ろりこんくえすと!

ノω・、) ウゥ・・・

2-25 加勢


 2-25 加勢


 紅花匕首は既に投げ捨てられて瓦礫の山の中。そして瓦礫の山の上ではランセットと氷剣が交差し、けたましく剣戟が鳴り響いていた。

 魔力伝達率が高いミスリル銀で作られたランセット。それは、僕の風の魔力を通して爛々と翡翠色に輝いている。対するユリウスの氷剣も、魔力が伝達して氷の属性、すなわち淡い紫色に煌めいていた。

「驚いた。君の闘志が全く衰えていない。賞賛に値する精神力だ。格上相手にここまで噛み付いてくるとは、一体どんな人生を歩んできたのだろうか」
「ただの害獣駆除と畑仕事だよッ!」

 剣と剣が打ち鳴らす度に冷たい風が僕に絡み付く。

 風と氷。

 二つの属性が互いに干渉し合い、空間は吹き荒れる冷気で軋んでいく。

「ちぃっ.......!」

 手が悴む。氷剣がランセットとぶつかる度、ランセットはユリウスの氷の魔力に当てられて、薄氷に覆われてしまう。

 薄氷に包まれると刃が鈍り、ランセットを振るう速度が遅くなる。それを防ぐ為に僕は風の魔力でことある事に打ち消していた事で、今の僕はかなり魔力を消耗してしまっていた。

 出来れば氷剣に触れず、直接ランセットをユリウスの身体に叩き込みたい。

 だが、ユリウスはかなり高度な剣術を取り入れて戦っていた。対する僕は剣の修行なんてこれっぽっちもやっていない。剣の代わりに鍬を振るっていた僕の剣術は拙いままだ。

 結果的に、僕はユリウスに一撃も入れられず、ランセットで氷剣を打ち付けるだけが精一杯だった。

歪断風いびつたちかぜ!」

 業を煮やした僕は、袈裟斬りに振るわれた氷剣をランセットを横薙に振るって弾き、ユリウスから遠く飛び退いて風遁術の技能のひとつである歪断風を発動させる。

 歪風から派生進化した歪断風。その威力は派生前の歪風より当然威力が高く、殺傷力も数段増している。しかも今回は魔力伝達率が高いミスリル銀で発動した。

 ランセットは僕の風の魔力を非常によく通し、超真空の鎌鼬を纏った斬撃を発生させる。

 当たれば幾筋もの裂傷が入り込み、血潮が絶え間なく吹き出す旋風。受ければ致命傷は免れない。

「いい技能だ。発動速度、殺傷威力、そして君の疲労状態から消費魔力も高くないと見受けられる。正に高位冒険者の使う理想とも呼べる技能だ。だが無意味だ」

 それでも、ユリウスには効果が無かった。

 バリバリと音を立てて歪断風は凍っていた。

 ランセットから振り抜かれた超真空の鎌鼬は、ユリウスから溢れ出る極低温の冷気に当てられ、『空気が凍って出来た氷』とも言えるべき物体へと変貌させられていた。

 まずいな、ジリ貧だ。近接戦では圧倒的に不利。しかも歪断風を無力化されてしまった。この調子じゃ他の遠距離型の技能も防がれてしまう。

 それにもう既に冷気が身体を蝕んで身体が上手く動かせない。戦い続けてまだ数分しか経っていないのに、空間の温度がどんどん下がっていきやがる。

 このまま戦い続けていたら、ユリウスに殺される前に全身の体温が奪われて最悪凍死だ。

 埒が明かない。ここは『覚醒』を使うか?

 いや、それは本当に本当の最終手段だ。『覚醒』の代償は分からない。その上、エマが次に使えば僕は死ぬと言っていたんだ。

 だとしたら取る手段はただひとつ。

 一気に勝負を、付けに行くッ!

