して屍海を閉じるつもりだった。今はまだ平気だが、これ以上使っていると、いつ代償が起きてもおかしくなかったからだ。
屍海を閉じようとエキューデが意識した時、ダアンッ、とスケルトンが群れていた骨山の真ん中で、黒い翼が飛び出してきた。
「.......。まだ生きていのか。しぶとい奴め」
舌打ちをして苦々しい顔で呟いた。キメラの四肢と片翼は完璧に拘束したが、まさか千切れた翼の部分を【虚飾】で復元させてスケルトン達を吹き飛ばすとは思いもよらなかった。【虚飾】腕の再生が遅く、後回しにしていたのが爪が甘かった。エキューデは悪態をついて後悔した。
即座に次の一手を考えるエキューデの傍に一体のスケルトンソルジャーが足元へ転がってきた。キメラの翼による攻撃で吹き飛ばされたのだろう。スケルトンソルジャーはよろよろと起き上がると、他のスケルトン達と同じようにキメラへと襲い掛かろうと駆け出した。
ふと、エキューデは何か違和感を覚えた。いや、既視感と言うべきなのだろうか、スケルトンソルジャーの歩き方が何かがおかしいと感じた。
ただの理由のない、何気のない行動だった。エキューデは手に持った飢餓鬼灯の柄で走り出したスケルトンソルジャーを軽く小突いてみた。
バキリ。スケルトンソルジャーは乾いた音を立てて崩れ落ちた。
「主、怖い顔をしてどうしましたか?」
エキューデは手をパンパンと叩くと魔物達に命令を下す。
屍海の中に撤退せよ、と。
「我は最悪の気分だ」
エキューデは足元に散らばったスケルトンソルジャーの亡骸を踏んだ。亡骸はビスケットのように何の力も入れなくても簡単に砕けてしまった。
下級の魔物とは言えスケルトンソルジャーのLvは約30前後。到底小突いただけでは即死する訳でもない。更に屍海這い出した魔物達は皆、通常のアンデット系の魔物達と比べて一回りも二回りも強い。亡骸を踏み付けただけで砕けてしまう程度の脆弱さではないのだ。
「そのスキルは脅威度Aの寄せ集めの魔物如きが持っていい筈がないだろう。一体どんなズルを使ったのだ」
エキューデはキメラを険しい視線で睨んだ。骨の軍勢を焼き払い、キメラは漆黒の片翼を大きく広げた。【虚飾】で作られたと思っていた翼。それは、全くの別物であった。
レベルダウン。それがスケルトンソルジャーに起きた現象だった。強制的にLvを下げられる稀有な状態異常と言ってもいいだろう。それをエキューデはかつて見たことがある。
大罪系スキルの中でも一位二位を争う極めて強力なスキル。他者よりも自分が優れていると驕る負の感情。
「【傲慢】、何故お前が持っている」
キメラはエキューデの方を振り向き、ブレイズレオの口許を確かに歪めて、
嗤った。
東西南北、キメラを取り囲むように三体の凶悪な魔物達とエキューデが立ち並んだ。
脅威度A、エルダーリッチ。
脅威度A、スケルトンエンペラー。
脅威度S、ドラゴンゾンビ。
脅威度A以上の災害級の魔物が一箇所に集まる光景は中々お目にかかれない。一般人からすれば悪夢でしかないだろう。それが大都市のエルクセム王都で起こっているのだ。もしも王都に住む民が見れば卒倒間違いなしである。
「こっからは誇張無しの怪獣大戦争だ。危ないからさっさと立ち去れ、下手すれば巻き込まれるぞ」
エキューデが手をパンパンを叩くとファリスとジョサイアの側から下級のスケルトンが四体現れた。四体のスケルトン達は歯をカタカタと鳴らすと、筋肉がない骨だけの腕の何処にそんな力があるのか、二人を軽々と持ち上げた。
「ふ、ふえ? ふええええ~!?」
「我の屍海から出れば自然と撤退する。遠くまで運んでやってくれ」
スケルトン達はエキューデの言葉を理解したのか、歯をカタカタと鳴らし駆け出していった。
