ろりこんくえすと!

ノω・、) ウゥ・・・

2-38 千剣の騎士



 2-38 千剣の騎士


「私のお相手を願おうか、少年」

 クラウディオが虚空に手を掲げ、複雑な魔法陣を展開した。天井を即席の基盤として何百、何千本もの大量の剣を召喚した。

 長剣、長巻、薙刀、脇差し、刀、大剣、両手剣。

 種類豊富かつ多種多彩の剣が雨のように降り注ぎ、瞬く間に殺風景な地下道の広間が剣のくさむらと化した。

「ウェルトさん気を付けてください! クラウディオの召喚した剣に指一本でも触れるとステータスが低下する呪いが掛かっています! それに加えてクラウディオの召喚した剣は召喚したクラウディオ本人しか扱えません! これも剣に掛けられている呪いの影響です!」

 後ろから磔にされたドレムが教えてくれる。僕はドレムに頷き、前を見据えた。

 それにしても厄介だ。紅花匕首が手元にあるとはいえ、目前に広がる大量の獲物を使う手段が封じられた。 

 クラウディオ自身能力からすれば、自分が召喚した剣を相手に使われることを防ぐことは当たり前の対策だと簡単に考えられる。

「私は今の今まで退屈だったんだ」

 クラウディオがすぐ側に刺さった一振の長剣を引き抜き、僕に語り掛けてきた。

「私を満足させる手応えのある強敵! 血湧き肉躍る魂と魂のぶつかり合いの死闘!  それがない! どこにも、どこにもないんだ! 幾ら人間を殺そうが殺そうがどいつもこいつも弱すぎて結局は酷くつまらなくなってしまう!」

 クラウディオは狂ったように喚いた。その目に映るのはこの世界への絶望か。強者を求めたが、己自身が強すぎる故に誰も相手にならないという傲慢。

 唾棄するようにクラウディオは言葉を吐き捨て、僕に向けて剣のきっさきを向けた。

「何人も何人もこの手に掛けた。数多の戦場で剣を振るって振るって、気付いたら第一騎士団団長なんてつまらない役職に就いていた。私は書類仕事も出来なければ部下に威厳も示せない。或のはただ剣を振るうことのみ。私の歩んだ人生は刺激が一切ない退屈なものだった」

 天を仰いだクラウディオだが、腰に差したもう片方の剣を抜刀し、僕を見つめて嬉しそうに笑った。

「でも、君はそんな退屈を紛らわせてくれるかもしれない。ロイド君を倒した君ならば少しは楽しめるかもしれない。ふっはははははは! あぁ.......今宵はとても楽しい時間が送れそうだ.......!」

 だから嫌いなんだよな戦闘狂って。話通じないもん。頭おかしいもん。関わりたくないもん。
 
「さあ! 始めるとしようか! 殺し合いをなぁ!」

 その言葉を皮切りに、決戦の火蓋が幕を切った。

 クラウディオは咆哮をあげ、獅子の如く猛然と襲い掛かってきた。

 剣と剣の間を器用に通り抜けて、二刀の刃で僕の紅花匕首に打ち付けてくる。

 ブレードブロックで上に弾き、叩き下ろし、いなしていくが、僕はクラウディオの剣術に驚いた。

 こいつ、まるで剣筋が出鱈目だ。

 一言で喩えるならば、子どもがチャンバラごっこをしているようだ。

 だけど、こいつにはその出鱈目な剣筋の中に確固とした技術と経験が組み込まれている。

 剣を振るう速度が違う。剣を下ろす威力が違う。幾度も戦場で振るい繰り返したであろうクラウディオの剣術は、一度当たれば敵を一刀の下に叩き伏せる威力を持っていた。

 剣戟は鳴り止まない。

 下段斬り、袈裟斬り、横一文字、上段下ろし。

 直線で曲線。次の一撃が何処から来るのか分からない予測不能の剣術。戦闘が開始されてまだ数十秒。そのたった数十秒でいきなり僕は追い込まれていた。

「いい! いいぞ! まだ数手しか打ち合っていないのにこの躍動感! この興奮! この胸の高鳴り! 素晴らしい! 素晴らしいぞ! これだ! 私はこれを求めていた!」

 顔を歪める僕とは対照的に、クラウディオは喜々した表情で吠える。

 ガキン、ガキンと剣を打ち付ける度にクラウディオが口元を緩め、剣を振るう速度が更に速くなる。

 何度も何度も眩しい火花が薄暗い地下道に散る。光が激しく点滅し、互いの剣が交差していく。

「うぐっ.......!」

 なんという凄まじい剣圧。打ち付けられる一振一振の威力が段違いだ。

 このままでは押し負ける。僕は防戦一方だ。技量が違う。経験が違う。近接戦では圧倒的に僕の不利。距離を取るんだ。僕には風遁術がある。わざわざ相手のフィールドに立って戦わなくていい。

