ろりこんくえすと!

ノω・、) ウゥ・・・

2-59 解かれた鎖、決死の呼び掛け

 

 2-59 解かれた鎖、決死の呼び掛け


 ロイドの目の前に佇むその魔物は、なんとも形容し難い見た目であった。

 赤く靡く鬣の上にライオンの頭。背中には巨大な鳥を思わせる翼が二対。筋骨隆々に鍛えられたゴリラを彷彿させる胴体。あまりにも大きい爪を持つ熊の手。そして、明らかに上半身とはサイズが違いすぎる豹の足。

 正しく異形の魔物。身体をバラバラにされ、より優れている箇所だけを継ぎ足されたその魔物は、見ているだけで戦慄を覚える。

「驚いただろう? 実はこいつの名前はまだないんだ。ただ、合成獣の名前を取って、私は単にキメラと呼んでいる」

 恍惚こうこつな表情を浮かべながら、ユリウスはキメラの胴体を愛おしそうに撫でながら言った。

「どうだ? 私の最高傑作はとても素晴らしいだろう? けれど少し困っていてね。あまりにも凶暴でひとたび暴れだしたら私でも手に負えないのだよ」

 ユリウスは呟きながらキメラの前に立ちキメラを縛っている鎖の要となる錠を手に取った。

「この手は出来れば使いたくなったが.......。仕方ない、君は私を怒らせた」

 ユリウスは額に青筋を作ると、掴んでいたキメラを縛っている鎖の錠を勢いよく引きちぎった。

 バラバラとキメラの強大すぎる力を押さえつけていた鎖が反動で弾け飛ぶ。

 動きを縛っていた拘束を解かれキメラを見たロイドは、身体が竦み上がる感覚を確かに感じた。
 
 自由の身になったキメラは一通り自分の身体を動かすと、縛っていた鎖が消えたことを認識し、王都全体に響く程の雄叫びをあげた。

 その雄叫びに、ロイドは思わず両手で耳を塞いで屈んでしまう。

 あまりにも規格外だった。最早雄叫びという範疇には収まらない。キメラの雄叫びは忽ちの内に衝撃波となり、部屋全体を揺らして至る所に亀裂を生じさせる。
 
「やれ、キメラ! 目の前にいる男を殺せ!」

 ユリウスはキメラに命令を下す。

 もしもキメラがユリウスの命令に従い、一度動けばロイドの命は風前の灯も同然であった。

 だが、ここでキメラはユリウスの思惑とは予想外の行動をする。なんとキメラはロイドを追い掛けもせず、というより目にも掛けず、部屋の天井目掛けて高圧の獄炎を吐き出した。

 巻き起こる熱風と爆音。キメラは外へと繋がる巨大な大穴を穿つと、バタバタと二対に翼を羽ばたかせ、明後日の方向に飛び立ってしまった。

「.......は?」

 ここでユリウスは誤算をしていた。それは、キメラの心臓に貪食の食人鬼の脈動心を使っていたことだった。

 心臓、それは脳と負けず劣らず大半の生物にとって重要な器官。貪食の食人鬼の脈動心を使われたキメラは、生前の貪食の食人鬼の趣味嗜好を色濃く受け継いでいた。

 貪食の食人鬼ならこう考えるだろう。たった一匹の人間を追うより、部屋のすぐ近くに住んでいる大量の人間を襲った方が効率がいい、と。

 それはキメラの思考と繋がった。ユリウスの命令に従って一匹に人間を素直に追うよりも、ここエルクセム王都には大勢の人間が暮らしているのだ。キメラは自らの腹と愉悦を満たすため、ユリウスの命令を無視して飛びたってしまった。

