ろりこんくえすと!
2-53 灼熱の記憶の欠片 12
2-53 灼熱の記憶の欠片 12
後ろからどっと沸き返るような歓声が私の背中を押していた。
トーナメント試験の開始だった。
トーナメント試験は一般市民に無料で公開される。私の後ろで観客席に座っている群衆は、全てエルクセム王都の民達であった。
私は何で、こんな場所に立っているのだろう。
砂利の狭い道を歩いていき、重厚な石で造られた決闘場の舞台の上に私は立っていた。
目の前には貴族らしい装飾をあしらった服装を着てヴィクトルが既に立っていた。太陽の光に反射して、散りばめた金銀宝石キラキラと輝いている。いかにも晴れ舞台で貴族が着る悪趣味な服装だ。
ヴィクトルは私の姿を見て、顔に難解な表情を浮かべた。まさか私がトーナメント試験に来るとは、はたまたタイラントグリズリーに殺されたと思っていたのかもしれない。
「これよりトーナメント試験の初戦試合を開始する」
試験官が私の前に出てきた。煌びやかな白金の鎧を身に付けて。
紛れもない。私の兄ジョサイアだった。
兄は私の顔を見て一瞬だけ驚いた顔をしたが、変化はそれだけで、いつも通りの仏頂面に戻ってしまった。
「両者位置に構えて」
さも気にせず、兄は淡々と与えられた仕事をこなす。
私とヴィクトル互いに剣を抜刀して構えた。ヴィクトルの剣は煌びやかな宝石を付けた剣だ。儀式用なのだろう。
「始め!」
兄の合図に従い、私とヴィクトルとのトーナメント試験が始まった。
最初に仕掛けたのはヴィクトルだった。決闘場の床を蹴って、一気に私の懐へと距離を詰めてきた。
ヴィクトルの剣が風を切って振り下ろされる。私はそれを金属音を響かせて剣の刀身で受け止める。
「がっ.......!?」
受け止めた瞬間、違和感を感じた。
ヴィクトルは、こんなに強かったのか?
ただ剣撃を防いだだけなのに、ヴィクトルの剣は岩のように重たかった。まるで全身に鉛が吊るされているかのようだ。私は思わずその場で立膝を付いて屈していた。
私はここのところまともな生活をしていない。幾分かは体力は落ちているに違いない。だが、それを差し引いてもヴィクトルの一撃はあまりにも不自然な強さだった。
私は残った片足でヴィクトルの足を蹴り飛ばす。バランスを崩し、体勢が崩れた瞬間を狙って裏拳をヴィクトルの顎に叩き込んだ。
ヴィクトルは横向けにのぞけるが、顔を二重の意味で歪めながら踏ん張った。
私の筋力が低下しているのだろうか。かなり強めに放った筈なのに吹き飛ばない。
「こんのっ.......糞女が!」
剣が垂直に放たれた。目視出来ないほど素早かったが繰り出した場所は簡単に予想出来たので私は首を横に逸らして躱す。
渾身の突きが空を切る。その後、自らの膂力に引きずられたようにヴィクトルは大きくたたらを踏んだ。
身体能力はとても高い。しかし、肝心の技術がお粗末だ。
導き出される結論はただ一つ。
強化魔法だ。
ヴィクトルは強化魔法を使ってトーナメント試験に参加していた。別にトーナメント試験では魔法を使ってはいけないというルールは設けられていない。強化魔法もその例には漏れてはいない。
だが、問題なのはヴィクトルが強化魔法を使えないのに使っていることだった。おそらく、強化魔法が使える魔道士を金で雇い自分の掛けさせたに違いないだろう。
これは明らかなルール違反だ。自分が努力して習得した強化魔法を使うのはいい。それは実力の内だからだ。だが、他人の力を借りて振るう力は借り物に過ぎない。
「ふざけんな! 避けんなクソが!」
口を拭ってヴィクトルは吐き捨てた。口元には薄らとだが血が滲んでいる。
ヴィクトルは怒りを露わにして剣を振るう。横凪の剣閃が唸りを上げた。剣の刀身で再び受け止めたが、威力は先程よりも桁違いだった。
それは力任せの一撃。強化魔法で増加された筋肉による一振。私は耐えきれず、勢いのまま跳ねるように地面に転がされ、倒れ伏した。 
ヴィクトルは追撃を仕掛ける。倒れた私に向かって突き立てるように剣を下段構えに斬り下ろした。
腰から重砲を引き抜いた。砲弾はエマの手により既に込められている。照準をヴィクトルの剣に合わせ、引き金を引く。
快音が響く。砲弾が剣に直撃し、ヴィクトルは剣を手から弾き飛ばされそうになるが、強化魔法のお陰か手放すまでには至らなかった。
私は続けざまに重砲本体で脇腹を殴り付ける。さながら鈍器の使い方だ。重く、確かな手応えを感じながら、ヴィクトルはごろごろと決闘場の床に転がった。
「はぁ.......はぁ.......。なんだよ、なんだよお前、前から思ってたけど気持ち悪いんだよ!」
ヴィクトルは立ち上がって私を睨み付ける。
「なんなんだよお前は! 女の癖に強くて、家が偉くもないのに俺と違って周りから慕われていて.......!」
 なんだ、こいつは。何を言っている?
