ろりこんくえすと!
2-32 囚われた特異点
2-32 囚われた特異点
俺達は薄暗い階段を降り、さっきの部屋とは一転、灰色の石畳で作られた部屋へと来ていた。
部屋は所謂牢屋と同じ構造で、俺達が閉じ込められていた鉄格子の檻より一層頑丈な檻の中に、高笑いしながら一本立ちしたエキューデと、鎖でぐるぐる巻きにされて転がされている黒髪の少年が居た。
「やったよミナト! さあ、颯爽と助けて仲間にしよう!」
「ドラ○エかよ。いやここ異世界だったわ」
しかし、エキューデ達を見つけて喜ぶ俺達よりも先に、ドレムさんが急に駆け出して魔法陣を展開させた。
「ボムフレイム!」
イ○ナズンだ。俺達の牢屋を壊したように爆炎が発生し、炎の高温で溶けたバターよろしく鉄格子をドロドロに溶かしてしまった。
「うおっ! 熱っ!? あちちちちちち!!!」
溶けた鉄の雫は、黒髪の少年にもろにかかった。黒髪の少年に衣服に着火した鉄の雫は、ごう、と炎を巻き上げ、一瞬の間に火達磨へと変えた。
「ウェルトさん助けに来ましたよ!」
「何処が!? 殺しに来ましたの間違いじゃないの!? あちちちち!!!」
黒髪の少年はウェルトと言う名前だったのか。あ、ドレムさんが俺とノアを助けた時、確かにウェルトって名前を出していたな。
それにしても、ウェルトなんて名前は日本人ではないな。キラキラネームの線も限りなく薄いし、外国人の名前である可能性も薄そうだ。
と、そんなこと呑気に考えている場合じゃなかった! ウェルトはゴロゴロと転がって火消しを行うが、ドレムさんのボムフレイムの火力が強かったのか、はたまたウェルトの着ている服が燃えやすい素材なのか、なかなか火は消える様子はない。
「ちょ、まずいって! ウォーターカッター!」
見兼ねた俺がすかさず牢屋の中に入り込み、ウォーターカッターを発動してちょろちょろと消化活動を行った。
シューシューと白い煙を吹き出しながら、徐々に火は消えていき、ウェルトはビショ濡れになった代わりに丸焼きにされる難を逃れたのである。
「あ、ありがとう.......」
ウェルトは俺にお礼を言い、鎖を引きちぎって立ち上がった。
それ引きちぎれるのかよ、と突っ込みたかったが、恐らく溶けた鉄の雫が自由を奪っていた鎖をも溶かし、耐久力が以前より落ちていたのだろう。
「む、そこのちびっ子は」 
「ふふん!」
のんびりと傍観していたエキューデが、ノアの姿を見て顔色を変えた。ノアはエキューデの視線を受けると、無い胸を張り上げて「どうよ? 凄いでしょ?」と言わんばかりに自慢気に笑った。
「あの残念なちびっ子か」
「誰が残念よ! 誰が!」
「エキューデ、知り合いなのか?」
ウェルトがノアに指をさして、不思議そうな顔で首を傾げる。
確かノアはエキューデの封印を解いた張本人だった。そりゃあ、顔見知りだよな。
「何を隠そう、そこにいるちびっ子が我の封印を解いてくれたのだ。まあ、助けてやった礼に『世界征服するからあたしの手伝いをするのだ』、と偉そうに言ってきたけど」
「やべー奴だな」
ウェルトがノアに、ゾッとするほど白い目線を向けた。