 ユリウスは呆然と何も出来ずにキメラの背中を見送ることしか出来なかった。わなわなと怒りに震える拳を握りしめながらユリウスは後ろを向く。

 私直々の手でロイドに引導を渡そうと。

 しかし、ロイドの姿は既にいなくなっていた。

 キメラも、ロイドも、この部屋を後にしていたのであった。

 ユリウスは歯が潰れてしまうぐらいに強く噛み締めると、口から憤怒の感情を孕んだ声を漏らした。

 即ち、

「ここまでコケにされたことは始めてだ.......ロイド=ツェペリ.......!」

 逃げられた。


 ◆◇◆


 あどけない幼女はロイドの腕に抱えられて薄暗いユリウスの部屋を後にしていた。彼女は麻酔が全身に周り昏睡状態に陥っている。幸い、ロイドが脈を測ると呼吸は保ってたので命に別状はないようだ。

 ユリウスから一目散に背を向けて逃げたロイドは、エルクセム王城内のある一点を目指して駆ける。

 この時、ロイドが取った判断は実に合理的であった。

 まず第一にロイドには武器がない、丸腰の状態であった。
 彼愛用のアダマンタイト製の剣は黒髪黒目の少年に根元から切られ、とてもじゃないが使えなくなってしまっていた。

 一応、石の大剣を魔法陣から召喚したり出来るが、いささかあのキメラとかいう魔物相手ではどう足掻いても歯が立たないだろう。

 第二にロイドはキメラの各部位に使われている魔物は全て脅威度Aクラスの魔物だと見抜いていた。特にロイドはキメラの両手には見覚えがあった。
 
 脅威度A、タイラントグリズリーのものだと。

 それは数年前、入団試験の最中にウルラキア山で出現した魔物だった。いや、恐らくその個体そのものなのだろう。ユリウスは第一騎士団副団長。その立場と権威を使えば手に入れることは容易い。

 ロイドはクラウディオが倒したとされるタイラントグリズリーは間近で見た経験があるので、判断できていた。

 タイラントグリズリーの身体の中でも特に両腕が発達している魔物だ。一度その腕を振るえば巨岩ですら容易く粉砕する程の破壊力を秘めている。

 その上、ロイドは残りのキメラの各部位も脅威度Aクラスの魔物の発達した身体が使われているとも見ていた。

 言うなれば翼。ロイドは山勘だがヒポグリフだと当たりを付ける。実際、ロイドの勘は当たっていたのだが。

 脅威度Aクラスのよりすぐりの身体を集めて作られた合成獣。このような災害級クラスの魔物を前に、ロイドは自分では倒せないと判断していたのだった。

 第三にロイドの目的は幼女を助ける事だった。ユリウスを倒してカッチョいい所を見せたい気持ちもあったが、最優先すべくは幼女の救出。元よりロイドは様子見を兼ねてユリウスと戦っていただけだった。今回は何か行けそうな気がしたのでゴリ押していたが、ユリウスがキメラという切り札を切った以上、戦闘を続行するのは悪手だとロイド考え、即決して作戦を切り替えていた。

 そう、ロイドはただのロリコンではないのだ。出来るロリコンなのだ。

 ロイドは腕に抱えた幼女をぎゅっと握りしめると、廊下の窓を蹴破り、別の練の窓まで蹴破って跳躍する。そこはエルクセム王城の本練。エルクセム王が住まう王城の中でも最も警備が厳重な場所だった。

 そしてロイドは階段を駆け上がる。

 なんとロイドは屋上を目指していた。普通ならば下へ逃げるだろう。逃げ切れたとはいえ、それは一時的なものだ。ロイドは今でもユリウスに追われている可能性がある。逃げ場のない屋上に逃げるよりも、素直に数多くの逃走経路がある城下町の方角に逃げた方がいいはずだ。

