ろりこんくえすと!
2-39 二度目の複合技能
2-39 二度目の複合技能
「烈破飛空斬」
ごう、と膨大な空気と魔力を含んだ究極の一撃が放たれた。
剣の叢を綺麗に両断して振り抜かれたその一撃は、あまりにも大きく、あまりにも強すぎた。
広い地下道の空間の半分をも占める光の奔流。それが、確実に僕へと迫ってくる。
「はぁ.......はぁ.......! ちぃッ!」
血の流しすぎで満身創痍の僕は、朦朧とした意識の中で足を震えさせながら立ち上がる。
世界が遅く見える。脳が高速で思考しているのか、時がゆっくりと流れていく。僕へと迫る光の奔流が何倍にも遅延化される。
人間は己の身に死が差し迫った時、時間が遅く見えると聞いたことがあるが、どうやらそれは本当だったみたいだ。
脳裏の奥底で走馬灯が駆け巡る。まるでパラパラと本に描かれた幾つもの絵を連続で見せられているかのようだ。
僕の歩んできた人生の光景が切り取られ、一枚の絵となって目に焼き付けられていく。田舎村で畑を耕していた頃の僕。両親を簀巻きにして村を出た時の僕。山賊を殺してアシュレイを助けた時の僕。リフィアにかかったローションを拭き取っている時の僕。エマに変態変態と呼ばれ蔑まれている僕。
そして、貪食の食人鬼と戦っている時の僕。
貪食の食人鬼との戦いは、こびり付いた汚れのように残って脳裏から離れない。
今でもただ思い出すだけで、あの時の痛みも、感覚も、全て鮮明に思い出す。
だからなのだろうか。
僕は完全に思い出した。いや、その感覚を自分の物にしたと言うべきか。
貪食の食人鬼を倒した複合技能。『逆巻く辻太刀風』の感覚を。
全身に雷に打たれたかのような衝撃が走り、身体が自然と動いていく。
今の僕なら出来そうだ。
いや、出来る。
息をしずかに僅かに吸い込んだ。冷たい空気が肺に流れ込み、頭が冷静になっていった。
現状、今の僕が有している技能でクラウディオの複合技能、烈破飛空斬をどうにか出来るものはない。
だから合わせる。新たに創り出すんだ。
紅花匕首を逆手に握る。基盤は逆巻く辻太刀風だ。
合わせるのは歪断風と閃光斬。
使い慣れた歪風と閃刃。だからこそ、進化したこの二つを合わせる。
僕が生まれたからずっと、田舎村で使い慣れたこの二つだからこそ、きっと今の僕に馴染む筈だから。
紅花匕首に翡翠色の風が靡き、同時に紅花匕首の紅の閃きが煌めく。
「複合技能――――」
光の奔流を視界に捉えて、ボロボロの僕は静かに呟いた。傷の痛みも苦しみも、全て気合いと根性で捩じ伏せて、僕は全身全霊を込めて紅花匕首を薙ぎ払った。
紅花匕首は淡い光を纏い振り抜かれた。
何度も多くの魔物を退けてきた歪風。
何度も多くの魔物に傷を付けた閃刃。
その進化した二つが合わさった僕の二度目の複合技能こそ、この名前が相応しいだろう。
淡い光を纏い疾風の如く傷を付け敵を討つ。
その複合技能の名は、
「――――燐光疾傷!」
燐光疾傷。その名が、この複合技能に相応しい。
双方の光が瞬いた。目を灼き尽くさんばかりの眩い輝きが地下道を浸食していく。
僕の放った燐光疾傷。クラウディオの放った烈破飛空斬。
それぞれの放った複合技能は、ほんの僅かに拮抗したのち、その天秤をクラウディオの方に向けた。
燐光疾傷が烈破飛空斬を穿いた。光の奔流を斬り裂いて、僕の一撃がクラウディオに届く。
そして、翡翠色の閃光が奔った。
赤い風船が爆ぜた様だ。クラウディオの右腕は手に握った大剣毎、燐光失傷で発生した鎌鼬に切り刻まれる。裂傷が生じ、大剣は鉄クズへ、右腕は細切れの肉片へと瞬時に化した。
「がっ、ガァァァッ!?」
クラウディオがあまりの激痛に顔を歪め叫びをあげる。右腕は肩の付け根の先から無くなり、下の床にはバケツで水をひっくり返したかの様に、赤い華が咲いていた。
「ふっ、はははは.......ふははははははははははははははははッ! 最高だ! 私の全力を君は打ち破った! 打ち破って越えた! これが! これが! 私の求めていた『本当の戦い』だッ!」
クラウディオは右腕を失ったのに狂ったかのように笑った。喜びの感情が痛みの感覚を越えているのか、はたまた痛覚なんて元から存在していのか、クラウディオは残った片腕で長剣を引き抜いて構える。
「まだだ! まだこんなに楽しい時間は終わらせない! 私はまだ君と戦っていたいんだッ!」
血潮を引きながら駆け出したクラウディオの表情は正しく『生きていた』。自分の全てを出し切れる相手を、自分の全てを受け止めた相手を、自分の全てを打ち破った相手を、見つけたクラウディオは玩具を与えられた子どもみたいに笑っていた。
右腕を失っても尚この気迫、クラウディオ、お前は王都最強の騎士であり、王都最強の戦闘狂だ。
紅花匕首を元の型に戻して構えた僕は駆け出したクラウディオを迎え撃つ。息をする度に脇腹から血がドクドクと流れ落ちて赤い絨毯を広げていく。
