ろりこんくえすと!
2-46 灼熱の記憶の欠片 5
2-46 灼熱の記憶の欠片 5
この日、私は一睡も出来なかった。無理もない。なにせ、今日は私の人生にとって恐らく最も大切な一日であり、最大の試験の日だからだ。
私はベットから起き上がり、布団を身体の上から剥がした。
昨日は眠れなかった。だがしかし、心身共にコンディションは万全だ。
「お姉ちゃんお姉ちゃん!」
扉をダンダンと力強く叩く音が聞こえたと思うと、妹のエマが息を切らしながら私の部屋に勝手に入り込んできた。
既にエマは七歳を迎え、立派な年頃の女の子になっていた。私のような粗暴な性格では無いが、時折見ていて少々危なかっしい。エマは私の元に駆け寄ると「早く早く!」の腕を引っ張って私をベットの上から引き摺りだして急かした。
「今日はお姉ちゃんの大切な日なんでしょ! 遅刻でもしたら大変! 早く行かなきゃ!」
「ふふっ、そうだな。確かに遅刻でもしたら大変だ。だけどそう焦るな。なんせ試験会場はすぐ近く、今から行っても待つだけだぞ? 余裕はたっぷりある。準備させてくれ」
私は苦笑しながらエマの頭を優しく撫でてやった。エマの自分の事じゃないのに焦った顔を見ていると、つくづく私は姉思いのいい妹に恵まれたと実感する。
「もうっ! ほんとお姉ちゃんには危機感ってモノがないんだから! 遅れたりでもしたら大変なんだからね!」
「なあに、ちゃんと分かってるさ」
私はエマの頭をポンポンと叩くと、部屋の隅に置いてある木刀を取って部屋から出て行った。
今から家の外の庭で素振りをするのだ。毎日続けていた習慣はそう簡単に変えられない。
いや、違うな。大切な今日だからこそ、今日も素振りをするのだろう。
「朝ご飯出来たら呼ぶから早く切り上げるんだよお姉ちゃん!」
「はいはい」
私はひらひらと後ろからエマに手を振って部屋から出て行った。
階段を降り、庭に出ると自然に身体に力が入る。思わず木刀を握る手が震えてしまう。
「さて、素振りするか」
私は念入りに素振りを開始する。一振一振に全力を込めて。念入りに、念入りに。
そう、今日がエルクセム騎士団の入団試験日だからこそ。
◆◇◆
-エルクセム王都中央- 
-エルクセム騎士団本部-
-試験会場前-
素振りをし、朝ご飯を食べ終えた私は試験会場前へと着いていた。
そこでは辺りに十代後半から二十代の若者達がごった返していた。
この試験では他方の村や街から大勢の若者が騎士になる為に集まってくる。殆どの知らない人間だったが、中には騎士団訓練で共に勉学に励んだ見知った人間も混ざっている。
「遂に今日か」
現実味を帯びた光景を見た事で思わず口から零れてしまった。
今日だ。今日が、これまで訓練したきた日々の全てが試される日。
「アシュレイさーん!」
私が決意を新たに歩き出した時、後ろから明るいソプラノ調の声が聞こえ、私の身体から後ろから抱き締めて引き止めた。
振り向けば黒い外套を纏った女の子が私に抱き着いていた。ドレムだ。ドレムは私の背中にひとしきり頬擦りすると、顔を上げて口をへの字に曲げた。
「全くもう.......男ばっかりの場所に私一人でいると心細いんですよ? それは試験会場でも同じなのです! 私と一緒に行きましょう!」
ドレムが抱き着きながら私の手をぎっしりと握り再び歩きだした時、一つの人影がドレムの後ろから現れた。
「ちょっと! 俺を置いていくなよ!」
エドガーだ。どうやらエドガーは一足先にドレムと一緒にいたらしい。駆け足でドレムに近寄ると、エドガーはやれやれと頭を掻いて、私の横に並んで歩き出した。
「いよいよ今日だな」
「だな!」
エドガーが活発で元気な笑顔で私に話しかける。私はエドガーの言葉に頷き、ドレムを背中から剥がしてエドガーとは反対側に位置に置いて一緒に歩く。
「へへっ、おいアシュレイ! トーナメント試験は覚悟しておけよ! その日がお前の命日になるんだぜ!」
「命日ってお前は私を殺す気か。ともかく、トーナメント試験で都合良く当るか分からんし、そもそもお前は筆記試験は大丈夫なのか?」
「うっ! それはだな.......ははっ.......」
エドガーは言葉を喉に詰まらせ、乾いた笑いが口から零れていた。
今から私達が受ける入団試験は、一日では終わらず長期に渡って行われる。
その内容とは、一般常識と騎士の心得を試される筆記試験。基礎体力と実践能力を試される実技試験。生存能力と忍耐力を試されるサバイバル試験。そして、各々の実力を試されるトーナメント試験の四つの部門で形成されている。
だがしかし、受験者全員が受けれるのは筆記試験と実技試験の二つのみ。驚くべきことに、入団できるでは一次選考と言うものが存在する。
エルクセム騎士団に入れる人数は毎年決まっていて、筆記試験と実技試験でふるい落としが始まるのだ。
具体的には、入団できる定員の二倍の人数が次の試験に進む事ができ、それ以外の人間は問答無用で落とされる。
この筆記試験と実技試験を突破できなければ、次のサバイバル試験とトーナメント試験を受けられない。エドガーがトーナメント試験で私と戦うためには、なんとしてでも突破しなければいけないのだ。
「エドガーさん、アシュレイさんの言う通り大丈夫なんですか? 今年は去年よりも受験者は多いみたいですよ?」
ドレムがきょろきょろと辺りを見回しながら呟いた。
確かに言われてみればその通りだ。今年は去年にも増して受験者が何割増しか多いことが一目で分かる。この人数では、五人に一人が一次選考を突破できると考えてもよさそうだ。
「大丈夫だって! .......多分」
エドガーはなんというか、一般教養があまり出来ていなかった。騎士の心得に関しては完璧な出来なのだが.......。 
私とドレム必死に勉強したが、やはり筆記試験は自分でも不安に思っていたのだろう。
「けどよ、俺は結構頑張ったんだぜ! なんとかなるだろ!」
「開き直りましたね。けど、そこがエドガーさんらしいです」
微笑ましくこの二人を見ていると、私も頑張らねばと何時になく思ってしまう。例え今日が大事な入団試験の日でも、和やかに流れる三人の時間の中にいると、不思議ともうすぐ試験なのに不思議と落ち着いていく。
その時、試験会場の奥からごーん、ごーん、と重く響く鐘の音が聞こえた。試験がもうすぐ始まりを告げる合図だ。
「そろそろ時間だ。二人共、行こう」
ドレムとエドガーはそれぞれ頷き、私達三人は、こうして試験会場へ続く大門の中へと足を踏み入れていった。
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