ろりこんくえすと!

ノω・、) ウゥ・・・

2-51 灼熱の記憶の欠片 10


 2-51 灼熱の記憶の欠片 10


 土砂降りの雨が降っている。

 裏庭を殴りつけるように降る雨の音は、激しく叩かれる太鼓のようだ。ざめざめと地面を打ち付け、曇天が空を覆い尽くしている。

 私は傘も差ささないまま、いつも三人で来ていた裏庭の中で雨に打たれていた。目の前には一本の墓標がぽつんと寂しく立っている。

 タイラントグリズリーに襲われたあの日、エドガーは二度と帰って来なかった。

 運良く川の流れに沿って助かった私とドレム、そして負傷した男はエルクセム騎士団に保護された。

 サバイバル試験は急遽中止になり、騎士団の中でも実力により優れた第一騎士団、第二騎士団が筆頭に、受験者達の捜索隊とタイラントグリズリーの討伐隊が指揮され組まれた。

 捜索隊はウルラキア山中に散らばった試験官達と協力し、無事に一人を除いて全ての受験者達を保護し、ウルラキア山から王都まで運び救出した。

 討伐隊は幾人かの犠牲者を出したが、第一騎士団長が戦闘に立って、タイラントグリズリーを討伐した。

 これは全て後から聞いた話だ。

 そう、私がエルクセム騎士団の病院室のベッドで目が覚めた時は何もかもが終わっていた。

 エドガーを助けに行くことも、タイラントグリズリーを倒しに行くことも、どちらも叶わなかった。

  後に、病院室のベッドの上で、エルクセム騎士団の憲兵隊が川に流れていた人の腕を見つけたと私に教えてくれた。

 血で錆びた、ピンクの花柄を散りばめた腕飾りを付けていた腕、と。 

 私が勇者祭の日にエドガーにあげたものだった。

 誰が好き好んでそんな物を付けたがる。こんな物、付けている人間はエドガーしかいない。

「..............」

 頬に水滴を取り止めなく伝う。雨か、涙なのか、私にも分からない。

 私にはもう、エドガーにしてやれることは何もない。非力な私にはタイラントグリズリーを倒せる力もなく、そのタイラントグリズリーは既にエルクセム騎士団が討伐した後だ。仇討ちすら、行くことも私には出来ない。

 無力感と悔しさが胸の奥から込み上げてくる。悔しくて、悲して、感情が胸いっぱい埋めつくしている筈なのに、何故かぽっかりと胸に穴が空いたようだった。

 土砂降りの雨は止まない。

 雨は強さを増した。暗雲の中からは雷鳴が轟き、冷たい雨が体温を奪っていく。

「お姉ちゃん、雨降ってるよ。風邪引いちゃうよ、帰ろうよ」

 私の隣で妹のエマが私の服の裾を引っ張った。

「..............」
「アシュレイさん、また来ましょう。今日はこの天気です。また来てエドガーさんに会いに行きましょうよ」

 ドレムが静かに私に言った。

 私は二人に何も答えられず、ただ俯いたままだった。

 エドガーはもういない。私は何の疑いもなく、騎士団に入団ってもまた三人で笑いあっていけると思っていた。

 あいつの無邪気な笑顔も、減らず口も、お調子者の態度も、二度と見ることは出来ない。

 そうだ、私とこの裏庭で勝負することも出来ない。

 瞼を閉じれば青く染まる空の下、若い草むらを駆けながら私に勝負を挑むエドガーの姿が思い浮かんだ。

 でも、そんな光景はもう見ることは叶わない。目を開ければ、激しい豪雨が降り注ぎ、楽しかった日々の光景が、簡単に殺風景で味気のない光景に移り変わっていた。

    
 もう、いないんだ・・・・・

 エドガーは死んだ。この世から去ってしまった。

 墓標を見た。エドガーが住んでいた親戚の人が建ててくれた墓標を。中にはエドガーの腕だけが静かに眠っている。私のやった、腕飾りを付けて。

 何で、私はまだ生きているんだ。

 何で、私は残されたんだ。

 何で、何で.......!

 拳を爪が手の平に食い込む程に強く握り締め、エドガーの墓標に打ち付けた。

「お前は、お前は! 騎士団長になるんじゃなかったのか! ここで死んでいい人間じゃなかっただろうが!」
「アシュレイさん.......」

 血が滲んだ。それでも構わず、私は再度墓標を殴りつける。

 勇者祭のあの日、エドガーはパン屋の屋上で私に言ったんだ。

 両親のような立派な騎士になるって。騎士団長になってもっと多くの人を守れるって。

「こんな.......、こんな私を守っただけで満足か! ふざけるな! そんなんでお前の両親に顔向け出来る訳ないだろうが! お前は私一人の為に死んでいい人間じゃないだろうが!」

 痛みを無視して拳を振るった。血で墓標は赤く染まるが雨が洗い流す。

 魔物から村人を守った両親のような騎士になるって、もっと多くの人を守れる騎士になるって、お前は私に言ったんじゃないのか。

「また勝負だって、お前は言っただろうが.......」

 私はひとしきり叫んだ後、力無くその場で膝から崩れ落ちた。

 あの口癖で、私と約束したんじゃないのか。また勝負だって、私を崖から落とした時に言ったんじゃないのか。

 何が絶対だ。もうお前の頭を木刀で叩くことも出来やしないじゃないか。

「私は、私は.......、あいつの腕を掴めなかった.......」

 自分の無力さに打ちひしがれる。

 崖から私を落としたエドガーは、いつも通りの無邪気な笑顔で笑っていた。

 背中を私に向けたあいつは、確かに剣を抜いたのを覚えている。あいつがタイラントグリズリーに立ち向かっていく姿を、私は確かに覚えている。

 分かっていたのか。お前がタイラントグリズリーに勝てる訳ないだろうが。私が残り、エドガーが逃げるべきだったんじゃないのか。いつも私に負けているお前が、何でこの時に限って私を庇ったんだ.......!

 言葉に出来ない感情が心の中で溢れかえって、拳を地面に打ち付けた。濁った水と血が跳ねて私を濡らした。

 もしも、私が山頂に行こうなんて考えを言い出さなかったら。

 もしも、男を見捨ててヴィクトルと同じように囮にして逃げていたならば。

「私は.......私は.......ッ!」

 嗚咽が口から漏れた。防波堤が決壊したように、目から涙が溢れてくる。

 言われなくても分かっている。こんなのただの結果論だ。犯した過ちはどうやっても覆せない。ここでいくら泣いたって、後悔したって、エドガーは帰って来ることはないのだから。

「私は.......」

 ただ、私に力が無かったからだ。

 それだけの、話なんだろう。

 魔物に大切な人を殺された。別に珍しくもない。この世界ではよくある話だ。

 ただ、それが私に起きた。それだけなんだ。

 私は自分の手を見た。寒さに震え、弱々しくて、何とも頼りない手に。

 なんだ、当たり前の事じゃないか。

 こんな憐れで弱っちい手で、あいつの腕を掴める訳がない筈だ。すり抜けて、残されるのが当たり前だったんだ。

「私は、ただの愚か者だ.......」

 雨に包まれた夕闇の裏庭で、私の慟哭だけが叫びをあげていた。



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