お互いにもう長くは持たなそうだ。
だから、
「悪いな、次の一手で終わらせる」
ギリッ、と紅花匕首の柄をきつく握り締めた。
長剣を腰溜めに構えたクラウディオが走る。寂れた床を走る度に打ち付けられる足音がタッタッタッと地下道に木霊する。
僕は目を閉じた。紅花匕首を腰のベルトに納めて、ただ時を待つ。
あの戦闘狂が真正面から素直に斬りかかってくる筈はないだろう。クラウディオは確実に縮地術を使って僕に攻撃してくる。縮地術は僕の箭疾歩よりも速く視認が出来ない。だから、感覚を鈍らせる視覚は邪魔だ。
頼るのは聴覚と触覚、そして、第六感のみ。全神経を集中させ、意識を暗闇の中に委ねてゆっくりと息を吐き出した。
クラウディオの足音が近づいてくる。タッタッタッと床に足を打ち付ける音が、徐々に、徐々に大きくなり、
消えた。
「居合抜き」
僕の背後に立ったクラウディオを背景に、チン、と紅花匕首が腰のベルトに納まった音が聞こえた。
「楽しい。楽しい時間だった。こんな死に方なら、私は満足だ」
クラウディオの身体に赤い線が走る。瞬間、弧月型の血飛沫を弾かせて、クラウディオは長剣を落とし、その身体を大きくよろめかせた。
「ははっ。見事、だ.......」
クラウディオは言葉の終わりで血を吐いて、そのまま、自分で作った血の海の中に沈んでいった。
◆◇◆
剣を落として崩れ落ちたクラウディオを見届けた僕は、ふらっ、と並行感覚を失って立っていられなくなり、静かに膝を崩した。
「やっちまったな.......」
自嘲地味に軽く笑って僕は咳き込んだ。ボトボトと生暖かい液体が指の隙間から零れ落ち、抑えた手の平は鮮やかな程に真っ赤に染まっていた。
やべ、流石に血を流しすぎた。うっすらと景色が霞んでいきやがる。見えている物が掠れ、ボヤけて輪郭が曖昧になる。
「ウェルトさん!」
ドレムが僕の名前を呼んで、息を切らしながら駆け付けて来てくれた。どうやら剣の黒い茨による拘束は解けたらしい。と言うのも、クラウディオを倒した時点で辺りに作られた剣の叢はボロボロと朽ち果てて、一片も残らず灰になったからだ。これはドレムを拘束していた剣も例外ではなかったのだろう。
「しっかりしてくださいね! 今治療しますから!」
ドレムが僕の服を捲り、脇腹の傷に両手を強く当てる。
うぐっ、痛い。傷口に触れられたこともあるけれど、切れた血管が圧迫されているのもあって凄く痛い。
「ヒールッ!」
小規模の魔法陣が展開され、僕の傷口を中心に、ドレムの両手から緑色の光が輝いた。
暖かい。時間が経つにつれて痛みが和らいぎ、霞んでいた景色もハッキリと鮮明になっていく。
「痛みがどんどん引いて傷口が塞がっていく。凄い、回復魔法って便利だ」
「あくまでこれは応急処置です。無理するとまた傷口が開きますよ。戦いなんてもっての他です。ウェルトさんはもう安静しててください」
確かにこの傷ではもうまともに戦えないだろう。クラウディオを倒した。だけど、まだ終わりじゃない。この上にはユリウスがいる。そして、リフィアとアシュレイがいる。こんな場所で、休んでいる暇は僕にはない。
「そっか。そうだよな。でも、悪い。ドレム、僕はもう行かなきゃ」
僕はドレムの腕をどかしてフラフラと立ち上がった。
「え、ちょ、行くって第一騎士団本部ですか!? 駄目ですよ! ウェルトさんはもう戦える状態じゃないんです! それに足元がおぼついてフラフラじゃないですか! ほんとに死にますよ!」
「それでもだよ」
僕はキッパリと言い放ち、ドレムの肩を借りてなんとか立ち上がった。
「リフィアとアシュレイは助けないと。それに、ここで僕は立ち止まったら、僕はずっと後悔すると思う。そんなのは、嫌なんだ」
「ウェルトさん.......」
「ドレム、あの戦闘狂を治療してやってくれ。あと、」
僕は笑って、ドレムに親指を立てた。
「絶対に二人を連れて帰るからさ」
ドレムは俯いた。そして、俯いたまま静かに呟いた。
「.......約束、してくださいよ」
俯いたまま、ドレムは静かに言葉を繋げる。
「二人を連れて帰るだけじゃ駄目です。ウェルトさんも一緒に帰って来るんです」
手を握られる。その握られた手は、暖かく、微かに震えていた。
「約束、ですよ」
「ああ、約束だ」
ドレムに背を向けて、僕は一言だけ口にした。
「行ってくる」
そして、そのまま僕は振り返らずに走っていった。
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コメント
ノω・、) ウゥ・・・
リアルの諸事情が忙しいので、次回の更新は日曜日となります。
リアルの諸事情とは、具体的には期末テストなのです。学生の身である作者としては勉学に勤めなければいけないのです。気長にお待ちください。