 否、それは凡人の考えである。

 初めに言った通りロイドはただのロリコンではない。出来るロリコンだった。

 何故屋上に向かったか。その理由はキメラを野放しにしておくことは出来なかったからだった。

 ロイドにとって幼女は宝である。男とおばさんはロイドの中ではゴミ同然の価値ではあるが。

 ロイドには日々の見回りという名のストーカーと盗撮行為で、数多くの幼女達と知り合っていた。
 今自分が抱き抱えている幼女も大切だったが、ここエルクセム王都で暮らす幼女達も決して見過ごす訳にはいかなかった。

 キメラが城下町へと赴く。おっさん共は別にロイドにとっていくら死んでも構わないのだが、価値ある幼女が死ぬのは頂けない。

 ロイドが向かう場所、屋上には魔力式声音拡散機、俗に言うスピーカーが設置されていた。

 それはエルクセムに王城に設置された、言わば緊急事態に使われる災害警報装置なのである。

 ロイドはこれを使い、キメラが出現したと近隣の住民に呼び掛けを行うつもりであった。

 ただ呼び掛けるだけではない。ロイドは第五騎士団のジョサイア=マルティニス、ファリス=メルセデル、第四騎士団のレオナ=アレステナ、ゼノ=ギラヴァンツにキメラの討伐要請を送る事を考えていた。

 この四人を合わせた戦力はかなりのものだ。きっと倒すことが出来なくとも足止めぐらいなら出来るだろう。自分だけの力ではキメラは倒せない。つまり幼女を守れないと判断した、苦渋の決断であった。

 ただ、これからロイドがやろうとしている事には相応のリスクが伴う。

 魔力式音声拡散機を使うこと、それはユリウスに自分から居場所を教えるのも同然だった。

 それでも背に腹は変えられない。
 ロイドにとって自分の命は幼女の二の次だが、問題は自分が抱えている幼女まで危険に身を晒す事だった。

 ロイドは覚悟を決める。自分が抱えている幼女も、エルクセム王都で暮らす幼女も全員守らなければいけないのだと。

 階段を駆け上がり、屋上への扉を強引に開いたロイドは、魔力式音声拡散機へと駆け寄った。

 幼女を降ろし、慣れた手付きでスイッチを入れる。備え付けられたマイクを手に取り、ロイドは口を開いた。

「おじさんの名は第三騎士団長、ロイド=ツェペリ! これよりエルクセム王都に住まう幼女達に告げるッ!」 

 ピーッと甲高い快音。それに次、ロイドの声が拡散され王都全域に渡り響いた。

「たった今、推定脅威度Aの魔物がエルクセム王都、城下町付近に現れた! 速やかに幼女達は街の外に避難するんだ! なお男共は全力で足止めをしろ! おっさん共は精々のその命を有効活用して命を散らせッ!」

 この男、最低である。

「第四騎士団のレオナ=アレステナ、ゼノギラヴァンツ、第五騎士団のジョサイア=マルティニス、ファリス=メルセデルには討伐を要請する! そし.......ぐっ、がッ.......!」

 ロイドは次の言葉を言おうとした時、口からは言葉ではなく血が零れていた。視線を下に逸らすと、腹からは鋭利な氷柱が生えていた。

 見つかった。ユリウス=ナサニエルに。

「やってくれたな.......! 君は私にとって最も不愉快になる選択を取った.......!」

 常人ならば耐え難い苦痛にマイクを手放してしまうだろう。しかしロイドはマイクを手放さなかった。最後の力を振り絞り、 ロイドは真実を告げる為に呼び掛けた。

「魔物を王都に放ったのは.......第一騎士団副団長のユリウ.......」

 最後まで言葉を繋げようとしたが、グサクサと次々に氷柱が身体に突き刺さりロイドはその場で崩れ落ちた。プツン、とロイドの放送はここで途切れる事となった。

 この時、ロイドの決死の放送で全ての歯車は終局へと舵を切った。

 

コメント

  • 執筆用bot E-021番 

     おそらく以前、私の作品にコメントしていただいたと思います。遅ればせながら、ありがとうございました。面白そうなので、こちらの作品を読ませていただきます。

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