ろりこんくえすと!
2-28 魔道兵器と託された手紙
2-28 魔道兵器と託された手紙
ガゴン、ガゴンと機械が休みなく駆動している。ポンプからは水が排出され、制御装置からは常に電流が流されている。
床には複雑かつ難解な魔法陣が何重にも描かれ、中央に鎮座する謎の機械に魔力を通して絶えず干渉し続けている。
ここはエルクセム王都の第五騎士団本部の地下。そこでは、腐敗した王都を建て直す『革命』に向け、とある兵器が数ヶ月前から秘密裏作られていた。
それは、かつて数百年前に作られた古代兵器とも言える遺骸物で、幾度の戦争で猛威を奮った.......らしい。というもの、既存する文献があまりにも古く、詳しくことは分からないからだった。
「団長、何処が『もう準備は整った(キリッ)』ですか。一番肝心な物が完成していないじゃないですか~」
不意に、稼働する機械の駆動音しかしない地下に、おっとりとした女声が響いた。
声の主は長い金髪とたわわなメロンをゆさゆさと揺らしている。彼女は第五騎士団の副団長、ファリス=メルセデル。
彼女は近くにいた赤髪の男に悪態を付きながらべったりとくっつき、口を尖らせている。
「案ずるな。そろそろ私の妹から始動させるための『構築術式』が送られてくる筈だ。計画には何の狂いもない」
腕を組みながら頷くのは白金の鎧を着た赤髪の男。
彼は第五騎士団の団長。ジョサイア=マルティニス。 そして彼が、目前に鎮座する謎の機械を使うことを発案し、『革命』に使うと立案した者だ。
彼は謎の機械におもむろに近づいて触り、金属質の肌触りを堪能して口元を緩くしていた。
「で、その『構築術式』とやらは『革命前夜』までには間に合うんですか~?」
「妹なら約束は破らないだろう。恐らく、信頼できる人物に渡して私の元まで持ってきてくれるからな」
彼は余裕の表情を浮かべ、大丈夫だと太鼓判を押した。
しかし彼は知らなかった。
『妹が信頼できる人物』を自分で牢にぶち込んだことに。しかも、その『妹が信頼できる人物』は既に牢から脱走していたことに。
「むふー。団長がそう言い切るなら信じるだけです~」
彼女もより鋭く口を尖らせるが、なんとかなるだろう、と楽観していた。
「完成が楽しみだ。こいつの、な」
寂れた地下で、赤髪の男が鋭い眼光を向けていた。
◆◇◆
僕は知らない.......いや、前に見覚えがある、とういか、出来れば見覚えがない方が良かった天井の下で目を覚ました。
僕が見上げる天井は、灰色の石で作られ、所々ひび割れて、かなりの年季が入っていた。つまり、考えられることはただひとつ。
ここ、牢屋じゃん。
「まじかよ」
まじだった。数時間前に牢にぶち込まれたばかりなのに、また僕は牢にぶち込まれてしまった。
いや、それでも命が助かっただけでも儲けものだろう。僕が戦ったユリウスは強かった。これまで戦ってきたどの敵よりも。
正直雪崩に飲み込まれた時は死んだかと思ったし。
とはいえ、何故僕は牢にぶち込まれたんだ? あれか? 実験台のモルモットか?
だとしたら嫌だな。凄く嫌だ。
僕は諦念の溜息を吐いて立ち上がろうしたが、立ち上がれなかった。視線を身体の下の方に向けると、僕は全身を鎖でぐるぐる巻きにされ、簀巻きにされていた。
「で す よ ね」
僕は必死に動こうとしたが無理だった。できるのは打ち上げられた魚のようにピチピチと藻掻くだけ。盗賊術の『解錠』も使おうとしたが、両手を雁字搦めにされた状態では使えないらしい。
「くああああああああぁぁぁ!!!」 
嫌だぁ! モルモットは嫌だぁ!
