ろりこんくえすと!
2-41 恥辱の黒歴史
2-41 恥辱の黒歴史
「ちょ、部長何やってんですか!? 痛いですって! 止めてくださいよ!」
「うるせぇ! 一年坊主が先輩に口答えするんじゃねえ!」
太陽から放たれる殺人的な暑さが襲う空の下。
秋の大会に向けて気合がより一層入る夏休み中の部活練習。
そんな中、過去の俺は剛力羅部長に胸倉を掴まれ、強引に体育館の裏側に連れ込まれていた。
おいやめろ。その記憶だけはまじで止めてくれ。
剛力羅部長に壁ドンされる。何一つときめかない誰得シーンだ。顔と顔が少し動けばキスが成立してしまう程の超至近距離。蛇に睨まれた蛙よろしく、過去の俺は剛力羅部長に睨まれ、身動き一つ取れずに震えていた。
「い、一体剛力羅部長が俺になんのようで.......?」
「自覚ねぇのかお前、ああん!? 毎日毎日練習試合で俺のチームをボコボコに負かしやがって! おかげ俺は他部の部長から笑いもんにされてんだよ!『一年生に負ける元エースの部長(笑)』ってな!」
鼓膜が破れんばかりの至近距離で直接大声で怒鳴られる。
そうだ。俺は女子にモテるためにバスケを始めたんだ。必死に人一倍、いや二倍も三倍も練習し、まだ一年生なのに秋大会選抜のレギュラー選手になっていた。
秋大会に一年生で出れたのはバスケ部で俺だけ。もっと言えば、この学校全ての運動系部活でも大会出場した一年生は俺だけだった。
そのせいなのだろう。選抜メンバーに選ばれたこともあり、俺はいい意味でも悪い意味で目立っていた。
うちのバスケ部は基礎練習の走り込み等の体力作りよりも、実践練習の試合の方が部活動の時間が多く割かれていた。本当のところは校舎周りもグラウンドも他の部活に使われていて、バスケ部が使えるのがグラウンドの隅に設置されているバスケコートぐらいしか無かったのもあるが。
とにかく、毎回チームを分けて練習試合をやる際は俺は全力で試合に挑み、バスケ部に入部した入学当初から俺がメンバーに入ったチームは全戦全勝だった。
特に剛力羅部長が敵チームだった場合、成瀬さんの一件もあって念入りに叩き潰していた。まあ原因はこれだ。むしろこれしかない。逆に四月から八月までの四ヶ月間も耐えたからある意味凄い。
まぁ、その溜まりに溜まったフラストレーションがこの夏休み練習中に爆発したのだろう。
「お前のせいで俺の顔が立たねえんだ! この落とし前どうつけてくれんだ!」
「す、すみません!」
「あ゛? お前それでも謝ってんのかこの野郎!」
顔面に直接唾をまち散らされて怒鳴られる。胸倉を乱暴に掴まれて引き寄せられ、剛力羅部長は拳を振り上げた。
「顔が腫れ上がるぐらいぶん殴って.......いや、そんなんじゃ俺の気が治まれねぇ」
目を瞑る過去の俺。だが、拳は振り下ろされることは無かった。剛力羅部長は殴ろうとした手を止めて、殴るよりもいい案が思い付いたのか、残酷な微笑を顔に浮かべて過去の俺の胸倉を手放した。
「お前とりあえず、犬の真似しろよ」
「............................は?」
過去の俺は間抜け面をして時が止まったかのように固まった。そりゃそうだ。一度体験したことがある俺でも耳を疑う発言だし。
「あ゛あ゛ん? なんだお前、もう俺との約束を忘れたのか? 一年坊主が先輩に口答えするな! 分かったか! おら、四つん這いになれ! さっさっとしろ!」
剛力羅部長に腹パンされて蹲る。髪を鷲掴みにされ、無理矢理頭を押し下げられ四つん這いの体勢にさせられる。
もうダメだ。見ていられねぇ。俺は天を仰いだ。仰いだら、上空には成瀬さんの時と同じように大画面で蹲る俺と剛力羅部長がいた。だから嫌なんだよ強制イベントって。
「何お前犬の癖にお前服着てんだよこの野郎、おい」
そう言うと、いきなり体操服を脱がされた。過去の俺は上半身裸の半裸の状態となった。
「何するんですか!? ちょ、俺の体操服返してくださいよ!」
「やだよ」
ケッ、と剛力羅部長は即座に吐き捨てて命令した。
「おいお前、ワンワン鳴いてみろよこの野郎」
「.......やれば返してくれるんですか?」
「ああ、考えてやるよ」
「.......ワン! ワン!」
過去の俺はどうやらプライドを捨てたらしい。俺はあまりの情けない姿の俺を見て思わず目を覆った。
「へっへ、三回だよ三回」
「ワン! ワン! ワン!」
「よーし、回ってみろ」
ぎこちない動きでくるくるとその場で回る過去の俺。.......穴があったら入りたい気分だ。
「お手だお手。ほら、はあくしろよおい、返さねえぞ」
剛力羅部長の出した手に手を重ねる。そんな哀れな犬と化した俺を見て、剛力羅部長は満足気な顔を浮かべる。
「もう一回鳴いてみろよおい」
「ワ、ワン! ワンワン!」
「よーし」
過去の俺に犬真似をさせたことで溜飲は下がったのか、パチパチと拍手をしてうんうん嬉しそうに頷く剛力羅部長。だが……