「気に食わねえ! なにもかも全てだ! 俺は偉いんだよ.......! サバイバル試験の時に金で雇った傭兵は何故か裁判で訴えようとしてきたから金で揉み消した! 周りからも卑怯者だと罵られた! 挙句にお前だ! サバイバル試験が中止になったからトーナメント試験で全ての結果が決まるんだよ! 俺の、俺の前に立ち塞がるな! 邪魔なんだよ! 騎士団訓練プログラムの時から目障りなんだよ!」
そうか。初めから、出会った時から知っていた。こいつは、どうしようもないクズだ。
「.......許せない」
分からなかった。
何故、お前みたいなクズの為に、エドガーは犠牲になったのか。
何故エドガーが死んで、お前がみたいな人間がのうのうと生きているのか
「..............な」
「.......あ?」
「ふざけるなッ!」
私は激昂し、腰溜に構えていた剣を振り抜いた。剣と剣が交差する。ギリギリと腕の筋肉が押し潰されて悲鳴をあげるが痛みを無視して強行する。弾かれた反動を見計らって、全力の蹴りをヴィクトルの胸に捩じ込んだ。
「ぐうあっ!? この糞女がぁ!」
重砲の引き金を引いた。砲弾を飛ばし、ヴィクトルの剣に直撃させる。
今度こそ剣は衝撃によって飛ばされた。場外。決闘場の外へと飛んで行った。もう剣は拾えない。
「今分かったんだ、残された私がやるべき事が」
失意の中で私は悟る。
「お前をここで終わらせることが、私のやるべき事なのかも知れない、と」
私は銃身をヴィクトルの頭に合わせ、撃鉄を撃つ。
否。それよりも早く甲高い笛の音が鳴った。
「試合終了だ」
気付くと私の前に兄が立っていた。もう事は済んだかのように、兄は試合終了の合図を送り、観客は私の背中に拍手を送る。
「.......どけよ糞兄貴、お前には用はない。後ろにいるそいつに用がある」
試合終了の合図が鳴った。だけど私は重砲を下ろさない。納得が行かなかった。こんな呆気ない結末で終わるなぞ、納得が出来ない。
私の前にジョサイアが立ちはだかる。ヴィクトルを守るように前に立ち、剣を抜いて牽制する。
「いいや、終わりだアシュレイ。お前の勝ちだ。もう試合は終わったんだ」
「まだ終わっていない!」
私は声を張り上げ、ジョサイアの言葉を否定した。
「ここで終われる訳がないだろうが!」
このまま終われるはすが訳ない。ヴィクトル金で雇っていたとは言え、自分だけが生き残る為だけに仲間を見殺しにし、エドガーの犠牲の上に生きている。
元を辿ればタイラントグリズリーが全ての元凶には違いない。だけど、エドガーが死んだ一端にヴィクトルは加担していると言っても間違いじゃない。
仇討ちのつもりなのかもしれない。ただの私のエゴなのかもしれない。それとも単純に、この激情を目の前にいるクズにぶつけようとしているだけなのかもしれない。
いや、それも全部違うのかもしれない。ただ私は本能の赴くままに従ってしまっただけなんだろう。
やらなきゃ、と思った。ただ、それだけの理由なんだ。
私は重砲をジョサイアとヴィクトルに重ねるように向けた。
-条件を達成しました-
不意に頭の中に雑音が響く。
-強い意志に世界は答えました-
-スキル■■?の獲得条件を満たしました-
そして、殺意を込めて、引き金に指を掛けた。
「焼き払え、ヒートチャリオット」
刹那、灼熱の炎が重砲に宿った。