箭疾歩せんしっぽ!」

 渾身の力を込め、片足で寂れた地下道の床を踏み抜いた途端、爆発的な加速が僕の背中を押した。

 一秒にも満たない僅かな時間の中で、僕とクラウディオの距離は離れ――――

「いい技能を使うじゃないか!」

 られない。

「なっ!」

 視界に白光の煌めきを捉えた刹那、僕は咄嗟に紅花匕首を使いクラウディオの剣撃を受け止めた。

 紅花匕首越しに伝わる衝撃。あまりの痛みに腕が痺れていく。

 箭疾歩を発動した僕に追いついてきたというのか。くそっ、こいつ化け物かよ。

 身動きの取れない空中にいた僕はクラウディオの剣圧に耐えきれずに吹き飛んだ。

 やられた。空中で尋常ではない威力を持ったクラウディオの剣撃を受けてめたのが悪かった。

 紅花匕首で何とか防いだが衝撃は殺せなかった。僕は後方に吹っ飛び、勢いよく背中を壁に打ち付けられた。

「がはっ!」

 壁を粉々に砕き、血飛沫を少し吐き出して、僕は壁にもたれ掛かるように崩れ落ちる。

「ウェルトさん! クラウディオは『縮地術』と呼ばれる技能を使います! 丁度ウェルトさんが使った箭疾歩と同じような技能なので気を付けてください!」

 言うのが遅せぇよ。

 僕は心の中で悪態を付きながら、口から血を流してフラフラと立ち上がる。

 背筋が痛い。さっきの一撃で骨にひびを入れられて何本か持ってかれた。

 いや、それ以上に僕の腕の筋肉が既に悲鳴を上げていた。紅花匕首を握る片腕が痙攣して震え、この様子ではもう長くは使えなそうだ。

 クラウディオの剣撃の威力は凄まじい。受け止める度に紅花匕首越しに腕が痛みに沈んでいく。

 それに加えて、僕の筋力のステータスは低いのでブレードブロックでクラウディオ剣撃を受け止めるのは悪手だった。

「まだまだまだまだぁぁぁぁッ!!!」

 壁際に追い詰められた僕に向かって、クラウディオが駆け出して追撃とばかりに剣を振るう。

「こんの戦闘狂が! 快刀乱麻!」

 形振なりふり構っていられない。全力を出さなければこいつは倒せない。僕が潰される前に、奴を叩き潰さなければ、僕が殺られるだけだ。

 二刀流のクラウディオに対し、僕は紅花匕首一本で迎え撃つ。

 快刀乱麻の連刃を使い、クラウディオと今まで以上の剣戟を空間に響かせる。

 耳をつんざき軋ませるような金属音を鳴り散らして、互いの剣が振るわれる。

 クラウディオは快刀乱麻を使った僕の高速の攻撃にも追い付いてきた。技能を使う僕と技能を使わないクラウディオ。技能を発動してやっとクラウディオと拮抗出来る程度の僕。実力差は明らかに歴然だった。

 
「旋風脚!」

 僕はここで負けるつもりは毛頭ない。伊達に今までこの世知辛い世界でなんとか生きてきたんだ。

 クラウディオの片方の剣を横に払い、もう片方の剣が袈裟斬りに振るわれる瞬間、疾風を纏った蹴り技をクラウディオの腹部に叩き込んだ。

 剣しか使わなかった攻防に、突如土足で踏み込んできた足技。

 完全なる不意打ちにクラウディオは少し咳き込み、両足を滑らせて後退した。

「ぐがっ!? いいぞ.......いいぞいいぞいいぞ! そうだ! これこそが戦い! 戦いはこれでこそだ!」

 クラウディオは僕の反撃に狂喜し、両手に持った剣を投げ捨て、薙刀を抜き取って構えた。

 薙刀。明らかに短刀である僕の紅花匕首とはリーチが違いする武器を選んだクラウディオは、痛みを闘志を変えて僕へと肉薄する。

 連衝される薙刀の鋒が頬を掠める。赤い線が何度も走り、銀の軌跡が何度も走る。

 高速で続けざまに繰り出さられる突き。それを僕は動体視力のみで躱し続ける。

 しかし、薙刀での攻撃は剣を使っていた時と同じように、クラウディオの連衝は繰り出される度に速さを増していく。風切り音をヒュンヒュンとあげながら、突き出される速度が徐々に増していく。