「すぅぅ――――」

 意を決する。ランセットを腰のベルトに納め、僕は深く息を吸い込み、悴んで震える両脚に喝を入れて、ユリウスに向かって駆け出した。

 独特の歩行。呼吸は深く、溜め込むように。鋭く滑らかに、かつより素早く、より正確に。

居合抜きいあいぬきッ!」

 ランセットの刃が奔る。

 発動したのは暗殺術の技能。居合抜き。
 居合抜きとは、刀を鞘に収めた状態で帯刀し、鞘から抜き放つ二つの動作で完成される。

 一ノ太刀で斬撃を加え、二ノ太刀で相手にとどめを刺す形と技術を中心に構成された技能。

 一ノ太刀。抜刀されたランセットから、あまりにも素早い不可視の一閃がユリウスを見舞う。

 二ノ太刀。返す刀で剣閃が流星のように瞬き、二対の白刃の煌めきが輝いた。

 僕はユリウスを完全に捉えた、

「悪いな、それは鏡華氷像きょうかひょうぞうと言ったな」

 割れる。目の前で氷片が散りばめられ、僕がユリウスだと認識していたものはランセットで砕かれた。

「まあ、よく出来た身代わりみたいなものだ」

 氷の像。それが僕が居合抜きで攻撃した対象。

 僕は悪寒を感じた。勝負を急ぎすぎたせいで判断を誤った。この隙を晒した体勢、ランセットを降り抜いた直後の無防備な姿。

 僕は、絶好の餌食だ。

「凍れ」

 僕の背後からユリウスが手を翳し、冷気が空間に迸る。白く冷たい煙が地面を駆け巡り、僕の脚毎包んでいく。

 凍る。なにもかも、凍る。

 ピキピキと大地が氷で覆われ、僕とユリウスが戦っているこの場所だけは、極寒の凍土のような風景となった。

 身動きが取れない。脚を凍結され、地面に縫い付けられてしまった。

 いや、脚だけじゃない。冷気は脚の上まで這い上がり、既に僕の胸まで氷漬けにしていた。最早ただの的。それが、僕だ。

「ロスト・アイスシャベリン」

 詠唱が紡がれ、ユリウスが魔法を発動させた。

 氷の巨槍。

 それが鋭く尖った矛先をクルクルと高速で回転しながら、氷で脚を地面に縫い付けられた僕に落ちてくる。

 どうにかして防ぎたい。だが、氷に覆われた腕は使えず、逃げるための脚も、割れる気配がないカチコチの氷で固まっている為身動きがとれない。

 今まで何度も死にかけてきた。その度なんとか乗り越えてきたが、今回だけはどうしよもない。手脚を封じられ、技能を発動することができない。

 鋭利な穂先が大きくなっていき、避けられようがない死が迫る。

 絶体絶命のピンチだった。
 
「もう見ておれんな」

 聞き覚えのある声が聞こえた。その瞬間、僕を拘束している氷毎、落下する氷の巨槍が真っ二つとなった。ガラスが割れたように氷は粉々に砕け散り、地面に散乱する。

「何.......?」

 氷を砕いたのは、白い骨で作られた刀だった。

 それはとても異質だった。 その刀は幅広の片刃剣で、分割された刃節を糸で繋いでいる。いわゆる蛇腹剣と言うやつなのだろう。 

 その構造上、刀身を伸ばす事で遠距離への攻撃も可能となっているのか。 

 僕の身体に覆われていた氷が割れて剥がれ落ちる。どんな斬り方をしたのか分からないが、氷の巨槍は真っ二つしながら、僕の身体には傷一つついていない。
 
「しっかりしろ、小僧。小僧ならまだやれる筈だろう?」

 僕を助けたのはエキューデだ。エアフリューゲルを解除し、駆けつけて来てくれたんだ。

「エキューデ。なんでだよ......?」

 僕は戸惑う。何故、会って数時間しか経っていない他人を助ける為に動けたのだろう、と。

「小僧が目の前で死なれては目覚めが悪いだけだ。他に意味なんてなかろう」

 エキューデがニヤリと笑い、僕に追加の紅花匕首を投げて寄越した。それを僕は受け取り、ユリウスを見据えて構えた。

「小僧、次は我も加勢する。準備は出来ているか?」
「ああ!」

 僕とエキューデはそれぞれ持ち前の得物をユリウスに突きつけた。

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