本来ならば魔力を通しにくいダマスカス鋼に、何故かこの時だけは炎の魔力がよく馴染み、紅蓮の炎を巻き上げた。
熱波が収束する。私を中心に空間に蜃気楼が発生し、あまりの高音に焼け焦げていく。
重砲を握る腕に激しく滾る熱風が包み込む。火傷なんて生温い物じゃない。沸騰だ。煮え立った水のようにぶくぶくと泡立っている。痛いとか熱いとか、それ以前に痛みを感じる神経さえも破壊されて何も感じられなかった。
「アシュレイ.......ッ!? なんだその技能は!? やめろ! 早く解除しろ!」
私にも分からない。維持をしているだけで身が焦げていく。そもそも、重砲を使った技能なんて私はひとつも持っていなかったんだから。
石で造られた決闘場の床は黒く焼け焦げた。空気は可視化された熱で真っ赤に染まっていた。
ごうごうと激しく音を立てて、重砲の銃身に螺旋の爆炎が渦巻いている。
私は意を決して、引き金を引いた。
「――発射」
重砲から砲弾が放たれる。
いや、砲弾なんて代物ではなかった。砲弾なぞ既に撃ち出された瞬間に音も無く砕け散っていた。
代わりに銃身から撃ち出されたのは鮮やかな赤色で染まった極太の光線だった。
決闘場の床を瞬く間に溶岩変え、殺人的な光の奔流が全てを呑み込んでいった。
「護印結界ッ!」
ジョサイアが手の平を合わせ、私のヒートチャリオットを遮るようにヴィクトルの前に金色の膜が貼った。
ジョサイアが得意とする結界魔法だ。卓越した技術と有り余る才能を有したジョサイアの使う結界魔法は、剣戟の嵐だりうが槍の雨だろうが、ありとあらゆる魔法ですら防ぐと謳われていた。
だがそれは、私のヒートチャリオットによって呆気なく薄紙のように燃やされた。高温の暴力が護印結界を容易く貫き、赤光が全てを焼き払った。
耳を劈く轟音が響き、ヒートチャリオットで生じた衝撃波が周囲一辺を薙ぎ払う。
決闘場は無惨に消し飛び、観客席までもが残骸の山と化した。
輝く焔が世界を穿つ。
赤光は膨張し爆発を起こす。膨らんだ光が弾けた時、一瞬だけ音がなくなり、まるで時間が止まったかのような景色が目に映った。
そして、灼熱の旋風が吹き荒れた。
ヒートチャリオットは撃った余波ですら周囲が紙屑のように吹き飛ぶ有様だ。その本命たる爆発で生じた衝撃波は凄まじく、計り知れないものだった。
まず決闘場は無くなっていた。いや、決闘場のみならず試験会場そのものが無くなっていた。
爆心地。瓦礫がそこらじゅうに転がっている。かつての建物だった面影が一欠片すら残っていない。
ひとつだけ違うとすれば、私の前方は文字通りの焦土と化していた。延々と地平線の彼方まで大地が熱せられ、硝子状となった地面から白い煙が取り留めなく吹き出している。
「ははっ.......」
私は焼け爛れた腕から重砲を落とした。
重砲を落として、涙を人知れず流していた。
こんな技能が私にはあった癖に、あいつを救えなかった。なんだよ、腕一本であいつの手を掴めていたなら安いものじゃないか。
救う力があったのに使えなかった。その事実に私は気付いて、涙を流していた。
こんな力があったのなら、私はあいつを救えたんじゃないのか。タイラントグリズリーなんて倒せたんじゃないのか。
 
「私は.......」
それからの事はもうよく覚えていない。
ここで、私の記憶は途絶えている。
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