「貫き通せ! 五龍天衝ごりゅうてんしょう!」

 クラウディオが僕を見据えて大声で吠えた。戦闘を開始してからクラウディオは初めて攻撃系統の技能を発動させた。

 手に持つ薙刀に青黒い魔力が螺旋状に纏わり付き、さっきまでの突きとは比べもにならない威力の突きが繰り出される。

 最初の一撃は紅花匕首の刀身を使い横に逸らして受け流せた。続く二撃目も器用に紅花匕首を振るいなんとか弾くことができた。そこから矢次に繰り出された三撃目で僕は紅花匕首を弾き飛ばされ、四撃目は身を捻って躱し、そして上段から袈裟懸けに振り下ろされた五撃目で、とうとう身体を貫かれた。

「うっ.......ぐあっ!?」

 僕はその勢いのまま地面を跳ねるように転がされ、倒れ伏す。叩き付けらていたクラウディオの薙刀は、簡単に床を砕き砂煙をあげていた。

 血潮が吹き荒れる。傷口を必死に抑えるが、指と指の間の隙間からドバドバと僕の血が吹き出して赤い絨毯が広がっていく。

 脇腹をやられた。痛い、滅茶苦茶痛い。まだかろうじて骨と臓器までは大事に至っていないのが幸いか。

「手応えありだ! だが休む暇は与えないっ!」

 クラウディオが駆ける。薙刀を投げ捨てて、身の丈を超える大剣を引き抜き僕へと迫る。

 僕はすぐさま床に落ちた紅花匕首を拾い上げて立ち上がる。血が絶えず吹き出し痛みが波打つが、歯を食い縛って走り出す。

 僕も、クラウディオを手に握る剣を振り抜き、空間に剣閃が奔った。

閃光斬せんこうざん!」
修羅瞬閃しゅらしゅんせん!」

 技能同士のぶつかり合い。衝撃波が起こり、短刀と大剣は交差してお互いに弾かれる。

 その余波でクラウディオの頬に切れ目が入り、僕の肩には激痛が走った。

「づぅッ!」

 力負けだ。大剣と短刀では質量が違いすぎる理由もあるが、やはりただただ純粋な力量差だけが現れた。

 僕の視界の隅で鮮血が舞い、紅花匕首を握る腕が赤く濡れていく。

 技能同士のぶつかり合いで、よろけて痛みで紅花匕首を落としそうになる僕だが、クラウディオは勢いを殺さなかった。
 
「はぁぁぁぁ!」

 掛け声と共にクラウディオは大剣を上段斬りに振り下ろす。まともに受ければひとたまりもない一撃。それが僕の目前へと迫りくる。

空激破くうげきは!」

 血濡れた片腕に力を込め、落としそうになった紅花匕首を強く握り、両脚に喝を入れて踏みとどまり、空いていた片腕で空激破を発動する。

 暴力的な風圧がクラウディオの身体を押し出し、突き刺さっていた剣を幾本か薙ぎ倒しながら吹き飛ばした。

 クラウディオは大剣を床に突き刺して一筋の亀裂を作りながら踏みとどまる。

 全身に細かい傷が入り乱れ、血が何滴も流れ落ちるが、クラウディオは気にした様子もなくこれまで以上の活き活きとした表情で笑った。

「ははっ! 最高だ! やはり戦いはこうでなければなぁ!」

 口から血の混じった唾を吐き出し、クラウディオは突き刺さった大剣を引き抜いて腰溜に構える。

「君には私の全力を出したくなった! 私の全てを、君にぶつけたくなった!」

 クラウディオのその一声で剣の叢がガタガタと刃を揺らし共鳴する。

 破壊された地下道。剣が何本も突き刺さった異様な空間。その中で一人の男が高密度の魔力を纏い、全力の一撃を放とうとしていた。

 クラウディオの魔力が直に僕に当たり、ビリビリと全身が震えていく。

 こいつ、なんて魔力量だ。貪食の食人鬼が七大罪スキル『暴食』の影響で纏った赤黒い魔力と遜色がないレベルだ。

「複合技能――――」

 クラウディオが静かに告げる。大剣が黄金色の魔力に包まれ、あまりの強大すぎる魔力故に大剣が倒錯的で歪んだ雰囲気を醸し出す。

 まるで台風だ。魔力の嵐が空間を侵し、この空間に突風が吹き荒れているかのようだった。

 大剣が一際大きく輝いた。魔力の注ぎ過ぎで今にも壊れてしまいそうな大剣を、クラウディオは横一文字に振り抜いた。

烈破飛空斬れっぱひくうざん

 ごう、と膨大な空気と魔力を含んだ究極の一撃が放たれた。

 地下道の広間の壁を、剣の叢を、綺麗に両断しながら振り抜かれたその一撃は、あまりにも大きく、あまりにも強すぎた。

 広い地下道の空間の半分をも占める光の奔流。それが、確実に僕へと迫ってきた。

 絶望的な技能の前に、僕の目に映ったのは確かな『死』だけだった。



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