「でもなんか犬っぽくねぇなぁ? なぁ? なんか足んねよなぁ?」
それでもまだ完璧に満足が出来ないようで、何か足りないらしい。少しの間考え込んだ後、剛力羅部長はおもむろに俺の体操服のズボンに手を伸ばした。
「おら、残った下も脱げこの野郎」
胸を押されて倒される。体操服のズボンを掴まれ、引っ剥がれそうになる。
改めて見ても酷すぎる光景だ。ゲイビデオのシーンかよ、と思う程汚い光景。
ノーマルの俺にとっては何よりも辛い拷問と化している。一度経験して見ている状態の俺ですら凄まじい嫌悪感だ。今、実際未経験でヤラれている過去の俺は目尻に涙を浮かべて本気で嫌がっている。見ている俺も辛すぎて泣きそうになる。というか泣いた。
「や、やめてくださいよ!」
「犬の癖に人の言葉喋ってんじゃねえ! 早く脱げ!」
いよいよ剛力羅部長に体操服のズボンを脱がさた。パンツ一丁になった過去の俺。
それでも剛力羅部長は手を止めない。犬と同じく丸裸にしたかったようで、パンツにまで魔の手が差し向けられた。必死に抵抗する過去の俺だが悲しいかな、一年生と三年生とじゃ体格が違いすぎる。俺は平均的な身長と体重だが剛力羅部長は相撲選手と見間違う程の巨漢。
当然、剛力羅部長ちは到底太刀打ち出来ずに、いよいよ全裸にされそうになったその時、
テテテテテテテテテン。テテテテテテテテテン。
突如剛力羅部長に握られた体操服のズボンからLINEの着信音が鳴り響いた。俺のスマホだ。
「電話か?」
「そうみたいっすね」
「いいぞ、出ろ」
「あ、はい」
もしここが男女の営みのシーンだったら水を差す行為だったろう。電話の着信主に怨嗟と憤怒の感情を燃え上がらせてスマホの電源を切っていた。
しかし、今回は違う。正しく手を差し伸べられた感じのナイスタイミングだ。
過去の俺は電話を掛けた人間に心の中で『グッジョブ!』と親指を立てて、剛力羅部長からスマホを受け取った。
電話してきた人物は『なっちゃん』と表示されていた。誰だよ。まあ一度経験しているから電話してきた相手は知ってるけども。スマホの画面を見て困惑気味な顔を浮かべ、過去の俺はスマホを耳に当てた。
「はぁっ.......! はぁっ.......! 湊君最高だよ! もう涎が止まんないよ.......じゅるり。あ、プレイ動画はちゃんと私が高画質のデジカメで撮ってあげるから存分に喘いでね! 最後に一つアドバイス、男の子は亀頭を重点的に虐めると気持ちいいから強く擦ってあげ」
過去の俺はLINEの通話を切り、スマホを茂みの中に放り投げた。
俺はふと体育館の二階の窓側に目を向ける。あの時、俺は成瀬さんが何処から盗撮していたのか分からなかったが、改めて考えると体育館の裏側を盗撮出来る場所なんてそこぐらいしかないからだ。
目を細めるてよく見つめると、二階の窓にハァハァと鼻息を荒くしてデジカメを片手に構える成瀬さんを発見した。
まじで腐女子だこいつ。こんな成瀬さんは見たくなかった。
「おら、続きだ。さっさと裸になれこの野郎」
剛力羅部長に押さえ付けられてパンツを脱がされそうになる過去の俺。いよいよお気に入りのボクサーパンツのゴムに指を掛けられ、脱がされそうになったその時、ある物が目に止まった。
石だ。
片手で握れて、尚且つ手頃な大きさで充分な殺傷能力がある石。
俺は下手くそな口笛を引いて目を逸らした。もうやめよう。これ以上はダメだ。身体と脳に悪過ぎる。あとは皆様のご想像にお任せする。
一つだけ付け加えておくならば、あの後、全裸になったフルチンの俺と、血塗れになって倒れ伏した剛力羅部長の悲惨な修羅場をクラス女子に見られた。
俺は秋大会のレギュラー選手を辞退させられた挙句、クラスのみならず学校で孤立した。
◆◇◆
「ふふふ.......やっと『悔恨』が効いたみたいだ。さっきのはどうやらまぐれだったようだね。さあ、邪魔者は死に」
「こんのど腐れ野郎がぁぁぁ!!!」
バキリ。俺はムエルの声を再び遮り、全力のアッパーを顎に炸裂させた。足が宙に浮き、ムエルは綺麗な放物線を描いて吹っ飛んだ。
「な、なにィ!? 何故だ!? 何故、失大罪スキル『悔恨』が効かないんだこの男は!?」
壁にもたれかかってよろけたムエルは、驚愕の表情を浮かべて俺を睨んできた。
俺はそんなムエルに冷凍サンマ刀の刃を向けて睨み返し、鬼の形相で歩を進める。
「お前には分かるか? 好きななった女が腐女子だった俺の気持ちが。お前には分かるか? 男にケツを掘られそうなった俺の気持ちが! お前には分かるか? 学校でぼっちになって喋る相手が誰もいなくなった俺の気持ちがあああぁぁぁ!!!」
頭の中が己の黒歴史で埋め尽くされていく。このドス黒い感情、恥辱に塗れた忌まわしき記憶。全て、全て、目の前の糞野郎が追体験させやがった。
許さねぇ。ぶっ殺す!
