ろりこんくえすと!

ノω・、) ウゥ・・・

2-43 灼熱の記憶の欠片 2



 2-43 灼熱の記憶の欠片 2



 私が騎士団訓練プログラムに入り半年が経った。変わらない日々が続き、私とエドガー、そしてドレムは今日もいつものように三人で裏庭に集まっていた。

「アシュレイ! 今日も勝負だ!」

 今日も今日とてエドガーは私に勝負を挑む。詳細は説明するのもあれなので割愛する。結果だけ言うとエドガーは頭に見事なたんこぶを作って地面の上に倒れ伏していた。

 毎日の日課をこなした私はエドガーを跨いで通り、審判役のドレムの所へと話に行く。審判を終えたドレムは木陰の中で涼しみながら、黒い鉄くれをガチャガチャといじっていた。

 私とドレムの最近の共通の趣味はもっぱらこれだ。重砲。それは私の家に死蔵されていた武器で、なんでも御先祖がだいぶ昔に使っていたらしい。

 最初、重砲は錆び付いて使い物にならなかったが、数週間掛けて錆を落としたことで様になってきた。しかし、錆を落としただけではまだ使えない。薬莢入れや導火線仕組み等が壊れたままだからだ。

 その為、読書家のドレムならば重砲の仕組みをひょっとしたら理解しているのかと私は思い立った。

 まあ、ドレムがいつも読んでいるのは魔導書ばっかなので期待は外れたが。けれども、ドレムの家には沢山の蔵書があり、その中に重砲の仕組みの解説書みたいなものが置かれてあった。

 今はそれを基に壊れた箇所から新しく重砲を組み立てている。後何ヶ月かは掛かるだろうが、この重砲から弾丸が撃ち出される日はそう遠くないだろう。

「ふぅ.......いつになったら懲りるんでしょうね。エドガーさんは」

 ドレムは重砲をいじりながらふと口にした。

「この様子では多分死ぬまで懲りないと思うぞ」
「否定できませんね。ほんと、何故あそこまでアシュレイさんに構うんですかね、エドガーさんは」

 私はガチャガチャといじる手を止めて、思い付いことをドレムに話してみた。

「そうだドレム、今日は街に待った勇者祭だ。私と一緒に行かないか?」

 勇者祭。正式名称は光の勇者を讃える感謝祭。魔王を倒したとされる御伽噺の光の勇者に感謝し、この世界の平和を願うお祭りだ。

 年に一度のこのお祭りはそれは賑わう。別の街や村から多くの人々が大行列を成して王都に集まり、王都も稼ぎ時だといわんばかりに多くの屋台が陳列する。

 色んな人々が一斉に集まる勇者祭。しかし、全員の目的は全て同じだろう。

 花火だ。王都で行われる勇者祭の花火は盛大で凄まじい。私も去年見たが、あれは言葉に出来ない程の美しさだ。火花の大輪が月と重なり散るあの光景。

 それは思い出すだけで美しも儚い瞬間で、また見ることが出来ると思うと自然に胸が高鳴ってしまう。毎年、この日になると遠い所からわざわざ花火を見るために集まる人々の気持ちはよく分かるものだ。

「うぅ.......アシュレイさんと一緒に行きたいのは山々なんですけど、私は身体が弱くてですね.......。人混みの中に入ると気分が悪くなるので家から花火を見て楽しみます」
「ぬぅ。それは残念だ」

 私ととドレムが話していたそんな中、後ろから元気な声で話しかけられた。

「なあなあ! 二人でこそこそ何の話してんだ! 女みたいだな!」

 エドガーがもう起き上がったのか元気な声で近付いてきた。自分も会話に混ざりたくて仕方がないのだろう。

「女子みたいだな、ではなく私達はれっきとした女だ、全く。それにドレムを勇者祭に誘っていただけだ?」
「なんだそんなことか! じゃあさじゃあさ! 俺と一緒に、お祭り行かないか?」


 ◆◇◆


 この日の夜の王都。年に一度の勇者祭でそれはそれは賑わっていた。人々が溢れるようにごった返し、道の隅には様々な屋台が陳列し、いつもは夜になると月の光だけが頼りの真っ暗闇になる王都が、この時だけは明るい灯火が幾つも闇を照らし、昼間と同じようかそれ以上に明るかった。

「なあなあ! あれ『いるまと』って読むのか? なんか面白そうだからやっていこうぜ! なあ!」
「文字ぐらいちゃんと読めるようになってくれ.......。あれは『射的しゃてき』だ。弓矢で景品を落とせば落とした景品が貰えるやつだ」

 エドガーは年相応の子どものようにはしゃいでいた。まるでやんちゃな男の子だ。いや、元からだったか。勇者祭の熱気に充てられたのかいつも以上にうるさいエドガーを連れている私は頭が痛かった。密かに心の中でエドガーの誘いを承諾したのは不味かったと後悔していた。