「ちょ、それ誤解だって! 世界征服するだなんて一言も言ってないもん! ただあたしの力を高めるために信者が欲しいから、『世界中の人を屈服させるのだ!』って言っただけだもん! ね、ミナト?」
「やべー奴だな」 
「お前もかい!」
残念だなノア。俺もウェルトと同じ気持ちだよ。
「いや、まあそんなことはどうだっていい「よくないよ!」んだけどさ、それよりもドレム、アシュレイとリフィアはどうしたんだ?」
「それですよそれ!」
ドレムさんがピンと指を立てて真剣な表情でウェルトに言った。
「ウェルトさん! アシュレイさんとリフィアちゃんが攫われちゃったんです!」
「.......は?」
◆◇◆
数刻前――
「お兄ちゃん!」
ウェルトさんとエキューデさんが雪崩に埋もれたことを見兼ねたのか、リフィアちゃんが私の手を振りほどいてパタパタと走っていきます。
「あ、ちょっと! リフィアちゃん危険ですよ!」
リフィアちゃんを静止させようと声を掛けましたが無視されます。私もリフィアちゃんを追いかけて走り、その後にアシュレイさんも続きます。
「あのユリウスという男、一体何者なのだ。明らかに強さの『格』が違いすぎる」
「さ、さあ。私にも.......」
アシュレイさんが難しい顔をしながら私の横を走っていきます。前方を走るリフィアちゃんは、恐れを知らないのか、ユリウスのすぐ近くまで来てしまいました。
「その顔には見覚えがある。.......ああ、ドレム。ドレムだ。第三騎士団のドレムか。こんな場所に一体何用.......!?」
ユリウスはリフィアちゃんの姿を見ると目の色を変え、険しく震えた声で私と向き合いました。
「ドレム、そこにいる餓鬼はなんだ?」
「えっ? えっ?」
「何故、お前如きが『特異点』と一緒にいる?」
何を言われているのさっぱり分かりません。『特異点』とは何なのでしょう? それがリフィアちゃんと何の関係があるのでしょうか。
「リフィアが『特異点』? なんだそれは? 何を言っている?」
アシュレイさんも私と同じ気持ちみたいです。ユリウスとリフィアちゃんを交互に見ながら、難色を示した表情を浮かべています。
「そこの女、貴様も『特異点』の影響を受けているな。これは回収せねば.......」
突如、口を噤んだユリウスが、ふっと目の前から消え、アシュレイさんの首筋に手刀を振り下ろしていました。
あまりにも早すぎて見えなかったです。魔法で防御する暇もない、高速の一撃でした。
「な、何しているんですか!?」
「黙れ」
ごっ、と私の腹部にユリウスの拳がめり込んでいました。
息が詰まり、呼吸が苦しくなります。
気を失う最中、ユリウスがリフィアちゃんに手を掛けながら確かに声が聞こえました。
「『特異点』。そして『特異点』の影響を受けているこの女は貰っていく」
私の意識は、そこで途絶えました。
◆◇◆
「まじかよ、あいつロリコンだったのかよ」
「私の話聞いてそれですか!? 上の回想なんだったんですか!?」
「冗談だ冗談。もしもの話だ。とにかく、アシュレイとリフィアが攫われたってことか。だとすれば、このままのんびりしてられないな」
「そ、そうですよね! そりゃあ助けに行きますよね! で、ですが.......」
ウェルトの言葉とは裏腹に言い淀むドレムさん。どうしたんだ?