「死ねえぇぇぇ!!!」
俺は冷凍サンマ刀を滅茶苦茶に振り回して、ムエルに切りつける。
そして避けられる。ステータスの差がここで現れた。当たらないのだ。全く当たらない。掠りもしない。逆にムエルの拳が俺の身体のあちこちに直撃し、過去の記憶の映像を俺の頭の中で再生される。
ふざけやった王様ゲーム。馬鹿な友人の一声でキュアピースのコスプレをさせられ、初代からハグプリまでのプリキュアOP曲を夜の渋谷でリサイタル。しかも心の無い人間にYouTubeに幾つか動画をupされ、コメント欄では「意外に美声」と褒められていた。嬉しくねえよ死ね! はい次!
一時期中二病になっていた俺。腕に油性マジックペンで変な紋章書いて決めポーズし、クラスメイト全員に見せびらかしていた。その数ヶ月後、正気に戻った俺に対し、家で中二病特有の自伝小説をコソコソとジャポニカ学習帳に書いのが母親にバレて目の前で全て音読された。はい次ィ!
小学校の卒業式。校長から名前を呼ばれ、卒業証書を受け取る時、尿意を我慢出来ずおもらしする。その後、中学校で『おもらしマン』として華ばなしくデビュー。学内生徒全員の人気者(お笑い者)に。その後孤立したからな。笑えねぇ。はい次ィィ!
「いい加減にあたれよ! こんちくしょう!」
「ありえない!? 何故だ!? お前は心の闇を幾つも抱えている筈だ! それなのに、何故、失大罪スキル『悔恨』が効かないんだ!?」
「効いてるさ.......! 俺の心は既に修復不可能な大ダメージを負ってズタボロだよこの野郎!」
ムエルの拳が直撃する度に黒歴史が俺の脳内で再生される。
だけどもう怖くない。俺のライフポイントは既にゼロだ。これ以上失う物はないんだから。
「おらぁッ!」
横凪に放たれたムエルの拳をわざと受けて、冷凍サンマ刀を顔面に叩き込んだ。脳内で再生されるのは相撲部でもみくちゃになってリンチされている俺。今までのよりは数百倍ましだ。
これぐらいじゃ屁でもないぜ。俺は腕に力を込めて、冷凍サンマ刀を振り切った。
腕越しに伝わる確かな手応え。力のごり押しで飛ばされたムエルは何度か跳ねて床に転がった。
「あの世へ送ってや.......なっ!?」
俺は倒れ伏したムエルに引導を渡さんと助走を付けて跳躍し、冷凍秋刀魚刀で全力の剣撃を加えようとしたが、
「うぐッ!? 身体が.......動かない!?」
動かない。
いや、俺は宙に浮いている。
まるで蜘蛛の巣に引っ掛かった蝿みたいに空中でもがいていた。
「自分としたことが.......どうやら失大罪スキル『悔恨』に拘り過ぎていたよ。『悔恨』が効かなければ普段の手腕で対応すればいい。そうだろう?」
ムエルが不敵な笑みを浮かべて指を光らせた。糸だ。ムエルの指から俺の身体まで、幾本の透明な糸が複雑に絡んで繋がっており、俺を空中で固定、拘束していたのだった。
汚いぞ。そんなのありかよ。
「シャルル、そっちの虫は?」
パチン、とムエルは指を鳴らした。首をなんとか曲げて後ろを向くと、槍の鋒を首に当てられて両手を挙げたノアの姿があった。
「えへへ、ミナト捕まっちゃった」
えへへ、じゃないだろ。どうすんだよこれ。
「お人形さん作りの邪魔をした二人、どう始末してくれようか」
俺の首にナイフを突き付けられ、ムエルは酷薄に笑い、哄笑をあげていた。
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