僕は奇声を腹の奥から出しながらゴロゴロと転がる。そして、銀ピカの芋虫みたいな物体にぶつかった。
「うぬぬ.......五月蝿いぞ小僧。って、その格好はどうしたんだ? まるで銀ピカの芋虫ではないか! フハハハハハハハ!!!」
僕がぶつかったのはエキューデだった。鎖でぐるぐる巻きにされたエキューデは、僕の姿を見て哄笑をあげた。
「エキューデも僕と同じ銀ピカの芋虫の癖に何言ってんだよ」
「そんなことがある訳.......うげぇ!? なんじゃこりゃあ!?」
指摘されたことでエキューデが自分の現状にやっと気付きたようだ。自身の姿を見て顔を歪めたエキューデは、鎖を解こうと暴れるがそう簡単には解けず、僕と同じようにゴロゴロと転がった。
「な、なんという不覚! これではトイレに行けないではないか! いい歳しておもらしなんて恥ずかしい!」
「突っ込む所そこなの!?」
「と、まあ冗談だ。こんな鎖、我に掛かれば簡単に解ける。身体に直接呪力で縛り付けられた鎖ならまだしも、ぐるぐる巻きの芋虫なら我は造作もないことだ。なぁに、朝にパンとスープを食べる前の準備運動みたいなものだ」
僕は少し眉を顰めて言った。
「素直に朝飯前って言えよ」
「まあ見とおけ。こんなガッバガバの拘束など我に通じないことにな」
エキューデは口元を歪めると、ニヒルな笑みを浮かべて口を大きく開けた。
「おぶぅ!? おろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろ!!!」
突如、エキューデの口から勢いよく赤黒い液体が噴出された。ドバドバと血液が火山の噴火のようにぶちまけられ、灰色の床が瞬く間に赤色に変わる。
「ちょ、いきなり何ゲロってんだよ!? 汚い! 最高に汚い!」
エキューデから排出された粘り気のあるそれは、地面に垂れ流されたかと思うと、ポコポコと不快な音を立てて、うねうねと動き出した。 
血は意志を持ったかのようにドロドロと腕を作り、血を吐きすぎて貧血ミイラと化したエキューデを引っ掴み、鎖の中から雑に引き摺りだした。
そして宿主に中に戻る。
「おぐぅ!? ぐろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
ボコボコとエキューデの身体が不規則に隆起する。人体の構造を無視した動きをしながら、吐き出された血液は、一滴残らずエキューデの身体に戻っていった。
「ぜぇー.......はぁー.......ぜぇー.......はぁー.......。ふっ、いい運動になった。どうだ? 凄いだろ?」
「何処がだよ! てか怖すぎるわ! 子どもが見たらトラウマだよ!」
ほんと見せた相手が僕で良かったな。最近まで血がドバドバ内蔵コンニチワの世界を体験していてグロ耐性がついていたし。
リフィアなんかにさっきの光景見せたら、心の中に一生もののトラウマが残るぞ。
「とにかく、我の拘束はこの通り解けたからな。次は小僧のも我が解いてやろう。ほら、口を開くのだ。我と同じやり方で自由の身にしてやるから」
エキューデがニヤリと笑い、僕に口を開けと催促してくる。こいつ、僕にもあれと同じことをさせようとしているのか? 狂ってやがる。頭おかしい。
「お断りだ! つーか死ぬわ! 自由の身になる前に現世の柵から自由になるわ! 普通に鎖を解いてくれよ!」
「やれやれ、全く注文の多い仕方のないヤツめ」
エキューデが渋々と僕を縛っている鎖に近づき、ちゃんと腕を使いながら、ぽいぽいと僕のポケットの中を漁っていく。ケハブの包み紙、薄い財布、ランセットに、そして.......
「ぬ? これはなんだ?」
エマからの手紙だ。
エキューデがエマの手紙をヒラヒラさせると、とても悪い笑顔を顔に浮かべた。
「ほほう、小僧も隅におけんな。女子からの手紙なんぞ貰いおって。こんな漢気の欠片もない小僧にも惚れる女子がおるとはな。どれどれ、この我が見てやろう」
「ちょ、勝手に読むな!」
「よいよい。長年生きている我が小僧に正しい恋文の返し方も教えてやるから安心するのだ」
安心できない。一欠片も安心できない。
しかし、エマからの手紙を愉しそうに読んでいたエキューデが、いきなり顔色を変えた。
「小僧.......。最近の流行りは我にはよく分からん。今の女性は恋文に物騒な物でも送り付けるのか?」
「はぁ? 何言って.......」  
「これ、『魔道兵器の構築術式』だぞ」
エキューデから見せられたエマから貰った手紙には、頭の悪僕には到底理解できない構築術式が書かれていた。
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