「おっちゃん一回頼むぞ!」
「あいよ。3Gな」

 私を置いて射的の屋台に駆け込んだエドガーは店主に懐から3Gを渡し、弓矢を構えて射的を始めた。

「見てろよアシュレイ! 俺が狙うのはたただひとつ! 一等賞の水上水鶏すいじょうくいなの鶏肉たっぷりセットだ!」
「お前ほんとに水上水鶏好きだな」

 エドガーが指をさして示したのは水上水鶏の鶏肉がたっぷりと入った袋。そもそもこんな貧相な弓矢で落とせるかどうか怪しい代物だ。それをエドガーは涎を垂らして弓矢を構えている。なんというか、失敗する未来しか見えない。

「水上水鶏は俺が貰ったぁ! おらおらおらおらぁっ!」

 エドガーは次々に矢を飛ばして、全矢を水上水鶏の鶏肉たっぷりセットに命中させた。
 しかし悲しいかな。あまりにも威力が無さすぎて鶏肉のコラーゲンにボインと矢は全て弾かれてしまった。

「そ、そんな馬鹿な!? おっちゃんもう一回だ!」
「やめとけ。あんなデカブツ取れる訳なかろう」

 私はまた懐から3Gを取り出そうとしたエドガーの頭をごつんと叩き、代わりに私がカウンターに参加料を置いて弓矢を担いだ。

「ずるいぞ! 俺の獲物を横取りする気だな!」
「する訳ないだろう! それに、水上水鶏の鶏肉取ったところでもって帰るのが大変な上、あの量では食べきる前に腐ってしまう。.......父上は喜ぶとは思うが」

 私は呆れながらやれやれと肩を竦めて弓矢を構えた。狙うは袋に閉じられたアクセサリーだ。私が欲しい訳では無いが、まだ三歳の妹にお土産としてあげればきっと喜ぶだろう。

 弓の弦を引いて矢を放つ。

 一矢目は明後日の方向に飛んでいき外れてしまった。横からエドガーが「へっへっへっ。アシュレイは剣の扱いは上手いけど弓の扱いは下手くそだなあ!」と煽ってきたので頭に拳骨を叩き込んで黙らせる。

 二矢目で袋の外側にコツンと当たり、あと一息で倒せそうになる。最後の三矢目で見事命中。景品は設置された台座から落ちていった。

「お嬢ちゃん上手いね。はい、景品のアクセサリーだよ」

 私はほくそ笑んで落とした景品を店主から受け取った。袋を開けて中を見ればピンクの花柄を散りばめた腕飾りだった。

 デザインはいいが、この大きさだと妹の腕に入らない。私には似合わないしどうしたものか。

「うおおぉ.......頭が、頭が割れるぅ.......。このままアシュレイに頭をしばかれていると、いつか俺は馬鹿になってしまう」

 横を見るとエドガーが蹲って私に叩かれた頭を押さえている。

「既に馬鹿だから安心しろ」
「ひっでぇ! あ、水上水鶏のケバブの屋台が出ている! あれ食いに行こうぜアシュレイ!」
「はぁ.......」

 私はポケットに手に入れたアクセサリーを仕舞ってエドガーを追いかけた。鶏は三歩歩けば物忘れをするというが、エドガーも走った途端に私の拳骨のを忘れたのか、嬉しそうに私に手を振って屋台に向かっていた。

 .......まさかと思うが、これが水上水鶏の食べ過ぎによる副作用なのかもしれない。

 二人でお金を出してケバブ買い、少し離れた道端の石垣の上に座って食べる。ケバブはソースが決め手で美味しかった。ものの数秒で食べ終えたエドガーは、またある屋台に目を付けて目を輝かせた。

「今度は水上水鶏のカレースープだってよ!」
「水上水鶏のカレースープもいいが、そろそろ花火が始まる時間帯だぞ」
「あ、そうだったな!」

 エドガーは予想通り目的をすっかり忘れていたようだ。私の言葉にポンと相槌を打ち、この時ばかりは大好物の水上水鶏よりも花火を優先したのか、あることを提案してきた。

「俺さ、花火を見るための絶好の場所を見つけたんだぜ! でっかい三階建てのパン屋さんの屋上! 場所はここからそう遠くないから行こうぜ!」



  ◆◇◆



 エドガーが言った通り、パン屋の屋上は絶好の場所だった。屋上は少し狭くて掃除がされていない為汚かったが、そんなのは気にならないぐらいに高い所から眺める夜の王都は綺麗だった。

 この光景に夜空に浮かぶ花火が追加されるとなると、私らしくないが期待と興奮で胸が高まった。

「うおおおおお! もうすぐだ! もうすぐだぜアシュレイ!」
「ええい! さっきからそればっかりで喧しいぞ! 花火が始まったら静かにしてろ!」

 エドガーはこれまた最高潮に興奮しているのかとても五月蝿かった。エドガーと言えばエドガーらしいが、やはり五月蝿いものは五月蝿い。

 私とエドガーが口々に騒いでいた時、横から心地よい炸裂音が鳴り響いた。
 互いにハッとして王都の夜空を見上げると、言葉に出来ない程の美しさに息を呑んだ。

 花火は一滴一滴が輝いて、大輪の雫はあっという間に消えてしまう。弾けては消え、弾けては消え、儚い美しさと壮大な王都の夜に打ち上げられた花火は、人々を虜にする不思議な魔法が掛けられているかのようだ。
 私とエドガーは終始無言で花火に見蕩れていた。騒がしいエドガーも花火の前では大人しくなり、私と一緒になって夢中で花火を眺めていた。