「ドレムさん、なんかあるのか?」
「は、はい。そうなんです。助けに行きたいのは私も同じです。ですが、問題はアシュレイさんとリフィアちゃんを攫ったユリウスが向かった場所がエルクセム王城なんです」
まじかよ。よりによってオークキング城か。確かにこれは面倒だ。
「というと?」
「王を護るための第一騎士団本部と第二騎士団本部はエルクセム王城内に設置されていて、警備の質が段違いなんです。しかも、第一騎士団と第二騎士団だけではありません。戦闘能力に特化している第四騎士団も在中しているんです」
つまりだ、騎士団長クラスが六人も居るってことだ。ドレムさんは一旦置いといて、ファリスさんクラスの人間が六人。
更に言えば、こちらはまともに戦える人数がウェルト、エキューデ、ドレムさんの三人だ。二倍差の人数に加えてあちら側の戦闘能力も未知数。こりゃあ確かに厳しいな。
俺か? 俺とノアと畜生二匹は論外だ。話にならねぇよ。
「第一騎士団には王都最強の騎士、クラウディオ=オーギュスト。そして第四騎士団にはクラウディオに次ぐ実力の持ち主とされるレオナ=アレステナがいるんです」
「クラウディオってあのパツキンか」
「はい。それに、アシュレイリフィアちゃんと攫ったユリウスは第二騎士団と繋がっていまして.......」
ドレムさんが再び言い淀む。先程の言葉よりも言い難い何かがあるのだろう。
「ドレム、遠慮しないで言ってくれ」
「うぅ.......。第一騎士団の本部と第二騎士団の本部。アシュレイさんとリフィアちゃんが捕えられた場所はどちらかが分からないんです。つまり、最悪バラバラに捕えられている可能性もあるんです」
「なんだ、じゃあ二つとも回ればいい話じゃないか」 
RPGではよくある話だ。そう、俺は楽観していたが.......。
「確かにそうなのですが、あまりゆっくりとしていられないのです。第二騎士団の団長であるムエル=トランシュはなんていうか……その、かなりの実験狂でですね。アシュレイさんとリフィアちゃんがそいつに見つかると、実験台にされてしまうというか、バラされるというか....... 」
なんだよそいつ。頭おかしいだろ。
これは最悪だな。時間制限付きのイベントだ。
目的地が二つあるなら二つとも回ればいい。しかし、時間制限が付いているなら話は別だ。
なんとかして捕えられたウェルトの仲間達を助けるには、二手に別れて行動するしかないってことか。
「こうしちゃ居られない、早くこっから出ないと」
ウェルトがいそいそと立ち上がり、ドレムさんの開けた穴から出ていこうとする。しかし、そんな彼に声掛けたのはエキューデだった。
「小僧、あの女子二人を助けに行くのか? 危険を犯してまで助けに行く価値があるのか?」
「あるさ」
即答。一切の迷いがない目で、ウェルトはそう答えた。
「アシュレイとリフィアは大事な仲間だ。そう簡単に失ってたまるもんか」
その回答を聞いたエキューデは……、
「ふっ、いいだろう。今回だけだぞ? この偉大なる屍零魔術師の我が、特別に手助けしてあげようではないか!」
エキューデが満足気な顔でニヤリと口元を緩め、拳をウェルトに突き出した。ウェルトはそんなエキューデを見て顔を綻ばせて、拳を合わせたのだった。
あれ? なんかかっこ良くね? つか、俺達蚊帳の外じゃん。
「うおおー! ミナト、あたし達も行くわよ! なんか燃えてきたー!」
「わ、私もアシュレイさんには、その、お世話になったので助けに行きます!」
ノアが熱い展開の感化されたのか、急に両拳を振り上げた。そして、ドレムさんにも場の空気が乗り移った。
「いいのか? ドレムは第三騎士団の副団長だろ? 下手すれば職とその地位と名声を失うんだぞ?」
「別に今更裏切ったって、元々第三騎士団はあのロリコンのせいで評判は最低なので問題ないです。名声も無いのも同然、地位も騎士団の中では一番下です。職を失っても、少し考えれば、もうあのロリコンと仕事をしなくていいだけですからね!」
「お、おう。そうか」
顔を強ばらせて頷くウェルト。というか、ドレムさんに何があった?
「ミナト、ここはあんたが掛け声を決めるのよ」
「えっ? 掛け声を決めるって? この俺が?」  
ノアに肩肘で脇腹でつつかれて催促される俺。なんだよかけ声って。熱くなりすぎたのか?
あれ? みんな俺の掛け声を待ってるの?
.......場の空気って怖いね。
「行くぞみんな! アシュレイとリフィアを助けに行くぞー!」
「ああ!」「うむ」「おー!」「は、はい!」「にゃー」「キョエww!」
俺は高らかに拳を突き上げ、それに釣られてみんなも掛け声を上げた。
普通ウェルトでしょ。俺、一度もアシュレイとリフィアに会ってないんですけど。
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