無事にファリスとジョサイアの姿が見えなくなった事を確認して、エキューデはキメラと向き合った。
「これだけ揃うと中々壮観だ。追加だ」
エキューデはパンパンと手を叩く。
脅威度Bのスケルトンキングが六体。脅威度Cのエリートスケルトンソルジャーが数百体。脅威度Dのスケルトンソルジャーが数千体。
それがスケルトンエンペラーの後ろからわらわらと現れた。
「準備は整いましたか、主?」
「そうだな。あれをくれ」
「クカカカカ。どうやら本気で捻り潰す気ですな。ではこれをどうぞ」
エルダーリッチは懐からなんとも形容し難い物を取り出した。
一言で言えば不健康な見た目をした不味そうな骨付き肉。丁度フライドチキンをずっと細長くした感じの大きさだった。
エキューデは躊躇いなく柄の部分である骨だけの部分を掴み受け取った。
「これを使うのは久々だ。口を開け、飢餓鬼灯」
飢餓鬼灯と呼ばれた骨付き肉がドクンと高鳴った。ビキビキと固まった肉が蕾が咲くように開いていく。複数の刀身にギザギザの刃を並べ、反り返った形はなんとか頑張ればかろうじて刀には見える。
エキューデは一応刀だとは認識しているがどちらかと言えば棍棒に近い見た目だろう。まあ、普通の人からすればグロテスクな気持ち悪い物体にしか見えないだろうが。
黄色く酸っぱい匂いのする液体が飢餓鬼灯から流れ出した。それは地面に落ちるとか細い白い煙を上げる。勘のいい人なら分かるだろう。これは強酸性の液体であり、飢餓鬼灯の胃液でもある。
「おいおい、どうやら大層腹を空かしているようだぞ。我がいない間、餌はちゃんとやっていたのか?」
「ちょっとスリムになりたいと申しておりましたので、ダイエットさせておりましたよ、主」
「さぼってただろ」
飢餓鬼灯は生きている。
手も足も顔をないがちゃんと口と胃袋だけはある。これは世にも珍しい生きた武器でもあった。
飢餓鬼灯は持ち主であるエキューデよりも強制的に断食させていたエルダーリッチよりも、目の前に佇むキメラを向いてシャーシャーとギザギザの刃を逆立てた。
「ふむ、どうやら目の前に美味しそうな餌が転がっていると認識しているな」
飢餓鬼灯が酸性の唾液を垂らし、いよいよ硬直していた戦場が動き出した。
最初に仕掛けたのはドラゴンゾンビだった。口から紫色の混じった炎を燃やすとキメラに向かって吹きかける。
毒炎弾。毒と炎を複合したブレスである。
キメラはメギドブレイズで迎え撃つが如何せん相手が悪すぎた。
ブレイズレオは確かに強力な魔物だ。だが、ブレイズレオの得意分野は熱による攻撃。自身の纏う熱により周囲を溶岩地帯にして外敵を焼き払ったり、灼熱と牙と爪によって獲物を仕留める魔物だった。
対してドラゴンと呼ばれる魔物全般はブレスによる攻撃を得意としている。軽く一息吹けば辺りを焼け野原に変える竜の息吹。それはキメラの放ったメギドブレイズ如きでは比べ物にならない。
メギドブレイズと毒炎弾が衝突した場合はどうなるか。それは普通にキメラが押し負けてしまう結果だった。
「ガアアアアアアアアッ!?」
全身が熱風と猛毒の瘴気で覆われる。元々火耐性が高いブレイズレオの顔はともかく、他の魔物の身体の部位に当てられた毒炎弾はひとたまりもなかった。
焼けて爛れた皮膚に致死性の猛毒が染み込み、思わず鼻を摘んでしまう異臭を放つ煙をあげる。
キメラはよろめきながら後退した。持ち前の再生能力で火傷した皮膚は再生されるが、猛毒の解毒には流石のキメラでも時間は掛かる。それでも抗体も無しに解毒できる方がおかしいのだが。
キメラは後ろにいたスケルトンエンペラーに殴り掛かる。解毒までの時間を稼ぐ為、ひとまずこの場から距離を離そうと試みたのだ。
だがそれは一刀の下に切り伏せられる。気付けばキメラの耳にはカチン、とオンボロの剣が鞘に納まる音が聞こえていた。