 ほどなくして最後の締めに大きな大輪が夜空に咲き、花火が終わった後も私達はしばらくの間惚けていた。

「さて、と。今年の花火も堪能したことだし、そろそろ帰るか」

 花火の余韻に浸っていた私だが、衣服に付いた埃を払いながら立ちあがった。そろそろ冷え込んできた。夜の王都は予想以上に寒い。これ以上外に出ていると風邪を引いてしまうだろう。

 しかし、立ち上がった私とは裏腹にエドガーは座り込んだままだった。

「.......帰りたくない」

 エドガーが寂しそうな顔でポツリと呟いた。その時の私は不思議な表情でエドガーの顔を覗き込みきょとんとしていた。

「どうした急に。暗い夜道を一人で帰るのが怖いのか?」
「違えよ! その、な.......。今日は家に帰っても誰もいないから寂しいんだよ」
「ああ、勇者祭は忙しいから両親が帰ってこないのか」

 私はエドガーの話を聞いてなるほど、と納得した。確かに勇者祭は一日限りのお祭りで今日で終わりだが、如何せん後片付けが多すぎる。徹夜で片付けて朝方に帰ってくる家庭があっても不思議ではない。

 だが、エドガーは私の言葉に頷かなかった。悲しそうな表情で首を振り、嗚咽を漏らすようにか細い声で話し始めた。

「ううん、半分合ってるけど違うさ、父ちゃんも母ちゃんも既にこの世にはいないんだ。もう二度と帰ってくることはないんだよ」
「..............」

 エドガーの身の上話は、出会ってからこれまで私は一度たりとも聞いていなかったので、両親が既に他界していると聞いて酷く驚いた。

「へへっ。別にいいさ。俺さ、今は親戚の家で育てられてんだ。勇者祭で忙しいのはその親戚のおじさんなんだ」
「そうか」

 こんな時、私はエドガーになんて答えればよかったのかが分からなかった。口から零れたのは素っ気ない一言だ。後から思うと、もっと違った言葉を掛けられた筈だと私は悔やんだ。

「なあ.......俺の話、少しだけ聞いてくれないか?」

 私はこくんと頷いた。

「私で良ければ聞いてやる」
「俺の両親は二人共立派な騎士だった」

 夜の帳の下で、エドガーはポツリ、ポツリと話し始めた。

「父ちゃんも、母ちゃんも、誇り高い騎士だった。でも、村を魔物から守る為に身体張って死んじゃってさ」

 私は無言のままエドガーの話に耳を傾けた。

「俺さ、悲しかったよ。父ちゃんと母ちゃんが死んだのは俺がまだ赤ん坊の頃だったから、産まれてから一言も言葉を交わせていなかったんだぜ。顔すら覚えていないんだ。でもさ、悲しかったけど、命を賭してまで村人を守った父ちゃんと母ちゃんはすげえ格好良いと思ったんだよ」
「ふふっ、まるで騎士の鏡みたいな両親だ」
「そうさ、だから俺は騎士になりてえんだ。もっと言えば騎士団長になりたいんだよ。騎士団長って偉くて強いだろ? だからもっと多くの人を守れると思うんだ。父ちゃんと母ちゃんみてぇに俺はなりたいんだ」

 エドガーはゆっくりと立ち上がって自分の夢を私に話した。子どものような考えだが、とても素敵な理想の夢を。

「なんだよアシュレイ? 俺の話聞いて感動しちまったか?」
「エドガーがこんなまともな話をするとは夢にまで思っていなかったから、な。つい涙が.......」
「酷すぎんだろ!」
「ふふっ、冗談だ。そうだ、寂しんぼのエドガーにはこれをやる」

 私はポケットを漁り、ピンクの花柄を散りばめた腕飾りを出してエドガーの目の前に出して見せた。
 
「なんだよこれ?」
「妹の土産に思ったが、大きすぎて付けられんし私にも似合わん。だからお前にやる。これを私だと思って寝ろ。安心するだろう?」
「俺はぬいぐるみを抱っこして寝る子どもか! つか、男の俺には花柄ピンクなんてもっと似合わねえよ!」

 エドガーは嫌そうな顔でうだうだと文句を言ったが、渋々と私から腕飾りを受け取った。

「.......まあ、貰っといてやるよ」

 少し躊躇ったものの、花柄の腕飾りを巻き付けてエドガーは微笑んだ。

 こうして、私達は別れてそれぞれの家へと帰っていく。

 エドガーに花柄を腕飾りを渡した事を後悔すると私は知らずに。




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