一刀両断。左肩の付け根から右脚の膝辺りまでバッサリと切り捨てられていた。
スケルトンエンペラーが発動したのは神速剣。目視不可の剣速はキメラの身体を確かに捉えていた。
声にならない絶叫をあげてキメラは崩れ落ちる。血を激しく流しながらも、切断された身体は再び結合していくが、それでも血を流しすぎた。
貧血は体力の低下を意味する。それは再生能力の低下へと繋がる。スケルトンエンペラーとドラゴンゾンビを突破する事を諦めて、キメラは次にエキューデへと牙を剥く。
誰から見てもこの中で二番目に弱そうな見た目をしているはエキューデだ。エルダーリッチは先程の発動した最上位魔法を警戒して、まだ骨による絡め手しか使ってこなかった事にキメラは当たりを付けたのだった。
【虚飾】の腕が振るわれる。
何の技能も使っていないが、それでも人間一人殺すのには過剰気味な威力の一撃だった。
だが、エキューデは『覚醒』のスキルを使い身体能力が以前の倍以上上昇している。更にキメラは猛毒により動きが少なからず鈍っていた。
エキューデはキメラの攻撃をそうそうに見切ると空高く跳躍し、地面を貫いた腕のみの刺突を避けると、飢餓鬼灯を使い【虚飾】の腕を叩き斬る。
飢餓鬼灯がキメラの腕に行った事は到底刀とは呼べるものではなかった。
破砕機が石を砕く時のような音を立てて、ガリガリと腕を削り喰らっていく。完全に【虚飾】の腕を切り離すと、飢餓鬼灯は複数に別れた刀身の一部でキメラを叩き吹き飛ばした。
ガラスが割砕いたように、飢餓鬼灯は【虚飾】の腕をガツガツと食べ始めた。よっぽどお腹が空いていたのだろう。そのがっつきようは凄まじい。
「こらッ、あんな体に悪そうな物食べちゃダメでしょ! ペッしなさい、ペッ!」
【虚飾】で作られた腕を軟骨感覚でガリガリと音を立てて食べる飢餓鬼灯に対し、エルダーリッチはペちペちと叩いて吐き出さそうとする。
「シャーッッッ!」
「うんぎゃぁぁぁ!!!」
それが気に食わなかったのか飢餓鬼灯はギザギザの刃でエルダーリッチを払い除けると、強酸性の胃液を振り撒きながら威嚇した。
吹き飛ばされたキメラは起き上がると低く重い声で喉を鳴らした。
【虚飾】の腕は再生こそされるが強力な失大罪の故に再生には時間が掛かる。腕の根元から食べられキメラの腕は、まだ付け根の辺りまでちょびっとしか元通りになっていなかった。
流石に分が悪いと判断したのか、キメラはヒポグリフの翼を広げ空高く舞い上がった。
その速度は速い。数秒で雲を貫き、王都を見下ろしたキメラはブレイズレオの口内に太陽を作り上げる。
発動したのはブレイズレオの切り札、ノヴァブラスト。
上空からの一方的な超火力の一撃。直撃さえすればエキューデの屍海を丸ごと火の海へと変える。キメラが取った行動は完璧な一手であろう。
ふと、キメラの背後に大きな黒い影が横切った。振り向けば緑色の巨体が真上で悠々と飛翔していた。
確かに完璧な一手だったろう。ドラゴンゾンビを飛べるという誤算を除けば、だが。
ドラゴンゾンビは大顎を開き牙を剥く。キメラはドラゴンゾンビに噛み付かれ、ヒポグリフの翼を片方だけもぎ取られる。
絶砕牙、ドラゴンの顎の力に物を言わせたただの噛み付きである。
ぶちぶちと肉がちぎれる音が立ち、片翼を失ったキメラは飛べる訳もなく地面へと真っ逆さまに落下した。
そこへ追撃。鈍い痛みと衝撃が炸裂し、強靭な尻尾の叩き付けがキメラが落ちる速度を加速させる。
激突、粉塵を巻き上げ屍海にへと落下したキメラは傷を付けられた痛みと受けられた屈辱に怒り、呻き声をあげる。
血祭りだ。頭の中が殺戮と惨殺することだけに埋め尽くされ、思考が赤く染まる。
早速キメラは残っている片腕でキメラは起き上がろうと.......
片腕が動かない。
否、動かないのは片腕だけではなかった。脚も、残った翼も、胴体も、何かに掴まれガッチリと固定されているようだ。
ギロリと目を動かしてキメラは視線を横に向ける。そこには、屍海から数え切れない程、おぞましい量の死者の腕が自身の身体にびっしりとしがみついていた。
キメラは吠えて振り払おうとするが、あまりにも力が強すぎて払い除けられない。むしろ身体の方が屍海の中へと沈んでいくようだった。
そんな中、キメラは沸き返るような歓声をその身に覚えた。
前方からスケルトンキング率いる骨の軍勢が歯をカタカタと鳴らしながらやってきたのだ。
屍海から生える死者の腕ですらキメラにとって厄介極まりない相手なのだが、それに加えて棒立ちのままだったスケルトンキング率いる骨の軍勢が襲い掛かってきた。
わらわらと砂糖に群がる蟻のように、数多のスケルトン達はキメラの上へと進軍する。
刺突、殴打、蹴技、打撃。
無防備なのをいいことに、スケルトン達は骨を鳴らしながらキメラをサンドバッグに仕立てあげた。
ある者はボロボロの剣で突き刺し、ある者は骨だけの腕で殴り掛かり、ある者はまた骨のみの足で蹴りを入れる。
一撃一撃はたいしたことがない。持ち前の再生能力ですぐに治ってしまうぐらいのダメージだ。
だが、あまりにも数が多かった。
塵も積もれば山となる。例え一体一体の攻撃が非力でも、数千体からの攻撃はキメラの再生能力を上回った。
必死で反撃を試みるが身体がびくともしない。胸や手足を突き刺され、キメラは大声をあげるが口の中にすらスケルトン達が入り込んでくる。
そのまま、キメラは骨の中に埋もれていった。
◆◇◆
「終わったか」
キメラが為す術もなくスケルトンキング達に呑まれる様を傍観していたエキューデが呟いた。
「そうですな。後は屍海の中に取り込まれるだけですな。クカカカカ」
エキューデは頬に伝っていた汗を拭って深く息を吐いた。
覚醒は心身共に大きい負担を掛けるスキル。出来れば使いたくない奥の手だ。付け加えれば使用し過ぎると代償により命まで落としてしまうことがある。
エキューデはそのまま発動している覚醒を解除して屍海を閉じるつもりだった。今はまだ平気だが、これ以上使っていると、いつ代償が起きてもおかしくなかったからだ。
屍海を閉じようとエキューデが意識した時、ダアンッ、とスケルトンが群れていた骨山の真ん中で、黒い翼が飛び出してきた。
「.......。まだ生きていのか。しぶとい奴め」
舌打ちをして苦々しい顔で呟いた。キメラの四肢と片翼は完璧に拘束したが、まさか千切れた翼の部分を【虚飾】で復元させてスケルトン達を吹き飛ばすとは思いもよらなかった。【虚飾】腕の再生が遅く、後回しにしていたのが爪が甘かった。エキューデは悪態をついて後悔した。
即座に次の一手を考えるエキューデの傍に一体のスケルトンソルジャーが足元へ転がってきた。キメラの翼による攻撃で吹き飛ばされたのだろう。スケルトンソルジャーはよろよろと起き上がると、他のスケルトン達と同じようにキメラへと襲い掛かろうと駆け出した。
ふと、エキューデは何か違和感を覚えた。いや、既視感と言うべきなのだろうか、スケルトンソルジャーの歩き方が何かがおかしいと感じた。
ただの理由のない、何気のない行動だった。エキューデは手に持った飢餓鬼灯の柄で走り出したスケルトンソルジャーを軽く小突いてみた。
バキリ。スケルトンソルジャーは乾いた音を立てて崩れ落ちた。
「主、怖い顔をしてどうしましたか?」
エキューデは手をパンパンと叩くと魔物達に命令を下す。
屍海の中に撤退せよ、と。
「我は最悪の気分だ」
エキューデは足元に散らばったスケルトンソルジャーの亡骸を踏んだ。亡骸はビスケットのように何の力も入れなくても簡単に砕けてしまった。
下級の魔物とは言えスケルトンソルジャーのLvは約30前後。到底小突いただけでは即死する訳でもない。更に屍海這い出した魔物達は皆、通常のアンデット系の魔物達と比べて一回りも二回りも強い。亡骸を踏み付けただけで砕けてしまう程度の脆弱さではないのだ。
「そのスキルは脅威度Aの寄せ集めの魔物如きが持っていい筈がないだろう。一体どんなズルを使ったのだ」
エキューデはキメラを険しい視線で睨んだ。骨の軍勢を焼き払い、キメラは漆黒の片翼を大きく広げた。【虚飾】で作られたと思っていた翼。それは、全くの別物であった。
レベルダウン。それがスケルトンソルジャーに起きた現象だった。強制的にLvを下げられる稀有な状態異常と言ってもいいだろう。それをエキューデはかつて見たことがある。
大罪系スキルの中でも一位二位を争う極めて強力なスキル。他者よりも自分が優れていると驕る負の感情。
「【傲慢】、何故お前が持っている」
キメラはエキューデの方を振り向き、ブレイズレオの口許を確かに歪めて、
嗤った。
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